第273話 五月一日:メイド喫茶『白百合亭』 下

 軽い自己紹介なども終わり、開店準備へ。

 と言っても、ボクと女委が色々と話している間に、終わってるらしいんだけどね。


 ボクも準備を手伝っている時、ふと気になったことがあったので、女委に尋ねていた。


「ねえ、女委」

「ん、なんだい?」

「いやあの、どうしてボクのメイド服に、スリットがあるの?」


 実は、ボクのメイド服のスカートには、右足側にスリットがあります。


「ああ、それはね、桜ちゃんのコンセプトが『暗殺メイド』さんだからだよ」

「……え?」

「いやぁ、依桜ちゃんにさっき言ったライブクッキングもどきをやってもらいたい、って言ってたけど、それならそれらしいコンセプトがいるよね! とか思って、桜ちゃんのメイド服には、スリットがあります。それで、ナイフを取り出して、果物を切ってね!」

「え、だ、大丈夫なの? お店的に……」


 銃刀法違反で捕まったりしない?


「んまー、見世物だし大丈夫じゃないかな? まあ、盛り上がればいいよね! くらいの気持ちです」

「ま、まあ、ボクの本職自体がそれだからいいようなものの……それじゃあ、『擬態』はいらないかな?」

「うん、そうだね。コンセプトさえ説明しておけば、許されるさ!」

「……だといいけどね」


 ちょっと心配だけど、店長の女委が大丈夫って言うなら、大丈夫なのかな……?



 軽い準備や、訊きたいことも聞けたので、ついに開店時間の十時になった。


 チリンチリンという、入り口のドアに付けられたベルが鳴り響いた。


 どうやら、開店と同時に来たお客様みたいだね。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 ちなみに、いきなりボクが接客をしていたりします。


 女委曰く、


「掴みが必要!」


 とかなんとか。


 ボクが最初に行ったところで、そこまで掴みは取れないと思うけど、まあ、店長の指示だしね。臨時従業員のボクが従うのは当たり前ということで。


 あと、声に関しても、ちょっと変えて、可愛い声(?)にしています。


『あ、あれ? し、新人さん?』

「はい。臨時で入りました、桜と申します。今日一日だけですが、よろしくお願いします、ご主人様」

『か、可愛い……』

「あの、ご主人様? どうかなさいましたか?」

『はっ! あ、い、いえ、大丈夫!』

「それならよかったです。こちらへどうぞ」


 一瞬、顔を赤くして惚けていたけど、大丈夫みたいでよかった。

 風邪かなって、一瞬心配しちゃったよ。


「さ、桜ちゃんの笑顔が眩しぃ……」

「うん。姿勢もいいし、清楚な雰囲気があってすっごくいいよね」

「白銀の女神、って言われるだけあるよね!」


 もともとの従業員の女の子たちが、感心したような視線をボクに向けていた。


 よ、よかった。さっきの接客で合ってるんだね。

 ちょっと心配だったんだよね。だって、メイドさんなんてやったことがなかったから。


 少し自信がついたところで、ちょっとずつお客様がちらほらと入り始めた。



 いざお仕事が始まると、かなり忙しい。


 注文を取ったり、料理を運んだり、席に案内したりなど、色々。

 レジ打ちなどはさすがにしたことがないのでやってないけどね。


 と、そんな忙しく動き回っているけど、メイドさんの仕事には、どうやらお客様とのコミュニケーションも含まれているらしく、


『ねえねえ、桜ちゃんは何が好きなの?』


 と、こうしてお客様から質問されることがある。

 と言っても、本当に些細な話だから、全然大丈夫だけどね。


「そうですね……料理をするのが好きですよ。最近だと、お菓子作りとかよくしますね」

『家庭的だなぁ。やっぱり、彼氏さんとかいるの? 桜ちゃん、ものすごく可愛いし』

「あ、あはは。お世辞を言っても何も出ませんよ。それに、彼氏はいませんよー」


 だってボク、中身は男だもん。

 肉体的な性別は女の子だけどね。


 まあ、最近は違和感が無くなりつつある上に、並行世界のボクに諭されて、ちょっとずつ前向きになってきているけど。


『へぇ~、じゃあ、俺立候補しちゃおっかなー』

「ふふっ、ボクなんかよりも、きっといい人が見つかりますよ」

「すごい、何でもないように流してる……」

「でもあれ、本気で思ってそうだよね」

「わかる! 謙虚に見えて、実際は単純に自分が可愛いと思ってないとみた!」


 うん? なんだか、女の子たちが話しているような……気のせいかな?


『桜ちゃん、俺、彼女に振られちゃったんだ……なんだかもう、生きるのが辛い……』

「それは……大変でしたね。仲が悪かったんですか?」

『いや違うんだ……。彼女が言うには、他に好きな人ができたから、あんたもういらない、とか、貧乏だからもういい、らしくて……』

「酷い人ですね……。ボクは、恋人がいたことはありませんし、無責任なことは言えません。それこそ、この先にいい出会いがあります、なんて落ち込んでいる人に言えません。でも、逆に考えるんです。そういう嫌な人と早々に縁が切れてよかったって」

『さ、桜ちゃん……』

「それにですね、そこまで言われたんでしたら、いっそ見返してやるんだ! ってくらいの気持ちで行った方が、よくないですか? 自分を馬鹿にした人を見返して、自分はこんな幸せな生活を送ってます! という風に」

『な、なるほど……俺、元気出てきた! ありがとう、桜ちゃん!』

「いえいえ。ボクは、自分の考えを言っただけですので。それに、上手く行く保障もないですけどね」


 あははと苦笑いを浮かべる。

 ……まあ、今の話って、実体験に近いんだけどね。


 異世界で、このお客様のような人がいて、手助けしたことがあったから。


 その時は、その人に寄り添って、話を聞いてあげたら、その人が奮起しだして、今ボクが言ったようなことをして、本当に見返してました。


 あれはすごかったよ……。


 最終的に大商会を築き上げちゃうんだもん、あの人。


「桜ちゃんのアドバイス、的確……」

「もしかして、人生経験豊富なのかな?」

「でも、店長と同い年らしいよ?」

「つまり……中身が大人なんだね」


 でも、こういう人生相談じみたことをするとは思わなかったなぁ。

 メイド喫茶ってこういうこともするんだね。


「桜ちゃーん! 指名入ったよー!」

「あ、はーい!」


 莉奈さんから指名が入ったと言われたので、ボクはそっちへ移動。


 指名というのは、簡単に言うと、ケチャップで文字を書いてもらう際に、メイドさんを選んで指名する、みたいなシステムだそうです。


「お待たせいたしました。何をお書きしましょうか?」

『うーん……『大好き❤』って書いてもらえたりする?』

「はい、問題ないですよ♪ それじゃあ、お書きしますね~」


 お客様にリクエストされた文字を、オムライスに書いていく。

 ちなみにこの時、


「おいしくな~れ、おいしくな~れ❤」


 と言わないといけないのが、ちょっと……いや、かなり恥ずかしいです……。


「はい、ボクの愛情をたっくさん込めました!」

『ありがとう!』


 あぁ~~……は、恥ずかしいよぉ……!


「桜ちゃんが恥ずかしい気持ちを抑えつつ頑張ってる姿……」

「うん、すっごく可愛いよね……」

「というか、あの声すごくない? アニメ声って言うのかな? 見た目も相まってぴったりすぎるよね!」


 あぅぅ、世の中のメイド喫茶で働いている人たちは、こんことをしながら、平然としていると思うと、頭が上がらないよ……。


 すごいなぁ。



 色々と話していると、お客様からこんな質問が来た。


『桜ちゃんって、どんな男がタイプなの?』


 と。


 この質問、ボクはどう答えればいいんだろう……?

 そもそもボク、男の人に大してそう言った感情がないような……。


 それならむしろ、女の子の方がそう言った感情があるような気がするし……それに、赤面させられる相手って、未果とか、女委、師匠に美羽さんと言った、女の人ばかりなんだけど。


 反応に困って、うんうんと悩んでいたら、


「あ、桜ちゃんって、百合趣味だよ?」


 唐突に現れた女委が爆弾を投下した。


『『『――ッ!?』』』

「ちょっ、め、女委!?」

「こちらにいます、わたしの友達、桜ちゃんは、男の人相手には恋愛感情のような物を持たないのさ! だが逆に! 女の子相手にはよく赤面させられています! 本人は、誰とも恋愛しないと公言しているけど、本質的には女の子が好きだと思います!」

「め、めめめめめめ、女委――――――っっっ!?」


 ボクは顔を真っ赤にして、慌てて女委の口をふさいだ。


 女委の大暴露によって、店内はしーんとしていた。


 あ、あぁぁ……女委が変なことを言ったばかりに、お店が変な空気にぃ……。


 ど、どうしよ――


『『『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』』』

『『『きゃぁ―――――――――――!』』』


 内心、すごく焦っていたら、男の人からは雄叫びのような何かが。女の子の方からは、黄色い悲鳴が。


『リアル百合美少女キタ――――――!』

『ま、マジか! あんなに可愛い女の子が、百合趣味……!?』

『やっべ、想像しただけで、鼻血出そう……!』

「さ、桜ちゃんが百合趣味……!」

「な、なら、チャンスある……な?」

「桜ちゃんが百合趣味って知ったら、一気にドキドキしてきた!」


 あ、あれ? なんか、変な盛り上がり方してない……?

 あと、妙に受け入れられてるような……。


「ふっふっふー。桜ちゃん。このお店はね、いい人しかいないのさ! たとえ、従業員が同性愛者でも、このお店の常連さんや、メイドさんはね、みーんないい人なのさ! というか、従業員に関しては、わたしが面接の際に一番こだわるのが、その部分だからねぇ。だから、わたしがバイだということは、みんな知ってるんだよ」

「そ、そうなんだ……。それはすごいね……」


 まあ、女委は贔屓やら差別やらを嫌う人だもんね。

 それに、女委自身がバイって言うのもあるから、その辺りも理由かな。


 って!


「ぼ、ボクに百合趣味はないからぁ!」

「えー? じゃあ訊くけど、桜ちゃん、ドキッとさせられるのは、男の子? それとも、女の子?」

「え、えっと……どちらかと言えば……お、女の子、かな」

「はい、百合です! どうあがいても、百合です!」


 ……もういいです。


 何を言っても、無駄だね、これ……。


 ……まあ、ボク自身がもともと男だから女の子にドキッとするのかもしれないけど。


 それを言ったら、精神的な部分は女の子と恋愛するのが普通なわけだけど……今の状態は、ちょっと違うような……?


「まあ、こうしておけば、変な人に絡まれにくくなるから、ね?」

「……ありがとう、と言えばいいのか迷うところだよ、女委……」


 悪い方向に向かってるような気がするよ、ボク。



 そんな感じの騒動がありつつも、お仕事はまだまだ続く。


 お昼頃になり、昼食ラッシュが来て、それが落ち着く(それでもお客様は多い)と、午後三時……おやつの時間になりました。


 その時間になると、


「桜ちゃん、『春の果物盛り合わせ~桜舞さくらまい~』が入ったから、よろしくぅ!」

「あ、うん」


 ……名称に、すごく疑問を感じるけど……まあ、メイド喫茶だから、で片付けよう。うん。今更気にしても仕方ないような気がするもん。


 注文が入ってすぐ、台に乗った果物が運ばれてきた。


「あ、ご主人様方、二メートル以上離れてくださいねー。じゃないと、死んじゃいますから!」


 にっこり笑顔で言うことじゃないよ、女委。


 お客様たちは、少し首をかしげながらも、女委の指示に従い、台から離れてくれる。

 ボクは台の前に行き、瞑想をして精神統一を図る。


「ふぅー……――っ!」


 そして、目を見開くなり、果物すべてを空中に放り投げ、軽く跳躍。


 幸い、このお店は天井までそこそこの高さがあったので、問題なく芸が披露できる。


 空中に跳ぶなり、右太腿に装備されているナイフポーチから一本ナイフを取り出し、逆手持ちする。


 そのまま、一瞬で果物をそれぞれ適正な形に切っていき、くるりと回転して着地。着地と同時に、ナイフはポーチへとしまいました。


「お粗末様です」


 そして最後に、落ちてきた果物をお皿で受け止めれば完成。

 この時、ちゃんと見栄えが良いように盛り付けされているので問題なしです。


『す、すげえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!』

『今、何したのかほとんど見えなかったぞ!?』

『ナイフを取り出したと思ったら、もう果物が切られてたんだけど!』

「桜ちゃんって、運動神経もいいんだ」

「うん。ちょっと……ううん、すっごくかっこよかった!」

「ほんわかとした顔からは想像もできないくらい、クールな表情もよかったなぁ」


 店内は、拍手と歓声の嵐。


 よ、よかったぁ……ちゃんと受けて……。


 こっちの世界の人からしたら、かなり人間離れした動きだから、引かれないかとかなり心配したんだけど……杞憂でよかった。


 こんな技術、なかなか使う機会ないから。


「お待たせしました!」


 切り終えた傍から、他の女の子たちが注文した人たちの所に運んでいく。


『すげえ……どれもバラバラな果物なのに、一つ一つがそれぞれに合った切り方になってる……』

『てか、メロンをナイフで切るって……すごくね? しかもあれ、玉の状態だったはずなんだが……』

『桜ちゃんのコンセプトって何?』

「あ、え、えっと……ボクは、あ、暗殺メイド、というコンセプトでして……それで、まあ……」

『あ、暗殺メイド……!』

『清楚で可憐な姿からは程遠い属性なのに……なぜか、ぴったりな気がする!』

『ああ。正直、桜ちゃんみたいなメイドさんだったら、暗殺されたい……』

「あ、あはははは……」


 ……ぴったりもなにも、元々暗殺者が本業みたいなところがあるし、ね。


 本気でやったら、このフロアにいる人全員、数秒で暗殺できちゃうけど……いや、絶対やらないけど。


『それにしても……さっき、スリットから覗く、白い太腿がよかったなぁ……』

『ああ、あれなぁ。柔らかそうだったよな』

『マジでパーフェクトじゃないか? 桜ちゃんって』


 ……考えてみれば、目がいい人はあの時、スカートの中が見えちゃったんじゃ……? い、いや、ボクが着てるタイプのメイド服は結構露出が少ないし、大丈夫なはず……!


 足は見られちゃったみたいだけど……。



 それから途中休憩を挟みつつも、順調にお仕事をしていると、女委に買い出しを頼まれた。


 その際、メイド服で行かないといけなかったので、すごく恥ずかしいんだけど……。


 そう思って、昨日習得した能力とスキルをここで試してみようかなと思います。


 最初に、『変装』の能力で、髪の長さを腰元から、肩より少し下くらいまでに短く。前髪はそのまま。そしたら、『変色』のスキルを使って、髪色と目の色を両方とも黒に変える。


 最後に、『アイテムボックス』で伊達メガネを生成したら、変装完了。


 うん。これで、ボクだと気付かれないはず。


 魔力消費は……2、3割くらい、かな? 結構な消費……。


 そう思って、女委に頼まれた材料を買いに出かける。



 桜がいなくなった直後、白百合亭では緊急事態が発生していた。


 チリンチリンと鈴が鳴りながら、扉が開くと、


「お帰りなさいま――」

『大人しくしやがれ!』


 そこから、覆面を被った数人の男たちが、拳銃を持って入ってきた。


 店内は騒然となるも、バンッ! という乾いた音を鳴らしながら、発砲し、シンと静まり返る。


 あまりにも現実離れした状況に、誰もが恐怖し、動けなくなっていた。


 そんな中、女委だけは、こっそりと行動に移っていた。


 バレないよう、スマホに入れられているチャットアプリ、LINNを使って、桜――依桜へ、短く、『SOS』の三文字を送信していた。



 ピロリン♪


「うん? LINN? 誰だろう……っ!」


 女委に頼まれたものをすべて買いそろえた後、不意にLINNの通知が入った。


 ディスプレイを見れば、そこには、女委からで、『SOS』と書かれていた。


 ボクはそれを見るなり、急いで『気配感知』を使用。


 幸い、有効範囲圏内だったので、店内の様子が多少わかった。


 すると、あからさまに悪い反応が複数。

 数としては、六つ。


 大勢の人が一ヵ所に集中しているような状況であることがわかる。


 そこから、わかるのは……恐怖心。


 これってまさか……


「強盗!?」


 急がないと!



 状況をすぐに判断したボクは、大急ぎでお店に戻る。


 その際、自身の変装は全部解く。


 ……本来なら、変装した状態で行けばいいんだろうけど、ボクだとわからない可能性があったからね。


 大騒ぎになるかもしれないけど、この際仕方ない。


 どのみち、変装していても、やり方によっては騒ぎになっちゃうからね……。


 超特急でお店に戻ってくると、『気配遮断』と『消音』の二つを使って、窓から中を覗く。


 どうやら、強盗はお金目当てらしく、レジや、お店の奥にある金庫を漁っているみたいだ。


 武装は……それぞれ、拳銃を一丁ずつとナイフが一本。


 従業員の女の子たちとお客様方が、一ヵ所にまとめられて、縛られている。よく見れば、ガムテープで目と口を塞がれている。……これなら、変装を解く必要はなかったかも。


 ……ま、まあ、それは置いといて。


 縛られている人たちの中には、女委も混じっていた。


 ……大切な友達である、女委だけでなく、女委が大事にしているお店の従業員に常連さん、常連ではないけど、普通に来てくれたお客様に危害を加えるなんて……許せない。


 こういう時、下手に突入すると、逆上して、怪我人……最悪の場合は、死人すら出かねない。


 いつかの、未果のようになってほしくない。


 あれは、ボクのやり方がまずかったし、事前に防ごうと思えば、防げた事態。


 あの時と同じことをすれば、確実に意味がない。学習していないことになる。


 それなら、やることは一つ。


「……素早く、バレずに、片付ける」


 それだけです。



 裏口に回ると、依桜はドアをそーっと開けた。


 『気配遮断』と『消音』を使っているので、まずバレることはないが、何が起こるかわからないため、身長に侵入する。


『へへへっ、なかなか金があるなぁ』

『おう。こいつは、この後が楽しみだぜ』


 酷い笑い声を上げる強盗達。


 現在は、女委たちがいるフロアに二人、金庫がある事務室に二人、厨房側に二人と言った配置だ。


 裏口に近いのは、事務室。


 まずはそこから片付けようと思い、依桜は『アイテムボックス』を用いて、小石を生成し取り出すと、『消音』を切ってから、棚にぶつける。


 カァン! という音が鳴り響く。


『なんだ、今の音は』

『ちょっと確認してくるか……』


 すると、音が気になったのか、事務室側から、二名の足音がと今のセリフが聞こえてきた。

 依桜はすぐさま物陰に隠れると、二人が近づくのじっと待つ。

 決して焦らない。ここで焦れば、暗殺者失格だと、依桜は考える。


『こりゃ……小石か?』

『なんだ、これが当たった音――んむっ!?』


 一人目が小石に近づき、もう一人が後ろに立って安堵したところを依桜は狙い、口を塞ぎ、自分の方へ引きずり込んだ。


 そのまま、気絶させるツボを生成した針で突き刺し、意識を落とす。


 続いて、依桜は天井に移動すると、『壁面走行』を応用して天井に張り付くと、男の首筋めがけて針を投擲する。


『ん? おい、どこ行った? おい! 隠れてないで、でて――カハッ……!』


 針は見事に突き刺さり、短い呼気を発しながら、二人目の男も撃沈。

 音を立てずに床に着地すると、高速で動き、厨房へ。


『おい、金庫の方に行った奴らの声が消えたんだが』

『どうせ、軽く居眠りでもしてんだろ』

『……それもそうか』


 なんて、吞気に話す二人の男だが、すでに依桜が忍び寄っていた。

 従業員や客を一ヵ所に集めて縛っておいたから安心しているのか、気が緩んでいるようである。

 その隙を見逃さず、依桜は男たちの背後に立つと、


「……おやすみなさい」

『『は? ――カハッ……!』』


 同時に針を突き刺し、気絶させた。


(ふぅ……ここまでは問題なし、と。あとは、フロアにいる二人だけ、と)


 そう思い、気合を入れ直す依桜。


 そのままフロア近くまで行き、中を確認。


 入り口に一人。そして、入口の反対方向――すなわち、厨房へ入るための入口に一人。


 従業員や客は入り口から一番遠い窓際にて固まっている。

 ガムテープで目と口を塞がれ、両手両足も縛られている状態。


 騒げないようにするためとはいえ、その状態は依桜の怒りをさらに引き出す結果になった。


 依桜は瞬時に厨房入り口に移動すると、男の背後を取り、首に針を突き刺す。


『カハッ……!』


 他の男たちとまったく同じ呼気を発しながら気絶する男。


『ん? おい、どうした!? なに気絶してるんだよ!』


 突然気絶した、男に慌てて近づく男。


 だが、今の状況において、それは最大の悪手だ。

 そこには、依桜がいて、近づいた傍から、


「……刑務所の中で、反省してください」

『え? カハッ……!』


 突き刺されて気絶した。



「はぁ……とりあえず、これで片付いたかな?」


 静かに、尚且つ、迅速に強盗の人たちを気絶させた後、ボクはロープで強盗の人たちを縛り上げていた。


 まったく、よりにもよって女委のお店に強盗に入るなんて……。


 ガムテープで目を塞がれているから、ボクの姿は多分見えていないはず。


 なら、あとは、警察に連絡、かな?


 一応、声をそのまま使ったらバレると思うし……うん。変声術で、ちょっと声を変えよう。


 ちょっと大人っぽい感じの声で行けば、バレないよね。

 早速電話。


「……あ、もしもし、警察ですか?」

『はい、どうかなさいましたか?』

「実は、駅近くのお店の『白百合亭』というお店に強盗が入りまして……」

『わかりました! すぐに警官を向かわせますので、住所をお願いします!』

「えっと、美天市の――」


 軽く住所などを伝えた後、ボクはすぐさまお店から出ていった。



 お店から出て、ボクは申し訳ないと思いつつも、屋根に上っていた。


 あれから数分もしないで警察がお店に到着。

 急いで中に入っていくと、警察の人たちは従業員の女の子やお客様を開放していった。


 その内、数人の警察官が、縛り上げられた犯人を見て、とても不思議そうな顔をしていた。


 この時ボクは、『聞き耳』の能力も使用しているので、中の声が丸聞こえ。

 この時の会話がこう。


『さきほど、警察署の方に電話をした方はいらっしゃいませんか?』

『いえ、私たちはずっと縛られていて、聞こえず喋れずだったので……』

『おかしいな……。かなり綺麗で、大人びたような声の女性から通報があって来たのですが……』

『しかし、通報を受けてきてみれば、強盗団らしき男たちは、すでに縛られていた、と』

『……謎だ』


 ボクがここで姿を見せない理由と言えば、単純に騒ぎになりたくないから。


 自己中心的な考えかもしれないけど、これ以上ボクで騒ぎになって、心労が増えるのはちょっとね……。まあ、そこは別にいいんだけど、一番嫌なのは、周りの人に迷惑を掛けること。


 前に、テレビの取材が家や学園に来ていたことがあったからね。さすがに、あれはね……。ボクとしても、許容できなかったし、迷惑がかかっただろうから、かなり申し訳なかった。


 でも、せめて拘束を解くくらいはした方がよかったかも……。

 はぁ……もっと改善の余地あり、かな。気遣いが足りないよ、ボクには。

 ……いや、そもそも、こんな非日常的な事件、二度と起きないでほしいけどね。



 それから、何食わぬ顔でお店に戻る。


「あ、桜ちゃん!」

「わわっ! ど、どうしたんですか? 舞衣さん」

「じ、実はね、強盗が来てね……! こ、怖かったの……!」

「そ、それは……無事で何よりです」

「うんっ……」


 ボクが戻ってきたら、舞衣さんがボクに駆け寄って抱き着いてきた。


 なんだか、女の子になってからというもの、よく抱き着かれるようになった気がする……。


 まあ、今回に関してはしょうがないけど。


 泣いている舞衣さんの背中をポンポンと叩いて、なだめる。


 落ち着いた後、なぜか他の人たちも抱き着いてきて、順番にポンポンさせられました。

 ……普通に考えて、強盗に襲われたんだし、こうなっても不思議じゃない、よね。

 なので、慈愛の心を以て、ボクは従業員の女の子たちをなだめました。


 ボクよりも、従業員の人たちの方が身長が高かったのは、ご愛敬。


 そして最後に、女委がボクに抱き着いてきて、耳元で一言。


「ありがとう、依桜君」

「……無事でよかったよ。本当に」


 今回は、怪我人を出さずに、穏便に済んでよかったよ。

 ……針を使って気絶させたのは、穏便とは言い難いかもしれないけど。


「でも結局、誰が警察を呼んだのかわからなかったね」

「うん……。電話している人が、すっごく綺麗な声の女の人! っていうのはわかるんだけど……」

「でもでも、あの声とか、時折聞こえてきた声とか、どこか桜ちゃんに似てなかった?」


 ドキッ!

 心臓がはねた。


「わからないでもないけど、桜ちゃんが帰って来たのって、ついさっきだよ?」

「あー、そっかぁ。じゃあ違うかぁ」


 ほっ……。


 正直、あまりボクのあれこれについて知られると、本当に大変なことになりかねないからね……。


 もちろん、その辺りは学習してます。


 仮にあの時、警察に通報する前に拘束やガムテープを剝がしていたら、またニュースになっていた可能性さえあるからね……。


 クリスマスイブの時だって、あれだけで取り上げられたわけだし。

 侮れないもん。


「はーい、みんな聞いて―!」


 パンパンと手を叩いて、女委が注目を促す。


「さっきの事件で、色々と精神的に来るものがあったと思うので、今日はこのまま営業は終了します! その代わり、本来働くはずだった時間分のお給料は、ちゃんと払うから、安心してね! あと、事件でかなり精神的苦痛を受けたと思うので、その分のお金も、次のお給料に上乗せしておくから、是非、やめないでね!」


 最後に最後に言ったセリフで、従業員の女の子たちから笑いが起きる。


「店長、私たちとしては、このお店が大好きなので、やめませんよー」

「うんうん。何気に、お給料もいいし、楽しいしね!」

「むしろ、学生でここの時給は破格ですからね! クビって言われても絶対やめませんから!」

「おお、そう言ってもらえると、心強いねぇ。まあ、そういうことなので、着替えて解散かいさーん! お疲れさまでした!」

「「「お疲れさまでした!」」」


 そう締め括って、ボクの臨時アルバイトは終了となりました。



 後日談……というか、あの人たちの目的。


 どうやら、借金まみれの人たちが集まってできたグループらしく、強盗は今回が初だったとか。

 近場で、尚且つ強盗に入りやすそうな店を探っていたところ、女の子の従業員しかいない女委のお店に目を付け、強盗に入ったそう。


 誰一人として傷つけたりする気はなかったらしく、拳銃は脅しのみに使ったとか。

 まあ、そもそも持っていること自体、アウトだけど。

 ……ボクも人のことは言えないけどね。


 ちなみに、強盗を倒した謎の女性があの店にはいる、みたいな噂が流れ始め、それに尾ひれが付き、美天市には、『絶対強盗許さないウーマンがいる』、みたいな噂が広まり、犯罪がかなり減ったとか。


 ……ボクのことだから、すごく恥ずかしい……。


 それから、臨時として今回入ったお店では、稀にヘルプで入ってほしい! と、後日女委に頼まれました。


 理由としては、お客様からの要望が多かったみたいです。

 またボクに来てほしいとか。


 中には、人生相談をしたい、みたいな人もいたらしいです。


 女委からの頼みに対して、ボクは、


「困った時は、ヘルプで入ってあげるよ」


 と、苦笑い交じりに返しました。


 ……まあ、うん。強盗の件もあって、ちょっと心配だからね。

 たまに、見てあげようと思います。


 ゴールデンウイーク初日に、いきなり強盗事件に遭遇するとは思わなかったけど……だ、大丈夫かな、この先。


 なんだか、ものすごく心配になるボクでした。

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