第498話 一日目終了

 それから時間は進み、一日目終了の時間となりました。


『学内にいる生徒、並びにお客様方、只今の時間を持ちまして、『叡春祭』一日目は終了となります。生徒の皆様は、二日目に備えるようにしてください。お客様方に関しましては、お忘れ物等が無いよう、お気をつけてお帰り下さい。また明日も、別のイベントが行われますので、是非、足を運んでみてください』


 そのアナウンスがなると、学園内にいたお客さんが次々に帰って行きました。


 なんと言うか、人が多すぎて、閉園間近のテーマパークみたいになってるけど。


「はぁ~~~……疲れたぁ……」


 学園祭終了のアナウンスが流れた直後、ボクはクラスに戻るなり、適当な机に突っ伏していた。


「お疲れね、依桜。はい、飲み物」


 突っ伏していると、未果がやってきて、ボクに飲み物を渡してくれた。


「あ、未果。ありがとう。ん、ん……はぁ。まだ一日目なのに、本当に忙しかったよ」

「まあ、去年に引き続き、襲撃なんて起きればねぇ。しかも今年に関しては、依桜はかなり動き回ってたみたいだし」

「生徒会長、忙しいよ……」


 襲撃がなければ、ここまで忙しくなることもなかったんだろうけど……まさか、あんなことになるなんて。


 まあ、敵対勢力を潰すのなら、こうして無関係の場所を襲う、というのは理に叶ってはいるけど……それをされる、無関係の人たちの気持ちも考えてほしいところです。


 事実、向こうの世界のテロ組織を潰した時なんて、本当に今回と同じことをしてきたからね。


 悪人の強みって、結局のところ何の関係もない一般人相手に、危害を容赦なく加えることのできる残虐性だから。


 おかげで、この手の案件を解決する時は、決まって隠密行動をせざるを得なかったから、ボクの中で最もやりたくないタイプのお仕事だったよ。


 ……まあ、勇者、なんて肩書がある以上、潰さないわけにもいかなかったし、何より被害内容を聞いたら、放置することなんてできないくらいの組織ばかりだったけど。


「それで? 結局のところ、今回の襲撃の原因は何だったの? 晶たちにはこっちから伝えておくわよ」

「いいの?」

「もちろん。依桜だって、はやくメルちゃんたちと一緒の帰りたいでしょ?」

「うん」

「さすがに即答ね。……まあいいわ。で、原因は?」

「えっと、簡単に言えば鈴音ちゃんが原因と言えば原因かな」

「……なるほど。そう言えば、ヤクザの娘ってさっき言ってたわね。つまり、今回してきた人たちというのは、鈴音ちゃんの家の敵対勢力ってわけね」

「うん、そういうこと。さすが未果。頭の回転が早いね」

「これくらい簡単よ。状況的なことを見ればね」

「誰もができる事じゃないと思うけど」


 未果はこういう時、本当に話しやすい。


 自分なりにかみ砕いて理解してくれるし、説明するこっちとしてもすごく楽。


「原因はわかったけど、今回は何したのよ? 被害は最小限だったらしいじゃない? しかも、人的被害も謎の人たちが治療したって話だし。それ以外にも、よくわからない集団がヤクザを倒して回っていたり、逆に守りに徹してくれていたヤクザの人たちもいたみたいだし。……まぁ、前半二つはなんとなくどういう存在かわかるけど」

「……未果の予想通り、治療して回ってくれていたのは天使の人たちで、ヤクザの人たちを倒して回ってくれていたのは悪魔の人たち。守りに徹してくれていたのは、鈴音ちゃんの家のヤクザの人たちだね」

「……でしょうね。それで、何人こっちに呼んだよ?」

「天使の人たちが五十人。悪魔の人たちが三十人ほど……。あと、それぞれに、フィルメリアさんとセルマさんが含まれます……」

「……こっちの世界じゃ軽く黙示録レベルの過剰戦力じゃない」

「だ、だって、去年と同じ事態にはしたくなかったから、万全をと思って……」

「だとしても、合計八十二人の超常存在を、学園を守るために呼び出すとか、依桜くらいのものなんじゃないの?」

「……あはは」


 未果は心底呆れたような様子。


 ボクは乾いた笑いを零すことしかできない。


 だって、さすがに『分身体』を使うわけにもいかないし……さすがにあれは誤魔化しようがないもん。


 去年のサンタさん役だって、サンタさんだから、でギリギリ押し通せたようなものだし。


「それにしても、依桜のことだからメルちゃんたちを優先して守ると思っていたんだけど……案外、そうじゃないのね」

「何を言うの。ボクは今生徒会長です。つまり、この学園に通う人たちや、遊びに来てくれたお客さんを守ることも、生徒会長のお仕事! 私的な理由で、守らないわけにはいかないよ」

「ふーん? ……で、本音は?」

「メルたちと未果たちの安否が一番大事です」

「……私たちも入ってるのね」

「当然だよ。だってみんな、ボクにとってかけがえのない存在だもん。未果たちがいなかったら、ボクは本当の意味でこっちの世界に帰って来られなかったし、何より大きな罪を背負ったボクを受け入れてくれたんだよ? 見捨てるわけないよ」

「そう言ってもらえると、親友冥利に尽きるってものだわ」


 ボクの発言に、未果は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべてそう言う。


 ちょっと照れくさいけど、紛れもない本音。


 ボクの中の優先順位って、未果たちとメルたちが最も優先すべき守る存在だからね。


「それにしては、態徒と鈴音ちゃんの話を聞く限り、一緒にいなかったみたいだけど……『アイテムボックス』に避難させてたの?」

「ううん? 今回ばかりは、そうしなかったよ。だって、人が多かったし、さすがに『アイテムボックス』を見られるわけにはいかなかったし」

「じゃあ、どうしたの? 態徒たちの所へ行ったんでしょ? その間、メルちゃんたちは無防備だったと思うんだけど……」

「みんな、メルたちが宇宙一可愛い存在だから忘れていたかもしれないけど」

「しれっとメルちゃんたちのことで惚気る辺りよ」

「こほん。……忘れてるかもしれないけど、メルはああ見えて魔王だよ?」

「あ」


 メルが魔王だったということを、やっぱり忘れていたみたいだった。


 まあ、うん。普段から、可愛い女の子、という姿にしか見えないもんね、メルって。


 それを言ったら、クーナとスイの二人もサキュバスなんだけど。


「依桜大好き幼女だから、忘れてたわぁ……。それで、何をしたの? というか、させたの?」

「今回ばかりは、ボクもメルたちを守りながら動ける状況じゃなかったから、メルに『今回は手加減は不要だから、全力でニアたちを守って』って言った」

「……一つ訊いていい?」

「うん」

「……メルちゃんのこっちの世界での強さって……どれくらい? あと、他の娘たちも」

「えーっと、メルはそもそも魔王だからかなり強いね。ステータス的には……そうだね、こっちの世界の格闘技世界チャンピオンの人の三倍~五倍くらいの強さ、かな」

「もうその時点でやばいでしょ」


 すぐにツッコミを入れるほど、メルの力はすごいと言うことです。


「それで、他の娘たちは?」

「ニアたちだけに限った話じゃないんだけど、ボク、みんなに護身術や魔法をちょっと教えてて……」

「……へぇ? ちなみに、何をしているの?」

「えっと――」


 未果に訊かれたので軽く説明。


 いくらこっちの世界が向こうよりも遥かに安全な世界とは言え、危険が何一つないわけじゃない。


 みんな可愛いから、誘拐事件があるかもしれないし、何より何らかの事件に巻き込まれた時、ボクが傍にいるとも限らないからね。


 万が一、そうなってしまった時の為に、ボクはメルたちにちょっとした技術を教えることに。


 幸いにも、こっちの世界でも能力やスキルを得ることはできるし、何だったらステータスも伸ばせる。


 その上、異世界出身だからか、こっちの世界の人よりもおそらくステータスの伸びがいい。


 今回ボクが教えたのは、ほとんどが隠密技術。


 気配を薄くする方法だったり、音を出さずに速く動くための歩法だったり、あとはちょっとした護身術だったりと、様々。


 基本は逃げに徹することができるよう、隠密技術多めで教えてはいます。


 護身術は、主に子供でも簡単に大人を撃退する方法を教えました。


 一例だと……やっぱり急所を狙うこと。


 人体の様々な急所の位置を教え、効率的に相手を無力化する方法を教えた。


 とはいえ、子供なのである程度の身体能力は必要だったので、まずは軽く体を鍛えるところから始めて、体力をつけ、その後に技術を教える、という感じだったんだけどね。


 これは異世界の旅行から帰って来てからし始めたことだけど、みんな吸収が早くて、おかげでかなり助かっていたりします。


 さすが異世界。


 そんなことを思いながらみんなを鍛えていると、結果として、ちょっとした大人相手だったら一人でも撃退できるくらいになりました。


 メルたちの中で、一番強いのはもちろんメルだけど、二番目はスイだったりします。


 どうも、暗殺者としての素質が高かったみたいで、一番隠密技術を使えていたり。


 その次に、ミリア、次がクーナ、次がニア、最後にリルが来る感じかな。


 とは言っても、みんな得意分野にばらつきがあるし、それぞれの強みがあるから一概には言えないかな。


 ただ、総合力で見ればこの順番と言うだけで。


 体の鍛え方に関しては……基本的に、街にある森林の中で鍛えています。


 やっぱり、障害物があるのが一番だからね。


 今ではみんな、木から木へ飛び移ることもできるようになったし、何らかの暗殺者のスキルを得たみたいなので、それなりに安心。


「――という感じ、かな」

「依桜は、あの娘たちに将来、何になってほしいのよ……」

「えーっと……幸せに暮らしてもらえればいいと思ってます」

「いや、教えてることが暗殺技術の時点で、幸せから遠ざかってない? それ。しかも、どこの世界に忍者のような動きをする幼女がいるのよ。しかも、それを教えてるの、姉だし」

「だ、だって、やっぱり心配だし……」

「……心配なのはわかるけど、いくらなんでもそれはやりすぎじゃない? みんな、嫌がってないの?」

「ううん? むしろ『お姉ちゃんみたいになれる!』って言って、目を輝かせてるけど……」

「……この姉にして、妹ありか……。何と言うか、お互いシスコンなのが質が悪いわー」


 そう言いながら、未果は額に手を当てながら呆れた様子を見せた。


 あ、あれ、なんだろう、普通に呆れられてるよね、これ。


「まあいいわ。それで、メルちゃんたちの方にも何かあったんでしょ?」

「え、どうしてそう思うの?」

「だって、依桜の妹でしょ? 何も起きないわけないじゃない。しかも、あの娘たちはかなり可愛らしい容姿をしているし、それを利用して人質にしてやる! とか悪い人が考えないわけないじゃない」

「未果って、実は読心術系の能力かスキルを持ってたりしない……?」

「何言ってるのよ。単純に、状況的な判断に基づく、誰でも思いつく予想よ」

「誰でもは無理だと思うけど……」


 こうしてみると、やっぱり未果って頭がいいんだなぁ、って思うわけで。


 こう言った、素の頭の良さは昔から未果の方が上だったからなぁ。


 ボクがそう言った部分で未果に勝てるのは、異世界系の知識とか戦略くらい。


 でも、未果が勉強しだしたら、確実にボクよりも頼りになりそうだよね。


 もしそうなったら……素直に嬉しい。


 ボクとしては、未果は同い年だけど、お姉ちゃんみたいな感じに思ってたからね。


「で? 何かあったんでしょ?」

「実はあったり……」

「やっぱり。で、メルちゃんたちの方には何が?」

「未果が言った通りで、ヤクザの人たちに人質にされそうになってね」

「うわぁ……予想していたとはいえ、いざ事実を聞かされると、悪人ながら同情するわー……。知らずとはいえ、依桜の妹に手を出すとか、自殺行為じゃない」

「そ、そこまで言う……?」

「当たり前よ。……話が逸れそうだから戻すとして。メルちゃんたちは、どうやってその状況を打破したの?」

「あー、えっと……後から聞いたんだけど、メルが一方的に倒したみたいで……。あと、知らない間に師匠から攻撃技を教わっていたみたいで、寸勁を使ったとか」

「ミオさんもちゃっかり英才教育してんじゃないの……!」


 一体いつ教えたのか、すごく気になるところではあるけど、師匠だからなぁ、で済んでしまう不思議。


「ちなみに、それ以外だと、足払いをかけた後にアッパーカットしたり、ボクが教えた捻り落としを使ったみたいだよ。あと、天井から落下しながらのかかと落としもしたとか」

「……オーバーキル幼女……。というか、メルちゃん、そんなに強かった上に、容赦ないのね……」

「今回ばかりは、手加減は不要って言ったから。死んでも、師匠が蘇生してくれるし、死んでいないなら、回復魔法で治せるから」

「あぁ……昔の純朴で、虫も殺さない優しい依桜はいずこへ……」

「ボク、どこにも行ってないよ?」

「ここで天然を発揮されても……。というか、私が言いたいのは……あー、いいや。多分これ、何を言っても無駄なパターンだわー……」


 なんだろう、勝手に言うのをやめて、勝手に諦められたんだけど……。


 気心知れた仲とは言うけど、それでも色々と飛ばして会話する時があるから、本当に困惑する。


「まあいいわ。……あと最後に一つ」

「あ、うん、何?」

「今回の首謀者はどうしたの?」

「……ふふふ」

「おーけー。今のおっそろしい笑みで理解したわ。その辺は、知ってるであろう態徒と鈴音ちゃんに聞くとするわ」


 内容を濁すために、軽く微笑んだら、未果が何かを悟ったような表情で、そう言いだした。


 うん、ボクとしてもその方がありがたいです。


 ……慣れていない人には、ショッキングな内容だから。


「……そう言えば、さっきお礼をしに行くって言ってたけど、相手は誰なの?」

「あー、えーっと……鈴音ちゃんのお父さん」

「鈴音ちゃんの? ということは………………組長?」


 何かを考える真面目な表情から一転、引き攣った笑みを零す未果。


「…………うん」

「はぁ……その反応から察するに、まーた軍勢を増やしたのね、依桜は」

「ち、違うもん。あくまで、向こうが味方しくれるだけだもん……親子盃をしただけだもん……」

「それだけじゃすまなくない!?」

「…………まあ、うん。鈴音ちゃんのお父さんから、『姉御』と呼ばれるようになっちゃったけど……大丈夫。ただのいい人だから」

「なんと言うか、あの体が弱く、ただただ可愛かった依桜がまさか……天使、悪魔、魔族、ヤクザを率いるような、とんでもない総大将になっちゃうなんて……私、『あれ? こんな普通な幼馴染で私のキャラ大丈夫? 色々と幼馴染が強すぎない?』とか思うようになっちゃったわ……」

「その言葉の真意を知りたい」


 ボクの女の子の方の幼馴染は、たまに変なことを言う気がします。


「……ま、冗談はこのくらいにして。OK。概ね今回の経緯は理解したわ。要は、鈴音ちゃんの家を潰そうと、敵対しているヤクザが鈴音ちゃんや、この学園に襲撃をかけて、鈴音ちゃんの家を一方的に潰してやる、って腹積もりだったけど、最終的に依桜というイレギュラーがいた結果、その目論見が潰れた、ってとこかしら?」

「女委も大概だけど、未果も十分おかしいよね? なんでさもその光景を見ましたよ、と言わんばかりにピッタリ当ててくるの?」

「依桜の話から組み立てられる予想よ。まあ、今の反応だと合ってるみたいね。さすが私」

「本当にさすがです……」


 正直、未果は精神干渉系、もしくは透視系統の能力やスキルを持っていても不思議じゃない気がします。


 あ、『透視』というのは、言ってしまえば相手の思考を覗く能力、もしくはスキルのことです。


「さて、私は晶たちの所へ行ってくるわ。依桜は今日散々動き回って疲れたでしょうし、メルちゃんたちと一緒にさっさと帰って休みなさい」

「でも……」

「いいのいいの。というか、こっちはちょっとした片づけくらいしかないから。それに、明日は二日目。ある意味一番盛り上がるかもしれないわよ? 今日が大変だったから」

「……あ」


 いたずらっぽく笑う未果。


 そのセリフを聞いて、ボクは去年の学園祭が頭を過った。


 ……そういえば、二日目ってすごいことになってたっけ……。


 うん、考えるの、やめよう。


「それじゃ、私は行くわ。鍵は下駄箱に入れておいたから確認してね」

「うん、ありがとう」

「じゃ……っと、その前に一個女委から伝言」

「女委から?」

「ええ。『明日、どんな姿になってもいいように、今の服装は全種類あるからね!』だそうよ」

「……やめて、それ絶対碌なことにならない気がする」

「私もそう思うわ。多分、フラグになるでしょうね」

「……まあ、最近はそれすらも受け入れちゃってるから、さほど気にはならないけど……」

「そ。それならよかったわ。それじゃあ、また明日ね」

「うん。また明日」


 そう言って、未果は教室を出て行った。


 ボクは制服に着替えて、荷物をまとめるとメルたちの所へ向かった。

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