第149話 依桜ちゃんの誕生日会(準備)

「それじゃあ、また明日ね」

「ええ、明日」

「バイバーイ!」

「気を付けてな」

「んじゃな」


 軽く挨拶をして、依桜が最後に軽く微笑んでから依桜は教室を出て行った。


「……よし、行ったか?」

「ええ、問題なしよ」

「それじゃあ、早速始めよっか!」


 依桜がすでに帰ったことを確認し、俺たちは一ヶ所に集まる。

 何を始めるかと言うと……


「明日は、依桜の誕生日。おそらく、向こう世界ではお祝いなんてなかったでしょうし、三年分くらいのお祝いをするわよ」

「「「おー」」」


 依桜の誕生日についての話し合いだ。

 明日は、十二月十七日。依桜の誕生日だ。


 俺たちは大体、このグループの誰かが誕生日を迎えると、お祝いをすることにしている。

 そして、今回は依桜の番というわけだ。


 実際、依桜も誕生日を祝う側をやっている。同時に、祝われる側もだ。

 だから、大体は察しがついてもおかしくないのだが……未果が言ったように、依桜は三年間も向こうの世界で過ごしていたのだから、おそらくそのことも忘れているだろう。

 なので、今回はちょっとしたサプライズも込めて、と言うことにしている。


「あ、そう言えば、ミオ先生は?」

「もうそろ来るってよ。さっきメールがあった」

「やっぱり、お師匠さんだもんね。一緒に祝ってもらわないと」


 いつもなら、この四人で祝っているのだが、今回はミオ先生もいるということで、手伝ってもらうことにした。

 一年とは言え、一緒に住んでいたみたいだからな。


「遅くなったか?」


 噂をすれば影とやらだ。


「全然遅くないですよ。むしろ、ちょうどいいくらいです」

「そうか。ならいい。……それで、あたしを呼び出した理由はなんだ? 見たところ、イオがいないみたいだが……」

「それはですね、明日、依桜君の誕生日なんですよ!」

「誕生日? 明日が? ……なるほど。それで、祝うために、あたしが」

「そですそです」

「もしかして、嫌ですか?」

「いや、全然問題ない。むしろ、教えてくれて助かる。そうか、明日はあいつの誕生日か」


 事前に言わなかったから、もしかすると嫌だったかもしれない、と思っていただけに、ほっとした。

 ミオ先生は、つかみどころがない部分があるからな。


「それで? 祝うにしても、どこでやるんだ?」

「毎年、俺たちはそれぞれの誕生日を祝う時は、祝われる人の家でやっています。なので、依桜の家で、ということになりますね」

「なるほど。それは、サクラコとゲンジの許可は取っているのか?」

「もちろんっす! 毎年協力してもらってるんすよ」

「それなら問題ないな。それで? 何をするんだ?」

「とりあえず、プレゼントは必須ですね。誕生日と言えば、誕生日プレゼントですから」

「ふむ……。しかし、イオは何が好きなんだ?」

「そこなんですよ、ミオ先生!」


 ミオ先生の疑問に、女委が食いつく。


「依桜君の好きなものは、えんがわなんですよ! でも、それ以外の好きなものがわかりにくくて、困ってるんですよ!」


 そうなのだ。


 俺たちは、一緒にいることが多いのだが、依桜の好みがほとんどわかっていなかったりする。

 わかっていることと言えば、女委が言った、えんがわだ。


 なかなかに渋いものが好みだったりするのだが、それ以外があまりわかっていない。

 そもそも、男の時であれば、なんとなく渡すものが決まっていたのだが、今の依桜は女子だ。

 何を渡せばいいのか、はっきり言って悩む。


「そうか……。あたしと一緒に暮らしていた時は、早く帰る、というのがあいつの願いだったからなぁ。好きなことにカマかけてる余裕はなかったな」


 それもそうだろうな。

 命がけだったわけだから。

 だが、そうなると、困ったな……。


「ミオ先生。依桜、家で何か言ってませんでした?」

「そうだな……あ、そう言えばあいつ、髪の毛をまとめるものが欲しい、とか言ってたな」

「なるほど、ヘアゴムとかか? 言われてみれば、依桜はそう言った類の物を一切つけてなかったな」

「概ね、着けるのが恥ずかしいと思ったのか、これを付けてしまったら、完璧に女の子に、なんて思ったんじゃないかしら?」

「「「「ありえる」」」」


 未果の予想に、ここにいる全員が納得した。

 たしかに、依桜がそう思っていても不思議じゃない。

 不服、とまでは行かないだろうが、少なくとも前向きに考えてはいないだろう。


 ……まあ、二十年近く男で生きてきて、唐突に性別が変わればな……。

 四ヶ月近く経とうとしているが、そう簡単に割り切れるものじゃないのは確かだ。むしろ、割り切れるような奴は、態徒や女委くらいのものだろう。


「まあでも、依桜は髪が長いし、リボンやゴムがあってもいいかもね」

「あたしとしても、それには賛成だな。あの姿で動くのなら、髪の毛で視界を遮られる可能性がある。そうなると、万が一的に襲撃された際、それが命取りになりかねん」

「「「「……」」」」


 あれだな、住む世界が違うと、考え方も違うって言うことがよくわかるな。

 世界最強の暗殺者は、支障が出るから、という理由で髪留め系をプレゼントしようと思っているのか。

 いや、まあ……運動する際に邪魔になる可能性もあるからな。


「と、とりあえず、髪留めは決まりね。あとは、何かしら?」

「……そう言えば、依桜は昔から可愛いものが好きじゃなかったか? ぬいぐるみとか」

「お、それはあるな! ゲーセンとかに行って、クレーンゲームをやっても、獲るのは大体、兎や犬のぬいぐるみだからな!」

「そういえば、依桜の部屋にぬいぐるみとかあったわね。正直、あの容姿だったから、あまり違和感なくて、覚えてなかったわ」


 未果の言いたいことはよくわかる。

 実際、依桜の部屋には可愛い系のぬいぐるみが飾られてるからなぁ……。

 看病しに行った時、何気に増えていたような気がする。


 まあ、それはそれとして……男だった時から、違和感がなかったのは、今にして思えばすごい話だ。


「え、なにか? あいつ、人形を集める趣味とかあったのか?」

「あった、と言えばありますね。依桜、昔から可愛いのが好きでしたから」

「ま、マジか。……あいつ、本当に性別を間違えて生まれてきたんだな」

「「「「その通りです」」」」


 少なくとも、それは依桜を知っている人は、全員が思うことだ。

 可愛いものが好き。女子力が高い。反応が、男ではなく、どちらかと言えば女子寄り。仕草もそう。

 ……依桜、ある意味正しい性別になったんじゃないか?


「ともかく、今年の依桜への誕生日プレゼントは、髪留め系とぬいぐるみでいいかしら?」

「「「「異議なし」」」」


 なんとか、依桜への誕生日プレゼントが決まった。


「さて。次は、プレゼントを買いに行くわよ」



 というわけで、俺たちはショッピングモールに来ていた。


 最初は、商店街で、と考えていたのだが、時間に無理があった。

 それに、依桜は今日、夕飯を作らないといけないと言っていたので、商店街は避けた、というわけだ。


 依桜は買い物の際、必ず商店街を利用するからな。

 そうなれば、商店街でエンカウントする確率が高くなる。


「ふむ。こっちの世界では、こう言った場所があるんだな」

「あれれ? ミオ先生、ショッピングモールとか来たことないんですか?」

「まあな。あたしは、教師の仕事以外にもやることがあってな。だから、あんまりこう言った場所に来る機会がない。休みの日は、大体家で過ごしているからな」

「そうなんですか」

「ああ。……そういや、お前たちはイオとは特別が仲が良かったな。別に、先生とつけなくてもいいぞ? ついでに、敬語じゃなくてもいい」


 と、ミオ先生がそう言ってきた。


「え、いいんですか?」


 そう言うのは未果だ。


 面白いことが好き、知らぬ間に依桜を巻き込んでいる、ということをしている未果でも、ある程度の礼節はある。

 年上に敬語を使うのは当たり前、と思っている。


「ああ。あたしは、かたっくるしいのは苦手なんだ。正直、王族とか相手にも、あたしは敬語は使わん。むしろ、あたしは使われる側だ。あれ、窮屈なんだよ。だから、問題ないぞ。まあ、しにくい、ってんなら、別に構わんが」

「やた! わたしは、ミオさん、って呼ぶよ!」


 真っ先に敬語を使うのをやめたのは、女委だ。


「なら、私も」

「……お、オレは、まあ、適当に」

「あー、俺もミオさん、と呼ぶことにします。口調に関しては今まで通りにしますが」

「そうか」


 さすがに、百歳を超えた、長寿の人とタメで話すなんて、俺にはできない。

 態徒は、単純に体育祭の件があるんだろう。

 未果と女委に関しては、おそらく同性だから、というのがありそうだ。意外と、女子はその辺り気安そうだ。


「それじゃ、まずは髪留めの方ね。たしか……可愛い雑貨が多い店があったはずね。まずは、そこに行ってみましょう」



「うーん、どれも似合いそうだから、全然決まらないわ……」


 最初に訪れた雑貨屋で、髪留めを見る。

 ヘアゴムやクリップ、リボンと、種類は豊富。

 未果の言うように、どれも依桜に似合いそうで、なかなか決まらない。


「普通に、シンプルなのもいいし、飾りが付いているのもいい……素材がいいと、なんでも似合うっていうのは困りものだねぇ」

「だなぁ。だけどよ、依桜が好きそうな物をとりあえず挙げようぜ」

「そうね。まあ、とりあえず水色が好きよね」

「あとは、可愛いものだな。動物系とかだな」

「氷の結晶とか、桜とか?」

「ふむ……あたしは、そう言うのよくわからないが……こういうのはどうだ?」


 そう言ってミオさんが手に取ったのは、水色と白のストライプ柄の髪紐。


「それいいですね。依桜は派手なのはあまり好みませんし」

「そうね。さすがに、一つだけだとあれだし、もう一つ買いましょうか。二本あった方が、万が一紛失してしまっても大丈夫でしょ」

「依桜に限って、紛失はないと思うけどな」


 貰ったものは大切にするからな、依桜は。

 なんだかんだで、俺と未果が小学生の頃に上げたものとか、未だに部屋に置いてあったしな。贈った甲斐があるというものだ。


「それじゃ、これを買って次に行くとしましょうか」


 ミオさんが選んだ髪紐をレジに持って行き、会計を済ませ、俺たちはぬいぐるみショップへと向かった。



「あー……つっかれたー……」

「態徒、だらしないぞ」


 ぬいぐるみ選びも終わり、俺と態徒は女性陣と別れて、近くのソファーに腰かけて休憩していた。

 だらしなく、ぐでーっとしている態徒を注意する。


「そうは言うけどよー、さすがに女子の買い物ってのは長いって」


 注意をすると、態徒からそんな反論がきた。


「まあ、わからないでもないが……ここは公共の場だぞ? しかも、俺たちは制服で来ているんだから、少しは周りに目を気にしろ」

「へいへい……。しっかしまあ、まさか『依桜君の下着も買って行こう!』なんて、女委が言いだすとは思わなかったぜ」

「……それは、俺も予想していなかった」


 一応、俺たちが休憩している理由は、今態徒が言ったこともある。

 ついさっき、他にも何かいいものがないか、と見回っている時に、女委がそう言いだしたのだ。

 なぜ、下着をチョイスしたのかはわからないが。

 だが、さすがに俺たちもついて行く、なんて言えるわけがない。

 さすがに、ランジェリーショップに入る勇気はない。

 ……考えてみれば、よく依桜は入れたな。


「ちょっと、オレたちも歩くか?」

「疲れた、とか言っていたのにか?」

「それはそれ、これはこれだ! まあ、あれだ。暇だしよ」

「……ま、そうだな。俺たちも――っと、ん?」


 行こうと言い終わる前に、携帯が二、三度ほど震えた。


「どーしたー?」

「いや、未果からLINNが来た」


 なんだろうと思いつつ、メッセージを開く。

 そこには、


「『至急、ランジェリーショップ近くに来て』? なんだ?」

「至急ってことは、何かあったんかね?」

「……かもな。とりあえず、行くぞ」

「おう」


 何か起こったかはわからないが、とりあえず急いだほうがよさそうだということで、俺と態徒は、急ぎ目で未果たちのところへ向かう。



 近くに来ると、何やら人だかりができていた。

 人が多くて、先が見えない。


「なんだこりゃ?」

「さあな。……とりあえず、先に行くぞ」

「おうよ」


 謝りつつ、俺たちは人だかりの中心へと向かう。

 そして、少し苦労はしたものの、中心へ到達。

 人だかりの中心には……


『いでででででで! ゆるひて! ゆるひてくらはい!』

「ふむ。うちの生徒……というか、愛弟子の友人に手を出しておきながら、許して? 寝言は寝て言え」


 一人の男を顔面アイアンクローで持ち上げつつ、床に倒れ伏している男に足を乗せていた。

 ……あー、これはどういうことだ?


「あ、晶、態徒!」


 すると、俺と態徒に気づいた未果が駆け寄ってくる。


「未果、これはどういう状況なんだ?」

「じ、実はね……」



 晶たちと別れた後、未果たちはランジェリーショップに行っていた。


 どういうわけか、女委が『下着を買おう』と言い出したためだ。

 未果は呆れつつも、反対はしなかった。ミオに関しては、特に異論はないという反応。

 そこそこの時間をかけ、依桜に贈る下着を選び終えて、ショップを出ると、ミオは一旦トイレへ。

 そして、ミオが戻ってくると、


『おー? えらく可愛いじゃねぇか。なあ、嬢ちゃんたち、暇なら俺たちと遊ばねぇか?』

『きっと楽しいし、気持ちいいぞぉ?』

「私たち、行くところがあるので、失礼します。行くわよ、女委」

「うん」


 と、何やらガラの悪い男二人が、未果と女委をナンパしていた。

 これを見てわかる通り、依桜、未果、女委はナンパに遭いやすい。遊園地の時もそうだった。

 さて、ナンパに遭った未果と女委は落ち着いたもので、一言言ってから離れようとした。

 のだが、男たちは食い下がり、


『おいおい、連れねぇなぁ。ちょっとくらいいじゃねーかよ』

「きゃっ」


 未果の腕を掴んでいた。

 気が付けば、もう一人の方も女委の腕を掴んでいた。

 どう見ても、嫌がる美少女に無理矢理迫っているチンピラ、という図だが……そんなことよりも、それを見ていたミオが何も思わないわけがなく。


「おい、クソガキ共。なにしてやがる?」


 音もなく男二人の背後に立ち、殺気が籠った声音で言う。


『『うお!?』』


 突然現れたミオに驚き、男二人が飛びずさる。


『だ、誰だ!? ……って、ほぉ、えらく上玉なねーちゃんじゃねえかよ』

『こりゃツイてるぜ!』


 と、男たちは、ミオの美貌を見て上機嫌になるが……ツイてるわけはなく、むしろ、ツイてない。そう、未果と女委は思った。


「はぁ? 何言ってんだ、気持ち悪いな。いいから……何したか言ってみろ」


 そう言うと、ミオは一瞬で距離を詰めて、一人を脳天チョップで一発KOし、もう一人の男に対して、顔面アイアンクロ―をした。

 この師匠にして、依桜ありだ。

 ただ、依桜よりも無駄のない動きだが。



「――ってことがあってね」

「「うわぁ……」」


 マジか……。よりにもよって、未果と女委に手を出したのか。

 それは、ミオさんも怒るな。


「……つか、最近ナンパって流行ってんの? 依桜と遊園地デートした時も、依桜絡まれてたしよ」

「どうなのかしらね。……まあ、少なくとも、ミオさんと依桜のどちらかがいただけで、最悪の事態になる可能性は限りなく低いわ」

「そりゃそうだ」


 世界一安全な場所だと思う。



 あの後、警備員の人がやってきて、事情を聴かれた。

 だが、悪いのは男たちだったので、俺たちは何の問題もなくすぐに開放。買い物を続行した。


 そう言えば、男たちが、かんざ……なんとか、と言っていたのが少し気になったが……ま、何も問題はないだろう。


「さて、アクシデントはあったけど、買い物は終了ね。あとは、本番当日まで待つだけ。絶対、喜ばせるわよ」

「「「「おー」」」」


 この、『おー』にちゃっかりミオさんが混ざっている辺り、ノリがいいな、と俺たちは密かに思った。

 依桜、喜んでくれるといいな。

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