第104話 初日 午前の部終了

「はぁ……」


 ボクは、シャワーを浴びながら、ため息を吐いていた。

 理由はもちろん、さっきの障害物競争。


「酷すぎるよぉ……」


 まさか、スライムプールなんていう、漫画やライトノベルでしか見たことがないような代物が目の前に出てきて、尚且つ落ちるとは思わなかった。


 しかも、その後の第三関門と言えば……


「~~~~ッ!」


 うぅ、思い出しただけでも恥ずかしくなってきたぁ……!


 い、いくら師匠相手とはいえ、ほっぺにちゅーは恥ずかしいよぉ……。


 誰が、あんなに恥ずかしいお題を考えたんだろう?

 ……十中八九、学園長先生だとは思うけど……。


「それにしても……このスライム、やっと落ちたよ……」


 髪の毛や体に付着したスライムを落とすのに、軽く十分近くかかっていた。

 ねばねばしてなかっただけ、まだマシなのかなぁ……。


 市販で売られていたようなスライムとかは、結構べたついていたりするのに、このスライム、ぬるぬるするだけで、べたつくようなことはなかった。

 まあ、それでも結構くっついたんだけど……。


「……これ、本当に何でできてるんだろう?」


 確実にあの人の作ったもので間違いないと思うけど、どんなものを使って作られているのかが、すごく気になる。


 スライムなのに、べたつかずにくっつくなんて。しかも、緑色のはずなのに、服が、その……透けるって言うのも、変だし……。


 ……これ、まさかとは思うんだけど、欲望を満たすために作ってたり? ……あり得る。学園長先生だったら、それくらいしてても不思議じゃないし、何より、変態だし、あり得る。


『これにて、『叡春祭』午前の部は終了となります。今から、一時間のお昼休憩となります。午後の部最初の競技は、瓦割となりますので、出場する選手の方は、十分ほど前には、グラウンドに集まるようお願いします』


 あ、もうお昼なんだ。


 ということは、ゴールしてなかった人たちも、何とかできたのかな? そう言えば、さっきスターターピストルの音が聞こえてたし。

 そろそろみんなの所に行こう。



 一方その頃、ミオはと言うと、


「よし。イオのあられもない姿を、写真や動画に収めてたやつらをシバきに行くか」


 圧倒的なまでの過保護っぷりを見せ、色々とやらかそうとしていた。



「しかし、依桜が落ちるとは思わなかったな」

「そうね。あの無駄に身体能力が高い依桜が、落ちるなんて、想像してなかったわ」

「ねー。絶対に落ちないと思ってたんだけどね」


 依桜がゴールし、シャワー室まで走り去っていくのを見た後、俺たちはさっきの障害物競争について話していた。


「そう言えば、依桜君、落ちる寸前、何かに驚いたような反応を見せてなかった?」

「あー、そう言えばそう見えたわね」


 女委の言う通り、あの時確かに、依桜は何かに驚いたような顔をし、何かを言いかけていた。

 確か……


「『ししょ』、って言ってなかったか?」

「そうそう。『ししょ』、って何だろうね?」

「さすがに、図書室の司書さんのことじゃないだろうし……考えうるのは、あの人よね」

「まあ、依桜が何もないところで、突然驚くと言えば、あの人しかいないだろうしな」

「だね! 何をしたかは分からないけど、何でもありだもんね、あの人」


 確実に、犯人はミオ先生だろう。


 なにせ、女委が言うように、何でもありな人だから。


 今じゃ、圧倒的強者と言ってもいい依桜が、本気で勝てないと思っている相手であり、神すらも殺したという、本当にわけのわからない人物だ。


 ミオ先生が赴任してきた日の初授業で、依桜と組手をしていたのを見ていたが……あれはおかしい。

 そもそも人間の動きをしなかった。

 一体どんなことをしたら、あんな異常な動きができるのか、知りたいものだ。


 俺は見ていなかったとはいえ、テロリストが襲撃してきた時は、とんでもない身体能力を発揮したらしい。なんでも、数十メートルは離れていたはずのテロリストの一人に、一瞬で肉薄したって話だからな。


 そんな、いろんな意味で規格外すぎる依桜が、勝てない相手なんだ。

 どんなことをするかわからない。


「でもまあ、心配なのは美天杯よね」

「そうだねぇ。依桜君、大丈夫かなぁ」

「……さあな。だがまあ、最悪の事態にはならないと思うが……」


 俺たちは、初日の最後の競技であり、初日の目玉である美天杯に出る依桜を心配していた。

 もちろん、心配しているのは依桜本人ではない。いや、間接的には依桜を心配している。


 と言うのも、


(((相手を殺してしまわないか……)))


 ということだ。


 あの組手を見ていた人からしたら、恐怖以外の何物でもない。


 かなり華奢で可愛い女子が、人外的な、とんでもない動きで攻撃してくる。

 相手選手からしたら、たまったものではないだろう。


 人を見た目で判断するな、とは言うが……依桜はまさしくそれだな。


 綺麗な薔薇には棘がある、なんて言葉があるが、依桜の場合は、棘どころかほんの少しでも触ったら一発アウトの猛毒ってところだろ。


 暗殺者であることを考えれば、猛毒と言うのも、結構的を射ていると思うが。

 それに、暗殺者は一対一に特化した職業らしいからな。ピッタリすぎる競技と言える。


「……仮に、大怪我したとしても、依桜なら治せると思うから、いいけど……」

「文字通りの一撃必殺だったら、救いようがないもんねぇ」

「その場合は、ミオ先生がどうにかするんじゃないか? 実際、何度も死んでる依桜を蘇生していたみたいだし」

「……何度も死んでる、って言うのが、本当に恐ろしいわね。というか、何度も思うけど、ほんと、よく無事だったわよね、依桜」

「そうだな」


 何度も死んでいる時点で、無事じゃないとは思うが。


「そう言えば、態徒君はどこに行ったの?」

「言われてみれば、そうね。全然見かけてないし、障害物競争だって、一番騒ぎそうな態徒がいなかったから、やけに静かだったし」

「……正直、態徒だから、かなり心配なんだよな……態徒だし」


 あの態徒が、結構あれなハプニングが発生しまくっていた障害物競争で、騒がないわけがない。

 いや、いたらいたで、騒がしいが……いないならいないで、少し静かすぎる。

 慣れという物は恐ろしい。


「まあいいわ。どうせ、瓦割の時には出てくるでしょ」

「それもそうだな」

「だね」



「みんな、ただいま」

「お疲れ、依桜」

「お疲れ様」

「お疲れー」


 しばらくすると、シャワーを浴び終えた依桜が、私たちのもとに来た。

 ちゃんと乾かしていないのか、少し髪の毛が濡れている。


 ……まさかとは思うけど、普段ドライヤーをしてなかったりする?

 いや、依桜だし、ありえるわね……。

 考えてみれば、昔からおしゃれとかには無頓着だったし。


 ……うわー、ずるいわー。


「大変だったわね、依桜」

「あ、あはは……本当にね……」


 そう声をかけると、依桜の目から光が消えた。


「……大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよぉ……。だって、スライムプールは服が透けるし、ぬるぬるして気持ち悪かったし……それに、その……ほ、ほっぺにちゅーは……恥ずかしかったし……」

「「「あー」」」


 狙ってやってるんじゃないでしょうね。


 ほっぺにちゅーって……なんで、ナチュラルに可愛い言い回しをするのかしら、この娘。


 ……あれかしら。キスとちゅーを別物だと考えていたりするのかしら?

 ……ピュアピュアのピュアだから、あり得るのよね……。


 概ね、口同士でするのがキスで、それ以外はちゅー、みたいな?


 あり得る。


「それで? 依桜が射的で当てたお題には、なんて書いてあったんだ?」

「……『好きな人を指名し、頬にキスする』」


 この学園、正気?


「なるほど……それで、ミオ先生の頬にキスをしていたわけか」

「……ぅん。恥ずかしかったぁ……」


 うわ、顔真っ赤。すっごい、瞳も潤んでる。

 ……ほんと、可愛いわね、依桜。


「くっ、ミオ先生が羨ましい!」


 とここで、変態が騒ぎ出した。


「ふぇ!?」

「だって、依桜君からのほっぺちゅーだよ! 美少女だよ!? 喜ばない人がいるわけないよ! それで嫌がる人がいたら、その人は同性愛者か、悟りを開いた人くらいだよ! 男の子も女の子も関係なく、絶対喜ぶよ!」

「ぼ、ぼくからのちゅーで、そんなに喜ぶ人は、いない……と思うけど……」

「何を言ってるんだい! 依桜君、超美少女! むしろ、自覚がないのがすごい!」

「違う、と思うんだけどな……」


 相変わらず、依桜の謙虚さはすごいわね。


 ……さっきの、女委の力説は、普通に納得できちゃったのが何とも言えない。


 たしかに、依桜から、頬にキスをされて、喜ばない人はいないでしょうね。


 実際、ミオ先生の顔とか、依桜から顔を背けた瞬間、緩み切ってたもの。


 ……それに、私は知っている。


 依桜がスライムまみれになった時、ミオ先生が会場にいた男に、悪魔のような笑顔を向けていたことも。


 ……と言っても、偶然気付いただけなんだけどね。


 見間違いかもしれないけど……ミオ先生に限って、それはないと思う。


 あの人が赴任してきてから、依桜といるところを何度も見ていたけど、あれは過保護だわ。依桜の両親よりも、過保護だったわ。


 例えば、依桜の下駄箱にラブレターが入っていた時、ミオ先生は、


『ほぅ? あたしの愛弟子に、ちょっかいをだす輩が、こっちにもいたのか……見たところ? 呼び出し型の様だが……自分の口から言わず、手紙と言う手段を使うとは。軟弱だな。こいつはふさわしくない。いや、そもそも、依桜にふさわしいやつなどいない』


 って言ってたし。


 なんか、言ってることが、世のお父さんが言うそれなんだけど。

 ラブレターを娘から見せられた、お父さんのような反応だった。


 過保護すぎるのよね……。


 一年しか一緒に暮らしていないとは言え、ここまで過保護になるものなのかしら?

 ……いや、なるわ。


 異世界へ行く前の依桜とか、微妙に庇護欲を刺激されるし。

 いや、今のほうが圧倒的にそれが強いのだけど。


「でも、謙虚でいいんじゃないのか? 依桜が、自分に対して自信満々とか、想像つかないぞ」


 晶。それ、あたしも以前思ったわ。


「んー、それはそれで見てみたいけど……たしかにそうだね。と言うわけで、依桜君。依桜君は、ピュアで謙虚でいてね」

「う、うん。わかった、よ?」


 うん。女委の今のセリフの意味、理解してないわね、依桜。

 依桜的には、ピュアじゃないと思っているのかしら?


 いや、絶対思ってるわね。依桜だし。


 ……それにしても不思議ね。


 性に関する知識がないって言うのは、いささかおかしい気が……。


 暗殺者として、向こうで過ごしていたのに、なんで知らないのかしら? 悪徳貴族、みたいな感じの人を始末する依頼とかありそうなものだけど……。アニメの見すぎかしら?


 それか、過保護なミオ先生が、そのタイプの仕事をやらせなかったか……。そっちの方がありえるわね。うん。


「依桜、私からもお願い。……清涼剤でいてね」

「う、うん?」


 うん。わかってないわね。でも、それでいい。


 依桜は、ある意味、この学園の清涼剤だからね。


 ……まあ、エッチ系の被害に一番多く遭遇していると思うけどね。

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