第413話 大人依桜ちゃんの包容力

 翌朝。


「……んん?」


 朝、顔に当たるものすごく柔らかく、ものすごく温かい何かが顔に押し付けられていることに気づき、少しずつ私の意識が浮上した。


 目を開け、最初に目に入ったのは……肌色だった。


 いや、それしか見えない。ついでに言えば、何かこう、抱きしめられているような気が……だって、後頭部とか背中辺りに手がある気がするもの。


 にしても……甘い、いい匂いね。すごく落ち着くというか……なんか、このままぐっすり眠れる気がするわ……。


 ……いや、ちょっと待って? 今、これどういう状況になってるの?


 私、一体どんなことになってるの?


「すぅ……すぅ……」


 この寝息は……依桜?


 ああ、そう言えば一日経ったから元に戻ったのね。


 ということは、私の顔に押し付けられているのは……間違いなく、依桜の胸ね。


 けど、依桜の胸ってこんなに大きかったかしら……?


 ……そう言えば昨日の夜、お風呂に入っている依桜が、眠いとか言ってたわよね?


 てっきり、疲れたからだと思ったけどあれって……まさか、変化の前兆の方?


 ということはつまり、今の依桜は大人モードなのかしら?


 まあいいわ。とりあえず、顔を出して……と。


「はぁ……なんとか抜け出せ……たぁ!?」

「すぅ……すぅ……ふふふ……」


 え、ちょ、えぇぇぇ?


 私が顔を出し、目の前の状況を認識すると……そこには大人モードになった依桜がいた。というか、私を抱きしめて眠っていた。


 いやいや、そうじゃない。気にするところはそうじゃない。


 気にするべきは……今の依桜の状態よ!


 すっっっっっっっごい! エロい!


 元に戻ってもいいように、と言う理由で通常時に合わせた浴衣を着せていたんだけど、明らかにキャパオーバー!


 背も伸びるし、胸も大きくなるしで、えらいことになってるのよね。


 胸はぎりっぎり桜色の部分が隠れてるけど、あと数ミリ下に行っただけで色々見えそう。


 脚は完全に根元が見えていて、しかもその脚を私の体に絡ませてるし……なんでこの娘、私を抱きしめてるの?


「ふふっ……未果……好き……」


 うっわ、寝言もエロい! なんて艶っぽい声を出してるのよ……!


 女の私ですらドキッとするわよ? それ!


「まずい……私の理性が危うい……!」


 ドキドキって言うかこれ……確実に、『ム』と『ラ』がそれぞれ交互に二回で意味を成す単語の状態になるわ!


 なんでこう、同棲をも魅了するような存在なのよ、依桜は……!


 くっ……女委がよく


『あ、パンツ変えなきゃ』


 とか言ってる理由がよーーーーーーーーく! わかったわ……。


 たしかにこれは……ま・ず・い!


「んっ……もっと……」

「んんっ!?」


 寝言を言った直後、依桜が思いっきり私を胸元に抱きしめて来た。


 やっばい!? いい匂い!? 柔らかい!? 温かい!? あ、ま、待って。マジで混乱する! これが普段の依桜だったらまだマシなんだけど、今は完全に大人モードで色気がとんでもないことになってるから、相当まずい! 色気がムンムン! これじゃ……男どもも前屈みになるわ!


 抜け出さないと、と言うのはわかっているんだけど、謎の魔力が働いているのか、このものすごい包容力から抜け出せない……!


 だって、抱かれ心地がすごくいいのよ!? 正直、このまま眠りたくなるくらい……というか……まず、い……ほ、ほんとうに、ねむ、く……


「くぅ……すぅ……」


 結局、落ちた。



「ふわぁ~あ……んにぃ……おう!?」

「んふぅ~……んぅぅ、めいちゃん……? どうした……の!?」

「すぅ……すぅ……未果……もっと……いいよ……」

「あ……依桜……それ、以上は……」

「おぉぉ……何と言う、百合百合しく、エッチな状態なんだ……!」

「た、たしかに……これは、ドキドキだね!」


 朝起きたら、わたしたちの目の前で百合百合で、エロエロな状況が展開されてたぜ。


 なんか、大人モードになってる依桜君が、未果ちゃんを抱きしめて、エロエロに聞こえるセリフを言っているよ!


 しかも、未果ちゃんまでもが……!


 ハッ!


「写真……写真を撮らねば!」


 これは今撮っておかねば後悔する! というか、これはわたしの次の夏〇ミのネタに使える構図だよ!


 パシャれパシャれ!


「おお、女委ちゃんがパパラッチみたいに、すっごく写真撮ってる!」

「ふへへ、エロい……エロいぞ依桜君! 珍しく受けだよ未果ちゃん! 眼福です、あざます! いいネタだぜ!」

「女委ちゃん、その辺にしておいた方がいいんじゃないかな?」

「おっと、そうだね。ちょっち名残惜しいけど、起こさないとね」

「そうだよ。今日で林間・臨海学校は終わりで、片付けもあるからね、急がないと」

「そだね。んじゃまあ、起こそうか」

「うん!」


 とはいえ、どうやって起こすか……んまあ、普通に起こせばいいよね!


「依桜君、未果ちゃん、朝だぞー」

「二人とも起きて!」

「……すぅ……すぅ」

「ん……ふぅ……くぅ」

「あかん。起きないわ、この二人」

「そうみたいだね。どうしよっか……」


 意外と眠りが深いのか、二人が全く起きない。


 わたしとエナっちでちょっと困っていると、


〈ふっふっふー、ここは私にお任せを!〉


 不意にわたしのスマホから久々の声が聞こえてきた。


「お、この声は、アイちゃん!」

〈やあやあ、お久お久! ついでに、世界外の皆様もお久しぶり! ざっと、プールの時に行った時の回以来ですねぇ! 皆さまはいかがお過ごしですか? 私はなかなか出番がなくて、ちょぉぉっと残念無念また来年でしたが、ざっと四十七日くらいの空間が空いてしまいましたね! いやー、久しぶりのシャバですよシャバ! しかも、おっほー、ご褒美的絵図! ありがとう! イオ様!〉

「メタいねぇ」

「アイちゃんだっけ? すっごく喋るね! あと、なんだかよくわからないことを言ってるね!」


 いやぁ、久々に登場したと思ったら、とんでもなくメタいことを言ってきたね、アイちゃん。さすがというか、何と言うか、自由だよね!


「んで、アイちゃんや、依桜君を起こしてほしいんだけど、できるかい?」

〈もちろのろんですぜ! この私にかかれば、イオ様を起こすくらいわけないぜぃ! んじゃま、早速……〉


 アイちゃんがわたしのスマホから一度去ると、依桜君のスマホに戻った。


 そして、


〈イオ様―、イオ様のとぉぉぉってもエッチな写真が全世界配信されそうになってるんですが、どうします? 何します?〉

「と、止めて!? 絶対に止めて!? 何が何でも止めて!?」


 アイちゃんの言葉に、慌てたような素振りで依桜君が勢いよく起き上がった。


 同時に、ハラリ……と依桜君が来ていた浴衣が落ちた。


 ……まあ、うん。


「わぁ、依桜ちゃんのお胸がさらに大きく! というより、依桜ちゃんが大人になってる!」

「ふぇ……? ――ッ! きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 朝一番の、依桜君の悲鳴で、ある意味一日が始まった。


 いやー、眼福だぜ!



「朝からお騒がせしました……あと、き、昨日のよ、夜のことも……あぅぅぅぅぅぅっ!」


 朝起きて、昨日までの三日間、一日一回は上げていた悲鳴を、やっぱり最終日の朝に上げて、ボクは完璧に目が覚めた。


 そして、さっきのことも謝りつつ、昨日の夜ことも言ったんだけど……昨日の夜のことが恥ずかしすぎて、思わず途中で顔を覆った。


 だ、だって……ち、ちっちゃい姿で


『だっこ……』


 とか、


『あらってぇ……』


 とか言うんだよ!?


 これが二十歳の人が言うこと!?


 絶対言わないよぉ!


 あぅぅぅぅ……! は、恥ずかしいぃ!


「まあ、それはいいわよ。非常に癒されたし」

「うんうん。わたしもあれは嬉しかったよー」

「うちも。普段とは違う依桜ちゃんが見れて満足!」

〈ふふふ、私も実は女委さんたちのスマホや、敷地内の監視カメラを通じて見ていたんで、非常に面白かったですよ! あ、もち、録画済みっすー〉

「アイちゃん、いつの間にそんなことしてたの!?」


 最初の頃に比べてあまり喋らないけど、喋らない裏で何をしてるの、本当に!?


「ふぁぁぁ……あー、まだなんだかぼーっとするけど……ともかく、挨拶をしてなかったわね。おはよう、依桜、女委、エナ」

「あ、う、うん。おはよー、未果」

「おっは~、未果ちゃん」

「おはよう!」


 少し頭を抑えながら、未果が起きあがる。


 なぜか未果は寝起きだと言うのに、気分のよさそうな顔をしているのがちょっと気になる。


「どうしたの、未果? 顔が赤いよ?」

「あー、気にしないで……ちょっととんでもないことをされたものだから……まあ、心地よかったけど」

「そう、なの? それならいいけど……」


 どうしたんだろう?


 何かあったのかな?


 ……そう言えば、ボクも夢の中で未果といたような……? なんと言うか、ベッドで二人一緒に寝ているような光景が……。


 あれって、何してたんだろう?


 変に重なり合ってたけど。


 しかもなぜか……は、裸、だったし……。


 あれ、どういう意味? なんだか、夢の中のボク、変に未果を誘っていた……というより、求めていたような気さえする。


 あの夢の内容って何だったんだろう? すごく気になるけど、あまり考えない方がよさそうな気さえするし……うん、普通に寝てただけだよね!


 うん、そう言うことにしておこう。


「未果、体調が悪いなら付き添うけど……」

「大丈夫よ。ただちょっと、身に降りかかった幸せが、私のキャパシティーを超えていただけだから」

「そう、なんだ?」


 何か幸せなことがあったみたい。


 どんなことなんだろう?


〈何はともあれ、準備した方がいいんじゃないっすかねー。じゃないと、遅れちまいますぜー〉

「あ、そうだね。じゃあ、そろそろ部屋を片付けて、朝ご飯を食べに行こっか」

「「「おー」」」


 と、その前に洋服出さないと。



 ある程度の片づけを終えて、朝ご飯が用意されている広間へ。


「……ま、まふぁは、ひょうほへんはひへるほは……」

「何を言っているのか微妙にわからないが……まあ、なんとなく理解はした。珍しいな、二日連続の変化は」

「うん。朝起きたら大人になってたよ。……ところで、態徒はなんでそんなにボロボロなの? 顔も腫れ上がってるし……」


 部屋を出て、朝ご飯を食べる広間に行くと、晶と態徒がいた。

 なぜか、態徒はボロボロだったけど。

 なんと言うか……誰かに殴られた跡に見える。


「あー、こいつは気にするな。というか、こいつだけじゃなくて、二年三組と二年五組、二年七組の男子は、みんなこいつみたいにボロボロだからな」

「ほ、本当だ……い、一体何が……」

「悪い意味での青春をしたのよ」

「そう、なんだ?」


 悪い意味での青春なんてあるんだ。


 一体どういったことが該当するんだろう?


 ……うーん、昨日の夜のことは、おぼろげにしか覚えてないんだよね、実際のところ。


 より正確に言えば、耳と尻尾が生えた上に体が小さくなっている時などなんだけど。


 何かあるのかな? あの姿って。


 むしろ、ボクの変化する姿って、基本的に何らかの特徴が出てくるんだよね。特徴と言うより、特殊能力かな?


 まあ、その辺りは師匠とも相談、かな。


 ボク自身のことで、ボク自身がよくわからないのなら、師匠に訊いた方が一番確実。だってあの人、下手な書物よりも博識なんだもん。


 知らない間にこっちの世界の知識も身に付けてるし。


 球技大会の時に、師匠が平行世界――ブライズのいた世界に行っていたみたいだけど、その過程で色んな事を経験したみたいだからね。


 でも、なんだろう。


 ボクが並行世界から帰ってきて以降、師匠が今までよりも過保護になったような気がしてならない。


 師匠、一体何を見たんだろう? 向こうの世界で。


 うーん……まあ、今はそう言うのを考える時じゃない、よね。


「依桜君、なんか考え事をしているみたいだけど、どうしたん?」

「あ、うん。ちょっとね。さ、ボクたちも座ろ。ボク、お腹すいちゃった」


 わからないことは多いけど、今はこの行事を楽しもう。


 その内わかるよね。

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