2-7.5章 依桜ちゃんの回想録+α

第523話 回想4:桜祭り 上

 時間は遡り、二年生の春休みのある日のこと。



「~~♪ ~~~♪」


 一年生が終わり、二年生への準備期間でもある春休み。


 つい先日、おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行って、尚且つメルや師匠のことや、ボクが異世界にいたことを話して受け入れられたことが、後になって嬉しくなったボクは、そのことを思い出しながら、鼻歌混じりに商店街を歩いてました。


 美天市は比較的温暖な気候であるため、割とこの時期はもう過ごしやすいくらいに暖かくなる。


 春の陽気はぽかぽかとしていて大好きです。


 今日は父さんと母さんの帰りが遅く、夜ご飯はボクと師匠、それからメルの三人だけになってます。


 二人は適当に何か食べて来るとのことで、三人分の食材を買っていけばOK。


 今日は何を作ろうかな、なんて考えながら歩いていると、肉屋さんのおばさんや、魚屋さんのおじさんなど、色々な人たちが話しかけてくるんだけど……なんだか、八百屋さんのおじいさんだけ、反応がなかった。


 いつもなら声をかけて来るのに、どうしたんだろう?

 少し心配になって、八百屋さんに立ち寄ってみると、そこには椅子に座ったおじいさんの姿があった。


「こんにちは、おじいさん。どうかしたんですか?」

『あぁ、依桜ちゃんかい。いや、大したことはないんだが、最近腰を痛めちまって……あたたた……』

「あ、無理をしないで大丈夫ですよ!」


 ボクが話しかけた直後、おじいさんが立ち上がろうして、苦痛に顔を歪めたので、すぐに無理をしないでと静止の声をかける。


『すまないねぇ……。歳のせいか、近頃腰が悪くて……』

「そうなんですか……」


 実際のところ、おじいさんはたしか、六十代後半くらいだった気がするし、少しずつ腰が悪くなってきてるのかも。


 それに、おじいさん自身も農業をやってるわけだし……。


 その内、またマッサージしてあげないとかな。


『しかし困ったねぇ……』

「何か困りごとがあるんですか?」

『あぁ、まぁねぇ。ほら、あれだよあれ』

「あれ?」


 困ったような笑みを浮かべながら、おじいさんは近くの壁に貼られたポスターを指さした。


 そこには、『美天市桜祭り』と書かれたポスターが。


「あ、そういえばもうすぐでしたっけ」


 この桜祭りというのは、毎年四月の頭に開かれるお祭りで、簡単に言ってしまえばお花見です。


 色々な屋台が数多く出店されて、この街に住む人たちだけでなく、よその街から来た人たちで賑わう、そんなお祭り。


 この街では、夏祭りと並んでかなり熱い催し物だったり。


 ちなみに、街が催してるお祭りを除くと、今では叡董学園のイベントが熱いらしいです。


『そうなんだ。今年も屋台をやる予定だったんだが……この通りでなぁ。医者からは、禁止をくらっちまって……』

「あらら……それは残念です……。おじいさんの屋台のご飯美味しいですし、今年も行こうと思ってたんですけど……」

『すまないねぇ……しかも、あらかじめ屋台の場所を決めちまってて、今更キャンセルできないときた。それに、先に使用料だって払っちまっててねぇ……だから、困ってるんだよ』

「それは……たしかに困りましたね」


 桜祭りは人気のお祭りであるため、屋台の出店に関してはかなり面倒な手続きや、緻密な采配で決められてる、なんて女委に聞いたことがある。


 それなら、おじいさんが困ってる理由も納得。


『はぁ……家内も俺を見てなきゃいけないからキツイし、息子も今は遠方で仕事中……どうしたもんかねぇ……』


 うーん……かなり困ってるね、おじいさん。


 ……ボクとしても、普段から色々おまけしてもらったり、たまに安くしてもらったりしてるしで、色々助けられてるんだよね。


 だからこそ、おじいさんの困ってる姿を見ると助けたいと思ってしまうわけで……うん。


「あの、おじいさん」

『なんだい? 依桜ちゃん』

「もしよかったら、ボクが代わりにお店をやりましょうか?」

『え?』

「あ、ほ、ほら、普段からおじいさんにはよくしてもらってますし、ボクが女の子になってからも前と同じように接してくれますし、誕生日の時には色々な野菜をくれましたし……だから、その……おじいさんさえよかったら、ボクが代わりにと……」


 ボクの申し出に、おじいさんは呆けた顔をする。


 あ、つい言っちゃったけど……や、やっぱりだめだったかな……?


 差し出がましいことを言ったかも、と心配になっていると、おじいさんは一瞬だけ考える素振りを見せた後、少し困ったような優しい微笑みを浮かべて口を開く。


『依桜ちゃんがいいと思っているのなら、お願いしようかなぁ』


 と、おじいさんはそう言ってきた。


「はいっ、おじいさんの代わりに頑張りますね!」

『ほっほ、本当に依桜ちゃんには感謝しかないねぇ』

「いえいえ、ボクも昔からお世話になってますから、これくらいは」

『本当に、いい子に育ったもんだ。じゃあ、明日の夕方頃、ここに来られるかい?』

「はい、問題ないです」

『そうかいそうかい。じゃあ、そうだね……四時ごろにここに来てほしい』

「わかりました。四時ごろに伺いますね!」

『あぁ、頼んだよ』

「はいっ」


 というわけで、おじいさんの代わりにお店をすることになった。



 翌日。


 ボクはおじいさんが指定した時間に八百屋さんを訪れる。


「こんにちはー」

『おぉ、来たかい。ささ、入っておいで』

「はい、お邪魔します」


 八百屋さんに着くなり挨拶をすると、おじいさんの声が聞こえて来て、入るように促されたので、中へと入る。


「それで、今日は何をするんですか?」

『あぁ、それなんだけどね。お店を依桜ちゃんに任せることになったわけだけど……ほら、売るものを決めていなかっただろう? それを決めようと思ってねぇ』

「なるほど。たしかに大事ですね」


 考えてみれば、突然やることになったわけだし、


『あぁ。それで、依桜ちゃんは作りたいものとかあるのかい?』

「あー、そうですね……せっかくおじいさんの代わりにやるんですし、おじいさんのお店の野菜を使いたいですね。すごく美味しいから、色々な人に食べてもらいたいですし」

『ほっほ、嬉しいことを言ってくるねぇ。なら……そうだねぇ、たしか依桜ちゃんはかなり料理が得意だったよね?』

「そうですね、かなり、かどうかはわかりませんが、人並み以上にはできると思います」


 少なくとも、向こうの世界では暗殺者としての仕事の潜入として、たまに料理人の見習いとしてやることもあったし。


 ただまぁ、そう言う場所ではすぐに見習いを卒業してたけど……なんでだろうね。


『なら、いくつかの料理を並行して作れるかい?』

「できますよ。慣れてますから」

『なら、お好み焼きと焼きそばを作るのはどうかね?』

「あ、いいですねそれ。二つとも、野菜を多く入れられますし、定番ですし」

『うんうん、じゃあ決まりだね。レシピは……』

「それは、こっちで考えてみます。色々やってみたいですし」

『ほっほ、では任せようかねぇ。あ、材料は言ってくれれば渡すから言ってね』

「はい、わかりました」


 とりあえず、当日作る料理は決まったと。


 あとは……。


「服装って決まってたりするんですか?」

『服装かい? そうだねぇ……依桜ちゃんくらい若い子はあまりいないけど、少し上の子らなんかは、黒の半袖シャツにゆったりめの長ズボンを穿いてるかねぇ』

「なるほど……」


 あんまり奇抜な服はやめておいた方が良さそう。


 おじいさんの代わりにやるんだから、できることならかなりの売上を得たいところだけど、あんまり目立ちすぎるのもよくない。


 それなら、周りの人たちに合わせる方が良さそう。


『他に、何か聞きたいことはあるかい?』

「そうですね……あ、場所ってどの辺りなんですか?」

『おっと、それを言っていなかったね。これを見てほしい』


 そう言いながら、おじいさんは一枚の紙を手渡してきた。


 そこには、屋台の見取り図らしきものが書かれていました。


「えーっと…………あ、もしかして、ここですか?」


 紙を見ながら、ボクはおじいさんが出店する予定だった場所を指さしながら、そこがあってるかどうか尋ねる。


 それに対するおじいさんは、こくりと頷いた後口を開いた。


『そうだよ。そこが、今年俺が出店する予定だった場所さ』

「な、なるほど、ここですか……」


 出店する予定の場所を見て、ボクは少し……というか、かなり困惑した。


 ここで、美天市桜祭りの屋台が、一体どんな感じで並んでいるかを説明します。


 美天市は、桜の名所としても知られていて、中でも桜がかなりの本数並んでいる場所があって、そこは両サイド桜で挟まれた道になってます。


 土手のような状態になっていて、そこを降りると屋台が一列に並んでいて、お祭り中は半数近くの人がそこでお祭りを楽しんでます。


 もちろん、土手側の方が桜が多く、道の横幅が狭めなため、綺麗さで言えばそっちの方が上。


 うすぼんやりと光る提灯もあるし、夜に行くと夜桜が綺麗で幻想的な風景になるため、かなり人気だし、デートスポットとしてもかなりいいとか。


 で、土手側ではなく、屋台が並んでいる方には、座って食べられる場所があり、そこを一言で表すと、フードコートのような場所、となります。


 一列にずらーっと屋台が並んでいる途中には、数ヵ所だけ座席が用意されたエリアがありまして、そこでは自分で屋台に並んで飲食物を購入するだけではなく、注文を受ける専用の店員さん(?)がいて、その人に食べたい物を伝えることで購入することができるなど、割とありがたいスペースとなってます。


 ちなみに、この場所ですが……割と人気の場所であるため、毎年熱い争奪戦が繰り広げられてるそうです。


 ……はい。察しのいい方ならもうおわかりでしょう。


 おじいさんが出店する予定だった場所……そこです。


 なんなら、入口のすぐ真横です。


 正直言って、かなり場所がいいです。さらに言うと、数ヵ所あるうちの一ヵ所、つまり出店予定の場所は、座席が存在するいくつかのエリアでも最もいい場所と言われているんです。


 理由はまあ、桜が一番綺麗に見えるのと、単純に広いのと、あとは中間にあること、でしょうか。

 それ故に、人気なわけですが……よりにもよって、ここ、ですか。


「おじいさん、よくこの場所取れましたね……」

『ほっほ、運が良かっただけだよ。それで、依桜ちゃん。大丈夫そうかい?』

「大丈夫です。場所がいいのもありますし……なんとか頑張ってみますよ」

『あまり気負わなくていいからね? とりあえず、出店さえすればいいし、売上も気にしなくていいから』

「わかりました。なるべく気楽にやりますね」

『あぁ、その方がいい。……さて、他に何か訊きたいことはあるかい?』

「んーと……今のところはないですね。また何か訊きたいことが出たら、ここに来ます」

『あぁ、わかったよ』

「じゃあ、ボクはそろそろお暇しますね」

『ありがとねぇ、依桜ちゃん』

「いえいえ。それでは」


 ある程度の相談が終わり、ボクは八百屋さんを後にした。



「……というわけで、屋台をすることになりました」

「「「「いやいやいやいや、何があった」」」」


 次の日、ボクの家でみんなと遊ぶ予定があったので、全員が揃った後、昨日と一昨日のことを話したら、四人揃って同じ言葉でツッコまれました。


 ちなみに、メルは勉強のために学園へ行ってます。


 こっちの世界での常識とか、あとは入学後の授業に追いつくための知識を得るためです。


 師匠もどこかへ出かけて行きました。


 お昼過ぎくらいには帰ってくるとのこと。


「何があったも何も、八百屋さんのおじいさんが腰を悪くしちゃったみたいで、代わりにボクがやることになったの」


 簡潔に理由を説明すると、四人は何とも言い難い表情を浮かべた。


「……なんと言うか……依桜はあれね。お人好しというかなんというか……」

「依桜らしいと言えば、依桜らしいけどな」

「そうは言うけどよ、普通大人の代わりに屋台をやる女子高生とかいるか? 俺は聞いたことないんだが」

「ボクは男です」

「いやもう手遅れだと思うなー」


 ……まあ、うん。ボクも最近そう思い始めてるけど、せめてもの抵抗なんです……。


「んで? 依桜は何作るんだ?」

「お好み焼きと焼きそば」

「またえらくド定番なものを……」

「そうかな? 焼きそばはよく見かけるけど、意外とお好み焼きは見かけない気がするんだけど」

「あー、言われてみればそうだな。創作の世界なんかでは見かけるが、現実ではあまり見かけないな……」


 実際のところ、夏祭りに行ってみると、意外と売ってなかったりする。


 ごく稀にあるかな? くらいで、結構頻度は低いんじゃないだろうか。


 ただ、なんとなーく、関西――特に大阪なんかはお好み焼きの屋台が多そうなんてイメージがある。


 偏見だと思うけど。


「……それで、なんで今それを話したのかしら?」

「え? だって、せっかく代わりをするわけだし、ある程度の試作はしておきたいから」

「……え、ちょっと待って? まさかあなた……」

「うん、試食をお願いします」

 と、ボクがみんなにお願いすると、女委を除く三人が微妙な表情を浮かべた。

「ちなみにだが……依桜、お前は一体どれくらいを想定しているんだ?」

「んーと……とりあえず、基本の物を作って、そこから改良していくから……大体お好み焼きは多くて二十枚くらい?」

「も、もちろん依桜も食うんだよな……?」

「それはもちろん」

「「「ほっ……」」」


 あれ、なんで三人とも安堵してるんだろう?


「まあでも、ボクが食べるとわからないから、できればみんなに重点的に食べてほしいかなぁ」

「「「……あ、ハイ」」」

「……ねぇ、依桜。ちなみになんだけど……拒否権は?」

「え? ……もしかして、嫌?」

「い、いえ、そんなことはない、けど……」

「その煮え切らない反応……やっぱり、嫌なんだ……」


 未果の様子から、試食が嫌だと判断したボクは、少しだけしょんぼりした。


 ……まあ、もともと無理強いする気はないし、いいんだけど……できればその……手伝ってほしかったかなぁ……なんて。


「にゃはは! 依桜君や、わたしは全力で参加させてもらうぜい!」

「女委……いいの?」

「もちのろん! というか、美少女の手料理が食べられるだけで幸せってもんさ! あと、単純に依桜君のご飯は美味しいしそれに……」

「それに?」

「実はわたし……ここ数日、ずっと徹してた上に、エナドリしか飲んでなかったから空腹中の空腹で今にも倒れそう」

「何してるの!?」

「いやー、にゃはは……春休みは客のかき入れ時だぁ! とか思ったり、あとは、次の夏コミの準備を少々……あとは、別件でいくつか並行して作業してたもんだから、正直今眠いしお腹空いた」

「ほんとに何してるの!? って、あ、よくみたらちょっとやつれてるし、隈がすごい!」


 たった数日で一体何があったの……? と心配になるほどのやつれ具合と隈だった。


 というか、よくよく見てみると、隈が濃かった。


 それを気付かせないとか、何気にすごい気がします。


「な、なので……すぐに、ご飯をぉぉぉ……」


 今までのいつものテンションはどこへやら、今にも倒れそうな女委は、まるでゾンビのような反応をした。


「あぁぁ! ちょ、ちょっと待っててすぐに作るから! あ、未果たちは――」

「「「食べます」」」

「ほんと!? ありがとうっ! じゃあ、急いで作るね!」


 作りに行く前にみんなに食べるかどうかを尋ねたら、なぜかさっきと打って変わって食べると即答してきた。


 ただ、それに関しては普通に嬉しかったので、素直に喜んだ。


 やっぱり、自分の料理を食べてもらえるのは嬉しいことだからね。



 というわけで、ボクは早速試作に取り掛かった。


 最初はごくごく普通のお好み焼きを試作。


 材料は、小麦粉、キャベツ、だし汁、山芋に豚肉など。


 昔からよく作っていた材料がこれで、ここにイカやエビなどの海鮮系の材料を入れたり、餅や明太子などを入れることもあります。


 だけど、まずは基本から、ということでこれ。


「はい、一枚目できたよー」

「おお、これまた見た目はシンプルな……けど、なんかこう、空腹感を煽るねぇ、この香り!」

「だな。じゃあ、早速食べるか」

「「「「いただきまーす!」」」」

「はい、召し上がれ!」


 適当に五つにカットしたお好み焼きをみんなに配ると、四人は揃って口に運んだ。


 すると、


「……お、美味しい!」

「あぁ、驚いたな……食べた感じ、入っているのは基本的な材料なんだろうが……」

「うまっ、いやマジでうまっ! 止まらん!」

「はむはむむぐむぐっ……ごくんっ! おかわりくだせぇ!」


 四人はそれなりの違いはあれど、かなりのペースでお好み焼きを食べていく。


「あはは、そんなに美味しかった?」


 そう尋ねながら、ボクも一口。


 うん、いつもの味。


「おうともさ! 生地自体も美味しいけど、なんかあれだね、ソースとマヨネーズ、が美味しい!」

「あ、それわかる。なんかこう、食欲を引きずり出してくような、そんな美味しさがあるわよね。こんなソースとマヨネーズ、売られてたかしら?」

「それはたしかに……俺も、食べたことがないな」

「ガツガツ……んぐっ、ふぅ……まぁ、美味けりゃいいじゃねーの」

「それはそうだけど……ねぇ、依桜この二つってどこで買ったの?」

「ううん、売ってないよ?」

「「「「え?」」」」

「だってそれ、二つともボクが作ったものだし」

「……マジで?」

「うん、マジで」


 ボクがソースとマヨネーズを作ったことを伝えると、四人とも驚愕した。


 あれ、そんなに驚くようなことだったかな……?


「えと、ソースとマヨネーズって自作しないの……?」

「「「「しない」」」」

「そ、そっか……」


 十六年(こっちの世界の実を換算した場合)生きて来て、初めて知りました。


 そっか、普通は自作しないんだ……。


「それで、どうかな? 味は」

「すっごい美味しいわ」

「ほんと?」

「おうともよ。いやー、依桜君の料理だし、まずいはずはないと思ってたけど……これは予想外だにゃー」

「まあ、ソースとマヨネーズを自家製、という部分が一番予想外ではあったが」

「それな!」

「あ、あはは……」


 そこ、まだいじるんだ。


 でも、とりあえず味に関しての反応はかなりよさげ。


 そうなると、


「何かこう、改善点ってあるかな?」


 一番気になるのは、改善点があるかどうかというところ。


 そもそもこれは普段作ってるようなお好み焼きを作っただけで、お店用としては試作段階なわけで。


 それを踏まえると、何かしらの改善点はあるかも……と思うわけです。


「……ないんじゃない?」

「え」

「あー、そうだな……正直、下手な店で食べるより美味い。ソースとマヨネーズも美味いが、正直生地もかなりふわふわだしな」

「それに、野菜の食感もいいし。あんまし改善する必要はないと思うぜ?」

「うんうん。まあでも、強いて言うとすれば……人によっては具が足りないかも? ってくらい」

「なるほど、具の量かぁ……じゃあ、ちょっと増やしてみよっか」


 とりあえず、女委の言葉を実行するべく、再びキッチンへ立つ。


 とはいえ、あまり具を入れ過ぎても生地のふわふわ感が無くなっちゃうかもしれないから……とりあえず、今よりある程度増やすくらいでいいと思う。


 その方針で生地に具を追加して、二枚目を焼き上げる。


「はい、二枚目できたよー」


 二枚目を再び五等分に切って、お皿に乗せる。


「さ、食べて食べて」

「あ、さっきより食べ応えがあるわね」

「キャベツのシャキシャキ感がいいな」

「こっちの方が全然いいな!」

「はむはむはむっ……ごくんっ。美味い! 依桜君お代わり!」

「あはは、食べるの速いね、女委」

「今のわたしならば無限に食べられる気がするぜ!」

「そ、そっか。……それで、みんな的には何か改善点とかあると思う?」

「あー、そうね……とりあえず、満足感はこっちの方が高めね。ただ……」

「ただ?」

「人によっては豚玉よりも、シーフード系の方が好き、って人もいるんじゃないかしら?」

「なるほど……。そうなると、もう一種類くらいあったほうがいいかな?」

「そうね。あ、でも、焼きそばも一緒に売るんだっけ?」

「うん。でもまぁ、その辺りは問題ないかな。やろうと思えば同時進行で作れるし」


 少なくとも、別の料理を同時に且つ大量に作っていくという事自体、去年の学園祭でやったし、何より向こうの世界でもやったこと。


 であれば、大した問題じゃない。


「それなら、ベースはこれにして、豚肉の代わりにシーフードを入れるくらいでいいかな?」

「それでいいんじゃないか? 全体的にバランスが取れていて美味いしな」

「これだったら、かなり売れそうだよな!」

「わたしだったら、二十人前は最低でも買うかにゃー」

「そ、そうかな? それなら、あまり試作は必要ないかも。となると……次は焼きそば、かな」

「それも食べればいいのかしら?」

「あ、うん。できればお願いしたいかなー。と言っても、こっちはあまり量を作ることにはならないと思うし」


 本当だったら、お好み焼きもかなりの数作ることになるんだろうなぁと思ってたけど、実際には二枚で終わったし。


「じゃあ、早速作るからお願いね」

「「「「了解!」」」」



 それから、ボクは満足が行く出来になるまで焼きそばを作った。


 お好み焼きはすぐに終わったけど、こっちはなかなか終わらず、気が付けば……


「「「も、もう無理ぃ……」」」

「まだまだいけるぜー!」

「もっと作れ」


 未果、晶、態徒の三人はダウンし、女委はハツラツとした表情でお代わりを所望し、用事が終わって帰ってきた師匠も一緒に食べてくると言う状況になっていたけど、割と順調に進んだので……まあ良しとします。


 ちなみに、試作が終わった後、未果、晶、態徒の三人は、


「「「胃薬ください……」」」


 と言ってたので、ボクは胃薬を渡して、お腹をさすりながら帰宅する三人と幸せそうな表情を浮かべた女委が帰宅していくのを見送りました。


 ……さて、当日頑張るぞー!

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