第154話 依桜ちゃんサンタさん2

「う、うぅ……い、嫌だ、って、言った、のにぃ……うっ、うぅ……」

「いや、だって手っ取り早く習得させるのには、これが一番なんだよ」

「そ、うで、すけどぉ……」


 習得後。

 ボクはやっぱり、泣いていた。


 ……女の子になってからというもの、泣いている頻度が高くなったような気がしてならない。心は男なので、なんとも複雑。


 でも、今回に関しては仕方がないような気がしてならないです。

 だって、体育祭の時にも、いきなりこれをやられたんですよ……?

 あの時は、感じたことのない感覚に恐怖しました。


 自分が自分でなくなるような気がしてならなかったし……。

 今回も、痛いのに痛みとは違った何かが体中を巡って、本当に大変だった。

 あれは、なんて言えばいいのかわからない……。


「ま、時間もないことだし……『レスト』」


 床に倒れこんでいるボクに、師匠が以前ボクにかけた、疲労回復の魔法を使ってきた。

 その魔法によって、体に残っていた疲労はすべてなくなる。

 ……変な感じの方は、微妙に残っている気がするけど。


「さて、これでお前は『アイテムボックス』と『分身体』を覚えたはずだ。どうだ、使えるか?」

「は、はい、試してみます」


 まずは、『分身体』を使ってみる。

 試しなので、とりあえず一人ということで、スキルを使用すると……


「「わ、増えた」」


 ボクが二人になった。

 そして気付いたのは、このスキル、どうやら『身体強化』と同じく、魔力を使用するタイプのようだ。

 ということは、魔法よりなのかな? これ。

 とりあえず、使えることはわかったので、『分身体』のボクを消す。


「よし、『分身体』は使えてるな。お前の魔力量で考えると……本気でやって千人くらいだな」

「せ、千人もですか!?」

「まあな。ちなみに、あたしの場合だと……お前の五倍以上はあると思ってくれ」

「ご、ごばっ……」


 ということは師匠。ボクの五倍以上の魔力を持ってるってことだよね……?

 以前、三百年も生きた魔法使いがいる、って師匠が言っていたけど、思いっきり師匠はそれを超えようとしているよね?

 しかも、神気もあることによって、かなり伸びているだろうし……。


「次、『アイテムボックス』だな。『アイテムボックス』の発動方法は、特にない。こいつはちょっと特殊でな、あたしらがよく使用している『武器生成』があるだろ? ああいうのとは違って、いちいち魔法名を言わなくてもいい。だから、とりあえず頭の中で使いたいと思えば使える」

「なるほど。そうなんですね。じゃあ試しに……」


 なんとなく、開け、とイメージしてみたところ、目の前の空間が揺らぎだした。

 何と言うか、波紋が広がっているような感じ?

 なんとなく、そこに頭を入れてみると……。


「ひ、広―い……」


 中には、ものすごく広大な空間が広がっていた。


「ん? ちょっと待てイオ」


 いきなり師匠に呼ばれたので、顔を空間の中から出す。


「えっと、どうしたんですか?」

「お前……なんで、『アイテムボックス』に顔突っ込めるの?」

「え? これ、師匠はできないんですか?」

「ああ。……じゃあ、試しにやって見せるから見てろ」


 と言うと、師匠は『アイテムボックス』に頭を入れようとして……途中で止まった。


「な? 本来ならこうだ。イオ。もう一度、頭を入れてみてくれ」

「わ、わかりました」


 再び『アイテムボックス』を使用し、頭を入れる。

 やっぱり、ものすごく広い空間が広がっていた。


 白っぽいような世界で、光が満ちている。だけど、決して眩しいわけではなく、何と言うか、温かいと言うか、包み込む様な優しさがあると言うか……。

 なぜかすごく落ち着くし、ちょっと懐かしく感じる……。


 ……あれ? かなり遠くに、何か見える様な……?

 気のせい、かな。


「イオ。ちょっとそのまま『アイテムボックス』を維持していてくれ」

「は、はい」


 言われた通り、維持する。

 すると、師匠がアイテムボックスに頭を入れようとしたら……すっぽり入った。


「ん、んー? おかしいな……たしかに、『アイテムボックス』だと思うんだが……生物が入れるとなると、おかしいな。いや、まあいい。イオ。試しに何か収納してみせてくれ」

「はい」


 ボクと師匠は一旦空間から頭を出す。

 でも、何を入れようか……あ、どうせなら太腿の……あったあった。


「じゃあこれで」

「お、ナイフを持ち歩いているのか。感心だぞ、我が弟子」

「あ、あはは……」


 普通は、ナイフを持っていると怒られるんだけどね……やっぱり、暗殺者の人は、普通の人とは違う思考回路みたいです。

 と言っても、ボクの場合は、護身用と言う意味なんですけどね。


 銃弾が飛んできた場合、素手だとちょっと厳しくて……。

 一応、掴めないことはないんですよ。

 でも、銃弾って回転しているから痛そうで……。

 なので、ナイフで弾いたほうが早いかなって。

 それ以外だと、単純にあると便利ってだけです。

 ともあれ、いつも持ち歩いているナイフをポーチから一本取り出し、中に入れる。


「入れました」

「そしたら、ボックスと一旦閉じて、再度開け」

「わかりました」


 言われた通り、一度閉めて、再び発動させる。


「取り出すとき、頭の中で思ったものが取り出せるから、探す必要はないからな」

「わかりました。えーっと……あ、ありました!」


 頭の中でイメージしたら、手に何か出現し、触り慣れた感触が手に発生して、手を引き抜くと、そこにはナイフが。


「よし、成功だな。……まあ、なぜか『アイテムボックス』の中に入れる、というおかしな状況になっているが」

「や、やっぱり、変なんですか?」

「変」

「そ、そうなんですか……」

「と言うか、『アイテムボックス』の中に入れる、なんて聞いたこともないし、そもそも歴史上なかったはずだ。明らかに、特異なものと言える。つーか、入れられても手だけだからな。まあ、全身入れれば、避難場所として使用できるだろう」

「な、なるほど……」


 普通は入れない……。しかも、師匠の言い方だと、明らかにボクだけ、だよね?

 あ、あれ? なんで魔王を倒して、異世界から帰ってきた後に、こんなおかしなことが発覚するの?


 と言うか、もしかするとこれ……結構チート的な能力なんじゃ……?

 ……ちょっと試しに、全身入れてみよう。


「おい、イオ。一体何を……」

「ちょっと中に入ってみようかなって」

「……そうか。ま、そう言う確認は大事だ。試しておけ」

「はい」


 とりあえず、そのまま頭から入ってみる。

 すると、突っかかることなく、するりと入り込んだ。


 中に入ると、てっきり落下するのかなと思っていたら、落下することはなく、宙に浮いていた。

 とりあえず、そこに留まるのではなく、動き回ってみる。

 浮いているから、どうやって動くのかなと思ったけど、水中を泳ぐような感覚で体を動かすと、普通に進んだ。

 なので、適当に動き回ってみる。


 動き回っていると、底の方に何やら建物が見えた。

 見たところ、普通の一軒家みたいだけど……


「って、建物?」


 あれ、おかしくない? なんで家があるの? ボク、まだ何も入れてないよ? いや、そもそもの話、家なんて入れられるの? 『アイテムボックス』って。


「と、とりあえず中に入ろう」


 家があることに戸惑いを覚えたけど、ここは中に入って確かめたほうがいいと思い、中へ。

 ドアを開けて中に入ると、


「あれ、重力がある」


 中には重力があった。

 どうやら、この家の中では無重力状態は維持されないらしく、外と同じような感じみたい。

 それはそれとして、家の中を進み、リビングと思し場所に出る。


「えーっと、あるのはタンス、クローゼット、ベッド、キッチン……それに、冷蔵庫もある」


 少なくともリビングにはこれらがあった。

 家の中を見て回ると、部屋がいくつかあり、トイレにお風呂まであった。


「……え、住めるんだけど」


 なんでこんなものがボクの『アイテムボックス』にあるの?

 師匠が言うには、『アイテムボックス』には、手しか入れられないって言ってたよね? それに、物をしまうだけなんだよね、この魔法は。

 ど、どういうこと……?


「い、一度師匠のところに戻ろう」


 考えてもわからないことは、一旦保留にし、師匠のところに戻ることにした。



「師匠、戻りました」

「ん、おかえり。で? どんな感じだった?」

「えーっと、一言で言いますと……住めます」

「住めるってなんだ!?」

「いえ、なぜか底の方に家が一軒ありまして……」

「家!? 待て待て待て待て! 家? マジで? 本当に家があるのか?」

「はい。家があります。しかも、生活に必要な家具も一式」

「お、おかしいな……ちょっと見てきてもいいか?」

「どうぞ。開けたまま維持しておきますので」

「ありがとな」


 そう言って、師匠は『アイテムボックス』の中へ入っていく。

 そして数分後。

 師匠が出てきた。


「どうでした?」

「す、すげぇ……マジ羨ましい」

「そ、そこまでですか?」

「当然だ! なんとなく冷蔵庫を開けたら、食べ物が入っていたぞ? しかも、酒が飲みたいと思ったら、マジで酒が出てきた」

「お、お酒? 出てきた? ……そう言えば、さっき魔力が減ったような……?」

「ほう? となると、無いものを出現させると、『アイテムボックス』を使用している奴の魔力が使用されるってことか? ということは、マジで暮らせるわけか、あの中で」


 大発見。『アイテムボックス』の中で住めます。


 ……いや、おかしくない?


 だって、物語の中だと、生物は入れないって言う設定があるよね? 死体は入っても、生きている生き物は入れないって言う設定があったよね?

 なんで、そこはテンプレートじゃないですか?


「まあいいじゃないか。少なくともこれで、お前は避難場所を得られたわけだ」

「う、嬉しいような、嬉しくないような……?」


 あ、でも、災害とか起こった時、ボクの近くに未果たちがいた場合、底に避難させることで助けられるって言うことでもあるのかな?


「しっかし、本当に謎だな、お前」

「あ、あはは……ボクもよくわからないです」

「……まあいいか。とりあえず、エイコのところに戻るぞ。さすがに、これはあたしにもよくわからん」

「わ、わかりました」


 師匠でもわからないって……本当に、ボクの『アイテムボックス』ってなに?



 空き教室から学園長室に戻り、今度はノックをせずに入る。と言うか、師匠がノックをせずに入ったためです。


「おかえりなさい。……その様子だと、問題なかったみたいね」

「いや、問題なしというよりか……謎が深まった」

「謎? ……まあいいでしょう。さて、依桜君の方も問題なしかしら?」

「ない、と言えばないです。……ちょっと嫌なことはありましたが」


 できれば、『感覚共鳴』を用いた習得はもうしたくないです……。


「嫌なことねぇ? まあいいわ。とりあえず、依桜君が分身できるようになったので、これでプレゼント配りができるわね!」

「って、結局やるんですか!?」

「当然よ! と言うか、そのためにミオに相談したんだから」

「あなたが元凶ですか!」


 今回もこの人が元凶だったよ!

 いや、今わかったように言ってるけど、今までのこと全部、この人が元凶だし、今回の件だって、いきなりサンタさんをやれ、って言われたようなものだよね?

 そんなことを言わなければ、さっきのような状況にならなかったと思うんだけど。


「まあいいじゃないのー。おかげで、いいものを手に入れたわけだし?」

「いえ、正直なくても、日常生活には困らないので、そこまでいいものじゃないと思います」

「アアァ? てめえ、あたしがせっかく教えてやったものを、いいものじゃないだぁ? 今度は、あたしが持っているすべての能力、スキル、魔法を『感覚共鳴』で習得させてやろうか? お?」

「すみませんでした! それだけは……それだけはやめてください!」

「ふん。わかればいいんだよ」


 うぅ、やっぱり理不尽だよぉ、この人……。


「まあそれはそれとして……依桜君、サンタクロースは引き受けてくれるのよね?」

「……拒否権は?」

「ないです」


 そんなにっこりに笑顔で言われても……。

 前門の学園長先生後門の師匠。

 ……に、逃げられる気がしない……。


「わ、わかりましたよぉ……。やります。やればいいんですよね……」

「ありがとう! それじゃあ、はいこれ」


 ボクが了承したことに、嬉々として何かを取り出し、机に置く。

 置かれたのは、包み。しかも、三つある。


「えっと、これは?」

「サンタコスだよ、サンタコス」

「さ、サンタさんの?」

「そうそう。やっぱり、サンタクロースはちゃんとあの衣装を着ないとね!」

「それはわかりますけど……なんで、三つあるんですか?」

「だって依桜君。小さくなったりするじゃない。普通のロリになったり、ケモロリっ娘になったり……前もって用意しておけば、必ずやってもらえるわけよ!」

「そ、そうですか……」


 最近、ボクの衣装を他人が用意する場合、前もって三つ渡されるんだけど……もしかして、先手? できないなんてことが起こらないようにするため先手?

 ほ、本気すぎない……?


「ま、これで大丈夫ね! とりあえず、明日のことを言うわね。まず、配り始めは夜の九時。制限時間は、次の日の朝六時。正直、高校生だったら補導されるんだけど……まあ、依桜君だし、大丈夫よね!」

「いや、大丈夫じゃないですよ!?」


 補導って、普通はされちゃいけないやつだからね!?

 やむを得ない事情があって家出した、という理由ならわざと補導される、なんて方法があるけど、それ以外は普通にダメだから!


「そもそも、能力とか使うんだから、バレないでしょ?」

「そ、そうですけど……」

「依桜君なら、全然問題なくこなせるんでしょ? ミオ」

「当然だな。むしろ、できなきゃ、また一年やり直しだな」

「それは嫌です!」

「なら、やれ」

「はい!」


 ……師匠には逆らえないよぉ……。

 というか、また一年やり直すのは絶対に嫌だ。

 もし、あの一年を再びやり直すことになったら、死んだほうがマシです。


「はい、じゃあ次ね。配るのは、学園生全員。当然家に入るわけだけど……まあ、大丈夫でしょう。魔法で鍵開けくらいはできるでしょ?」

「ま、まあ、風魔法を使えばできますけど……」

「ならよし。一応不法侵入だけど、すでに学園生には通達してるから。学園ゆかりのサンタクロースが来るって」

「用意周到ですね!?」


 というか、学園縁のサンタさんってなに!?


「当たり前じゃない。まがいなりにも、生徒を不法侵入させるのよ? まあ、依桜君ならバレても可愛いから、で許されそうだけどね」

「さ、さすがにそれは……」

「というか、学園にいる八割の人がファンクラブに入っているし、残りにの二割だって、依桜君のことが好きだしね。そもそも、この学園に依桜君を嫌う人はいないわよ」

「そ、そんなまさか……」


 さすがに、嫌っている人がいないはないと思うんだけど……。

 例えば、ボクのことが気に食わない女の子がいて、いじめてくるかもしれないし……。


「そのまさかね。ミオ、依桜君に対する感情ってどうなってる?」

「そうだな……最低でも、好きの部類だ」

「す、すすすす好きって……!」


 師匠が言うなら本当、だよね? こんなつまらないことで嘘を吐かれても困るし……。で、でも見間違えの可能性も……。

 だ、だけど、本当だとしたら、すっごく嬉しいけど恥ずかしいぃ……。


「あら、顔が真っ赤。可愛いわね。……っと、脱線したわ。とりあえず、不法侵入がバレても問題なし。通達があります。プレゼントのリストが書かれた紙は明日渡します。同時に、プレゼントも明日渡すので、収納しておいてね。だから、そうね……昼三時くらいに来てもらえればいいわよ」

「わ、わかりました……」

「あ、もちろん夜ご飯は御馳走するから、安心してね?」

「安心できるような、できないような……」


 そもそも、深夜帯に外を駆け回ることが自体がすでに安心できないんだよね……。


「それじゃ、よろしくね、依桜君!」

「頑張れよ、イオ」

「は、はい……」


 ……この時ボクは思いました。

 ボクって、押しに弱いのかなぁ、って。

 ……明日は忙しくなりそうだよ。

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