第344話 サッカー準決勝

 今日は、保健委員会のお仕事は最初はない。


 というのも、サッカーに出ていて、勝ち進んだため、九時からいきなり準決勝があるからです。


 代わりに他の委員の人たちがやってくれるらしいので、安心。


 でも……もし、妹たちに変なことをしたら、その時はお仕置きしよう。絶対に。


 ……女の子だったら、まあ、まだ許容……かなぁ。


 とまあ、そういったことは、一旦置いておくとして、試合。


 着替え終えて、少しだけ未果たちと話した後、ボクたちはそれぞれの場所に向かった。


『依桜ちゃん、今日はいつもより小さいけど、大丈夫?』

「うん、だいじょうぶだよ。このすがたでも、じゅうぶんうごけるから」


 笑みを浮かべながら言うと、


『か、かわいぃぃ……ね、ねえ、依桜ちゃん、撫でていい?』

「ふぇ? い、いいけど……」

『やた! じゃ、じゃあ、早速……なでなで……』

「んふぅ~~~……」

『お、おー……依桜ちゃんの髪の毛触り心地いいし、耳なんてもふもふ……なにこれ、癒し』

『あ、ずるーい! ねえ、依桜ちゃん、私もいい?』

「い、いいよ」

『わーい! じゃあ、なでなで!』


 と、試合前なのに、なぜかチームのみんながボクの頭を撫で始めた。

 気持ちいいんだけど、なんだかこそばゆい……。


 ……というかこれ、子供扱いをされてるんじゃ……?


 小さくなると、周囲の人たち、みんなボクを撫でたり、抱っこしたりしてくるし……。


 ……ふ、複雑。


『えー、そろそろ試合を始めたいのですが、大丈夫ですか?』

『あ、いけないいけない! じゃあ、優勝目指して頑張ろう!』


 みんなが撫でるのをやめ、リーダーの人がそう言うと、


『『『おー!』』』


 ボクたちはそれに答えるように、そう発した。



 試合開始。


 今日のボクは、フォワード。


 ゴールキーパーをやるよ、って言ったら、


『『『危険だからダメ!』』』


 って、全力で却下されました。


 危険って言われても、高校生の球技大会レベルのものだったら、全然危険なことなんてないんだけど……なんだったら、ボクのシュートの方が危険な気がするんだけど。


 ま、まあ、ボクの身体能力がどれほどかを知ってるのは、一部の人たちだけだからね。仕方ないね。


 開始は、向こうのチーム――二年七組から。


 まずはボールを奪うところから行動しないと。


 でも、ボクばかりが目立っても仕方ないので、パス回しに徹した方がいいかも。


 そう考えていると、


 ピ――――!


 という、ホイッスルの音が鳴り響き、全試合が同時に始まった。


 向こうのチームの二人が、ボールをパスし合い、こちらに攻めてくる。

 それに伴い、こちらのチームの人たちも、ボールを奪おうと動く。


『サッカー部所属をなめるなよ!』


 と言いながら、防御を突破していく相手チームの人。


 あ、サッカー部なんだ。


 う、うーん、どうしよう。


 この場合、あの人に花を持たせた方がいい、のかな?

 一応、サッカー部というのなら、やっぱり入れた方がいい気がするし……。


 ……でも、ちゃんとやらないのは、逆に失礼だよね。


 うん。じゃあ、動こう。


「もらいますね」

『へ?』


 いつもよりも、身体能力が低下しているので、大体6割くらいの力で走る。


『速!? くっ、やっぱり依桜ちゃんは手ごわい!』


 ボールを取った後は、そのままゴールに向かって走る。


 その際、チームの人が少し離れた位置にいたり、ボクの後ろにいたりしたので、それに合わせて、走る速度を落とす。


『もらったっ!』


 その隙を狙ってか、向こうのディフェンダーの人が、スライディングでボールを奪おうとしてきた。


 でも、それだと甘いのです。


 ボクはボールを両足で挟み込んでから、そのまま跳躍して回避。


 空中でボールを離した後は、少し離れたところにいたチームの人にパスを出す。


『うえ!? 何今の動き!?』

『わっ! 依桜ちゃんナイスパス!』


 両チームの反応は対照的。


 今の動きは、簡単にできる、ボクの中では初歩の動きなんだけどね。


 ともかく、そんな動きをしたことで、一瞬向こうのチームの人たちの動きが止まった。


 その隙を突き、ボクたちは前に上がる。


『っ! も、戻って戻って! 止めて!』


 止まっていた思考が戻ると、慌てたように声を張り上げ指示を出し始めた。

 中には足が速い人もいたらしく、追いつきそうになっている。


『うわっ、こっち来た! 藍那パス!』

『OK! 依桜ちゃん行くよ! それ!』


 と、三郷さんが蹴ったボールはボクに向かって行く……のではなく、ちょっと高い位置を飛んでいった。


 このままいけば、コーナーになる。


 でも、それだとせっかくパスしてくれたのに、可哀そう。


 ……まあ、うん。ちょっと高く跳んで、ゴール決めるくらいなら問題ないよね。


 ぼ、ボクの羞恥心と友達の為、どちらを取るかと訊かれれば、ボクは友達を取ります。


 ……自分のことばかり考える人間になりたくない、っていうのが理由でもあると言えばあるんだけどね。


 自己中心的な人って、嫌だもん、ボク。


 って言うことを、未果たちに言ったら、なんだか怒られそうな気がするけどね……。


「たぁっ!」


 ボクはボールの位置にまで跳ぶと、そのままオーバーヘッドキックを決めた。


『うええ!? そ、それは予想外ぃぃ!』


 そんな慌てた声が相手チームのゴールから聞こえてきた。


 空中でくるりと回転して、すたっと着地。


 この体だと、なんだかいつもより身のこなしが軽い気がするよ。

 やっぱり、狼の獣人になっているからかな?


 改めて、ボールがどうなったかの確認。


 入ってました。


『依桜ちゃんすごい!』

「わわっ!」


 ばふっと、三郷さんが抱き着いてきた。

 ただ、身長差の影響でボクが抱っこされるような形になっちゃってるけど。


『依桜ちゃんの運動神経って、本当にすごいよね!』

「あ、あはは……き、きたえてますから」

『いやいや! さっき、七メートル以上跳んでなかった!?』

「き、きのせいだよ」

『え、でも……』

「きのせい、です」

『そ、そっか。でも、さっすが依桜ちゃん!』


 とりあえず、ゴリ押しだけど、気のせいって言うことにしておきましょう。


 ……無理矢理感がすごいけど。



 ところ変わって、観客席側。


「依桜、結局自重してないな」

「ええ、そうね」


 俺と未果は、九時から行われている種目には出ていないとあって、とりあえず依桜の試合を見に来ていた。


 最初は、女委と態徒の試合を見に行こうかと思っていたんだが、


『いやいや、オレたちは普通に試合するだけだぜ? だったら、依桜の方を見に行った方がいいだろー。依桜の場合、色々やらかしそうだしよ』

『わたしの方は大丈夫さ! だって、何か知らないけど、ちょっと動いたらなぜか男子が棄権してくれるから』


 だそうだ。


 態徒は普通にド正論を言っていたな。


 あいつは、本当に友達想いのやつなんだし、そこを前面的に押し出せばモテるはずなんだがな……なぜ、あんな残念な変態になってしまったのか。


 で、女委の方は……まあ、何が原因なのかはわかる。


 というか、女委も女委で、あんなに変態的なことを言っている割には、自分のことになると途端に鈍くなる。


 ある意味、依桜とは類友ってことになるのかもな。


「まさか、七メートル以上も跳躍して、オーバーヘッドキックをし、そのままゴールにいれるとは。恐るべし、異世界転移系主人公」

「性別も変わってるしな。依桜は」


 今でこそ慣れてはいるが、普通に考えたら非現実の塊な気がするな、依桜は。

 そもそも、異世界転移しただけでも驚きだというのに、性別がかわったわけだからな。

 しかも、無駄に可愛いし、無駄にスタイルはいいしで、色々と非常識だ。


「……しかしまあ、依桜への視線がすごいわね」

「……だな」


 そんな未果のセリフを聞いて、俺も同意した。

 さっきから、依桜に対する視線はすごいことになっている。


「そりゃ、耳と尻尾を着けた、見た目小学一年生くらいの女の子がいたら、誰だって視線が行くわよね」

「あとは……あの服装だろう。絶対」

「まあ……ぶかぶかのナース服を着た、銀髪碧眼のケモロリっ娘だものね。見なさい、男だけでなく、女の視線もバッチリ集めてるわ」

「……依桜のモテっぷりは、女になったことでさらに磨きがかかっているな」


 何せ、男だった時ですら、男女両方にモテていたと言うんだから。


 あれは異常だろう。


 ……なにかあるんじゃないか? と、俺はつい疑ってしまう。


「でもあれね。みんな、和んだような顔をしてるわね、観客」

「……中には、明らかにまずい顔をしている人もいるが? 血走った目とか、鼻息荒い男とか、なんかものっすごいハァハァしてる女性とか」

「……依桜、大丈夫かしら。貞操的に」

「……まあ、そのあたりは俺達で守っていく、ということで」


 それに、依桜は純度100%のピュア女子だから、大丈夫……だと思う。


 実際、性行為の言葉を女委が依桜に言った際、その意味を知らず首をかしげたことで、クラス全員が何気にダメージを受けていたからな。逆に相手の精神にダメージを与えて、偶然身を守ってそうだ。


「……ともかく、オーバーヘッドキックはやりすぎじゃない?」

「今更だろう、依桜には」

「…………それもそうね。大方、『友達がせっかくパスしたボールがエリア外に出たら可哀そう! な、なら恥を捨てでも!』ってところでしょうね」

「はは、実際そう思ってそうだな、依桜は」


 ともあれ、どんな試合になるのか。

 準決勝では普通らしいが、決勝戦が一番不安だ。



 後半戦になると、ボクはゴールキーパーに。


 前半では危険、とか言われていたんだけど、前半戦でオーバーヘッドキックを決めたりしたからか、大丈夫、かな? ということで、ゴールキーパーに変更。


 というより、元々ボクってゴールキーパーがやりたかっただけなんだけどね。


 ……まあ、理由は大きく動くと胸が揺れて痛いから、なんていう理由なんだけど。


 今は別に小さい姿になってるから、大して問題ないけど、フォワードだと、余計に目立っちゃうしね……現に、さっき目立っちゃったし。


 というわけで、後半戦。


『あぁもう! ぜんっぜん! 入らない!』


 お互いのチームは、かなり接戦で、ボールを奪い、奪われを繰り返していました。


 そんな中、相手チームの人がボールを奪ったまま抜けてきて、いざシュート。

 ボールは一直線に来るのではなく、微妙にカーブして来た。

 だけど、軌道さえ読めれば簡単。


 雷を動体視力と反射神経だけで避ける修行をしていたボクなら、距離九メートルくらいからシュートされても、止められる自信があります。


 ……師匠が見ている以上、ボクに失敗は許されないからね。


 だって、さっきからすっごく見てきてるもん! じーって、見てきてるもん! 視線がひしひしとボクに来るのがわかってるんだもん!


 なんであの人、ボクだけ見てるの!?


 と、とりあえず、ボールをどうにかしないと。


「え、えっと、まえのほうになげますね!」

『OK! 依桜ちゃん、間違ってゴールに投げちゃってもいいからね!』

「や、やらないよ!?」


 ボクを何だと思ってるんですか!


 ……って、口に出して言えないのがもどかしい。


 だってボク、一回戦目で似たようなことしたもん。


 自陣のゴールから、相手チームのゴールにシュートしちゃったもん。


 それに、今は小さくなってるから、そんな芸当はできないけどね。


 あれができるのは、この姿以外だしね。


 この姿は身体能力が大幅に低下しちゃうからできない。


 まあ『身体強化』を使えば、できないことはないけど、さすがにやりません。


 だって、ちょっと力の加減を間違えたら、ボールが破裂するもん。


「じゃ、じゃあいくよー! えいっ!」


 と、ボールをピッチャー投げで、前の方に飛ばす。


 ちゃんと、力をセーブして、コートの中心よりも前に出せた。


 よ、よし。大丈夫。


『依桜ちゃん、肩の力強いんだねー』


 え?


『まさか、あの投げ方で中心に飛ばすなんて。さっすが!』


 ……あ、もしかして、あれもダメでしたか?


 ……や、やってしまった……。



 後半戦は、ゴールキーパーだったからか、これと言って動くことが少なかったので、ほとんど見ているだけでした。


 楽だよね、本当に。


 この体は胸がないから、おかげで動きやすくていいよ。


 ……背が低くなるのは、すごく嫌なんだけど。


 それにしても、ナース服でサッカーって……あの人、本当に何を考えてるんだろうね。よくわからないよ。


 ……そう言えば、たまに相手チームの人が、


『やだっ、尊い……!』


 って言いながら、なぜか顔を逸らしてました。


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