第253話 元の日常へ
朝のHRが終わった後、ボクは学園長室に来ていた。
「おかえりなさい、依桜君。無事で何よりよ」
「帰ってくる時は、怪我の危機でしたけどね」
「それってどういうこと?」
「……こっちに転移してきた直後、高度一万メートルから、パラシュートなしのスカイダイビングをしました」
「え、何それ。どういうこと?」
「……向こうの学園長先生が座標設定間違えて、上空に」
「……なんだろう。私じゃないのに、すごく申し訳ないわ」
「いえ、別にいいんです……」
少なくとも、怪我はなかったし。
……まあ、グラウンドにはクレーターができちゃったけど。
「まあ、それはともかく、無事でよかったわ、依桜君」
「あ、あはは……無事、と言っていいのかはあれですが、なんとか帰って来れました」
向こうでは色々あったし。
しばらくは、平穏に過ごしたいものです。
あ、いっそのこと、ゲームでもしようかな、みんなと。
「でも、依桜君がいない間、本当に大変だったのよ?」
「え?」
「特に、高等部なんて、地獄だったわ」
「ど、どういうことですか? 一週間もいなくなっていたとはいえ、さすがに、地獄になるようなことって何もないと思うんですけど……?」
「……依桜君が行方不明だったからよ」
「ふぇ? ボク……?」
「まあ、なんて言うか……依桜君がいなくなったことで、高等部の生徒と教師がみんな気力0になっちゃってね」
「いやいやいや、ボクがいないだけでそこまでなりませんよ、さすがに。ちょっと早い五月病が来ただけじゃないんですか?」
「……それだったらいいんだけど、さっき言ったように、高等部の生徒と教師が全員やられちゃったのよ。さすがに、全員一斉に五月病に、ってことはまずないでしょ?」
「た、たしかに……」
それはもう、一種のパンデミックか何かだと思うよ。
別に、ウイルスが原因ってわけじゃないんだけど。
「でも、ボクがいなくなったくらいで、そこまでなるんですか……?」
「それがね、なっちゃうのよ。まあ、依桜君自身は、自分がどれだけ他人から見て魅力的か、と言う部分に気が付いていないから、そう言う考えになるんだけど……」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんです」
はっきりと断言されてしまった。
ボクがいないだけで、そこまでなるなんて……うーん、にわかには信じ難い……。
ボク自身は、そこまででもないと思っているからこそ、なんだけど。
「まあ、それはそれとして。一応、依桜君が行方不明だったのは、学園側でも結構大騒ぎになったので、通達しておいたわ。それから、捜索願を出しておいた警察の方にも。あと、依桜君のご両親にもね」
「そ、捜索願……そこまで、してたんですね」
「まあね。まあ、私は異世界……というより、並行世界か。並行世界に行ってしまったことはすぐに知ったから、出しても無意味だとはわかってたけど、他はそうじゃないから。だから、一応建前のようなものは必要だったのよ。これでもし、異世界の存在が公になろうものなら、世界中大混乱よ」
「あ、あはは……そ、そうですね……」
少なくとも、学園長先生の研究データを狙って、戦争になるかもしれないからね。
そうなると……ただでさえ、平穏とは呼べないような日常なのに、血みどろな日常になっちゃうからね……。
それで、未果たちが巻き込まれて、死んじゃうような状況になったら、ボクは何をするかわからないもん。
……割と、戦争に参加した人全員を殺しかねない気が……。
って、ないない。
さすがに、戦争が起こるような大きな出来事は、何もないよ。
一応、この世界は普通だからね。
最悪の場合、ボクと師匠でどうにかできるし、何だったら、『アイテムボックス』で避難させればいいわけだしね。うん。
「……でも、正直なところ、そろそろ私の情報、依桜君のお友達になら、言ってもいい気がしてるのよねぇ」
「それはどうしてですか?」
「別に、今回の件がなければ、言わないでもよかったと思うんだけど……行った先が並行世界って考えると、それに見合った原因無くして、説明は難しいもの。しかも、どうやって帰って来たのか、って部分すらあやふやでしょ? それに依桜君、あの子たちに、ゲームの舞台が異世界だ、って言ってたわよね? 少なくとも、それで少しは怪しいと思ったんじゃないかしら?」
「でも、特に気にした風なかったと思うんですけど……」
「あの面子だと、椎崎さん辺りが気付いていそうね。あとは、腐島さんもかな」
……たしかに、あの二人は結構鋭いところがあるから、何とも言えない……。
不覚にも、気付いていてもおかしくない、って思ってしまった。
「どうせ、昼休みには、屋上でいつものように話すんでしょ? なら、この際だから全部言ってもいいわ」
「でもそうすると、ボクがこんな姿になったり、殺人をした原因を作った人、って思われちゃいますよ……?」
「まあ、別にいいわ。私が原因で、私が悪いわけだしね、半分」
「あー、一応は王様も原因ですからね……」
そう考えると、あくまでも、きっかけを作っただけに過ぎない……のかな?
でも、そっか。
学園長先生がいいって言うなら、
「じゃあ、話すことにします。今までのこと」
「一応、隠していた理由だけは言っておいてくれるかしら?」
「それは、内容を知って、誰かに襲われたりしないようにするため、ですか?」
「正解。それだけは伝えておいて。一応、面白そうだから、なんて理由でやってる研究だけど、それが原因で自分の大切な生徒が危険にさらされるとか、最悪だもの」
「わかりました。それじゃあ、伝えておきます」
「ありがと。それじゃあ、そろそろ授業が始まるし、教室に戻ってね」
「はい。失礼しました」
軽く会釈をして、ボクは学園長室を出ていった。
昼休み。
「え、えっと……あの、どうして、この状態なんでしょうか……?」
なぜか、ボクは正座させられていました。
「私たちを心配させた罰です。まったく……いきなり、空から降ってくるなんて、予想もしてなかったわよ」
「す、すみません……」
でもあれは、向こうの学園長先生が原因なんです……。
あと、本来だったら、学園の屋上に転移する予定だったんです……。
それが、ちょっとした手違いで、空の上になっただけ……。
なんて、言えるわけもなく……。
「それで? この一週間、あなたはどこに行っていたのかしら?」
「え、えっと実は――」
ボクはこの一週間、並行世界にいたことをみんなに説明した。
この場には、未果、晶、態徒、女委の四人しかいない。
メルと師匠に関しては、まだ会ってなくて、メルには帰る時に会おうかなって思ってる。
とりあえず、今はこのメンバーにすべて伝える。
「――ということでして……」
「……異世界ならまだしも、並行世界って……また、とんでもないことに巻き込まれてたわね、依桜」
「しかも、向こうには男の依桜がいるらしいしな」
「それと、わたしたちも」
「並行世界ってよ、SFになるんかね?」
「……まあ、SFになるんじゃないかしら?」
ボク的には、ファンタジー寄りな気がするけど。
「あ、えっと、向こうで撮った写真があるけど、見る?」
「「「「見る」」」」
即答。
ボクはスマホを取り出して、写真のフォルダを開き、向こうで撮った写真を見せる。
「って、うわ、マジでオレたちがいる……」
「ほんと……しかも、周りの人も、私たちのクラスの生徒よね?」
「並行世界って言うだけあるな……」
「でもあれだね、依桜君が二人いるって、すごく不思議な光景だね。しかも、男女両方で」
「これ、依桜とはどんな違いがあるんだ?」
「あ、うん、えっと……向こうのボクは、どうやら最初は女の子だったらしくて、呪いで男になったみたい。あと、口調が男らしかったです。性格も男勝りだったし」
「……なるほど。ちょうど、依桜の真逆、ってわけね」
「しかもこれ、見た感じ並行世界で違ってたのは、依桜君だけみたいだね」
「うん。ボクの性別、名字、性格の辺りかな。根本的にはボクと同じだったけど」
「「「「あー、なるほど。つまり、鈍感ってことか」」」」
……ボクとしては、その言葉の真意を知りたいです。
鈍感って、向こうのみんなにも言われたけど、そんなにボクと向こうのボクって、鈍感なの……?
「まあ、依桜が鈍感なのはいつものことだから置いておくとして……で? 原因は何だったの? さすがに、異世界転移とは違うしね。いきなり突拍子もなく、って言うのは変で所」
来た。
ボクが今まで隠していた事実に繋がる質問。
一応、学園長先生から、言ってもいいって許可はもらってるから、今日言う。
ボクは軽く深呼吸して、言った。
「……が、学園長先生が原因、なんだ」
「「「「……ん?」」」」
「実は、ね。向こうの学園長先生が、並行世界を観測、移動できるようにする装置を創って、それが暴走。四月一日から、日本各地で、空間歪曲って呼ばれるものが多く発生していてね。それで、学園長先生に気を付けて、って言われてたんだけど……先週の月曜日の朝。それに巻き込まれちゃって……。それで、向こうの世界で向こうのボクと会って、二人で学園長先生の所に行ったら、やっぱりそっちの学園長先生が原因だったらしくてね……。それで、五日目に、こっちの学園長先生と連絡が取れて、二人が協力したことで、日曜日に装置が完成。それで、月曜日の朝八時に、装置を使ったら……向こうの学園長先生のミスで、高度一万メートルに転移しちゃって、それでグラウンドに……」
「「「「……」」」」
なるべくかいつまんで説明したんだけど、みんなはあっけにとられた顔をしていた。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って……? 疑問な点はものすごいあるけど……まず一つ。空間歪曲って何? あと、並行世界を行き来する装置って何!?」
フリーズしていたみんなだけど、未果が正気に戻って、ボクにそう質問してきた。
「え、えっと……学園長先生から許可をもらったから話すんだけど……実は、ボクが異世界に行くきっかけになったのって、向こうの人が召喚したのもあるんだけど、半分は学園長先生のせい、なんだ」
「「「「はい?」」」」
「あの人、異世界転移装置なんてものを創っててね、ある日……と言うか、九月に、その装置の試運転をしたら、たまたまボクに当たっちゃってね……それで、まあ、異世界に……」
「「「「……」」」」
ボクの説明に、みんなは再び固まった。
今度は絶句したような表情。
いや、ようなっていうより、本当に絶句している。
と、一泊置いて、
「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」
みんなの、そんな叫びが晴れ渡る春の青い空に木霊しました・
その後、なるべく詳細に説明。
そして、説明が終わると、
「……私、学園長を殺しに行ってくるわ」
ものすごく黒い笑みを浮かべた未果が立ち上がりながらそう言って、校舎内に戻ろうとした。
「って、待って待って! それは犯罪だからダメ! た、たしかに、それくらいのことをしでかしちゃってるから、殺されても文句は言えないと思うけど、そんなしょうもないことで、未果の人生を棒に振るなんてダメ!」
「何気に、依桜が言ってることは酷いな。……いや、原因は学園長にあるから、仕方ないが」
「離して依桜! あいつ殺せない!」
「だから、殺しちゃダメぇぇぇぇぇぇぇ!」
すごい力で殺しに行こうとする未果を止めるのに、五分くらい要しました。
「た、たしかに、あの人が原因かもしれない……というより、原因の一つだけど、仮に学園長先生が装置を使ってなかったとしても、ボクは異世界召喚に巻き込まれていたと思うの。だから、学園長先生だけを責めないで欲しいんだよ」
「……そうは言うけど、依桜の人生、ほとんどめちゃくちゃにされてるのよ? どうして、あなたは庇えるのよ」
ボクの言葉に、未果は怒った表情で、そう尋ねてくる。
ボクは少しだけ間を空けて言う。
「あー……うん。一応あの人、あれでも学園の長だし、ふざけてはいるけど、無駄に有能なことには変わりないし……それに、殺しても前の生活に戻れるわけじゃない。でもね。なんだかんだで、今の生活も気に入ってはいるし……みんなを守ったり助けたりできる力が手に入ったこともある。それに、異世界に行ったおかげで、その……出会えた人だっているし、経験できたことだってあるからね。一概に全部悪いとは言えなくて……」
「依桜……」
「それに……前よりも、少しはその……日常が楽しいでしょ?」
「たしかに、それはあるな」
「うんうん。わたしも、今の方が楽しいかなって思ってるよ」
「オレも」
ボクの発言に、晶たちが賛同してくれた。
賛同してくれたのが普通に嬉しい……。
「でも、どうして今まで内緒にしてたのよ……私たちにくらい言ってくれたって……」
「……学園祭のあの日、テロリストが襲撃してきたでしょ?」
「え、ええ」
「あれってね、学園長先生の研究データを狙ったものだったんだよ。しかも、あの事件の首謀者は、当時の教頭先生」
「「「「マジで!?」」」」
「マジです。関係ない人に言ったら、確実に巻き込まれて危険な目に遭うと考えた学園長先生が、意図して隠していたんだよ。ボクも、他言無用って言われたからね。それに、こんなことで、みんなが巻き込まれて死んじゃったらボクはそれこそ辛い。だから、恨むのはいいけど、責めないで上げてほしいの」
「依桜……」
「それに、ボクがあの時どうにかしていなかったら、死人が出てたよ。だから、ある意味異世界に行ってよかったかなって……」
これは本当のこと。
何度も思っていたように、ボクが異世界に行っていなかったら、確実に死者が出ていたと思う。
なにせ、水着審査の時、明らかに司会の人を狙って銃撃していたから。
あれは、確実に狙っての一撃だった。
ボクが庇っていなかったら、確実に死んでたよ。
未果のは……あれはボクが悪い。
早々に決着を着けなかったが故の。
「……それに、ボクも今の生活は少しは楽しいと思えてるから。可愛い洋服を着て出かけたり、ちょっと恥ずかしいけど……膝枕をしてあげたり、メルがボクに抱き着いて気持ちよさそうにしてるのを見たり。たしかに、ボクの人生はめちゃくちゃになったかもしれないけど、前向きになろうって決めてね。だから、もういいんだよ」
「……そう。依桜がそう言うのなら、私は別にいいわ」
「ありがとう、未果。ボクのために怒ってくれて」
「何言ってんのよ。私たちはみんな、そう言うタイプよ、ねえ?」
「ああ」
「もち!」
「おうよ!」
「ほらね? だから、私たちが依桜の心配をするのは当然だし、依桜のために怒るのも当たり前のことなのよ。……今回は、本気で心配したけどね」
「……ありがとう」
向こうの未果の言う通り、こっちの未果たちは、ボクのことを本気で心配してくれていたみたいだよ。
……嬉しいなぁ。
「まあ、それはそれとして。あとで、ちゃんとミオさんとメルちゃんにも説明しときなさいよ? 幸い、今日は一斉下校っていうことで、初等部~高等部すべての生徒が、同じ時間に帰れるんだから」
「うん。わかってるよ」
「ならよし。にしても……随分、前向きなことを言うようになったわね。向こうで何かあったの?」
「うん。さっきの言葉、実は受け売りでね」
「へぇ? 依桜を前向きにさせるようなことを言った人がいるんだ?」
「気になる! 依桜君、それは誰なの?」
「ボクだよ」
「ボク……ってことは、向こうにいる依桜のことか?」
「うん。向こうのボクは何と言うか……前向きでね。ボクを諭してくれたんだよ。前向きに生きた方が、人生は楽しくなるって」
「随分大違いね、その辺。……でも、自分自身だから、すんなりと胸に入ったのでしょうね。その辺は、向こうの依桜に感謝しないとね」
「うん。そうだね」
ボクとしても、あの会話は本当に良かったと思ってる。
性格と性別が違うだけで、あそこまで変わるんだもん。
不思議だよね。
「あ、そう言えば依桜。今さっき、膝枕してあげるのが楽しい、とかなんとか言ってなかったけ?」
にっこりと笑顔を浮かべながら、未果がそう言ってくる。
「う、うん。何と言うか、ちょっといいかも、って思ってる、かな」
「なるほどね。……私、依桜が行方不明になったことに関して、何も罰を与えてなかったわね」
「え? で、でも、あれは向こうの学園長先生が原因ってさっき……」
「だまらっしゃい!」
「はぃ……」
「というわけで……依桜は、昼休みが終わるまでの間、私を膝枕しなさい」
「……え? そんなことでいいの?」
「もちろんよ」
「う、うん。じゃあ、えっと……どうぞ」
軽く膝をはたいてから、未果に寝っ転がるよう促す。
すると、嬉しそうな顔で、未果が膝に頭を乗せてきた。
「お、おー……やっぱり、依桜の膝枕は最高ねぇ……。ふわふわで、すべすべ。しかも、すごいいい匂いするし……。どんな高級枕よりも、よっぽど安眠できるわ」
なんだか、膝に感じるこの重みが、ちょっと心地いい。
あと、未果が気持ちよさそうにしてくれてることも。
「あ、未果ちゃんずるい!」
と、女委が頬を膨らませながら、未果に抗議する。
「あ、えっと、女委も膝枕してほしい、の?」
「え、してくれるの!?」
「ま、まあ、女委がしてほしいのなら」
「やったぜ!」
「じゃあえっと、交代でいいかな? 未果と」
「私は構わないわ。とりあえず、三分交代でどう?」
「OK!」
すんなり決まりました。
すごいね。
「えっと、晶と態徒もどう……?」
ためしに、思ったことを言ってみたら、
「「……いや、遠慮しておく」」
二人はすぐに遠慮してきました。
「あら、晶はともかく、態徒が断るなんて珍しい」
「……いつ、どこにファンクラブの奴がいるかわからないからな……。特に、今日なんて、依桜が学園に来たんだぜ? 実際それで、高等部はお祭り騒ぎだ。そんな状態で膝枕なんてされたら……オレたちは殺されちまう」
「……たしかに。でも、私と女委が襲われないのはなぜかしら?」
「多分、『美少女同士の百合だ! 百合が見れる! よっしゃあ!』って思ってるからじゃないかな?」
「いや、さすがに、そんな理由は……いや、あり得るわね」
「でしょ?」
……美少女かどうかはあれだけど、ボクも今、あり得ると思ってしまった。
この学園、色々とおかしいから……。
そんなこんなで、この後は未果と女委に変わりばんこで膝枕をしてあげて、昼休みは終了となりました。
授業が終わり、放課後。
ボクは初等部の校舎に来ていた。
理由はもちろん、メルを迎えに行くため。
やっぱり、初等部の子たちはボクを見てくる。
……高等部の生徒だからね。気になるよね。
初等部の子たちの視線をなるべく気にしないようにし、ボクは、四年一組の教室へ。
教室のドアから、中を覗くと、暗い表情のメルがいた。
あ、あー……胸が痛い……。
ここは、一刻も早く、メルに会わないと……!
ボクは、ドアを開けて、
「メル!」
と、メルの名前を呼んだ。
すると、すごい勢いでメルが顔を上げ、声のした方――ボクの方へ顔を向けた。
直後、綺麗なルビー色の瞳に涙を浮かべ、
「ねーさま!」
ボクに向かって走り、飛びついてきた。
もう慣れたもので、しっかり抱きとめることができた。
「ねーさま……ねーさま、ねーさま!」
「ごめんね、いきなりいなくなっちゃって……」
ボクの胸に顔をうずめながら、メルがボクを呼び続ける。
ボクは優しくメルの頭を何度も撫でる。
「儂を置いて行かないでほしいのじゃ……」
「本当にごめんね……」
「……儂、寂しかったのじゃ……。ねーさまがいなくなって、夜は寂しかったのじゃ……」
「……そっか。でも大丈夫だよ。ちゃんと、メルの下に帰って来たから。それに、今日はずっと一緒にいてあげるから」
「ほんとか……?」
「うん。もちろんだよ」
「いなくならない……?」
「うん。いなくならない」
「一緒に寝てくれる……?」
「もちろん」
「~~~っ! ねーさまぁ!」
抱き着いていたメルが、さらにぎゅっとボクに抱き着いてきた。
……やっぱり、寂しい思いをさせちゃってたみたいだね……。
本当に申し訳ないことをしたよ……。
「……いつまでもここにいるのもあれだし、帰ろっか」
「うむっ!」
満面の笑みで、メルがうなずいた。
帰る途中は、メルが離れたくない、と言うこともあって、ボクがメルをおんぶしてあげた。
手を繋ぐだけじゃダメなの? って訊いたら、
「おんぶがいいのじゃ!」
って、言ってきたので、ボクは喜んでおんぶしてあげた。
そのおかげで、さっきからにこにこ顔です。
……可愛いなぁ。
一週間会えなかったことで、家に着くまでずっと楽しく話しました。
家に到着。
いつものように、玄関を開けて、中に入る。
「ただいまー」
「ただいまなのじゃ」
ボクたちがそう言った瞬間、
「依桜!」
「わぷっ……!」
いきなり、母さんに抱きしめられました。
「どこに行ってたのよ、もぉ!」
「え、えっと、ちょっと並行世界に……」
「そうなのね! それで、怪我は? どこか痛いところは? 病気になってない?」
「大丈夫だよ。それより母さん。とりあえず、離してくれると……」
「あ、ごめんなさい! ……でも、よかったわぁ……本当に。無事でいてくれて……」
「……心配かけてごめんね」
いつもは能天気な母さんでも、やっぱり今回に関しては心配していたみたい。
……ボクって恵まれてるね。
「ほんとよ……。ミオさんもかなり心配してたわよ?」
「師匠が……」
「ええ。仕事そっちのけで探していたわよ」
「そこまで……」
師匠が……。
帰ってきたら、すぐに会おう。
「とりあえず、依桜も疲れてると思うし、部屋で休んでなさい」
「うん。ありがとう、母さん」
「夜ご飯になったら呼ぶわね」
「わかった」
軽くそう言って、ボクとメルは二階のボクの部屋へ向かった。
しばらくして、メルがはしゃぎ疲れて眠ってしまった頃、
『ただいま』
下から、師匠の声が聞こえてきた。
ボクがこれから師匠の所へ行こうとしたところで、下からドタドタと足音が聞こえてきて、
「イオ!」
勢いよく、師匠がボクの部屋に入ってきた。
「師匠。えっと……か、帰りました」
「……無事か?」
「は、はい。どこにも異常はないですよ」
「……そうか。ならよかった」
師匠はボクにどこにも異常がないと知って、安堵した表情を見せた。
そして、
「……で? お前はこの一週間、あたしに何も言わず、どこに行ってたんだ? すべて包み隠さず言え」
「は、はい! じ、実は――」
ボクは並行世界でのことを、包み隠さず、師匠にすべて説明した。
「――というわけです」
「……なるほどな。並行世界、か。で、原因はそっちのエイコの発明品の暴走、と」
「はい」
「はぁぁぁぁぁぁ……我が弟子ながら、面倒なことに巻き込まれる奴だ」
「すみません……」
「……いや、この変に関してはもう仕方がない。とりあえず、無事で何よりだ」
……あれ、何もしてこない。
いつもなら、すごく理不尽なことを言って、何かをしてくるんだけど……今日はそれがない。
もしかして、今回は何事もなく、無事に――
「さて、そんな師匠であるあたしを心配させた罰として……今日は一緒に風呂に入り、一緒に寝てもらおうか」
「……ふぇ?」
「さあ、そうと決まれば早速行くぞ! お、ちょうどいい、メルも誘うとしようじゃないか」
「あ、あの、師匠……? 寝るのはわかりますけど、あの、どうしてお風呂……?」
「んなもん、お前に背中を流してもらうために決まってるだろ」
「え、ええぇ……?」
「いいからさっさと行くぞ!」
「え、あ、ひ、引っ張らないでください! ……いやああああああああああああ!」
ボクの抵抗空しく、この後、ボクは師匠とメルと一緒にお風呂に入り、ご飯を食べた後、三人で一緒に寝ました……。
結局、理不尽な人は理不尽なままでした。
……でも、帰って来れた、って実感があるからこそ、嬉しく思えた。
うん。前向きに生きよう。
少しでも、楽しい人生にするために。
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