エイプリルフール特別IFストーリー【大増殖】

 それは、いつも通りの何でもない春休みのある日……になるはずでした。

 朝起きると……


「「「「「「え?」」」」」」


 ボクが、いっぱいいました。


「「「「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」」」


 そうして、素っ頓狂な声を上げていました。



 事の発端は多分……前日。


 三月三十一日。


 ボクはいつも通りに家事をする日を送っていました。


 そんな折、突然師匠が、


「イオ、こんな薬が出てきたんだが……」


 そんなことを言いながら、小瓶に入った青色の薬をボクの所に持ってきました。


「えっと、なんですか? それ」

「いや、あたしにもわからなくてな……朝起きて、『アイテムボックス』の整理をしていたら、なぜかこんなのが出てきてな」

「鑑定は?」

「してみたんだが……なぜか文字が途切れ途切れなんだよ。『ぐ…ん…く』って書かれていてな」

「『ぐ…ん…く』ですか。なんでしょうね?」


 まったく意味がわからず、お互いに首をかしげる。


 そもそも、師匠が持ってる薬という時点で、あまりいい印象は抱かないんだよね……だって、あの不思議体質になった原因の解毒薬を作った人だし。


「まあ、なんでもいいだろう。よし、イオ。飲め」

「い、嫌ですよ! そんな、得体の知れない薬!」


 しかも、なんでそんな満面の笑み!?


「それに、師匠のものなんですから、師匠が飲めばいいじゃないですか!」

「いやほら、あたしってお前より耐性系スキル多いじゃん? 中には、魔法薬耐性的なあれもあるし……」

「なら、なおさら師匠が飲んでくださいよ」

「お前、これで飲んでなんの効果も出てこなかったら、結局効果がわからない、謎の薬だった、ということでなんかイライラしないか? というか、気になるだろ?」

「いや、まあ……少しは」

「だろ? だから、飲んでみてくれよ。頼む……!」

「……」


 この場合、どうすればいいんだろう。


 そもそも、師匠が持っているということは、異世界の薬で間違いない。


 でも、師匠が鑑定して、効力どころか、名前すらわからないという薬、明らかにいいものではないのはたしか。


 これでいいことが起こった試しなんてなくて、飲んだ後、絶対に碌なことが起こらない気がするんだよね、ボク。


 うん。結論。


「嫌です♪」


 にっこり笑ってお断りした。


「チッ……こうなりゃ……力尽くだぁ!」

「うわっ!? し、ししょっ、や、やめっ……いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 結局、師匠に無理矢理飲まされました。



「けほっ、こほっ……うぅ、酷いですよぉ……」


 無理矢理飲まされ、ボクは普通にむせていました。

 味は……ラムネっぽかったです。


「ふーむ。特に変化なし、と。チッ、つまらん……」

「……今、つまらない、って言いましたよね? 普通、こういうのって、何も起こらなくてほっとした、なんじゃないですか?」

「いや、だってな……?」

「…………」


 ジト目を師匠に向ける。


「ま、まあ、何も起こらなかったし、いいだろ? な?」

「…………今日、師匠にお酒なしです」

「なっ!? そ、それだけは! それだけは勘弁!」

「ダメです! 無理矢理よくわからない薬を飲ませた挙句、効果が無くてつまらない、とか言う師匠には、お酒抜きです! 今日は我慢してください! 禁酒デーと思ってください!」

「た、頼む、せめて……せめてビール一本だけでも……!」

「許しませんっ! 今日はノンアルコールで我慢してください!」

「おうふっ……」


 がっくりと項垂れる師匠。


 ふんっ、です。


 師匠は居候ですからね、一応。


 最近、家事に関することのせいか、ボクの権限がそこそこ強くなって来ているような気がします、この家では。


 やろうと思えば、師匠に対し、禁酒させることもできると思うけど、なにをするかわからないからやっていない。


 その代わり、一日に飲めるお酒は制限させているけど。


 なにか、めでたいことがあったら、ある程度は解禁してるけどね。


 それに、感謝して欲しいくらいです。


 だって、一日で済むんだから。


「師匠、次からはしないでくださいね」

「……はい」



 その夜のこと。


 いつものように、メルと一緒に寝ていると……


「うぅ……なんだか、熱いっ……」


 急に体が熱くなってきて、それで目が覚める。

 全身が熱くなって、意識も微妙にぼーっとする。

 なのに、頭痛などは一切なく、風邪ではなさそう。


「くぅ……くぅ……ふにゃぁ~……ねーしゃまぁ……」


 メル……でもなさそう。


 というか、可愛い。寝顔もそうだけど、寝言でボクを呼んでいるのが。

 寝ている時でも癒しだなんて……メル、本当に、可愛い妹です……。


 って、そうじゃなくて……。


「あ、意識が……」


 不意に、意識が薄れていき、そこでボクは眠りに落ちた。



 そして、朝目が覚めると……


「「「「「「え?」」」」」」


 という、さっきの状況に戻ります。



 状況整理。


 現在、ボクの目の前にいるのは、いずれもボクであってボクではなさそう。


 まず、平常時のボク(今のモノローグを語っているボク)。


 次に、小さい時のボク(小学四年生ほどの)。


 その次に、狼の耳と尻尾が生えたボク(小学一年生ほど)。


 次、通常時に狼の耳と尻尾が生えたボク(耳と尻尾がないと、見分けがつかない)。


 さらに次、大人バージョンのボク(多分、二十代前半くらい)。


 そして最後……男のボク(なんで?)。


 以上、計六人のボクが、朝いました。


「え、えっと……き、君たちはボク、なんだよね?」


 と、ボク(平常時)が言うと、


「た、たぶん……ボク」


 と、ボク(小学四年生)が返答。


「なんで、ここにいるのか、ボクたちもわからなくて……」


 と、ボク(小学一年生)がそう言う。


「そもそも、これって、分裂……なのかな?」


 と、そんなことを呟く、ボク(耳・尻尾あり)がそう呟く。


「うーん……少なくとも、ほとんどはボクたちの姿が変わった時なんだけど……」


 と、少し困ったような表情で言うボク(大人バージョン)。


「なんで、ボクがいるんだろうね……」


 と、苦笑いしながら言うボク(男)。


 ……や、ややこしい。


 これは、本当にどうすればいいんだろう。


 なんだか、読者的にわかりにくいような……?

 これはあれかな。なんというか……会話している人に、(〇〇)みたいな感じにすれば、わかるんじゃないかな、これ。


 正直、自分が何を言っているのかわからないけど、なんとなくそう思った。


「それで、これはどうしようね?(平常)」

「うーん……たぶん、師匠が飲ませたくすりがげんいん、なんじゃないかな……?(ロリ)」

「だ、だよねぇ……(ケモロリ)」

「じゃああれって、分裂する薬、だったのかな?(ケモっ娘)」

「多分……。だって、こんな風に、自分がいっぱい出る、なんて場面、まずないもん(大人)」

「え、じゃあ、ボクってなんなの?(男)」

「「「「「わ、わからない……(男以外)」」」」」


 この中で一番よくわからないのは、男のボクがいること。

 変化どころか、そもそも、女の子に変化する前のボクだし……。

 まあ、そういう意味では、分裂したとも言えるんだけど……。


「んぅぅ……むにゅぅ~……んむぅ?」


 ここで、メルが目を覚ました。


「「「「「「あ、おはよう、メル」」」」」」

「……む!? ね、ねーさまがいっぱいいるのじゃ!」


 そして、目を覚ましボクたちを見るなり、メルが驚きの声を上げていた。


「ああ? なんだ、騒がし――は?」


 そして、いきなりボクの部屋の扉が開くなり、今度は師匠が入ってきて、異常すぎる状況に目を丸くしていた。


「……あ、あー……これは、なんだ?」


 額に手を当てて、すごく困ったような様子で、そう尋ねてきました。



 それから、師匠とメルに事情を説明。


 事情と言っても、ボクたちからすれば、朝起きたら増えてた、としか言いようがないんだけどね……。


「まあ、大体わかった。だが、あれだな。全員同じ名前だから、識別名が欲しい。そうだな……まあ、大本は普通にイオでいいだろう。で、そこの小さいイオ、お前は、イオミでいいだろ。で、そっちの耳と尻尾がある小さいイオは……イオリでいいだろう。次、そっちの耳と尻尾がある通常時のイオは……イオナだな。大人イオは……イオネ。最後、男イオか……ふむ、イオトでいいだろ」

((((((て、適当……))))))


 なんとなく、全員そう思った気がした。


 いや、だって、ね?


 全員の名前、ボクの名前に一文字足しただけだし……。


 師匠ってネーミングセンスがなかったり……?


 ……あ、でも、変な名前を付けられるよりは全然いい、かな。うん。そう思おう。


「まあ、とりあえず、話をしながらお前たちを鑑定した。その結果、お前たちは、『分裂』という状態異常にあることがわかった」

「「「「「「分裂?」」」」」」


 本当に分裂だったんだ、これ。


「ああ。まあ、こんな状態異常はまずないんだが……イオの特殊体質がこの状態異常を引き起こしたらしい。本来は、『分裂』などではなく、『具現』というものらしい。まあ、簡単に言えば、想像しているものが一時的に具現化できる程度のものだな。まあ、大それたものは無理だが……」

「え、じゃ、じゃあ、どうしてそんなことに……?(平常)」

「いやまあ……あたしが飲ませた薬が、な? その、何て言うかだな……消費期限切れのものをお前に飲ませた結果、効果が変に絡まっちゃって……『具現』ではなく、『分裂』という名のよくわからん状態異常になった、というわけだ」

「「「「「「……」」」」」」


 ボクたちは揃って無言になり、次の瞬間、


「「「「「「あ、あなたのせいじゃないですかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」」」」


 ボクたちの全く同じ叫びが、全く同じタイミングで放たれた。



「い、いや、まあ……なんと言うか、だな。本当に申し訳ないと思ってる……」


 そして、ボクたちによるお説教の後、ボクたちの目の前には、正座している師匠の姿が。


 師匠は今まで、とんでもないことをして、ボクにまで被害を出していたけど、今回のこれは……色々と問題だよ。


 変な体質になるのは、まあ……一万歩譲っていいとして、まさか、ボクが変化する姿が全て一度に出てくるとは思わないでしょ?


 まあ、一人ちょっと変だけど。


「それで、えっと……なぜ、男のボクが?(男)」

「ああ、それは多分、『具現』の部分だろうな。多分だが、イオ本体の心の中にわずかに残っていた男の部分が増幅され、こうして表に出てきちまったんだろう」

「な、なるほど……(平常)」

「というか、全く同じ顔が二人いるのがなぁ……イオとイオナ。まあ、イオトは男だから微妙に違うんで問題ないが……。それ以外の、イオミ、イオリ、イオネの三人は微妙に違うしな」


 ま、まあ、外見年齢が違うもんね。


 上から順に、イオネ(大人)→ボク(平常)・イオナ・イオト→イオミ→イオリの順番だもんね。


「それで、ししょう。どうすればもとに……? というか、ほんたいって、だれなんですか?(ケモロリ)」

「ん? ああ、この場合の本体は、イオだな。状態異常になっているのは、イオだけだ。正直、見たことない状態異常だからな。まあ、一人だけが状態異常になっているのなら、間違いなく、そいつが本体だろ」

「「「「「「なるほど……」」」」」」


 納得。

 よ、よかった……ボクがちゃんと本体だったみたい。


「別に、誰が本体でも、結局のところ同じイオだしな。まあ、統合されるから最終的にイオに収束されるから問題ないだろ」

「そ、そうですか(大人)」」

「それで、かいけつ方法は?(ロリ)」

「ああ、それなんだが……まあ、この場合は仕方ない。ちょっくら、あたしが作るとしよう」

「え、できるんですか?(男)」

「当然だ。あたしを誰だと思ってる? ってか、あたしが原因だしな。そりゃ、あたしが解決するに決まってるだろ」

「「「「「「ああ、そうですね」」」」」」


 むしろ、師匠が解決できなかったら、一生このままっていう、なんだか奇妙な状態になっちゃうよ。


「まあ、一つだけ問題があるかもしれないが……」

「あれ? 師匠、何か言いました?(ケモっ娘)」

「あ、ああ、なんでもないぞ」


 一瞬、何か師匠が言っていたような気がするんだけど……気のせい、かな?


 でも、イオナが指摘したということは、何か言っていたと思うんだけど……まあ、同じボクだしね。同じ考えをして、同じミスをしても仕方ないよね。うん。



 それから色々と師匠に説明してもらい、一旦お話は終了。


 その日の内に、解毒薬を作ると言って、部屋に引きこもってしまいました。材料自体はあるとのことで。


 その間、ボクたちはと言えば……


「それじゃあ、イオミとイオリはメルと一緒に、廊下と階段の掃除をお願い」

「「「はーい(なのじゃ)!(ロリ&ケモロリ)」」」

「それで、イオナは、リビング」

「うん、わかったよ」

「イオネは、ボクの部屋を」

「了解だよー」

「で、イオトは庭を」

「うん」

「ボクはお風呂をやっちゃうね。で、早く終わった人は、洗濯の方をお願いね」

「「「「「「はーい(なのじゃ)!(平常以外)」」」」」」

「じゃあ、解散!」


 普通に、掃除を始めていました。


 せっかく人数が増えたんだし、いっそのこと、みんなで大掃除をしてしまおうかと。


 こうなってしまったのは仕方がないので、なら、それを有効活用する方法を、と思って、話し合った結果、みんなで家事をしよう、ということになった。


 全員ボクだからね。


 家事スキルはみんな同じ。


 なら、単純計算で六倍のスピードで掃除ができるはず。


 メルがいるのは、手伝ってくれると言ったため。ボクたち全員、ほんわかしました。可愛いよね、メル。


 そんなわけで、大晦日でもないのに、ボクたちの大掃除が始まりました。



 現在、私たちは駅前に集合していた。


 今日はエイプリルフールということで、まあ……依桜の所に遊びに行こうということになった。


 エイプリルフール関係ないけど。


 時間は十二時。

 お昼時ではあるけど、こちらで用意はする予定。


 まあ、ピザを頼もうと思ってるわ。もちろん、私たちのお金。さすがに、依桜に出させるわけないしね。


 ちなみに、依桜にはまだ連絡を取っていない。


 その辺りも含め、サプライズというわけよ。


 まあ、依桜は以前、


『休日は家にいるから、いつでも遊びに来ていいよ』


 って言ってたので、いきなりおしかけても依桜は怒らないし、むしろ歓迎してくれる。


 なんというか、本当に性格がいいのよね、あの娘……。いつか、変な男に騙されないか心配よ、幼馴染は。


 ……ああ、でも、依桜ってピュアな割には、嘘を見抜いてくるのよねぇ、昔から。

 だから、変なことには騙されなかったっけ。


 昔から謎な部分が多かったわね、依桜って。


「おーし、全員集まったみたいだし、依桜の家に行こうぜ」

「そうね」

「おー」

「ああ」


 おっといけないわ。そろそろ行かないとね。



 集合し、依桜の家へ向かう。


 道中、ピザを電話で注文。


 依桜が好きなトッピングを五枚ほど頼む。


 女委はよく食べるし、依桜もなんだかんだで結構食べる。それに、メルちゃんも、ミオさんもいるし、ぺろりよね。


 足りなかったら、最悪追加注文すれば、問題なし。


 そうこうしているうちに、依桜の家へ到着。


 インターホンを鳴らすと、


「はーい、どちらさま……って、あ、みんな!(ロリ)」


 ロリ依桜が出てきた。


 どうやら、今日は小さい依桜みたい。


 あいっかわらず、可愛いわねぇ……ロリ依桜は。


 こう、抱きしめたくなるような可愛さがあるわ。


「おっす、遊びに来たぜ」

「あ、うん。じゃあ、みんな入って入って(ロリ)」


 そう言って、ロリ依桜が言った直後、


「あれ? どうしたの……って、あ、みんな、いらっしゃい(平常)」

「「「「……ん?」」」」


 普通の依桜が出てきた。

 そして、


「あ、ほんとだ、みんなだ。じゃあ、お茶淹れないと(ケモっ娘)」


 ケモっ娘依桜が出てきて、パタパタと足音を立てて、キッチンの方へ向かって行き、


「みんなきたんだね。メルー、みかたちがきたよー(ケモロリ)」


 階段から降りてきたケモロリ依桜がメルちゃんを呼び、


「それじゃあ、ボクはお昼ご飯の準備かな(大人)」

「それなら、ボクも手伝うよ(男)」


 今度は、大人モードの依桜と、まさかの男の依桜が出てきて、そんなことを言っていた。


「え、あ……えぇぇぇ?」

「いや、これは何と言うか……どうなってるんだ?」

「すっげぇ……依桜がいっぱいだ……」

「おぉ、美少女パラダイスだね! やったぜ!」


 一人だけおかしな反応をしていたけど、目の前のとんでもない光景に、私たちは驚き固まっていた。


「えっと、じ、事情も説明するので、中へどうぞ……(平常)」

「「「「あ、ハイ」」」」



 中に入り、ケモっ娘依桜がお茶を用意してくれた。


 他にも、軽く摘まめるものを大人依桜と男依桜が作ってくれて、ちょっとしたくつろぎ空間ができていた。


 いや、リビングなんだし、くつろげるのは当たり前と言えば当たり前なんだけど……。


「それで、えっと、どういうことかしら……?」

「あ、あはは……じ、実は師匠が、変な薬を昨日無理矢理飲ませてきてね……それで、朝起きたら、ボクがこんな風に分裂を……(平常)」

「「「「ま、マジですか……」」」」

「「「「「「マジです」」」」」」


 あの人、とんでもないことを日常的にする時があるけど、今回は今までの中ではとびっきりイカレてるわ……。

 なにせ、依桜が分裂しているわけだし……。


「というか、まあ……普通に分裂したのはいいとして……なんで、男依桜が?」

「ど、どうも、ボクの中にあった、男の部分が増幅されて、それで顕現しちゃった、らしいです、師匠曰く……(男)」

「いやぁ、ほんとミオさんやべぇなぁ……何かしらやべえことばっかするよ」

「だねぇ。でもでも、わたしは依桜君がいっぱいいて、嬉しいよ? 面白い光景だし、何より、美少女に美幼女に、美女に、男の娘だもんね! いやぁ、素晴らしい!」

「「「「「「はぁ……」」」」」」


 あ、全員の依桜が呆れてる。


 でしょうね。


 こんな状況を目の前にしても、女委はいつも通り……どころか、いつも以上に変な反応してるわ。


「にしても、久しぶりに男の依桜を見たな」

「あ、あはは。ボクもそうだよ……(平常)」

「というより、ボクの心の中の男の部分って何なんだろうね?(ケモっ娘)」

「やっぱり、おとこらしくなりたい! とかかな?(ケモロリ)」

「多分。だって、元々男らしくなりたい、とか思っていたわけだし(大人)」

「そうだよね。ふだんから、かわいいとか、きゃしゃ、とかしか言われなかったもんね、ボクたち……(ロリ)」

「うん……。だから、裏ではかなり凹んでたね……(男)」


 す、すごいわね、同じ人物の会話……というか、愚痴ね、途中から。


 光景としては、かなり面白いわ……。


 ピンポーン!


 と、ここで、インターホンが鳴った。


「誰だろう? はい(平常)」

『こんにちは、ピザールです! お届けに参りました!』

「あ、あれ? ボク頼んだっけ……?(平常)」

「依桜、それ私たちが頼んだやつ」

「あ、そうなの?(平常)」

「ええ。依桜の家で遊びに行くついでに、ピザでも、と思ってね。もちろん、依桜が好きなトッピングもあるから、安心してね」

「ほんと? ありがとう(平常)」

「それじゃあ、晶、態徒、ちょっと受け取ってきてくれる? はい、お金」

「ああ、じゃあ、行って来る」

「行ってくるぜー」



 ピザも無事届き、軽くパーティーのような様相となった。


 というか、ほぼ同じ顔が六人いるというこの光景……珍妙すぎよね。


 だって、ほぼ同じ顔の六人がテーブルを囲ってるんですもの。ちょっと……というか、一周回って面白く感じるわね。


 しかも、全部依桜だし。


 どうやら、ミオさんが識別名を付けたようだけどね。


 まあ、わかりやすくていいわね。ないと、全員依桜だから不便だし。


 そんなことはともかく、みんなでピザを食べる。


 正直、この展開は予想してなかったから、足りなさそうよね……。


「追加注文が必要ね……」


 余計な出費になるけど……まあ、いいわよね。依桜のためだし。というか、依桜のためなら、惜しくはないわ。


「あ、それならボクが払うよ(平常)」

「あら、いいの?」

「うん。まあ、本来ならボクは一人だけだったしね……最悪、師匠に払わせるから大丈夫(平常)」

「それもそうだよね。原因、あの人だもん(ケモっ娘)」

「こういう事態が発生した時は、ミオさんより、依桜の方が強いよな……」

「同感だぜ」


 私も。


 ミオさんって、普段は依桜に対してものすごく理不尽に接しているけど、こうなったら、ミオさんよりも、依桜の方が強いのよね……。


 依桜、怒ると怖いし……それが、ミオさん相手にも発揮されちゃってるってことね。


「それにしても、メルちゃんはこの状況、どう思ってるの?」

「最初はびっくりしたが、ねーさまがいっぱいいるのは、儂からすれば嬉しいのじゃ! ねーさまだけじゃなくて、にーさまもいるのがいいのぅ!」


 なんて、私が尋ねていたことに、笑顔で返してきた。


 メルちゃんって、本当にいい娘よね……。


 その正体は、現魔王らしいけど、性格はすごくいいし、依桜にものすごく懐いてるしで、全然そんな風に見えないのよねぇ……むしろ、天使とか言われた方が、全然しっくりくるわ。


「あ、ボクちょっと、師匠のところにピザを差し入れてくるね(平常)」

「ん、了解よ」


 現在、ミオさんは依桜を元に戻すための薬を作っているらしく、部屋に引き籠っているそう。

 今日中に完成させるとか何とか。

 まあ、何事もないといいけどね。



「師匠、ピザを持ってきたんですけど、食べますかー?」

「ん、ああ、もらおう。入ってきてくれ」

「はい。失礼しますね」


 扉を開け、師匠の部屋に入る。


「すまんな。ちっと、調合で散らかっているが……」


 調合中の師匠が、視線を手元から話さずに、そう言ってくる。


「あ、いえ。師匠の部屋が汚いのはいつものことですし、ちゃんと片付けてもらえれば」

「……お前、ほんっとに言うときは言うよな。地味に毒吐くし」

「いえ、ボクは本当にことしか言ってませんよ?」

「……天然ってのは、おそろしいな」


 師匠の言っている意味がわからず、首をかしげる。

 うーん?


「それで、師匠。完成しそうですか?」

「ああ、問題ない。初めて作る薬ではあるが、難度はそうでもない。あたしの手にかかれば、こんなもん楽勝だ」

「さすがですね、師匠」

「まあな。さて……他のお前はいないな?」


 不意に、師匠が真剣なトーンでそう尋ねてきた。


「あ、はい。一応、こっちに来たのはボクだけで、他のボクたちは下で未果たちとピザ食べてます」

「そうか。ならよし。お前に先に言っておくがな……今回、お前が分裂したことで、何と言うか……自我が、他の姿に芽生えた」

「自我、ですか?」

「ああ。本来なら、あいつらはお前自身で、思考も感情も、全て変化したお前のものだったわけだが……今回、あの魔法薬とお前のわけわからん体質のせいで、変に混ざったのがきっかけで、全員に自我が生まれた。その結果なんだが……お前の中に、四人分の人格が増えると思っていい」

「え、四人、ですか? 五人じゃなくて?」

「ああ。イオトはもともとお前の変化した姿じゃなくて、お前の中にあった男の部分が増幅、顕現したものだからな。だから、あいつだけは多分消えるだろう」

「そう、ですか……」


 もしかすると、男に戻れるかも、と思っていたんだけど……そう上手くはいかない、か。

 そうだよね。


「まあ、気にすんな。あいつ自身もわかってるだろ。で、だ。問題はそこでなぁ……考えられるパターンは二つ。一つは、お前が自由に自我を切り替えられる場合。というかまあ、普段から心の中で他の奴と会話ができると思っていい。ちょっとうるさいかもしれないが」

「な、なるほど……」

「で、二つ目。こっちは、変化した姿にのみ別の自我が表面に出てくるパターンだな。基本、主人格は一つで、他の奴は変化しない限り眠っている状態だ。考えられるパターンは、この二つだ。理解したか?」

「は、はい」


 どっちがマシかと言われれば……まだ一つ目の方がマシ、かな。


 二つ目の場合は、変化した際、ボク自身も眠っている、ってことになるわけだし……それなら、普段から起きている一つ目の方がマシかも。


「まあ、どっちに転んでも、お前は戻ったら変に人格が増えるだろう。だからまあ……頑張って!」

「……はぁ。本当、師匠って、どんどんボクの体をおかしくしていきますよね……」

「いやぁ……ははは! マジですまん」


 本気のトーンで謝られた。


 ……師匠、一応悪いと思っていたんだね……。

 ま、まあ、思ってなかったら、それはそれでおかしかったけど。


 この後は、軽く話をして、部屋を出ていった。



 下に戻り、みんなと一緒にピザを食べる。


 追加注文したピザも届き、本当にパーティーのような状況になった。


 それからは、みんなで軽くゲームをしたりして遊び、夕方。


「というわけで、薬が完成した」

「「「「「「おー!」」」」」」


 薬が完成し、ボクたちは歓声の声を上げていた。


 ちなみに、一応見届けたいということで、未果たちもいる。


「それじゃあ、イオ。早速飲め。これは、ちと消費期限が速くてな。完成してから一時間以内に飲まないと、ダメなんだ」

「わ、わかりました。それじゃあ、えっと……みんな、楽しかったよ(平常)」

「うん、自分と話す、っていう不思議な状況にはなったけどボクも(ケモっ娘)」

「なかなかできない、体験だったね(ロリ)」

「ふつうはできないとおもうけど、ししょう、もうやめてくださいね?(ケモロリ)」

「本体のボク、師匠の監視を今後とも強化することを提案しておくよ(大人)」

「そうだね。師匠、いっつも何かをやらかして、ボクたちに害が及ぶんだしね(男)」

「あ、あはは……うん。ありがとう、みんな。それじゃあ、ば、バイバイ」


 バイバイ、とは言うけど、男のボク以外は、みんなボクの中に自我を保持したまま戻ることになるんだけどね……。


 はぁ。また、変な体になるのかぁ……。


 な、なるようになるよね!


 それじゃあ……いざ!


「こく……こく……ぷはぁ……え、あ、あれ?」


 薬を飲み乾した瞬間、ボクの体から……というより、ボクたち全員の体から光があふれ出した。

 それは、眩しすぎて目も開けられないほどの強い光。


「な、なに!?」

「だ、大丈夫か、依桜!?」

「うお!? まぶし!」

「お、おー、人体発光だ!」


 そんな、未果たちの声が聞こえてきたけど、ボクたちはそれどころじゃなかった。

 そして、しばらく発光が続き、光が収まるとそこには……


「「「「「「あ、あれ?」」」」」」


 自分を含めたボクが、六人いました。


「も、戻ってない、わよね、これ」

「どうなっているんだ……?」

「まさか、失敗したんじゃね?」

「いやいや、ミオさんに限って、それはないよね」


 ど、どういうこと?


 なんで、元の姿に戻ってないの?


 なんで、みんなボクの中に入らないで、その場に留まっちゃってるの……?


「「「「「「し、師匠……?」」」」」」


 みんな同じように思ったのか、心配そうな表情で師匠に視線を向けると、気まずそうな顔をする師匠がそこにはいた。


 そして、


「……すまん」


 一言、簡潔に謝ってきました。



 それから、師匠からの説明があった。


「まず最初に言おう……薬の調合、ミスった!」

「「「「「「……」」」」」」

「いや、何と言うか、だな……ちょっと、ミスしてな……入れないものまで入れたら、何と言うか……予定とは違う薬ができた」

「……それで、どんな薬ですか?(平常)」

「……固定の魔法薬」

「「「「「「固定?」」」」」」

「ああ。まあ、簡単に言うとだな……お前ら、一生分裂したまま」

「「「「「「――っ!?」」」」」」


 師匠のその言葉は、ボクたちに相当な衝撃を与えた。

 い、一生……?


「まあ、こんな薬まずないんだがな……どうやら、分裂したものをそのまま固定するようなやつでな。ようは、まあ……お前が、六人のままってことだな。ステータスに関しても、変化時の状態だろう。だから、まあ……六つ子ってやつだな! はっはっは!」

「「「「「「わ……わらいごとじゃな――――――――いっっっ!」」」」」」


 この日、二度目のお説教タイムが入りました。

 師匠は、本当にどうしようもない人でした……。



 後日談。


 変化する、という体質がボクから消失した代わりに、変化した時の姿のボクがずっとこの世界に顕現し続けることになりました。


 師匠が調べた結果、みんなボクと同じ人間であることが確定し、普通に人間の生活をしないと死ぬ、ということが発覚。


 結果、意図せず、ボクは六人姉弟になりました。


 この結果に、母さんは、


「ふぉおおおおおおおおおおおおおっっっ! なにこれなにこれ! 依桜がいっぱい! しかも、ケモロリから、大人依桜まで! しかもしかも! 男の娘依桜! な、なんて素晴らしい! 桃源郷は、ここにあったのか!」


 という風に、大興奮していました。


 普通に受け入れちゃう辺り、母さんもすごいと思います……ボク。


 それに伴い、ボクの持っているお金で、家を増築。さすがに、十人で暮らすには、色々と狭いということになったためです。


 ……まあ、男のボクが消えなくてよかったと思います。



 その後、世間から『美少女六姉妹』、って言われるようになるんだけど……この時のボクたちは、まだ知らない。


 ……というか、美少女ないし、一人男がいるけどね!

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