第399話 依桜ちゃんの恥ずかしい過去話
思わぬアクシデントを処理した後は、お風呂から上がって部屋で休む。
と言っても、今日はもうやることもないし、後は寝るだけなんだけどね。
「まさか、全員鼻血を出して沈むとはね……。相変わらず、依桜は恐ろしいわ」
「え、ボクが悪いの……?」
「……まあ、自覚があるわけないわよね。これは」
未果の呆れながらのその発言に、二人もうんうんと頷く。
あれ、ボクが悪いの……?
「さて、今日はもう寝ましょうか。布団敷くわよ」
「「「はーい」」」
布団を敷いて、それぞれ寝転がる。
並び的には、ボクが真ん中で、右側に未果、左にエナちゃんで、女委が未果の右側にいます。
じゃんけんで決めた結果です。
どういうわけかみんな、ボクの隣になろうとしていたもので……。
なんでだろうね?
「う~、なんだか興奮して眠れない……」
「まぁ、エナの言うこともわからないでもないわ。こう言うのって、楽しくてついつい眠れなくなっちゃうのよね」
「じゃあ、何か話そうぜー。昔話とか」
「あ、いいね。何を話す? 昔話と言っても、色々とあるけど……」
「そうね……普通にやってもつまらないし、ここは一つ。じゃんけんで決めましょう」
「えー、でもそれ、依桜ちゃんが圧倒的に有利過ぎないかな? だって、いっつも勝つんだもん」
「依桜ちゃんって、そんなにじゃんけん強いの?」
「ボク自身は、そこまで強いわけじゃないんだけどね……」
ボク、と言うより、ボクの幸運値が高すぎるのが理由なんだけどね。
「なるほどー。でも、面白そうだし、うちはそれでいいよ!」
「ボクも、まあ、いいかな?」
「まあ、勝てばいいんだもんね! じゃわたしも賛成で」
「満場一致ね。はい、じゃーんけーん……」
「「「「ぽん!」」」」
「ま、負けた……」
ボクが負けました。
あ、あれ? おかしい……こういうのって、ボクが勝つのがいつものパターンなんだけど……。
うーん、どうしてだろう?
「はい、依桜の負けね。じゃあ、依桜、昔話よろしく」
「えっと、負けたから、って言うわけじゃないんだけど、昔話って一体何を話せば……?」
「あー、それもそうね。お題があった方が話しやすい、か」
「じゃあ、過去の恥ずかしい話!」
「その案頂き」
「え!?」
「依桜ちゃんの恥ずかしいお話……聞きたい!」
「え、えぇぇ……」
もしかしてこれ、決定事項? 決定事項なの……?
「あ、あの、恥ずかしい話じゃないと、駄目……?」
「「「ダメ」」」
「さ、さいですか……」
恥ずかしい話……恥ずかしい話……。
……あれ、かなぁ。
「じゃあ、えっと、ボクがまだ男だった時の話で――」
あれは、去年の五月下旬頃。
男だった時のボクと言えば、まあ、うん。周囲からは好奇的な視線をもらっていた。
その日はいつも通りの日常。
ただ、その日は未果や晶、態徒の三人は家の用事で、女委に関しては学園の方でちょっと用事が、と言っていて、四人全員に予定が入っていたらしく、今日は一人で帰ることになっていた。
「ふぅ、これで日誌の方はお終い、と。先生に提出して、早く帰ろ」
たしか今日は、お肉屋さんの方で豚肉が安くなるって聞いたし。
いいのがあったら、肉じゃがにでもしようかな。
あとは、安かったら魚も買って、焼き魚に。あとは……うーん、とりあえず、商店街に行ってから考えよう。
なんてことを思いながら、ボクは職員室へ向かった。
「失礼しました」
一言言ってから、職員室を後にする。
あとは、商店街に寄って、お買い物をするだけ。
あらかじめ荷物を持っていたので、そのまま帰宅……しようとしたところで、
『ね、ねえ君、ちょっといいかな?』
「はい、なんでしょうか?」
不意に、女子生徒に話しかけられた。
特に見覚えはない……はずの人。
見たところ、ボクよりも年上に見える。だって、身長がボクより高いし……。
……まあ、そんなことを言ったら、ボク以上に身長が高い人なんて、いっぱいいるわけだから、その人たち全員、ボクより年上、ということになっちゃけどね。
「あの、確認なんだけど、君は、一年生の男女依桜君、でいいのかな?」
「そうですけど……えっと、どうしてボクの名前を?」
『あ、ごめんなさい。その、君と同じ中学校だった人が友達にいて、その子から聞いたの』
ボクと同じ中学校……。
それだけで、ちょっと嫌な予感がするのはなんでだろう……?
「それで、あの、ボクに何か用が……?」
『あ、うん。その、今って時間はあるかな……?』
「えーっと、少しなら時間はありますけど……」
『よかった! じゃあ、ちょっとついてきてもらえるかな!?』
「構いませんよ」
『ありがとう! こっちだよ!』
「わわっ!」
なぜかすごく喜んでいる年上っぽい女子生徒にいきなり手を引かれて、ボクはどこかへと連れていかれた。
そうして、たどり着いた場所は……
「服飾室……?」
『そうだよ! 入って入って』
「は、はぁ……」
どうして服飾室に連れてこられたのかわからないまま、ボクは促されるままに中へと入る。
するとそこには、四人くらいの女子生徒が何やら可愛らしい服を持って座っていた。
見たところ、メイド服、ワンピース、巫女服、ウェイトレス、あとはエプロンドレス、かな?
このラインナップは何?
どうして、普通の衣装じゃなくて、明らかにコスプレだとわかるような衣服ばかりがあるの?
……このパターン、以前にも見たことがあるんですが。
だ、大丈夫だよね? 変なことにはならないよね?
「あ、あのぉ~……こ、これって、どういう状況、なんですか……?」
『『『『『お願い! ここにある衣装を着て!』』』』』
今の状況がよくわからず、ここに連れて来た上級生(多分)の人に尋ねると、いきなりこの場にいる人たち全員が頭を下げながら、そんなことを言ってきた。
言葉の意味がわからず、一瞬の間硬直する。
「ど、どうしてですか!?」
そして、なんとか言葉の意味を理解すると、ボクはどうしてその服を着なければならないのかを尋ねた。
いきなり着て、と言われても……ね?
だって、どう見ても男性用じゃなくて、女性用の衣服だし……。
『だって! あなたすっごく可愛いんだもん!』
「か、かわっ……!?」
『その、長めでさらさらな銀髪! 真ん丸な碧い瞳! ふっくらとした桜色の唇! そして、華奢な体躯! 女の子よりも可愛らしい男の娘がいるのなら、是非ともその娘が可愛い服を着ている姿を見たいの!』
「……」
『中学生の頃に、ふりふりのドレスを着ていたのを見て、ズキューンって来たの! だからお願い! これを着て、写真を撮らせてほしいの!』
……嫌な予感は、当たった。
と言うか、中学生の頃、ボクが女装した姿を見てたんだ……。
あれは今でも、ボクの中で黒歴史になってるよ。
そもそも、女の子じゃないのに、どうして女の子の格好をしないといけないのか? って、何度も思ったもん。
ボク、男だよ。
「あ、あの、さすがに、は、恥ずかしいというか……そもそもボクは男なので、似合わない、とおも――」
『そんなことないよ! 絶対に似合う! だって中学生の時に男女君が女装した後、ファンが激増したんだもの!』
何それ初耳!?
え、ファン? ファンって何!?
『私も、あの後もう一度だけでもいいから見たいと思っていたの! そしたら今年、男女君が入学して来たのを知って、裏でファンの人たちが沸いたのよ!』
なんでそうなってるの!?
ファン、この学園にどれくらいいるの!? すっごく気になるんだけど!
そもそも、この学園にもファンがいるってことだよね、それ!
ボクの知らないところで、ボクに関する何かが裏で行われているというこの状況……どうしてこんなことになってるんだろう……?
……あ、いや、今はそんなことを考えている場合じゃなくて……この状況をどうにかしないと……!
「え、えっと、さすがに、恥ずかしいので、できればお断りしたいところなんですが……」
『そんな! お願いだよぉ! 一着でもいいから、このどれかの衣装を着てよぉ!』
「そ、そんなことを言われても……トラウマと言うか、黒歴史と言うか……ストレートに言うと、着たくない、んですけど……」
『『『『『ぐふっ……!』』』』』
あ、胸を押さえだした。
……どうしよう、なんだか申し訳ないような……。
そんな事を思っていると、ゆらり、という効果音が付きそうな感じで、上級生の人たちが立ち上がる。
『じゃあせめて、この不思議の国のアリス風のエプロンドレスだけでも!』
『頑張って男女君のために作ったの! だから、お願い! これを着て! そして、写真を撮らせて!』
が、頑張って作ったって……。
わざわざボクに着せるためだけに、そこまでのことをするなんて……。
それを断るのも、なんだか申し訳ない気が……。
…………うぅ。
「……わかりました、それだけですよ……?」
『『『『『ありがとう!』』』』』
はぁ、なんでこんなことに……。
『可愛いよ! 男女君!』
『最高! なんだか、ネットにアップしたくなるくらいに可愛い!』
「それはやめてくださいね!?」
数分後。
ボクは、水色と白を基調としたエプロンドレス(+リボンカチューシャ)を着させられていた。
なんと言うか、ひらひらしていてちょっと落ち着かない……。
たしかに可愛らしい衣装なんだけど、これは絶対にボクが着るような服じゃないよね、これ。
ただ、自分で着ると言ってしまった以上、付き合わないといけないので、我慢するけど……。
『……うん! いい写真が撮れた!』
『いくつもバックアップをしておこう……!』
見たところ、満足したみたい。
「それじゃあ、ボクはそろそろ……」
『待って!』
お暇しようかと、元の制服に着替えようとした途端、待ったがかけられた。
「な、なんですか……?」
『やっぱり、もう一着着て!』
「さっき一着だけって言いましたよね……?」
『確かに言ったけど、やっぱり他の衣装も着てほしくなったの! 後生だから、着てください!』
「さ、さすがに嫌ですよぉ! 一着だけっいう話じゃないですか!」
『それはそれ! これはこれ!』
『約束は破るためにある!』
「言ってること、かなり酷いですよ!?」
明らかに人として言っちゃダメなことを言ってるよ、この人たち!
『こ、こうなったら……力尽くで着てもらうしかない!』
「なんでですか!?」
断ったら、なぜか力尽くでと言い出してきた。
『かかれー!』
『『『『おー!』』』』
「な、なんでこうなるんですかぁーーーー!」
いきなり襲い掛かられ、女装していることも忘れて、ボクはその場から逃げ出した。
『『『『『待ってー!』』』』』
「はぁっ、はぁっ……ま、まだ、追いかけてっ、来てる……っ!」
本当はダメなんだけど、ボクは今、校内を全力疾走していた。
だって怖いんだもん!
ちょっと血走った眼で追いかけてくる人たちに、恐怖心を抱きながら走る。
「うぅっ、スカートっ、だから……はぁっ、ちょっとだけ、走りにくいっ……!」
でも、足を止めるわけにはいかない!
だって、止めたら何をされるかわからないんだもん!
息も切れ切れで、正直かなり苦しい。
体育の授業でもここまで全力で走らないよ、ボク。
『発見!』
「わっ!?」
走っていると、不意に曲がり角から服飾部の人が一人飛び出してきた。
びっくりしたものの、慌てて回避。
『くっ! 掠った!』
「お、追いかけないでください~~~~!」
本当に怖くなって、涙目になりながらも、ボクは逃げる。
動けなくなりそうなくらいにスピードを出していたけど、さらにボクはギアを上げた。
なんだか、生命の危機を感じたから。
そうして、体力がもう底を尽きそうになった頃、ボクはどこかに身を隠そうと適当に近くにあった扉を開け、中に駆け込んだ。
ほとんど前を見ずに進んだからか、不意にぼふっ、と何か柔らかい物にぶつかった。
『『『え?』』』
「……ふぇ?」
不意に各方位から声……それも、女の子の声が聞こえて来て、ボクも思わず変な声が出た。
ぎぎぎっ、と油をさしていないハンドルのように、ぎこちない動きで視線を上に上げると……そこには、女子生徒の人たちが大勢いました。
どうやらここは……女子更衣室のようでした。
しかも、ちょうど着替え中だったのか、ほとんど下着姿……って!
「あ、あわわわわっ……! ご、ごめんなさい!」
抱き着いた形になっている人から慌てて離れ、勢いよく謝る。
すると、
『やーんっ! この娘、すっごく可愛いー!』
「んむっ!?」
いきなり、抱きしめられた。
しかも、ほとんど何も着ていない状態だったので、柔らかさと温かさが直に伝わって来た。
みるみるうちに顔が熱くなる。
『ねえねえ君! どこの学年? あ、クラスも教えてくれると嬉しいな!』
「え、えと、あの、い、一年六組、でしゅ……」
『でしゅだって! 可愛い!』
『ねえ、私にも抱きしめさせて!』
『あ、私も私も!』
なぜか、たらい回しのように、ボクはいろんな人に抱きしめられた。
ど、どういう状況……?
なんでボク、こんなに抱きしめられてるの……?
……あ、もしかして、ボクを女の子だと思ってる!?
「あ、あの! じ、実は、その……ぼ、ボク、お、男、なんですけど……」
『『『え!?』』』
ボクが男だと伝えた瞬間、一瞬で周囲の人たちが固まった。
これ、相当まずいかも……と思った次の瞬間、
『『『全然あり!』』』
と、すごくいい笑顔で一斉に言われた。
「ふぇ!? あ、あのあのあのあの……ぼ、ボク、男、なんですよ? だから、その、こ、ここに入ったらまずい、と思うんですけど……」
『うーん、だって君、すっごく可愛いんだもん!』
『そうそう。なんだか男の子って言う感じがしなくてねー』
『何と言うか、可愛い女の子? にしか見えなくってー』
『むしろ、年の離れた弟、みたいな感じでいいかな? みたいな』
……この学園の女の人って、感性がどこかおかしいのだろうか?
なんでボク、受け入れられちゃってるの!?
「で、でもっ、き、着替え中の所に入っちゃったわけですし……ほ、本当にごめんなさいっ!」
(((ズッキューン!)))
思いっきり頭を下げて謝った。
そしたら、なぜかこの場にいる人たちが、口元を手で押さえた。
『あー、もうだめ! 可愛すぐる!』
「わわっ!」
『これが男の娘! 素晴らしい!』
『女委ちゃんの言っていたことがすっごく理解できたよ!』
え、女委!? なんか今、女委の名前が出てきたんだけど!
「ふぃー、いやー、いい汗かいたぜー……って、およ? 依桜君?」
「え、女委!?」
いきなり更衣室に女委が入ってきた。
「んー? どうして依桜君がここに? というか、なんだい? この状況? あと、そのすっごく可愛い状態も気になるね!」
「あ、え、えっと、これは、そのぉ……」
『あ、女委ちゃん!』
「やーやー。どうしたんですか? 先輩方」
『それがねそれがね、この娘がいきなりここに入ってきて、抱き着いてきてね! それで、あまりにも可愛いものだから、ついついみんなで構ってたの!』
「ほうほう。なるほどー。あ、だから外で服飾部の人たちが依桜君を探してたんだね! 納得!」
女委が笑みを浮かべながらそう言う。
まだ探してたの……?
『ところで女委ちゃん。女委ちゃんは、この娘と知り合いなの?』
「知り合いというか、例の中学校の時からの付き合いの依桜君だよ!」
『あ! この娘が例の……!』
例のって何!?
女委、一体どういう説明の仕方したの!?
あと、どうして知り合いなの? この人たちと!
「で、どうでした? 依桜君は」
『さいっこう! 抱き心地が素晴らしい! しかも、反応が初心で、顔を真っ赤にしてくれるところとかがね!』
そう言いながら、むぎゅっと再び抱きしめて来た。
女委の登場で、少し冷静になりだした瞬間に、いきなり胸元に抱きしめられたものだから、いい匂いやら、温かいやら、柔らかいやらで、どんどん顔が熱くなっていき……
「あ、あうあうあうあうあう~~~……きゅぅ~」
ボクは、そのまま気絶してしまった。
その後、更衣室にいた人たちが保健室に連れて行ってくれて、その日は無事に家に帰れました。
服飾部の人たちは……うん。なるべく会わないように、頑張って避けました。
本当に、怖かったし、恥ずかしかった……。
「――っていう話、です……」
「……何と言うか……本当にすごいわね、依桜」
「本当だね! まさか、男の子の時に女子更衣室に入っても怒られるどころか、むしろ歓迎されちゃうなんて!」
「あ、あはは……」
今でも、なんで歓迎されたのかがわからないです……。
「いやぁ、そう言えばあったねぇ、そんなこと。懐かしいね」
「……ボク的には、すっごく恥ずかしい思い出なんだけどね……」
「でしょうね」
まあ、今は女装をする、なんていう概念はないから、二度と起こり得ない状況ではあるんだけど……その代わり、おかしな服を着せられる機会が増えたけどね。
どうしてこう、ボクは普通じゃない服を着る機会が多いんだろう……?
「でも、エプロンドレス姿の依桜ちゃんとかちょっと見てみたいかも」
「お、いいこと言うね、エナっち! ならば、このわたしが手配しよう!」
「勝手に決めないで!? ボク、着るとは言ってないからね!?」
「えー? 似合いそうだよ? 依桜君」
「それとこれとは別っ! さ、早く寝よ! 明日は海に行くんだから!」
「ま、それもそうね。依桜の恥ずかしくも面白い話が聞けたことだしめ。それに、いい感じに眠くなってきたから」
「だねー。わたしも眠くなってきたぜ」
「うちも……」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「「「おやすみなさい」」」
そうして、この日は就寝となりました。
……ふと思ったんだけど、これって、ボクだけが一方的に敗北してるよね……?
……深く考えるのはやめよう。
ともあれ、明日は臨海学校。どんな一日になるのかなぁ。
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