第392話 講演会
それから数日後の木曜日。
エナちゃんが転校して来て学園が大騒ぎになったものの、それなりに落ち着いてきました。
とはいえ、それでもまだまだ沸いているけど。
大人気のアイドルが来れば、しばらくはそうなるよね。
いくら行事などが多い学園だとしても、人気アイドルが来るなんて想像外だもん。
だから、サインをもらいに来るような事態が発生するのも、理解できるよ。
……とまあ、そんな感じの日常を過ごし、木曜日。
木曜日にはちょっとしたイベント……と言うか、講演会があります。
内容は、外部から実際働いている人を呼んで、講演をしてもらう、というもの。
よくあるところだと、警察だとか、消防士だとかだよね。
なんと言うか、公務員とかが多いような気がする。
いくらおかしな行事が多い学園と言っても、その辺りは普通だよね、さすがに。
なんて思いつつ、昼休み。
その講演会についての話をしながらボクを含めた六人でお昼を食べる。
「講演会って言うけどよ、普通に考えて御庭がいる時点で、ある意味外部から呼ぶ必要なくね?」
「いやいや、うちはちょっと特殊な職業だしね。あまり参考にならないんじゃないかなー」
「そうね。話すにしても、撮影の裏側、とかじゃないのかしら?」
「んー、まあ大体そんな感じ?」
「俺としては、講演会の講師は依桜でもいいんじゃないか、と思う時があるな」
「え、ボク? それこそないよ。普通の高校生だもん」
「毎回思うんだけど、依桜君が普通って言うと、なんだか似合わないよね。これほど似合わない人もいないんじゃないかな」
「それ、酷くない?」
ボクって、そんなに似合わない?
たしかに、ちょっと普通とは言い難いかもしれないけど……。
「んでもよ、一体誰が来るんだろうな」
「聞いたところによると、女性らしいぜー?」
「へぇ、それは美人か?」
「どうなんだろう? わたしは女性って言うことしか知らないしね。まあ、この学園が呼ぶくらいなんだから、美人なんじゃないかにゃー」
どうしよう。全く否定できない。
この学園、と言うより学園長先生だからこそ、普通な人って呼ばないよね、この学園って。むしろ、普通の人って呼ぶの? あの人。みたいなレベル。
「うーん、うちは三日前に転入してきたばかりだかわからないんだけど、この学園っておかしいの?」
「「「「「おかしい」」」」」
「わ、一斉に肯定するレベルなんだね」
「少なくとも、体育祭の競技種目の一つである、障害物競走でスライムプールを用意するほどだからな」
「す、スライムプール?」
「他にも、体育祭なのに最終種目がフルダイブ型VRゲームだったりねぇ」
「すごいね!?」
「あとは、クリスマスに生徒全員分のプレゼントを渡すレベルだったりな!」
「全員分……たしかに、おかしいね」
さすがのエナちゃんも、ボクたちが知る限りの情報を伝えると、微妙な反応になった。
むしろ、これが普通の反応なんだろうね。
ボクたちなんて、あの学園の異常な部分に慣れちゃったせいで、普通に受け入れちゃってるしね。それはそれでもう駄目な気がするけど。
「でもでも、さすがに講演会に来る人は普通なんじゃないかなぁ」
「だといいんだけど……」
ボクとしては、普通の人がいいです。
なんてことを思いながらも、昼休みは終わり、講演会の時間に。
この行事は、高等部だけを対象としているので、初等部と中等部は平常運転。
まあ、木曜日の五、六時間目と言えば、HRをしたり、初等部だと学活とか道徳とかをやっている時間だよね。
みんな、ちゃんとやってるかなぁ。
でも、みんなはいい娘だからね。きっと大丈夫。
「皆さんこんにちは。今日は、事前にお話ししていた通り、今日この時間は講演会です」
気が付くと、講堂の壇上に学園長先生が上っていて、話し始めていた。
あ、いけないいけない。真面目に聞かないと。
「この講演会では毎年、校外から講師をしてくれる方を呼び、社会についてお話してもらう機会です。その年によって呼ぶ方が違うので、聞けるお話も違います。ですが、きっと皆さんにとって有意義な時間になるのと思いますので、しっかりとお話を聞くようにしてください。それでは、講師の方、よろしくお願いします」
そう言って、学園長先生が上手側にはけていった。
そして、学園長先生と入れ替わるように、下手側から一人の女性が出て来て、マイクの前に立つ……って、あ、あれ? なんだろう。すっご~~~く見たことがある人なんだけど……というかあれって……。
「叡董学園高等部のみなさんこんにちは! 声優の、宮崎美羽です!」
み、美羽さん!?
なんで!?
突然現れた人気声優さんの登場に、講堂内がざわつく。
『え、あれ宮崎美羽だよな?』
『球技大会の時もだけどよ、なんでこの学園に何度も来るんだ?』
『てか、生で見られるとかマジで最高なんだが!』
特に、男子の人たちの反応がすごい。
美羽さんってかなりの美人さんだし、声は可愛かったり綺麗だったりするから、やっぱり男子の受けがいいのかな?
うーん、どうやったら大人っぽく見えるんだろう。
「さて、みなさんはどうして私が来たのか、気になっているかと思います。なのでまずは、私が来た理由から話していきますね。私がこの学園に来たのは、単純に、私がこの学園のOGだからです」
『『『!?』』』
そ、そうだったの!?
……あ、だから学園長先生と知り合いだったり、六月になったらわかる、って言ってたんだ!
なんだろう。エナちゃんと同じパターン……。
ボクって、考える力が弱いのかなぁ……。
「OGだから、というのもあるんですけど、知り合いがこの学園にいるので、それも含めて行ってみようかなって思った結果、こうして講師としてここに来ました! というわけなので、今日はよろしくお願いします!」
知り合いって……それ、もしかしなくても、ボクたち、もしくはボク、だよね?
……だって、こっちを見てウインクしてるんだもん。
美羽さん、お茶目だね。
まさかすぎる講師の登場に、講堂内は騒然としたけど、講演が始まるとすぐに収まった。
美羽さんがする講演は、職業的に声優に関すること。
主に発声法とか、感情の出し方、とかそう言ったことお話がメイン。
プロの声優さんのお話なので、アニメ好きの人や、将来声優を目指している人たちは、食い入るように聞いていた。
やっぱりプロだからか、細かいことまで教えてくれるし、色々な作品に例えて話てくれるので、仮にアニメとかに興味がなかった人たちでも楽しんでいるみたい。
……ボク的には、一応声優として活動しているので、何とも言えない気持ち。
「それじゃあ、次は声優になる上で、大切なことを話していきたいと思います。と言っても、これはあくまで声優になりたい人に向けて、というのと、声優は目指していないけど何らかの場面で役に立つことを話していきます。一番大事なのはやっぱり、発声練習ですね。どんなに才能があっても、才能だけではやっていけません。今現在、プロとして活動し、さらに人気声優と呼ばれる人たちは、血の滲むような努力をしています。その最たるものとして、発声練習が挙げられますね」
なんだか、普段の美羽さんとギャップがあって、なんだかカッコいい……。
普段はフレンドリーな感じだけど、今は真剣に語っているので、なんだか新鮮。
もちろん、収録現場とかでも今のような感じだけど、それでも柔らかい雰囲気と言うか、
すごく接しやすい雰囲気を纏っているので、今みたいな姿はあまり見慣れない。
だけど、すごくカッコいいので、全然いいね。
「口の開け方や、早口言葉、それから呼吸法ですね。声優と言うお仕事は、実力主義です。少しでも怠ければライバルたちに追い抜かれてしまいますし、いつまで経っても売れる事はありません。日々ボイストレーニングをしているからこそ、今の人気声優と呼ばれる人たちがあるのです。もちろん、私も毎日努力しています。それでもまだまだなんですけどね。やっぱり、ベテランと呼ばれる人たちはすごいなって、痛感させられています」
たしかに。
今現在、ボクが参加している収録にも、ボクでさえ聞いたことのある名前の人がいて、その人の演技はすごかった。
息をするように演技ができていて、思わず目を奪われるほどに。
一応ボクも師匠に教わったけど、まだまだだと思ったよ。
こっちの世界にも、見習うべき人は多いからね。
「このこと以外で私が思う大切なことは、国語力と協調性、それから信念ですね。国語力は文字通りです。声優と言う仕事上、中には難しい言葉を使っているキャラクターもいます。その際、それが読めていないと上手くセリフが読めなかったり、そこに注意が行ってしまい、演技の方が抜けてしまいます。もちろん、台本は事前に貰います。ですが、やっぱり自分自身で勉強することが大事なんです。これは、声優だけでなく、他のことにも言えますね。勉強をして、知識を溜めれば、それはきっとみなさんの武器になります。要は勉強です。これは、いくつになっても大事な要素となります」
たしかに。
ボクも向こうの世界にいた時は、ひたすら知識を身に付けたよ。
……師匠の修行の時は、すごく辛かったけどね……。覚える量が半端じゃなかったから。
あれはさすがに……。
「それから協調性と言う部分。声優と言うお仕事は、どうしても人との関りが多くなる職業です。音響監督さんや作品の監督さんと言った方たち、そして同じ声優として参加している人たちとの協力で作品を作ります。これでもし、協調性がなかったら、それは絶対に良い作品になることはないと思います。そしてこれは、社会に出てもそうです。人は、必ず人との関りを持ちます。これは、生きていく上で必ず大切になります。どんなに能力があっても、一人でできることはたかが知れています。じゃあ、どうするか。それは、周りの人に頼るんです。もちろん、頼りっぱなしはダメですけどね。でも、どうしてもできないと判断したら、まずは相談しましょう。よほどひねくれていない限り、大多数の人は助けてくれるはずですから」
助けてくれる、かぁ……。
思えば、誰かに頼ってばかりだったなぁ、今までの人生。
特に、異世界に行く前とかね。
体が強くなかったから、未果たちに頼っちゃってたし……。
みんな何も言わずに助けてくれたからあれだけど、今思えば申し訳ないような……。
「最後に信念ですね。これは単純で、常に自信を持つことや、どんな声優になりたいか、どういった作品を作りたいのか、という明確な目標や意思を持って臨むことを言います。こちらも、どんな職業にも言いかえることができますね。例えば、会社の社長になりたい、という漠然とした夢を持つ人でも、『どういった会社を作りたいかのか』『どういった事業をしたいのか』と言ったような感じに、明確な目標などを持つことが大切です」
本当にためになる。
なんだか人生経験が豊富そうな内容だよね。
……でも、美羽さんってまだ今年で二十一歳のはずなんだけど、随分と話が具体的に感じる。
宮崎美羽、っていう名前も偽名な上に、本名であまり呼ばれたくないって言ってたから、何かあるのかも。もしかすると、家が何らかの会社を経営している、みたいな。
……なんて、さすがにないよね。
年上ではあるけど、ボクたちにとっては大切な友達と言う関係な美羽さん。意外と、謎が多いのかも。
具体的な話も交えつつ、美羽さんが話していくと、ちょっとしたお楽しみコーナーの時間になった。
「じゃあ、堅い話はお終い! 実は今回、みなさんにも楽しんで貰えるような企画を持ってきました!」
さっきとは打って変わって、美羽さんが普段通りのテンションでそう言いだす。
にこにことした笑顔でそう言うと、講堂内にいる人たちがわくわくしたようなそぶりを見せ始める。
「その企画と言うのは……ズバリ、声優体験です!」
『『『おおおーー!』』』
「うんうん。反応ありがとう。今回は特別に、今日のためだけに台本を書いてもらって、それを持ってきています。ちなみに、アニメーションもあるので、お楽しみに!」
本気すぎる!
高校生の講演会のためだけに、用意してきた物が本気なんだけど!
これ絶対、学園長先生も関わってるよね?
こんな大掛かりなことができるのって、あの人くらいだもん!
「今ここで、私が適当に指名してもいいんだけど、それだといまいち公平性に欠けるので、事前に用意してもらった、このくじを活用したいと思います!」
そう言って美羽さんが取り出したのは、三つの箱。
箱を見ると、側面にそれぞれ『学年』『クラス』『番号』と書かれている。
「これを私が一つずつ引きます。そうして出た数字を組み合わせると、ピンポイントに人が絞れるというわけです! それじゃあ、早速引いて行きます!」
ガラガラと音を立てながら、美羽さんがくじを引いて行く。
まあ、公平にするんだったらそれが妥当だよね。
さすがに、組み合わせは様々だから、当たらないと思うしね、ボク。
いくらなんでも、当たるわけ――
「えーっと、二年三組六番の人―」
……ボクだよ。
美羽さん、どうしてピンポイントにボクの番号を当てるんですか……?
見てよ。ボクのクラスの人たち、みんな見てるよ。ボクの事。
どうしてこう、ボクはこう言うのに当たっちゃうのかなぁ……。いや、原因はなんとなーく理解してるんだけど……。
あれ、低くすることとかできないのかな?
「二年三組六番の人―、来てくださーい」
「依桜、呼ばれてるぞ」
「わ、わかってるよ……」
重い腰を上げて、ボクは席を立つと壇上へ向かう。
ボクが立ち上がったのを見た美羽さんは、一瞬だけ驚いたような顔をしたけど、すぐににこにことした笑みに戻った。
「こんにちは、依桜ちゃん」
「こ、こんにちは美羽さん」
ナチュラルに挨拶を交わしたら、講堂内がざわついた。
……あ、そう言えば、ボクが美羽さんと知り合いだということを知っているのって、未果たちだけだった。
……ま、まずい!
「すごい偶然もあるんだね。でも、ちょっと嬉しいかな?」
「あ、あはははは……」
『男女と宮崎美羽の関係って……』
『なんだか、仲良さそう』
『女神様って不思議な交友関係してるなぁ……』
うっ、背後からの奇異の視線がすごい……。
「ともあれ、選ばれちゃったものは仕方ないので、依桜ちゃんにお願いしようかな! 初めてだと思うけど、頑張ってね!」
「わ、わかりました」
あ、ちゃんと隠してくれてる。
……まあ、さすがにね。だってボク、一応『雪白桜』って言う名義で活動してはいるけど、それを知っている人は限りなく少ないわけだから。
それに、正体についても一切公表していない以上、ここで漏らすわけにはいかないもん。
それをしっかり理解して、隠してくれるのはすごく嬉しい。
でも、何を言わされるんだろう。
選ばれた後、軽く準備が入った。
プロジェクターを用意したり、スクリーンを用意したりと色々。
やるのは収録といったものではなく、声優さんのイベントでよくある生アフレコだそうです。
それはそれで恥ずかしいような……。
「よし、と。準備完了! それじゃあ、もう一人誰か出て来てほしいんだけど……うーん、ここは教職員の方にお願いしようかな!」
なんで先生方?
美羽さんの考えって、たまによくわからない。
「それじゃあ依桜ちゃん。ちょっと目を瞑って?」
「目を、ですか?」
「うん」
「いいですけど……」
言われた通りに目を瞑る。
でも、どうして目を瞑る必要があるんだろう?
「じゃあその場でくるくる回って、私がストップって言ったら止まってくれるかな?」
あ、なるほど。考えが読めた。
つまり、ボクが回転して止まった後、その視線の先いる人を指名する、みたいな感じなんだね。
ちょっと面白いかも。
「じゃあ、回ってください!」
そう言われて、ボクはくるくるとその場で回る。
その際、スカートがふわりと捲れないように細心の注意を払って回る。
いつもこういう時に失敗して、スカートの中が見えちゃったりするからね。
学ぶんです、ボクだって。
「ストップ!」
その声が聞こえた瞬間に、ピタリと停止。
そして目を開けたその視線の先にいたのは……
「ん? なんだ、あたしか?」
……師匠だった。
ねえこれ、もしかして仕組まれてるんじゃないのかな。
なんでこう、身内の人ばかりが選ばれるんだろう?
内心苦い顔をしながらそう思っていると、師匠が壇上に上がってきた。
「お久しぶりですね、ミオさん」
「ああ、久しぶりだな。最後に会ったのは……たしか、ゲーム内だったか。元気か?」
「もちろんですよ。声優は、体が資本ですから」
この二人、そう言えば妙に仲が良かったような。
大人同士(歳はすごく離れてるけど)気が合うのかな?
「そうか。……で、あたしは何をすればいいんだ? あいにくと、声優という職業がなかったものでな。演技だけなら自信はあるんだが」
それはそうでしょうね。
少なくとも、師匠が嘘を吐いたら絶対バレないんだもん。
何度騙されたことか。
今でこそ、ある程度わかるようになったからいいものの、修行時代なんて全然わからなくてかなり苦労させられたよ。師匠、容赦ないんだもん。
「そう言えばミオさんは、依桜ちゃんの師匠さんなんですよね?」
「ああ、そうだな」
「ということは、変声的なこともできたり?」
「もちろんだ。変声術はあたしの中の技能じゃ基本でな。男の声だって出せるぞ?」
「え、すごく気になります!」
ボクも気になるんですが、それは。
師匠って男の人の声出せるの……?
師匠の発言に、またもやら講堂内がざわつく。
だって、外見はすごく美人な女の人が、男の人の声を出せる、何て言ったら想像できなくてちょっと困惑するよね、これ。
「なら、軽くやってみるか。あーあー……んっ、んんっ! こんな感じだ」
(((何そのイケメンボイス!?)))
その瞬間、講堂内にいた人たちが全員、全く同じことを考えた気がした。
師匠、すごくいい声出したんだけど……。
「すごいですね。たまに、男女両方の声を出せる人はいますけど、ここまで違う人はそうはいないと思います」
「ま、あたしだからな。……それで? 体験とはいえ、何をすればいいんだ?」
「こっちの台本の、このキャラのセリフを言って欲しいですね」
「ん……なるほど、そう言うキャラか。了解だ。任せな」
「ありがとうございます! じゃあ、依桜ちゃんはこっちのセリフね」
「えーっと……」
美羽さんに渡された台本を読む。
見たところ、恋愛もののようだけど……って、こ、これ、ボクがやるキャラクター、明らかにヒロインなんですけど!
あと、師匠がやるキャラクター、どう見ても女性キャラ!
それから、一番ツッコミを入れたいのは……なんで、キャラクターの名前が、演者って書いてあるの!?
「それじゃあ、早速やりましょうか。依桜ちゃん、これ着けて」
そう言って、美羽さんにインカムを渡される。
「これって……」
「見ての通り、マイクです。あ、ミオさんも着けてください」
「ああ」
「とりあえず、準備OKかな? それじゃあ依桜ちゃん、あそこの壁際に立って」
「え、壁?」
示された方向を見れば、確かにセットの壁があった。
……なんで、壁?
でも、指示されたし、とりあえず壁際に立つ。
「こ、こう、ですか?」
「そうそう。できれば壁に背中をくっつけてもらえるとなおよし」
「わ、わかりました」
「それで、ミオさんは依桜ちゃんの前に」
「ああ」
テキパキと指示を出す美羽さん。
指示を出された師匠は、言われた通りのボクの前に立つ。
うぅっ、師匠の顔が近いよぉ……。
「あ、あの、美羽さん。これって声優の体験、なんですよね? それなら、普通に立ってセリフを言うだけでいいと思うんですけど……」
「気にしないの。効果音も自前だから!」
「え、それってどういう……」
「それじゃあ、ミオさんお願いします!」
美羽さんがそう言った直後、突然講堂内の壇上を除いた全ての照明が落ちた。
え、何この雰囲気!?
い、一体何が――。
ドンッ!
「――っ!?」
混乱していたら、いきなり師匠がボクの顔の左側に手をついていた。
……い、今のって、もしかして……か、壁ドン?
「依桜、あたしはお前が好きだ」
「~~っ!?」
『『『( ゚д゚)』』』
「もちろん、友人として、ではなく、一人の女として、あたしはお前に惚れている。その綺麗な銀色の髪。エメラルドのような碧の瞳。可愛らしい桜色の唇。それだけじゃない。あたしは……おまえの全てが好きだ」
「ぇ……」
「だから、あたしは言おう。……あたしと、恋人になってくれ」
「――」
突然の師匠からの告白に、頭の中が真っ白になった。
え、こ、これは、ど、どういう、こと……?
なんで師匠が告白を? なんで師匠が壁ドンを? なんでこんなに真剣な眼差しを? なんでこんなに見つめて来るの?
え? え?
いきなりすぎる状況に頭が着いてこない。
どうすれば、と思っていたら、
(依桜、次のセリフを読め)
という、師匠からの言葉が頭の中に響いてきた。
せりふ……セリフ……あ!
それに気づいた瞬間、白くなっていた頭の中が徐々に戻り、なんとか普通の思考に戻すことができた。
台本のセリフを探し、次のセリフに繋げる。
「ぉ、ぉねがぃ、しま、す……」
顔を真っ赤にして、上目遣い気味にそう返した。
……頭では演技だとわかってはいても、さすがに心までは戻らない。
その結果、なんだか蚊の鳴くような声になってしまった。
ボクのセリフを聞いて、師匠はふっと柔らかい笑みを浮かべると、ボクの右耳辺りに顔を近づけ、
「愛してるぞ」
と、甘く囁いた。
その結果、どうなるかと言えば……
「ぷしゅ~~~~……」
「あ、おい依桜!」
脳の処理が追い付かなくなってオーバーヒートを起こし、ボクは、ものの見事に気絶してしまいました。
((((依桜(君)、本当に初心だな……))))
次に目が覚めたら、ボクは保健室のベッドにいました。
どうやら、師匠が運んでくれたみたいです。
顔を見た瞬間恥ずかしくなって、つい布団に潜り込んでしまったけど……そこは許してほしいです。
そっと目から上だけを覗かせて師匠を見れば、
「やれやれ。お前は、本当に耐性がないな」
と苦笑いしながら、肩を竦めていました。
申し訳ないです……。
この後、未果たちからLINNで色々聞いたんだけど、ボクがセリフを言った直後、大多数の生徒が鼻血を噴いて倒れたとか。
一体、何が原因でそうなったんだろう……?
あと、美羽さんからも、
『今日はごめんね!』
というメッセージが飛んできていました。
なので、
『こちらこそ、気絶しちゃってごめんなさい』
と謝りました。
本当は、師匠のあのセリフの後、まだまだ掛け合いがあったらしいんだけど、それどころじゃなくなって、お開きになったそう。
なんだか、すごく申し訳ないことをした気分だよ……。
ちなみに、あの講演会は大好評だったみたいです。
……なんで?
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