第199話 スキー教室2

「……ん、ぅ……あ、れ?」


 目を覚ますと、妙にあったかくて、柔らかい感触がボクの頭部にあった。

 あと、なんだかいい匂いもするような……。


「あ、依桜君、おはよう」


 ふと、頭上から声が聞こえてきて、頭を動かすと、にこにこ顔の女委がボクをのぞき込んでいた。

 ……って!


「ご、ごごごごごごめんっ!」


 ボクは大慌てで起き上がり、女委に謝る。

 うぅ、恥ずかしい!

 あぁ~、顔が熱いよぉ……というか、体が熱い……。

 絶対顔が真っ赤になってるよ……。


「おー、依桜君、顔真っ赤だ」

「み、見ないでぇ……」


 顔を隠すように、ボクは両手で顔を覆う。

 やっぱりおかしい……。


「んー?」


 そんなボクの様子を見てか、女委が小首をかしげる。


(あれ、なんか反応がいつもと変?)


 なんだか、女委にはよく膝枕されてる気がする……。


「依桜君、そろそろ着くよー」

「あ、う、ぅん……」


 ボク、こんなに恥ずかしがり屋だったっけ……?

 もしかして、心は一応男だから、恋愛対象は女の子になる、のかな。


 ……って! ないないない!


 ボクに限って、恋愛感情を持つなんてないよね! うん。


 だから、落ち着こう。


 寝顔なんて、何度か見られてるし。

 未果にだって、聞けば看病してもらった時とかに見られてたみたいだもん。

 大丈夫大丈夫。


 すぅー……はぁ……うん。落ち着いた。


「依桜君、大丈夫?」

「ひゃあ!」


 いきなり女委に顔を覗き込まれて、思わず変な声が出てしまった……。

 あぅぅ……ボクのばかぁ……。


「あり? 依桜君、風邪でも引いたの? 顔真っ赤だよ?」

「な、何でもないよ! うん。大丈夫」


 嘘です大丈夫じゃないです。

 なんか、自分が変なんじゃないか、って自覚し始めたらこの有様だよ……はぁ。なんか、みんなに変な子って思われてそう……。



 ……むぅ?

 依桜君の様子が変だぞー?


 依桜君が顔を真っ赤にすることなんて日常茶飯事だけど、わたしの顔見て顔を真っ赤にすることなんてあったっけ?


 あったとしても、わたしがエロいことした時とか、エッチなことを言った時くらい……あとは、二人三脚の練習中に言った、BLの中身とか?


 ……あれ、わたしもしかして、知らず知らずのうちに依桜君に何か言った?

 いやいや、何も言っていないはず。

 少なくとも、朝会って、バスの中にいた間は、何もなかった。


 うん。大丈夫。


 ……じゃあ、なんでこんなに様子がおかしいんだろうね。


 まあいいか! 依桜君だし。


 寝顔を見られたのが恥ずかしい、みたいな感じかな?

 まあ、そんなもんだよね。


 さてさて、スキー教室楽しみだなー。



 バスが温泉旅館に到着。


 軽く戸隠先生から注意事項を言われてから、ボクたちはバスを降りた。


 あ、なんとか心は落ち着かせましたよ。

 深呼吸をしながら、頭の中で素数を数えてました。

 素数ってすごいね。ボク、文系だけど。


 というわけで、旅館の中に入り、割り振られた部屋に移動。

 一旦、晶と態徒とは別れる。


 ボクたちの部屋は、507号室。

 つまり、5階です。地味に高い。


 まあ、エレベーターが使えるからそこまで問題なかったんだけど。

 うーん、前まで男だったのに、女の子しかいない方にいるのが、なんだか変な気分。


 一応、心は男なわけだし……。


 ……まあ、男の時に、間違って女子更衣室に入ったことはあったけど。


 ちなみにその時、なぜか笑顔で許されました。理由がわからない……。

 一応、『きゃー!』と言う悲鳴はあったんだけど、どちらかと言えば、黄色い悲鳴だったんだよね……。不思議。


 そんな、苦い過去を思い出しつつ、ボクたちの部屋に到着し、中に入る。


「おー、ひろーい!」

「たしかに。広いわね」

『こういう和室って落ち着くよね』

『わかる』


 中に入ると、同じ部屋の四人が和室を見て少しはしゃいでいた。


 割り振られた和室は、なかなかに広くて、中央にテーブル、他には奥の窓の辺りには、小さめのテーブルと、向かい合うように置かれた椅子が二脚。


 うん。よくある感じの和室。大体どこも同じなのかな?

 でも、すごく落ち着くよね、旅館って。


『すごーい! 窓から、外の景色が見れるよ!』

『ほんと? おー、これはいいなぁ』


 玉井さんと神山さんの二人が、窓の外を見て、感嘆の声を漏らしていた。

 気になって、ボクも窓の外を覗く。


「わぁ……」


 そこには、雪化粧が施された山の姿と、海が同時に見えていた。


 この旅館、海と山がある場所に建てられており、ここは臨海学校と林間学校でも使われるそう。一年生は、一年に三回訪れることになるらしいけど、ボクたちの学年は、運悪く林間学校には行けなかった。


 ちなみに、それは臨海学校も行けていない。

 たまたま天気が悪くなっちゃって、っていう感じで。


 来年はいけるといいな。


 それはそれとして、外に再度目を向ける。


 今日は見事な快晴で、海は光を反射してキラキラを輝いているし、それは山も同じ。ユキがキラキラしてる。うん。語彙力がない。

 ともあれ、銀世界と冬の海が見れて、なかなかいい部屋。


「それじゃあ、着替えてそろそろ行きましょ」

『はーい』


 未果のセリフに、ボク以外の三人が返事をする。


 そうだった。

 着替えて外に行かないといけないんだった。


 楽しみな表情を浮かべながら、みんなが着替えだす。


 ……最近、ちょっとは慣れてきたけど、やっぱりまだ慣れない……。

 男で生きてきた期間の方が圧倒的に長かったから、着替え中の女の子を見ていると、見てはいけないものを見ている気分になる……。


 それはもちろん、付き合いの長い未果と女委にも言えることで……ちょっと恥ずかしくて、つい赤面してしまう。

 前に、温泉旅行に行った時だって、かなり恥ずかしかったけど、表面上は取り繕ってたからね……。


「依桜、何赤くなってるの?」

「いや、その……ま、まだ慣れてなくて……」

「ああ、そう言えば、元々男だものね。依桜ってば、性格も女寄りになってきてるし、そもそも、男の時ですら女っぽかったから、失念しちゃうのよね」

「ボクは男だよっ!」

「でも、今は女の子だよね、依桜君」

「うっ、そ、そうだけど……」


 でも、元々男だったのに、みんなの、その……し、下着姿とかを見るのって、すごく悪い気がしちゃって……申し訳なく思ってる。


『依桜ちゃん、気にしなくてもいいよー』

『そうそう。依桜ちゃんなら別にって感じだし、可愛いしねー』

「可愛い関係なくない?」


 可愛いからOK、って母さんとか、学園長先生とかが言ってるんだけど、容姿がいいから許されるって言うのも、変な話だと思うんだけど。

 普通は許されないと思うよ、ボク。


「ほーら、ちゃっちゃと着替えるわよ。手伝ってあげるから」

「ひ、一人でできるから!」

「いやいやー、依桜君、遠慮しなくてもいいんだよー?」

「遠慮じゃないよ! 四ヶ月も経ってるんだから、さすがに慣れてるよ!」

「そう言わずに。女委」

「がってんだ!」

「え、ちょっ、め、女委!?」


 がばっ! と女委に後ろから羽交い絞めにされた。


 むぎゅーっと、女委の胸が思いっきり当たってる……というか押しつぶされているかのように密着される。や、柔らかい……。


 ぬ、抜け出したいけど……うぅ、難しいよぉ……。


 ボクの力はこっちの世界ではかなり異常だから、抜け出そうと思っても、できない。

 抜け出すのは簡単でも、怪我をさせたくないもん。大事な友達、だし……。


「さあ、依桜。お着換えしましょうね~?」

「み、未果、顔が怖いよ! 玉井さんに神山さんも助けてぇ!」

「あ、愛希ちゃんに志穂ちゃん。混ざってもいいよ」

『よーしきた!』

『まっかせて!』


 女委の発言によって、敵が増えました。

 すごくいい笑顔で、にじり寄ってくる二人。


「そんな! こ、こっちに来ないでぇ! というか、離して女委! 一人で、一人で着替えるからぁ!」

「ふっふっふー。依桜君なら抜け出せるはずだよねぇ? でも、それをしないと言うことは……わたしが、好きだから、だよね?」

「ふぇ!? ち、ちちちちちち違うよ!? べ、別に、女委が好き、って言うわけじゃ、ない……よ?」


 うぅ、否定しきれない!


 もちろん、女委は好きだし、未果も好き。友達としての好きに決まっているけど、何と言うか……恥ずかしくて言えない。


 晶や態徒だったら問題なく言えると思うんだけど……。


「ほうほう。では、嫌いと申すか?」

「そ、そんなわけないよっ! 嫌いになんてなるはずない!」

「お、おおう、そこまで面と面向かって言われると、照れるねぇ」


 なぜか女委がちょっと顔を赤くし照れた。

 あ、可愛い……。


「今よ、二人とも!」

『『はいはーい!』』

「あ、し、しまった! って、ちょ、どこ触ってるの! あ、そ、そこはダメ! あ、ああ……きゃああああああああああああ!」


 その瞬間、507号室から、少女の悲鳴が聞こえてきたとか、きてないとか。



「……うぅ、酷いよぉ……」


 無理やり着替えさせられた後、ボクたちは外に出てきていた。

 そして、外に出てきたボクは……泣いていました。


 クラスメートの女の子と幼馴染、友達の女の子に、襲われるように着替えさせられれば、誰だって泣きたくなると思うんだ、ボク。


 ……ぐすん。


「ごめんって、依桜」

「……ぷい」

「ぷいって……随分可愛い怒り方だな、依桜」

「まあ、お前たちがやったことを聞けばなぁ」

「依桜は元々男だったことを考えれば、トラウマにもなるな」

「「うっ、す、すみません……」」


 二人はバツが悪そうにしながら、謝って来た。

 見れば、ものすごく反省したような表情。


 ……許してあげても……いやいやいや。いつも、こうやって怒って、すぐに許して、しばらくすると同じようなことをするから……まだ、許さない方がいい、ような?


 でも……


「「……」」


 うぅ、なんだかあそこまでバツの悪そうな顔をされると、可愛そうに思えてしまう……し、仕方ない……。


「はぁ……次からしないでね?」

「「もちろんです!」」


 ボクが次からしないようにと注意したら、途端にパァッ! と表情を明るくさせた。

 切り替えが早い……。


「依桜は甘いな」

「……最近、自分でもそう思う時があるよ、晶」


 本当に少し、ボクも認識しました。



 というわけで、スキー場に移動。


 今回、ボクたちのスキー教室で使用する場所は、昨日言ったように、学園長先生が所有する場所。


 学園側が使用する時とかは、ボクたちの貸切と言う形になるんだけど、そうでない時は、一般向けのスキー場として開放されているとか。


 温泉旅館があるのも、それが理由だそうです。


 立地もかなりいいので、年中人が宿泊に来るとかなんとか。

 春は、お花見ができるし、夏は海水浴。秋は、紅葉狩りができて、山の幸も採れる。そして、冬場はスキーと、年中何らかの形でいいものが見れたりできるようです。

 普通に、すごいと思うんだけど。

 なんで、こんな土地を、学園私有にしてるんだろうね。


 まあそんなことは置いておいて、ここからは行動班? に分かれてスキー、もしくはスノーボードをやっていくことに。


 もちろん、インストラクターの人が付くんだけど……ボク、向こうの世界で似たようなことしてたんだよね……。


 師匠に、仕込まれちゃって……。


 特に、スノーボードなんて、結構できると思うよ。


 師匠がとんでもなかったし……。普通、スノーボードで木に登る? ボク、常識ってなんだっけ? とか思っちゃったよ。


 あの人、色々とおかしいんだもん。


 ちなみに、ボクたちはスノーボードをやっていくことになってます。

 スキーもよかったんだけど、スノーボードがいい! と言う風に。

 一応、経験者の人とかは、二日目で変えてもいい、と言うことにはなってるけど。


 楽しみな雰囲気を出しつつ、ボクたちはスキー場の指定されたところへ移動した。

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