第109話 借り物・借り人競争(態徒の場合)

「やあやあ、一位獲ったよ!」

「おかえり。そして、おめでとう」

「すげえな。オレたちが出た競技、今んとこ全部一位だぜ?」

「そう言えばそうね」


 態徒君が言う通り、わたしたちが出た競技って、全部一位なんだよね。

 晶君は、この次の競技の二人三脚が初だけど、態徒君とだしね。きっと勝てるさ!

 でもあれだね。一位を獲れるって言うのは、嬉しいことだね。


「それで? 女委も依桜を連れて行ってたみたいだけど、どんなお題だったの?」

「えっとね、『天然系エロ娘』」

「……そりゃまた、えらいもん引き当てたな」

「まあ、この会場内にいるとしたら……依桜くらいのものよね、そんな娘」

「でしょでしょ? それに、わたしはすっごく得したからね!」

「得? 何かいいことでもあったのか?」

「もっちろん!」

「女委がそこまで喜ぶとなると……エロ絡みかしら?」

「さすが未果ちゃん! 二人とも、こっち来て来て」


 この二人だったら、聞かせても問題ないよね! ということで、二人を近くに手招き。


「はい、じゃあこのイヤホンをどうぞ」


 近くに来た二人にワイヤレスイヤホンを手渡し、着けてもらう。


 ポケットから取り出しますは、さっきの超小型カメラ! それをわたしのスマホに接続! そしてそして、画面を点けて、先ほどの映像を再生!


『――ふふっ、私、あなたのこ・と・が……ぜーんぶ、だぁいすき、ですよ? その体も、心も、全部……ぜーんぶ……❤』

「「ぶはっ!」」


 するとどうでしょう! 未果ちゃんと態徒君が、鼻血を出したではありませんか!

 うん。だよね!


「な、なにこれ? なんで依桜が、こんなに似合わないこと言ってるの? ……いや、ある意味似合ってる、と言うか、似合いすぎてるけど」

「やべえ、依桜の奴、こんなエロいこと言えるのかよ……。しかも、表情とかマジやべえ」

「それがね、判定する先生が、なかなか信じてくれなかったんだよ。それで、依桜君にこのセリフを言って、って」

「……なるほど。依桜は純粋だから、何の疑いもなくやったのね。……にしても、すごいわね、これ。とてもピュアな娘ができるようなことじゃないわ」

「同感だ。……やっぱ、年上だからか?」


 まあ、依桜君の実年齢、十九歳だからね。

 年上の魅力、ってやつなのかな? あそこまで妖艶な雰囲気を出せるとは思わなかったけど。


「たしかにこれは、天然系エロ娘、ね。……でもこれ、元男なのよね」

「それを言ったらお終いだぞ、未果。……つか、依桜が『私』って言うのは、正直違和感ないな」

「依桜君、可愛いからねぇ。でも、やっぱり依桜君は『ボク』だよね」

「それはそうよ。昔からあの一人称だもの。むしろ、『俺』とか言ったら、ビビるわ」

「それは似合わないねぇ。依桜君、大人しいもん」


 まさに男の娘と呼べる存在な依桜君が、俺って言ったら、ちょっと戸惑うよ。

 最も似合わない一人称と言えるね。


「にしても、よく依桜にバレなかったな」

「たしかにそうね。私の時なんて、普通にバレたんだけど」

「事前情報があったからね! それに、わたしは未果ちゃんと晶君ほど、依桜君と一緒にいる期間が長いわけじゃないからね!」

「まあ、晶は九年で、私に至っては、十年以上の付き合いだもの。バレて当然ね」


 そうそう。


 わたしが依桜君と関わるようになったのって、中学の入学式の日だしね~。

 その時、同時に未果ちゃんたちとも仲良くなったのを覚えてるよ。


「ん? でもオレ、すぐにバレるんだけど」

「それは、態徒が馬鹿なだけよ」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」

「でも、態徒君って、嘘を吐くの下手じゃん? いっつも、勝手に自爆してる気がするし、それに、表情にでやすいもん、態徒君」

「な、なん、だと……」


 ありゃ、気付いてなかったんだ。


 でも、実際そうだしなぁ。


 すぐに鼻の下は伸ばすし、嘘を吐く時、ものっすごい目が泳ぐし。ほかにも、誰でもわかるレベルで、声が震え、上ずるから、かなり分かりやすい。


 態徒君レベルだったら、誰でも嘘を見破れるんじゃないかな。


「まあでも、依桜君がそっち系の知識とかなかったできたゴリ押しであって、もしも知識があったら、絶対バレてたと思うけどねぇ」

「あー、それは確かにあるかも。ピュアすぎて、自分が言ったセリフが、周囲からどう捉えられてるかとか、分かってなさそうだもの」

「それはあるな。オレだって、依桜が性知識の『せ』の字すらないくらいのピュアな奴だと知ったのって、今朝だしな。普通に驚いたぞ」


 それはおそらく、あの更衣室にいた人たち、全員が思ったことだと思うよ。


 だって、子供を作るのに必要な行為は『キス』って言うんだもん。


 驚くなって言う方が無理な話だよね、あれ。


 同時に、あの場にいた人みんな、自分の心は汚れていると、若干落ち込んでたし。


 わたしは……全然落ち込んでいませんとも。

 エロい体系に、雰囲気を醸しだしてるのに、本人はかなりのピュア娘ちゃんなんだよ? 同人作家として、これ以上ないくらいの、逸材ですよ。


 もちろん、キャラクターのモデルとしてね!


「女委のお題もなかなか酷かったけど……さすがに、これ以上酷いお題はないでしょ。少なくとも、依桜を連れて行くようなお題はね」

「そうだといいね。さすがに、これ以上依桜君を動かすのも、ちょっと忍びないし……」

「次の二人三脚だけじゃなくて、初日の目玉である、美天杯もあるからな」

「そうね。できるだけ、体力を温存させておきたい……のだけど、依桜に限って、この程度で疲れることはないでしょうね。依桜の体力は、無尽蔵も言えるレベルだし」

「「たしかに」」


 言われてみればそうだね。


 ついつい、普通の人の感覚で話してたけど、依桜君ってかなり異常だからね。


 例えば、授業でやる1000メートル走(女子の場合。男子は1500メートルです)とか、平均的なスピードで本人は走ってたみたいだけど……依桜君、息切れ一つなかったもん。それどころか、汗もかいてなかった。

 その時点で、体力が無尽蔵と言える。


 前、依桜君に、最高時速ってどれくらいなの? って聞いたら、


『う~ん、身体強化を最大限かけたら、音速に届くか届かないかくらい、かな? 身体強化がなかったら、100キロくらい』


 って返ってきた。


 異世界帰りってすごいんだねぇ。


 乗り物のスピードを超えられるみたいだよ、依桜君。


 あと、マッハに届くか届かないかくらいって……それ、亜音速なんじゃ? と思って依桜君に言ったら、


『ボクはまだマシな方だよ。師匠なんて、ボクの十倍以上速いし……』


 って言われた。


 いやいや、ミオ先生って、本当に何者?


 前に、月を壊せるって言われたり、地球割りもできるんじゃないか、って言われたりしたけど……そこからさらに、異常な速さで走ることも追加されたと考えると……ミオ先生って、某暗殺漫画に出てくる、黄色い超生物以上なんじゃ?


 もしも、これが物語だったとして、ミオ先生って、相当ぶっ飛んだキャラになるよね? それも、よくいる最強系主人公よりも、圧倒的異常な性能を持ってることになるよね?


 どんなに強い、無双系主人公でも、生身で音速以上のスピードで走る人とかはみたことないねぇ。


 どれほどミオ先生が異常なのかがわかる話だったよ。


 いやぁ、そんな人の弟子をしてたなんて、依桜君もすごいねぇ。



 色々と未果たちと話していると、


「では、8レース目に走る選手は、準備をしてください」


 オレの出番となった。


「おし、じゃあ行ってくるぜ」

「がんばってね。当然、一位を目指すのよ?」

「もちろんだぜ!」

「いいお題が引けるといいね!」

「おう! オレだって、二人みたいな奴を狙ってくるぞ! じゃ!」


 そう言って、オレはスタート地点に向かい、スタートを待つ。


 両サイドを見れば、いかにも運動部ですよ! って奴が、東軍に何人かいた。


 しかも、大会で好成績を残している奴も混じっている。

 すごいな。出場制限があるのに、こんな競技に出るとか……頭悪いのか、東軍。


「それでは、位置についてー。よーい……」


 パァン!


 最早、何かを稼いでいるんじゃないかと思えるような、お決まりのセリフと音で、一斉にダッシュ!


 目指すは当然、50メートル先にあるお題が書かれた紙が入っている箱!


 幸い、オレは運動だけはある程度得意だったので、割と高順位で走れていた。


 オレより前にいるのは二人。どちらも、西軍だった。

 味方が先頭だから、安心だ。


 そんなことを考えつつ、オレも箱のところに到着。


「よーし、オレだって、いいもの引くぜ!」


 そう意気込みながら、箱に手を突っ込む。


 かなりの数の紙が入っているのがわかる。これ、一体何枚入ってるんだ?


 ふーむ、これだけあると迷うが……ずっとここにいたら、後ろの奴らに追いつかれるな。それは困る。


 よし、決めたぞ! これだ!

 悩んだ末、一枚の紙を取り出し、開く。


 そこには、


『同性愛者』


 ……馬鹿にしてんのか、このお題。


 よりにもよって、なかなかいないであろうお題を書きやがったよ。


 オレが期待したのは、未果とか女委が引き当てたような奴なんだよッ!


 そうすればよ、それを口実に、女子と手を繋げたかもしれないってのに……なんだこのお題!

 オレの夢を返せよ!


 そもそも、自分から進んで同性愛者だ、と言うような奴って、なかなかいないぞ!? どっちかと言えば、隠している人のほうが多い気がするんだが!


 にもかかわらず、お題にこれを入れる辺り……頭がおかしすぎる!


 つか、オレに頭がおかしいって言われたらお終いだろ! 自分で言ってて悲しくなるけども。


 ……いや、落ちつけ。落ち着くんだ、オレ。

 一応いるじゃないか、身近に。


「よし。行くか」


 そんなわけで、



「ついてきてくれ、依桜」


 オレは依桜のところに来ていた。


「え、えっと、またボク?」

「おうよ」

「……まあ、いいけど」

「よっしゃ! じゃあ行こうぜ!」


 了承を得られたんで、勢いで依桜の手を握る。


 や、柔らけえ!? それに、小さい! あったかい! すべすべ!


 じょ、女子の手って、こんなに素晴らしいものだったのか!


 くそぅ! 世の中のリア充共が羨ましいぞ、コンチクショ―!

 ……いや、逆に考えるんだ。依桜のような超美少女と手を繋げたんだ。そうそう訪れないラッキーだと!


 ……しかし柔らかいな。

 いつまでも握ってたくなる心地よさもあるし……恐るべし、依桜。


 っと、そんなことはどうでもいいか。

 傍から見ている奴は、オレがどうして、女委を選ばなかったのか、そう思っていることだろう!


 これにはちゃんと、訳があるのだよ!


 ……まあ、そこまで複雑なもんじゃないがな。


 簡単に言えば、依桜が恋愛した場合、どうあがいても、同性愛者で捉えることができるからな!


 だってよ、今の依桜が女子に対して、恋愛感情を持てば、何も知らない奴から見たら、それはどう見ても、同性愛になるわけだ。


 で、反対に男が好きになった場合、依桜が元男だと知っている奴らからすれば、それもそれで同性愛になるというわけだ!


 え? なんか過去にも似たような話を見たって? 気のせいだよ気のせい!

 仮にそうだったとして、その話をしたのはオレじゃない奴だしな!



 依桜の手の感触を楽しみつつ、ゴール地点へ。

 そうすると、未だに誰もいなかった。


 未果と女委の時もそうだったが、オレたちって、結構運がいいんじゃね?


 普通、こうも立て続けに一位を獲れるわけないしな。


 見れば、他の奴らはまだ走り回ってるしな!


 はっはっは! オレは依桜と言う名の、超美少女と手を繋ぎながら、ゴール地点まで来てやったぜ!


「お願いします」

「はい、確認しますね。えーっと……え、本当に、そうなの?」


 判定役の先生がお題の紙を見ると、驚愕しだした。


「ほんとっす」


 オレが断言すると、何度も紙と依桜の顔を交互に見続ける。


「えーっと、男女さんって、恋愛するなら、男の子と女の子、どっちがいい?」

「え? え、えーっと……す、好きになれたなら、どっちでもいいかなー、なんて……」

「……そ、そうですか。ご、ゴールして大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」


 お礼を言って、オレたちはゴールテープを切った。


『ゴール! 八レース目、最初にゴールしたのは、一年六組変之態徒君です! またしても、一年六組の選手が一位を獲得しました! そして、三度目も連れてこられている男女依桜さんと手を繋ぎながらのゴール! これは、会場内にいる人たちから大ブーイングの嵐です! 羨ましいぞこの野郎!』


 なんたる優越感!


 ハハハハハ! これが、友人の特権って奴なのだよ!


 ……っと、こんな馬鹿なことを考えてる場合じゃないな。うん。


「えっと、態徒はどんなお題を引いたの?」

「……気にするな!」

「……今の間が気になるんだけど……まあ、聞かないでおくよ」


 ん? 問い詰められなかったぞ?


 おかしいな。


 いつもの調子だったら、確実に聞かれると思ったんだが……まいいか!

 バレないならバレないで、それに越したことはないよな!


「それじゃあ、ボクはそろそろ着替えてこないといけないから、またね」

「おうよ! ありがとな!」

「うん。じゃあね」


 そう言って、依桜が更衣室の方へ向かって行った。


 ……にしても、あんなにエロい恰好してるのに……慣れたのか? あれ。


 いや、オレ的には眼福だし全然よかったけどな!


 至近距離で、依桜のおっぱいが揺れるのを見ることができたし!


 いやあ、友達でよかったぜ!


 ……まあ、会場からはものっそいブーイングされてるがな!



 この時、態徒が依桜を連れてきたことにより、なぜか女子からの告白が増えたそうだが……この時の依桜は、その理由を知る由もなかった。

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