第150話 依桜ちゃんの誕生日会(当日) 上
「ふぁああ……ん~ぅ、あさ……」
なぜかわからないけど、今日は母さんが起こすよりも早く目が覚めた。
まあでも、早く起きるのはいいことだよね。
早起きは三文の徳って言うし。
とりあえず、早く起きたことだし、着替えよう。
「おはよう」
「あら依桜。今日は早いのね」
「うん。なぜか早く起きちゃって」
「そう。まあ、今日くらいはいいんじゃない?」
「?」
今日くらいは、ってなんだろ?
今日って何かあったっけ?
うーん……普通の日、だよね? 別に、学園の方で何かあったような気はしないし……かといって、冬休みはまだ……。
なにも思い浮かばない。
「やっぱり、依桜は自分のこととなると鈍くなるのねー」
首を傾げながらうんうんと唸っていると、母さんが笑いながらそんなことを言ってきた。
自分のこと?
……だめだ。全く思い浮かばない。
「母さん、今日って何かあった?」
「んー、あったんじゃないかしらー?」
「なんで、そんなに曖昧なの?」
「気にしないの。細かいことを気にする女の子は嫌われるわよー」
「いや、ボク男だから」
というより、その言い分は、どちらかと言えば男に対して言うようなセリフな気が……。
「それは、前でしょ。今は女の子」
「そ、そうだけど……」
「ま、そういうことy」
「どういうことなのか、全くわからないんだけど。……何か隠してる?」
「ぜーんぜん? 気のせいよ、気のせい」
「むぅ……」
なんだかはぐらかされているような……?
腑に落ちないけど、これ以上問い詰めても、何も言わないよね。
結局、尋ねるのをやめて、いつも通りに朝食を食べたら、学園へ登校していった。
「さて。私は準備準備~♪」
「おはよー」
「あら、今日はいつもより早いわね」
「どうした?」
「んー、なぜかいつもより早く目が覚めて……」
教室に入ると、いつも通りの二人。
いつもより早く来たから、てっきり、まだ来ていないかも、と思ったんだけど、普通に登校していた。
むぅ、二人っていつも何時ごろに来てるんだろう?
「おっはー」
「おーっす」
「あ、二人とも、おはよー。今日は珍しく早いね?」
ボクが教室に入った直後に、女委と態徒が入ってきた。
すごく珍しい時間に来て、ちょっとびっくり。
「気分だよ~」
「おうよ。ちょっとじゅん――ごふっ!?」
「た、態徒!?」
態徒が何かを言い終える前に、女委の左手の裏拳が態徒の顔に直撃し、吹っ飛んで行った。
しかも、女委は表情一つ変えず、いつものほんわか笑顔でやったものだから、ちょっと怖い。
「だ、大丈夫!?」
「め、女委、の、裏拳は……き、効くぜぇ……ぐふ」
「あわわわわ! た、態徒が気絶しちゃったよ!」
「「「気にしない気にしない。変態は蘇る」」」
「いや、態徒も一応人間だからね!? 気絶したら、結構大ごとだからね!?」
「依桜が言っても、説得力はないな」
「うっ」
た、たしかに片手間以下のレベルで気絶させられるけど……。
針とか、単純に師匠から教わった技とかで。
「まあ、変態だしすぐに戻ってくるよ!」
「理由になってないよ!?」
「依桜。変態はね。美少女の裏拳を喰らったり、美少女の飛び膝蹴りを喰らったり、ジャーマンスープレックスを喰らったり、スクリューパイルドライバーを喰らったり、ドロップキックを喰らったりしても、不死鳥のようによみがえるのよ。それこそ、恍惚の表情で」
「なんでプロレス技ばかりなの!? というか、それはただの変態だよね!?」
「違うわ。変態じゃなくて、ドMよ」
「大差ないよっ!」
なんで、誰も気に留めないの?
それと、普段はどちらかと言えばフォローに回ってる晶が、全く止めようとしないあたり、おかしいと思うんだけど。
「ふぅ、頬骨がいてーぜ!」
「た、態徒、大丈夫?」
「おうよ! なぜかわからんが、一日分くらいの記憶がないし、頬骨は痛いが、セーフだよな!」
「……あ、うん。態徒がセーフだと思うんなら、セーフなんじゃないかな?」
……あっけからんとしているのは、ちょっとおかしいような気がするけど、大丈夫だよね。
「で、オレは何してたんだっけ?」
セーフじゃなかった。
「……お。思い出した! そうだ、たしか、依桜のた――」
「あ、態徒君の顔面に虫が!」
「ぶれらっ!?」
裏拳一閃。
またしても、女委の裏拳が炸裂した。
そして、再度裏拳を喰らった態徒は、黒板の角に頭を強打。
泡を吹いて倒れた。
「た、態徒―――!?」
慌てて態徒に駆け寄る。
「め、女委、これはいくら何でもやりすぎだよっ!」
「えー? だって、態徒君の顔面にヒアリがいたしー?」
「いや、それ事件だよっ!?」
さすがに、ヒアリは洒落にならないよ!
見つけたら、警察に連絡してください、って言われるような危険な虫なのに!
「にゃっはっはー! 冗談冗談」
「じょ、冗談でも心臓に悪いよ……」
「ごめんごめん」
反省しているのかわからない、笑った顔をする女委。
「まったくもぅ……。それにしても、みんなどうしたの? ちょっと様子が変だよ?」
そう言うと、みんなそろって苦笑いをしながら、視線を逸らしだした。
「……何か隠してるの?」
「いいえ? 何も隠してないわよ?」
「ああ。いつも通りだぞ?」
「うんうん。いつもこんな感じじゃん?」
「……ジト―」
ジト目を向けるものの、まったくたじろぐ様子はない。
……うーん。何か隠しているような気がするけど……気のせい、なのかな。
「……まあいいけど。とりあえず、態徒を回復させないと」
(((ほっ……)))
うん? 今、三人が安心したような気配を感じたんだけど……気のせいだよね。
とりあえず、泡を吹いて倒れている態徒に『ヒール』をかける。
なるべく、クラスにいる人たちに見えないよう、最小限に抑える。
もちろん、カモフラージュも忘れず、絆創膏を張る素振りを見せている。
こうでもしないと、怪しまれるからね。
身体能力に関しては、ちょっと怪しいけど、魔法や能力、スキルに関してはあまりバレるわけにはいかない。
バレたら、余計な注目を浴びるだけだし、みんなに迷惑が掛かりかねないもん。
……まあ、すでにネット上でボクのことは知られちゃっているけど。
「ハッ! お、オレは一体何を……」
「態徒、大丈夫?」
「うお!? び、びっくりした……。美少女の顔がドアップとか、マジでドキドキするわ!」
「あ、ご、ごめん……い、嫌、だったよね?」
……そうだよね。ボクみたいなのが顔を近づけてたら、嫌だよね……。
「って、違う違う! 別に嫌だったわけじゃなくてだな! だ、だから、ちょっと泣きそうになるのはやめて!?」
『……おい、あいつ、男女を泣かせたらしいぞ?』
『……殺すほかなし』
『……誰か、ちょうどいい山を知らない? 雑木林でもいいし、樹海でもいいわ』
「ちょっ!? お前ら、完全にオレを殺そうとしてないか!? オレは無実だろ!」
「だが、実際に依桜は涙目になってたぞ?」
「マジすんません! つか、違うんだよ! あ、あれだ。依桜が可愛すぎて、びっくりしただけで、決して嫌というわけではない!」
「ほ、ほんと? 嫌じゃない?」
「あったりまえよ! てか、オレが嫌うわけないだろー、美少女を」
「……美少女かどうかはあれだけど……たしかに、態徒は人を容姿で判断しないもんね!」
((((笑顔眩しー……))))
あれ、みんなが安らいだような微笑みを浮かべてるけど……どうしたんだろう?
朝から、色々と気になることがあるけど、ひとまずは気にしないことに決めた。
「まったく……ほんっっっっとうに! 態徒は馬鹿ね」
「め、面目ねぇ……」
「依桜にバレたらどうするつもりだったんだ?」
「ほんとだよー。わたしの裏拳がなかった、完全にバレてたんだよ?」
「マジで面目ねぇ……」
昼休み。
依桜君が何やら呼び出されたので、依桜君不在。
いなくなった途端に始まる、態徒君への責め。
本当に危なかったよー。少しでも、わたしの渾身の裏拳が遅れていたら、確実にバレていたところだよ。
依桜君、すっごく鋭いもん。
「まあでも、あれを見る限りじゃ、依桜は自分の誕生日を忘れているような感じだったな」
「だねー。今日が何の日かわからなくて、うんうん唸ってたもんねー」
「それくらい、向こうが濃密だったってことでしょ。ま、いいんじゃない? サプライズとして効果を発揮しやすいってことでしょ」
「そうだな。帰ってきてから約四ヶ月と言えど、それでも全然短い。それに、三年間自身の誕生日を祝われる、なんてなかったんじゃないか?」
「まあ、依桜君のあの強さを見ればねぇ。死に物狂いで、って言ってたし、他のことをやっている暇なんてなかったんじゃないかなー」
「そう考えると、マジでハードモードだったんだな、依桜」
まあ、チートなんてなく、着の身着のままだからね。
……昨今の異世界転生、転移系じゃ、あんまりみかけないよねぇ。いや、それなりにあるとは思うけど、大体は、俺TUEEEE、だからね。
「まあ、それはそれとして……未果ちゃん、首尾はどうだい?」
「ええ、ぬかりなしよ。さっき、桜子さんに連絡を取ったら、大体の下準備は終わっているそうよ。料理はもちろん、ケーキも作ってるって」
「女子力が振り切ってる依桜の母親なだけあって、誕生日ケーキは手作りかよ……すげえな」
「それは同感だねー」
依桜君って、家事全般をこなせるし、なぜか手当て用の絆創膏とか包帯、消毒液も持ち歩いてるから、かなり女子力が高いけど……親にして子あり、だね。
たしか、今日は八人くらいだから、その分の料理があるってわけだから、かなりあると思うんだけどねぇ。
「ただいまー」
「あ、おかえり、依桜」
「呼び出し内容は何だったんだ?」
「あ、うん。来週辺りに、PCが届くと言うのと、お悩み相談コーナーについてかな」
「お、ついに届くのか」
「でもたしか、『New Era』の発売は元日じゃなかったかしら?」
「えっとね、先に送ってくれるんだって。一応、動作確認もあるらしいけど、ご褒美、みたいな感じで言ってたよ」
「気前がいいな」
「さっすが、生徒思いの学園長先生だね!」
まさか、世間よりも早く入手できるとは!
いやぁ、私もちょうどスペックが高いPC欲しかったから嬉しいねぇ。
となると、今使っているのは、メイド喫茶の方に回しちゃおうかな。そろそろあっちも買い替え時だし。
「あ、あはは……」
わたしの発言に、依桜君は苦笑いを浮かべつつ、乾いた笑いを零すだけだった。
む? なにかあったのかなー?
「んで、お悩み相談コーナーについては、どんな感じだったんだ?」
「えーっと、どうもボクの時のが好評だったらしくて、できればレギュラーで、って」
「へぇ? すごいな」
「それで、受けるの?」
「さ、さすがに断ったよ。でも、なかなか引き下がってくれなくて、月に一回なら、って」
「実質レギュラーじゃね? それ」
「か、かもね」
「まあでも、実際面白かったしねー、あのコーナー」
まさか、恋愛に対して積極的じゃない依桜君が、あんなに的確なアドバイスをするとは思わなかったけどね。
あと、スリーサイズを何の躊躇いもなく言う辺り、さすが元男の娘。
さすがのわたしでも、ちょっと恥ずかしいよ。
……まあ、下着の方は恥ずかしがってたけども。
「後半、セクハラだらけだった気がするがな」
「正直、依桜の反応のおかげで好評だったような気がしてならないわ」
「ど、どうだろう?」
さすが、謙虚・謙遜・恭謙の三つを兼ね揃えた3Kを持った依桜君。
いや、3K全部同じような意味だけど。
まあでも、依桜君の場合、これがある意味正しいしね。
と、この後もいつも通りに、態徒君が変態発言をし、わたしがそれに便乗、依桜君が意味がわからず首を傾げ、晶君と未果ちゃんが呆れると言った様子が展開され、昼休みは過ぎた。
そして、放課後になりました。
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