第155話 依桜ちゃんサンタさん3

 学園長先生との打ち合わせも終わり、家に帰宅。

 幸いにも、早めに終わったので、掃除を続行。

 あとは掃除機をかけて、キッチンを軽く掃除するだけでよかったので、そこまで時間がかからなかった。


 冬休みなどの長期休みは、平日、父さんや母さんがいない場合の方が圧倒的に多い。

 そういえば、二人がどんな仕事をしているのか知らなかったり……。

 気になりはするけど、別にいいかなと思って放置している。


「……そう言えば、師匠が『アイテムボックス』内で、欲しいものを念じたら、ボクの魔力と引き換えに出現した、って言ってたよね?」


 これって、手を入れただけでも出せるのかな?


「もしそうならこれ……お金必要なくなるよね?」


 少なくとも、生活に不自由はなくなると思うんだけど……ま、まあ試しに。


「えーっと……あ、そう言えばスポンジがもうダメだった気がするし、スポンジでいいかな」


 試しにスポンジを出してみようと思い、『アイテムボックス』を発動。

 そこに手を入れて、スポンジが欲しいと念じると、


「あ、出た」


 僅かに魔力が減少し、スポンジが現れた。


「……これ、本当に『アイテムボックス』なの?」


 なんか、全くの別物な気がしてならないんだけど……。

 少なくとも、無いものを生成する、なんて力はなかったよね? 『アイテムボックス』に。


 向こうの世界で過ごしている時、ボクの知り合いに『アイテムボックス』の魔法を持っていた人がいたけど、その人も元から入れている物だけしか取り出せてなかったし……。師匠だって、そもそもは入れてなかったよね?


 ……じゃあ、ボクの『アイテムボックス』って、なに?

 本当に『アイテムボックス』なの? これ。

 無いものを魔力で生成しちゃってるよね?


「う、うーん……と、とりあえず、よほど切羽詰まった時じゃない限りは、使わないようにしよう。悪い癖が付いちゃうかもしれないし」


 だって、お金が必要なくなるんだよ?

 さすがに、ね?


 少なくとも、着ている服が予期せぬ事態でなくなってしまった、とかだったら使うけど、洗剤を切らした、醤油を切らした、みたいな場合は使わないようにしよう。


 ……ボクに、これを平気で使える度胸はないです。


「とりあえず、このスポンジは有効活用させてもらおう」


 活用と言っても、食器を洗うためにしか使わないんだけどね。


「さて、そろそろ夜ご飯の支度をしちゃおうかな」


 あらかじめ仕込みをしておけば、少しは楽ができるし、もっと美味しく作れるからね。


「えーっと、今日は……カレイの煮つけと、味噌汁。あとは……サラダかな」


 なるべくバランスは考えないといけないからね。

 せめて、料理をするんだったら、食べる人の健康も考えないと。

 ……そう言えば、父さんが最近、血圧が高くなってきた、とか言っていた気が……。


「塩分控えめ、かな」


 健康にも気を配らないとね。



 仕込みを終え、少し休憩を取ってから、再びキッチンへ。


 あ、当然ですがエプロンは着けてます。

 服を汚したりしたらまずいからね。ちょっと高いし……。

 そんなこんなで、特に問題もなく、料理を作り終える頃には、父さんと母さんが返って来て、夜ご飯となった。


 夜ご飯を食べ終えると、あらかじめ沸かしておいたお風呂に入り、自室へ。


「ん……また、眠気が……」


 突然、いつぞやの強烈な睡魔に襲われた。

 最近気づいたことがある。

 おそらくだけど、この強烈な睡魔が発生するときは、体が変化する前兆なんじゃないかなって。

 ボクが女の子になる前日だって、抗いがたい強烈な睡魔に襲われたし、小さな姿になった時も、最初の時は除き、全部異常なほどに眠くなっていた。

 そして、今回も同じような眠気が。


「うっ、もう……だ、め………」


 何とか抗おうとしたものの、全然ダメだった。

 結局、その睡魔に負けて、ボクは深い眠りについた。



 そして、翌朝。


「……ん、ん~ぅ……ひくちっ! うぅ、さむぃ……」


 朝目が覚めると、すっごく寒かった。

 妙にスースーすると言うか……。


 寝ぼけまなこで、状況を確認。

 辺りを見回すと、着ていたはずのパジャマが散乱していた。


 と、同時に頭部とお尻の辺りに、何やら延長された感覚がある……って、まさか!

 まだ眠く、ぼやけていた意識が、一気に覚醒。

 跳ね起きるようにして、姿見の前へ。

 そこに映っていたのは……


「み、みみとしっぽが……」


 ハロパの時と同じ、狼の耳と尻尾が生えた小さな女の子の姿だった。


「う、うそぉ……」


 まさか、またこの姿になるなんて……。

 というか、よりにもよって、なんでこの姿なんだろう……?


「……はぁ。しょうがない、よね。とりあえず、きがえよう……」


 もう慣れたもので、以前ほど取り乱さず、冷静になっていた。

 ……というより、諦めに近いかもしれないけど。



 とりあえず、一旦着替えてリビングへ。


「おはよー……」

「おはよう、依桜……って、きゃああああああああ!」

「むぎゅっ」


 リビングに入ってきたボクを見るなり、母さんがボクに抱き着いてきた。


「んっ~~~! んむぅ! むぐー!」


 く、苦しい……。

 いきなりのことで、母さんの抱擁を躱すことができず、されるがままになってしまう。

 その際、思いっきり抱きしめられたことで、息ができず苦しくなる。

 わたわたと体を動かし、なんとか母さんにボクの状況を伝えるも……


「可愛い可愛い! まさか、ケモロリっ娘依桜をまた拝めるなんてぇ! やっぱり、うちの娘最っっっ高! ふぁあああああああ! クンカクンカすーはーすーはー!」


 な、なんか匂いを嗅ぎだしてない!? 大丈夫!? これ、本当に母親!?

 と、というか、息、息が……


「ん、んむぅ……」


 あ、力が抜け……。


「あ! ご、ごめんなさい!」

「ぷはっ! はぁっ、はぁっ……か、かあさんっ、く、くるしい、よ……はぁっ、はぁっ……」


 あ、空気が美味しい……。

 なんだか、久しぶりに空気を吸った気がするよ……。

 空気のありがたみを感じつつ、深呼吸。


「まったくもぉ……しんじゃうかとおもったよ……」

「ごめんなさいね。つい、テンション余って……てへ☆」

「……てへって……あの、かあさん。すこしは、としを、ね?」

「あら。私はまだまだ若いわよ?」

「た、たしかに、かあさんはわかいけど……」


 実際、二十代くらいに間違えられるもん。

 ボクだって、贔屓目を抜きにしても、それくらい若いと思ってる。

 ……だけど、実年齢はその……よ――


「依桜。今、変なことを考えなかったぁ?」

「か、かんがえてないです!」

「……次、変なことを考えてたら、抱きしめの刑に処す」

「ご、ごめんなさいっ!」


 怖いよぉ……。

 母さんと言い、師匠と言い……身内の大人の女性は、みんな怖いです……。


「もぉ、失礼しちゃうわ」

「……」


 思っていたことを察知するのって、女の人に標準装備されてるのかなぁ。


「んふふー。依桜のケモロリっ娘はいいわぁ……やっぱり、最高よねぇ……」

「そ、そんなにいいものじゃないとおもうけど……」

「いいえ、依桜の可愛さは世界一よ! いや、銀河一ね!」

「おおげさじゃない!?」

「いえいえ。だって、依桜の可愛さなら、男女関係なく落とせそうだもの」

「おとすってなに……?」

「色々よー。さ、朝ご飯できてるわよー」

「あ、うん」


 ……女の子になってからというもの、両親が過保護になったような気がしてなりません。



 朝食を食べた後は、溜まっていた洗濯物を消化。


 今日は師匠はお休みとのことらしく、ボクの『アイテムボックス』内にてお休み中です。

 なんで、ボクの『アイテムボックス』の中なのか尋ねたら、


『ものすっごい、過ごしやすいから』


 だそうです。


 たしかに、中の環境はとてもちょうどよく、過ごしやすい。


 寒すぎず、暑すぎない、絶妙なバランスで保たれていて、秋くらいの過ごしやすさ。

 それに目を付けた師匠が、試しに中でお休み中というわけです。

 出たくなったら、『感覚共鳴』が届くらしいので、気長に待つ。


 洗濯が終わった洋服などをベランダに干し、それも終わると、


『イオ、そろそろ出るから、開けてくれ』


 という、師匠の声が聞こえてきたので、了承してから『アイテムボックス』を開く。

 開いてから数十秒もしないで、師匠が出てきた。


「いやー、マジであの中は快適だ……な?」

「おはようございます、ししょう」


 ぺこりと頭下げて、笑顔で師匠に挨拶。

 顔を上げると、ポカーンとした師匠が。


「あ、あの……」

「い、イオ?」

「はい、そうですけど……」

「いやいやいやいや! お前、なんで亜人族と同じ姿なになってんだよ!?」

「え? あ、そういえば、ししょうははじめてでしたっけ」


 思い出してみれば、ボクがこの姿になったのは、ハロパの時だけだったもんね。

 体育祭の時は、通常の小さな女の子だったし。

 ……そもそも、普通の人は小さくならないから、通常も何もあったものじゃないけどね!


「え、なに? お前その姿になったことあんの?」

「はい。……というか、こうなったのって、かうじゅのしっぱいによる、ふくさようですよ?」

「……あ、あーあー、そう言えば言ってたな、亜人族のような姿になるって」

「こんかいは、それです」

「なるほどな。……にしても、お前、マジで可愛いな」

「ふぇ!?」


 不意打ちの一言だったので、思わず顔が真っ赤に。


「……女でいることが、板についてきたな。つーか、やっぱ違和感だよなぁ、お前」

「え、それは、おんなのこでいることがですか?」


 と、師匠が言う違和感に対し、ちょっと期待したようにそう尋ねるも、


「いや、お前が最初は男だったことにだ」

「……そですか」


 すぐに否定された。


「お前、あたしと暮らしてる時だって、無駄に女っぽいところがあったしな。あたし的にはこう……一度女として生まれて、その直後に男になり、呪いによって元に戻った、見たいに感じる」

「いやいやいや、ボクってもともとこのせかいのしゅっしんですよ? それに、うまれてすぐにせいべつがかわることはないです」


 ファンタジーじゃないんですし。

 ……いやでも、この世界も割とファンタジーであふれていた気が……。

 学園長先生の作ったものとか。


「ま、冗談だ。あくまでも、あたしが感じたことだ。気にするな」

「は、はい」

「……まあでも、学園にいる奴らが、イオは生まれてくる性別を間違えた、なんて言うんだが、あたしも思わず頷いちまったよ」

「うなずかないでくださいよぉ!」


 と言うか、ボクそんなこと言われてたの!?

 普通に男として生活してましたよ!


「ははは! ま、それくらいお前に、男は似合わないってことだな」

「ひ、ひどい……」

「だってよ、男だったはずなのに、無駄に可愛い仕草をするわ、言葉遣いになるわ、果ては、性格やら生活力は高いわで、お前はマジで女してるからな」

「そ、そんなことは……」

「ないとは言い切れんだろ」

「うっ……」


 た、たしかに、たまに女の子寄りの考え方をしちゃう時もあるけど……そこまで酷くはない、はず。


「で、でも、可愛い仕草とかはしてない、ですよ?」

「……まあ、お前の自己評価は低いしな。お前に対する、周囲の認識は、可愛い、この一点に尽きる。認めたほうが、自身も付くぞ」

「そ、そんなことを言われても……」


 そこまで可愛くはないはずなんだけど……みんなにいわれるから、すこし自信がなくなりそう。


「まあいい。これだけは言っておこう」

「?」

「今のお前は……どうしようもないくらいに可愛い。いや、可愛すぎる。今ここで、抱きしめながら一緒に寝たいくらいにな」

「~~~~っ!」

「ふむ、真っ赤になったな。ちょっとしたことで顔が赤くなるとは……これはいよいよ、精神面も女寄りになってるな」

「そ、そうなん、ですか?」

「ああ。というか、お前の友人たちも言っていたぞ」

「み、未果たちが?」

「ああ。……まあ、全員肯定的だったし、問題はないだろ」

「ないことはないような……?」

「いいんだよ。……さて、あたしは空腹だ。飯を所望するぞ、弟子」

「わ、わかりました。すぐによういしますね」


 そう言って、ボクはキッチンに向かった。



「……ほらな。やっていることが、男のそれじゃないだろう?」

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