第122話 二日目

『いやぁ、依桜ちゃんが、天使モードだと、なんかやる気出るね~』


 更衣室で着替えていると、クラスメートの女の子、佐々木さんがそんなことを言ってきた。


「そう、なの?」

『うん。依桜ちゃん、普段は女神様みたいだけど、小さい姿だと、天使みたいに可愛いからね~。やっぱり、応援されれば頑張りたくなるよ』

「う~ん、よくわからないけど、がんばっておうえんするね!」


 握りこぶしを胸の前で作って、笑顔でそう言うと、


『『『あ~、癒されるわ~』』』


 なぜか和んだような表情を浮かべていた。



 少し離れたところで、天使の笑顔を浮かべている依桜を見て、女委がこんなことを言っていた。


「依桜君って、本当に可愛いよね~。……やっぱり、依桜君にもお手伝いを頼むべきか……」

「……手伝い? 女委、あなたまさかとは思うけど……来月のアレ、依桜に手伝わせる気?」


 女委の独り言を聞いた未果が、訝しんでいるような目を向ける。


「んー、まあ、依桜君が売り子をやってくれれば、いい感じになると思うし~」

「……いや、でもたしか、女委が書いてる作品って……指定、かかってなかった?」

「かかってるけど、中身が見えなければ問題なし! あと、晶君と態徒君、未果ちゃんにも手伝ってもらいたいんだよね~」

「……そう言うってことは、当たってたのね」

「もち! こう見えて、小学生の頃から参加してますからね!」

「そう……。あと、普通に売り子をさせるわけじゃないんでしょ?」

「うん。大丈夫! ちゃんと、登録はしたから!」

「……え、待って。本気?」


 女委の発言に、未果は口元を引きつらせた。

 それほどまでに、女委のやっていることが常軌を逸していたからだ。


「大丈夫大丈夫! そこまで酷いものじゃないから!」

「……ならいいけど。でも、依桜が大変なことになりそうな気が……」

「う~ん、その辺りは、わたしも考えるさ! 大丈夫だって! 心配しないで」

「……そこまで自信満々ならいいけど……。でも、ちゃんと対策は考えておいてね?」

「当然っ!」


 こうして、またしても、依桜は知らぬ間におかしなことに巻き込まれることになる。

 女委が企んでいることを依桜が知るのは、十二月に入った直後である……。



「おー、来たか……って、やっぱ、その服装なのな」

「あ、あはは……」


 ええ、そうです。


 ボクが今着ている服は、例のチアガール衣装です。

 しかも、今の姿にぴったりでしたよ。


 ……十中八九、サイズに関しては学園長先生に訊いたんだろうけど、だとしても完成度が高い。


 だってこれ、いつもの姿の時に比べても違和感ないんだもん。

 唯一あるとすれば、胸、かな?

 だって、普段はそれなりにあるからね、胸。この姿だと、少し膨らんでるくらいで、目に見えてわかるレベルじゃないからね、結構ありがたかったり。


 ……よく考えてみれば、綱引きとか、この姿のほうが絶対いいよね。


 胸とか、綱で圧迫されそうだし……そう考えたら、タイミングが良かった、のかもしれない。


 ……まあ、だからと言って、この姿が恥ずかしくないわけじゃないんだけどね。

 だってこれ、露出が多いんだもん。


 おへそとか出てるし、スカートも短いし……。

 ま、まあ、普段のあの姿に比べたら、まだマシと思えるけど……。


「でもまあ、あの状態だとエロく見えるけどよ、今の依桜だと、可愛いだけだな」

「え、エロくないもん! ……たぶん」


 最近、みんなにエロいとか、エッチとかよく言われるせいで、自信がなくなってきたよ……。ボクって、エッチなのかなぁ……。


「自分でも自信がないのか」

「仕方ないわよ。天然系だものね」

「て、てんねんけい? ってなに?」

「気にしなくていいわよ、こっちの話」

「そ、そう?」


 どういう意味だったんだろう?

 ちょっと気になるけど、ここで言及したところで、あれなことに変わりはないので……うん。意味はない、と思います。


「それにしても、依桜君への視線が多いねぇ。やっぱり、目立つね」

「そ、そう、だね。……一人だけ、小学生がいる、もんね」


 見た目は、だけど。


 外見と中身の年齢が全然合ってないもんね、この姿。


 ボクの今の外見は、九~十歳程度だもんね……。


 そう言えば、ボクって十九歳って言ってたけど、あれってあくまでも数えだから、実際は十八、なんだけどね。まあ、うん。対して差はないけど。


「それもあると思うが、ほとんどは依桜の容姿のせいだろうな」

「ボク?」

「そうね。やっぱり、天使みたいだものね、幼女依桜は」

「て、てんしって……そ、そんなものじゃないって」

「そうかなぁ? この会場にいる人って、昨日よりも増えてるんだよ」

「ん? そうなのか?」

「うん。ちょっと学園のネットワークに侵入して、今のところの入場者数を軽く調べたら、昨日よりも増えてたんだよね~。大体、二倍くらい?」

「……たかだか体育祭ごときで、そんなに増えるものか?」


 うん。たしかに、それはボクも思うよ。


 この学園は、お祭り好きとして有名だけど、あくまでも、市内。どんなに広まっていたとしても、県内程度だと思うのに……なんで、昨日よりも二倍以増えてるの?


「まあ、最近になってこの学園は有名になってきてるからね~。なんでも、この学園を志望している中学生増えてるみたいだよ?」

「へぇ~。てことは、来年は倍率がかなり高くなりそうね」

「でも、なんで今年?」

「……無自覚って、怖いな」


 晶、なんでそんなに呆れたような目を向けてくるの?

 あと、態徒たちも、なんでそんな微妙な表情をするの?


「少なくとも、理由は依桜君だろうね」

「ど、どうして? ボク、ふつうの高校生だよ? ゆうめいになったと言っても、モデルとエキストラをやったていど、だと思うんだけど……」

「いや、その時点でおかしいから。普通の高校生は、そんなのに出ないわよ」

「……だ、だよね」

「まあそれはそれとして、依桜がこの学園に通っていることは、全国的に知られてるしな」

「え!? プライバシーのしんがいなんだけど!?」


 なんで、ボクの通ってる学園がばれちゃってるの!?

 もしかして、あれ? マスコミの人たち?

 たしか、ボクの住んでる街と、通ってる学園までは絞れた、って言っていたような気がするし……。


「多分、インターネット上でリークされたのかもね。それに、依桜君はネット上じゃアイドルみたいなものみたいだしね! やっぱり、そんな人がいる学園に通いたいんだよ、きっと」

「……な、なんか、どんどんとんでもないことになってるような気が……」

「気が、って言うか、ほぼ確定だろ」

「まあ、元々倍率高い学園だけどね。たまたま依桜君の存在が世間に認知されちゃっただけで」

「……ふつうはにんちされないよぉ」


 どうして、一介の高校生を必死に調べてるんだろう、マスコミの人たち。


「仕方ないね! で、話を戻すと、今日のお客さんの人数が多いのは、依桜君がまたネットで拡散されたからだね」

「……なんかもう、ききたくはないけど……いちおう、きくよ。なんで?」

「昨日の依桜君と言えば、かなりエッチだったからね! 障害物競走とか、二人三脚とか!」

「……は、はずかしかったんだから、思い出せないでよぉ……」


 特に、障害物競走なんて、ほとんど黒歴史だよ。

 来年は、絶対に出ないと誓ったもん、あれ。


「まあ、やっぱりいたんだよね、撮影していた人。まあ、投稿、消す、投稿のいたちごっこだったみたいだけどね。それでも、話題を呼ぶには十分だったってことだね」

「う、うぅ……あのはずかしいすがたがさらされてたなんてぇ……」


 なんだろう。涙が出てきた……。


 ボク、知らないうちに、どんどん恥ずかしい姿がインターネット上でさらされてる気がするんだけど……。

 インターネットが普及した世の中の代償だよね、これ。

 みんな、SNSとかで晒しすぎだよぉ……。


「正直、ドンマイ、としか言えないな」

「……晶、なぐさめになってない……」

「でもまあ、お客さんが増えたからいいんじゃね?」

「よくないよっ!」


 気楽な態徒はいいよね! ボクとは違って、なんにも晒されてないから!


 と思ったら、


「あ、そう言えば態徒君も晒されてたよ?」

「なんだと!? ど、どんな内容?」


 態徒、何を期待してるの? 正直、晒されてるって言ってる時点で、碌な内容じゃないと思うんだけど。


「昨日、ボコボコにされてた時の写真」

「……」


 あ、無言になった。

 と思ったら、額に手を当てて、空を仰ぎだした。

 ……よく見ると、一筋の雫が流れてる。


 ……うん。あれを見られたら、泣きたくなるよね。恥ずかしいもん。

 昨日のあれを見ていたら、全然恥ずかしいとは思えないけどね。


「まあ、なんだ……元気出せよ、態徒」

「……晶のその優しさが、沁みるぜ……」

「態徒からしたら、本当に災難ね。体はボロボロにされた上に、ネットで晒されるなんて」

「だね。世の中侮れないね。でも安心してよ、これ、むしろ好評らしいから」

「……え、マジ?」

「うん。なんでも、ボロボロになっても立ち向かう、漢の鑑とかなんとか」

「ほ、ほう?」


 あ、元気になりだした。


「ちなみに、女の子の方からも、好意的な声が出てるみたいだね。好みとか、カッコいいとか、こんな人だったら、抱かれてもいい、とか」

「マジ? おっしゃ! 元気出た!」


 な、なんて単純なんだろう?


 まあでも、態徒らしいと言えば、態徒らしいよね。

 それに、実際、本当にかっこいいと思ったもん、ボクも。


 でも、なんか一つ気になる単語が。


「ねえ、抱かれてもいい、ってどういう意味?」

((((しまったっ))))


 あれ? なんか、みんな焦り始めたような……?

 なんでだろう?


(おい、どうするよ。明らかに、地雷だろ今の発言)

(女委、頼んだわ)

(え、わたしが悪いの!?)

(まあ、言ったのは女委だしな……)

(で、でも、わたしはあくまでも、投稿されたコメントを読み上げただけだから! 原因は、態徒君にあるよ!)

(お、オレぇ!? いやいやいや! 言ったのオレじゃない!)

(でも、相手は態徒よね? なら、態徒が言うべきね)

(ちょっ、さっき女委に頼むとか言っておいて、結局オレかよ!)

(((じゃあ、よろしく)))

(くそぅっ!)

「え、えっと……」


 なんか、こそこそと話し出したんだけど、これ、ボクはどうすればいいの?

 そう思っていたら、


「あ、あのだな、依桜。だ、抱くっていうのは、え、えーっと……だ、抱き枕代わりにするってことだ!」

(((つまらない回答……)))

「そ、そうなの? でも、なんで?」

「な、なんで、だと? あ、あー、えーっと、だな……あ、あああれだ! い、一緒に寝たいだけだ!」

(((あながち間違いじゃないけど!)))

「な、なるほど? そ、そっか。そう言う意味、なんだ」

((((納得しちゃったよ! さすが、ピュア!))))

「と、とりあえず、そろそろ競技が始まるみたいだしよ! あ、晶は最初みたいだし? オレたちは応援に行こうぜ!」

「あ、もうそんな時間なんだ」

「それじゃ、俺は競技の方に言ってくる」

「がんばってね」

「ファイトだよ、晶君!」


 なんだろう、未果、晶、女委の三人が、何かに便乗したような気がしたんだけど……気のせい、だったのかな?

 うーん、何か変なことでも聞いたのかなぁ、ボク。


「……もう一度調べたほうが――」

「「「「調べなくていいから!」」」」


 全力で阻止されました。

 ……なんで?

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