第283話 五月五日:異世界旅行7
報告も終わり、再び『変装』と『変色』を使って変装する。
さっきと同じ、黒髪黒目です。
髪の長さももちろん、変更してますし、眼鏡もかけてます。
六人のメイドさんに忠誠を誓われるといった、よくわからない事態も発生したけど、クナルラルでちゃんとした労働環境が与えられると言っていたので、大丈夫でしょう。
それから、急いでフーレラ村に戻る。
村長さんに、事の顛末を伝えないといけないしね。
……あ、どうやって伝えよう。
ま、まあ、何とかなるよね。とりあえず、捕まって、鉱山送りになった、そう伝えればいいもんね。やったの、ボクだけど。
あまり変に話が広まってほしくないので。
それから、かなりのスピードで走り、日が沈む前には無事にフーレラ村に到着。
村には、村長さんたちがそわそわしたような様子で動き回っていた。
どうしたんだろう?
「あの、どうしたんですか?」
『お、おお! お嬢さん! よくぞご無事で!』
あ、ボクを心配していたんだね。
「はい、ご心配をおかけしました。見ての通り、ボクは無事ですよ」
『そ、それで、バリガン伯爵は……?』
「あ、はい。捕まって、鉱山送りにされましたよ。もう、貴族じゃありません。だから、もう搾取されることもありませんよ」
『おおっ……! そ、それじゃあ、作物もお金も、渡さなくていいと……?』
「はい。一応、国王にもこの件を伝えましたら、今まで搾取されていたお金と食料が支給されるそうなので、安心してください」
『なんとっ! そこまでしていただいて……本当に、お嬢さんには感謝しかありません……』
村長さんが感極まったようにそう伝えてくる。
周囲を見れば、他の大人の人たちもすごく嬉しそうな表情を浮かべていた。中には、泣いている人まで。
よっぽど、酷いことになっていたんだね。救えてよかった……。
『……しかし、国王様とお知り合いとは。やはり、貴族様ではないのですか……?』
……あ、しまった。つい、王様のことを言っちゃったけど……まずい。
き、貴族かと言われると、貴族というより……王族、なんですけどね。ボク。まあ、成り行きで、お飾りの女王だけど。
「あ、い、いえ、それは、その……」
『……ところで、なにやら変身系統の能力とスキルを使っているようですが……やはりあれですかな? お忍びでの旅行で?』
「え、な、なんでわかったんですか?」
『いやなに。わし、《鑑定士》でして、鑑定は得意なのです。それに、昔から『看破』の能力が得意でしてね。だから、なんとなく、わかったんです』
「そ、そうなんですね……」
か、《鑑定士》とはまた、珍しい職業……。
戦闘系能力が全くなく、あるのは『鑑定』や『看破』のスキルがほとんど。
でも、意外とダンジョン探索では役に立つことが多い職業。
トラップを見つけたり、隠し部屋の発見、それから未鑑定アイテムをその場で鑑定できるという、結構重宝される場面が多い。
でも、この職業を選ぶ人があまりいない……というより、この職業、才能がある人じゃないとなれない、っていう結構特殊な職業だからね。
あ、ボクがなるのは無理でした。
『使っているのは……『変装』と『変色』ですか。なかなか効力が高いみたいですね』
「そこまでわかるんですね」
『ええ、まあ。しかし、一体何を変えているので?』
「あ、あー、えっと……その、髪の長さと色、それから目の色です。それ以外は、そのままですよ。ボクはちょっと目立っちゃいますからね」
『ほぅ、そうなのですか……。ああ、話は変わるのですが、お嬢さんが去った後、小耳にはさみまして。どうも、かなり前に、勇者様がこちらの世界を再び訪問されて、男ではなく、女だと情報が広まったらしいのですが……不思議ですね。以前救ってもらった時は、女性のような顔立ちではありましたが、間違いなく少年だったんですけどねぇ……』
「へ、へぇ~、そ、そうなんですね」
……これ、もしかしてバレてる?
さすがに、王様と知り合い、みたいな言い方はまずかったかも……。
それに、つい、変装内容を言っちゃったし……。
しかも、相手が《鑑定士》だと、尚更バレてそうなんだけど。
ある意味、暗殺者の天敵みたいな能力を持ってるんだもん、《鑑定士》って。
『……それで、あなたはもしや、勇者様なのでは?』
……確信してるよね? これ、絶対確信してるよね?
ボクが勇者だって、知ってるよね?
ど、どどどど、どうすれば……!
ご、誤魔化すしかない、よね。うん。誤魔化そう。
「い、いえ、ぼ、ボクは、その……ゆ、勇者様じゃないですよ? ボクは、サクラ・ユキシロですよ? 全然違いますって」
『ですが、変装をしておられますよ?』
「そ、それは、その……ちょ、ちょっと人に追われてまして! み、身分を隠して旅行してるので、その、い、家の者が……!」
『…………なるほど。そうでしたか。いや、これは失敬。なにやら、話し方が勇者様と似ておりましたので。つい。そうですな。そもそも、勇者様がこっちに来ている、などと言う話は聞いておりませんし。最後に来たのは、一ヶ月と少し前とのことらしいので、ありえないですな』
「そ、そうですよ! あ、あは、あははははは!」
空笑いである。
……あぁ、村長さん、絶対ボクが勇者だって確信してるよ・……。だって、表面上では、ボクがどこかの貴族だという風に納得しているのに、明らかに確信している目をしてるもん!
あぁ、この旅行、かなり大変な予感……。
それから、再び宿屋。
お金はもう払ってあるので、せっかくだしね。泊まることに。
この村の人たちがすごくかしこまった態度になったのは、ちょっとあれだけど……。
『はっはっは! いやぁ、面白かったですよ、イオ様! なんと言うか、ちゃくちゃくと信者を増やしているようで!』
「し、信者って……ボクは別に、神様じゃないよ」
『でも、白銀の女神、って呼ばれてますよねぇ?』
「うぐっ、そ、それは、元の世界の話で……というか、ボク、そこまで大それた人間じゃないんだけどなぁ……」
『んでも、あの村長さん、ぜ~ったい、イオ様が勇者だって気づいてましたよねぇ』
「そ、そうなんだよね……。周りの人たちはボクがどこかの貴族、という風に納得してくれたみたいだったけど、村長さんだけは、納得しているふりをしながら、納得しなかったからね……」
『まあ、悪い人じゃなさそうですし、問題ないんじゃないですか?』
「いや、確かにそうかもしれないけど、ボクの場合、お忍びみたいな感じで旅行をしてるから。できれば、平穏に、静かに、楽しく旅行がしたいんだよ……。普段のボクの疲れを癒す目的もあるにはあるし……」
だって、普段から変なことに巻き込まれるんだもん……。
ゴールデンウイーク初日には、いきなり強盗に遭うし……。
まさかの声優として一時的に活動することになっちゃうし……。
新学期に入ったら、並行世界にも行くしね。
おかげで、ボクの疲れは日々蓄積されていくばかり。
今回の試運転、実はボクが自分自身に対して贈る、慰安旅行のような面があったり……。
ま、まあ、慰安旅行って、企業から社員への日頃の成果を労うレクリエーションなんだけど……ほら、ボクって異世界から帰ってきて以降、一般的な社会人よりも動いているような節があるし……。
だから、この旅行はなんとしても、癒しにしたい。
『なぁるほどぉ。たしかに、データを覗いたら、イオ様ってマジ多忙そうでしたしねぇ。デスクワークとかじゃなくて、単純に体を動かす方でしたしねぇ』
「うん」
『もういっそ、個人で何でも屋を開くのもありなんじゃないですか? 主に、探偵系専門だと思いますけど』
「さ、さすがに無理だよぉ。所持している能力とかを使えば、簡単に情報を得ることはできるけど、ほとんど犯罪紛いなことになっちゃうよ」
『む、それもそうですね。まあ、バレなきゃ犯罪じゃないと思いますがね!』
「……AIが言っちゃダメじゃない? それ」
どちらかと言えば、諫める側じゃないの? なのに、助長させちゃうようなセリフを言うのって、ダメじゃない?
『いえ、私はイオ様のサポートのために存在しています。まあ、とっくにイオ様のスマホ内に住居を作りましたし、いつでもどこでも、イオ様をサポートできますぜ! ぐへへへ!』
「なんで、そんな悪役みたいな笑い方なの?」
『え? だって、イオ様のスマホに住めれば、イオ様の裸が見放題ですし? それを写真に撮って、未果さんと女委さんの二人の送っちゃおっかなーとか思ってましたし?』
「……あー、ちょっとアイちゃんをチェンジしたくなってきたなー。一旦元の世界に帰って、新しいAIを創ってもらおうかなー。きっと、アイちゃんよりも優秀だと思うし」
『す、すすすすすすんません! マジ勘弁してくだせぇ! わ、私が悪かったので! どうか、どうかチェンジだけは!』
変わり身早いね、アイちゃん。
「……絶対に、変なことはしないでね? じゃないと、本当に消しちゃうから」
『も、もちろんですぜ! ……ちょろいぜ』
なんだかちょっと心配。
まあでも……変なことはしない……よね。うん。きっとそう。そう思わないと、アイちゃんと付き合うのは難しいと思うよ。
『んまあ、冗談は置きまして……んでんで? 今後の予定は?』
「あー、うーん……そうだなぁ……この村の先に、別の街があるんだけど、そこに行こうかな。ボクだったら、走って半日程度で着くと思うし……」
『ほうほう! さすがですねぇ。というかいっそ、もう今の内に予定を決めておいてはどうです? その場その場で考えるっていうのは、イオ様が変なことに巻き込まれる原因の一旦ですからね!』
「な、なるほど……否定できない……」
行き当たりばったりだと、ボクの場合、変な状況に巻き込まれやすい、っていうことかな。実際、今までもそうだったような気がするし……。
「じゃ、じゃあ、明日は今言った街へ行って、一日過ごす。その次の日は……あ、そう言えば、魔族の国って、ゆっくり回ってなかったっけ。じゃあ、そこでゆっくりしていこうかな」
『それ、絶対周囲が騒いで、ゆっくりするどころじゃないと思いますよ? ジルミスさんという方の反応を見ている限り、魔族って、みんなイオ様が大好きなんじゃないですかね? もしそうなら、イオ様から漏れ出る気品的なあれこれが、ぐっさり刺さるんじゃないですかね? 魔族の人たちに』
「さすがに大丈夫だよ。一応、今は変装もしてるしね」
魔族の人たちに顔を見せたのは一度だけだし、それに、髪色も長さも違うし、何より、眼鏡をかけてます。
変装と言ったら、眼鏡だよね。
『……この人、こんなんで、本当に変装出来てると思ってるんですかね……?』
「? 何か言った?」
『いえいえ。イオ様は面白いな、と。しっかしあれですねぇ。イオ様が勇者って言われていると、ついつい笑ってしまいます。暗殺者なのに、勇者て……ぷふっ』
「……言わないで。そこの辺りは、ボクもちょっと気にしてるから」
『おっと、これは失敬。明らかに矛盾してるような気がしてますがねぇ。まあ、そんな細かいことはいいとして。じゃあ、あれですかね。四日目~七日目は魔族の国に滞在するって感じですか?』
「うーん……そうだね。ボク自身もちょっと楽しみで。前は、王城でしか過ごせなかったし、街も見てみたいから」
基本、メルと一緒にいたから、外に出れなかったし。まあ、メルは悪くないです。というか、メルが可愛かったので全然よかったけどね。
『なーるほどー。まあ、さっきのイオ様のセリフでフラグは立ってますが、まあ大丈夫でしょう! この人、一級フラグ建築士みたいなもんですし! あ、特級かな?』
「え、えっと、なにそれ?」
『あー、いえいえ、お気になさらず。イオ様は多分わからないですね』
「そ、そうですか」
たまに、馬鹿にされているような気がしてるんだけど……。
でも、まあ、変なことじゃないと思うし、いっか。
『……イオ様のフラグ回収は、見ものですねぇ』
こそっと、アイちゃんが何かを言ったような気がするけど、多分気のせいだよね。
さて、そろそろ夜ご飯かな。
明日からこそは、のんびりとした旅行を楽しもう。
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