第203話 スキー教室6

「んっ……ふぁあぁぁ……はぁ、よくね……た!?」

「すぅ……すぅ……」


 い、今ありのまま起こったことを話すぜ。

 朝起きたら、私の腕が依桜に抱きかかえられていたぜ。

 天使だとか。女神だとか。ケモロリっ娘だとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ。

 もっと恐ろしい、依桜の凶悪なおっぱいの片鱗を味わったぜ……。


 ……なんて、キャラ崩して、ふざけてみたけど……え、どういうこと、これ。


 私が朝起きて固まっている理由。


 まず、いつも通りに目が覚めて、あくびをした。

 そこまではいい。そこまではOK。


 で、何やら、右腕がすごーく柔らかくて、幸せな感触に包まれてるなぁ、と思って、首を右に向けたら……依桜が自分の胸元に私の腕を持って行って、そのまま抱きしめていた。


 うん。何でこうなってるの?


「すぅ……すぅ……んぅ……えへへぇ……」


 くっ、可愛いじゃないの……!


 にへら、と言った感じに、依桜が緩み切った笑顔を浮かべる。


 あー、マジ可愛いー。すごく癒される。

 癒されるわー……。


 ……よし。現実逃避はやめよう。

 現実を直視しろ、私。


「……ああ、やっぱり……」


 依桜が大変なことになっていた。


 結局、依桜は浴衣で寝た。


 ちなみに、依桜の左側にいるのが、私。その反対側には、女委がいる。

 まあ、そんなことはこの際どうでもいいわ。


 問題は、今の依桜。

 浴衣で寝たのはさっき言った通り。

 そして、私の腕を抱きしめていると言うことは……。


「うわぁ、すっごいはだけてるー……」


 ものすごくはだけてました。


 まず、胸なんて、元々前をしめきれなかったから、依桜の真っ白で柔らかそう……というか、実際柔らかい豊かすぎる双丘がバッチリ見えてる。


 それに伴い、お腹も見えちゃってるのよね……帯、解けかけてるもの。

 そして、健康的な太腿。やはり、真っ白。美脚ね。うん。綺麗。

 そんな美脚も、はだけているせいで見えてる。


 ……というか、今気付いたけど、この娘、両足で私の足を挟み込んでるじゃない。道理で柔らかいし、すべすべしてると思ったら……。


 いや、正直すごく幸せなんだけど。


「えへへぇ……みかぁ、だぁいすきぃ……」

「――ッ!?」


 バッ! と、依桜の顔を見る。


 ね、寝てる……え、今の寝言?

 というか、なんで私?

 なんか、寝たままの依桜に告白されたんだけど。

 唐突な告白に、一瞬心臓が跳ねた。


 くっ、依桜のくせに生意気な……。

 ……寝言だとわかっているのに嬉しいと思っているのは、なんか負けた気分になるわ……。

 あぁ、今の私、絶対顔赤いわ。真っ赤だわ。完熟トマトだわ。

 寝言とわかっているのに、こうも赤くなるなんて……さすが依桜。侮れない……。


「……それにしてもこれ、どうすればいいの?」


 こんっっなに気持ちよさそうに寝ている依桜を起こすとか、私にはできないわ。


 普通に可哀そう。


 しかも、大好きなんて言われたから余計。


 ……ええ、わかってるわよ。あれが本気じゃないと言うことくらい。でも、嬉しいじゃない? 一応私、依桜のこと好きだし。


 好きな相手から、寝言とはいえ、大好きなんて言われれば、ね? しかも、甘えたような声だったから余計。


 あああぁぁぁぁ……可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!


 あーだめ。頭の中依桜だわ。依桜以外考えられないわ。


「んー……ふぁあぁぁ……あー、よく寝たぜーい。って、未果ちゃんどしたの?」

「あ、め、女委。じ、実はこうなってて……」

「んー? ああ、依桜君。……ほう! エロい! さすが依桜君エロい!」

「……朝起きて早々それ?」

「もち! 今のうちに写メっとこう」


 そう言うと、寝起きとは思えない機敏な動きで、女委がスマホを取り、ぐっすり天使のような寝顔で眠っている依桜の写真を撮る。


「ふむ。はだけた美少女が、別の美少女に甘えるように抱き着いているのはいいねぇ。ポイント高いぜ、未果ちゃん!」

「……あなたの頭の中、ほんとどうなってるの?」

「え? BLとGL」

「……将来が心配だわ」


 バイなのは知っているけど、頭の中がBLとGLっていう、圧倒的同性愛脳なのは、本当に心配になるわ。友達として。

 いや、別に否定する気じゃないけど。


『んっ~~~~はぁ……おはよう~……って、うわ! 朝から百合百合しい光景が!』

『どうしたの、志穂―……って、おおう!? こ、これはっ……なんて尊い光景!』


 ここで、愛希と志穂が起きた。

 そして、私と依桜の状況を見るなり、テンション高くそう言っていた。

 心なしか、悪い笑みを浮かべてない?


「んんぅ……ぅ~?」


 はい、依桜が起きました。


「はれぇ……? 未果だぁ……未果がいるぅ……」


 とろんとした目で、そんなことを言ったと思ったら、


「ぎゅ~~~……!」

「ちょっ、い、依桜!?」


 依桜が突然抱き着いてきた。

 さっきまでは腕と足に抱き着いているだけだったのに、今度は全身に抱き着いてきたんだけど!


 ええ!? や、柔らかい! いい匂い! というか、吐息がマジで甘い匂いすんだけど!


 どうなってるのこの娘!?


 同性の私ですら、依桜の胸に目が行くんだけど!


 むぎゅ~っと形を変える、大きくて真っ白な胸が、強く抱きしめるほどに密着する。

 こ、この時ばかりは女でよかった! 男だったら、本当に何するかわからなかったわ! 絶対襲ってたわよ!

 てか、抱き着きだしたら、すごい幸せそうな寝顔しだしたんだけど!


「ふふふー、未果ちゃん、幸せそうだねぇ?」

「ちょ、そんなこと言ってないで、依桜を起こして!」

「えー? この光景が素晴らしすぎて、起こしたくないなー」

「そう言わないで、お願い!」

「うーん、結構いい資料なんだよねぇ、今の未果ちゃんと依桜君」

「その気持ちはわからないでもないけど、この状態は本当にまずいわ! いつ私の理性消し飛んでもおかしくないのよ!」

「同人作家的には、それは見てみたいけど……まあ、仕方ないね。時間に贈れちゃったら元も子もないもんね。じゃあ、どうにかしてあげよう」


 ようやく、女委が動いてくれた。

 くぅ、人の気も知らないで……。

 明日、女委が同じ目に遭えばいいのに。

 ……うん。そう祈ろう。


「依桜くーん。朝ですよー。起きてくださーい」

「……ん……あしゃ?」

「うん。あしゃ」

「…………ふぇ?」


 うっすらとしていた目が、一気に見開かれると、女の子になってから聞くような声が漏れていた。

 そして、わなわなと震えたと思ったら、


「あわわわわわわ! ご、ごごっごごごごめんなさいぃぃぃ!」


 ボフンッ! みたいな音が聞こえてきそうなほど、顔を真っ赤にさせ、吹っ飛ぶように私から離れた。


「あー、依桜。気にしてないからいいわよ」

「ほ、ほんと……?」


 潤んだ瞳に上目遣いで恐る恐ると言った感じに尋ねてくる依桜。

 一々可愛いわね、こん畜生。


「ほんとほんと。と言うか、依桜。服、直した方がいいわよ」

「服……? ~~~ッきゃああああああああああああ!」


 ただでさえ赤かった顔が、さらに真っ赤になり、朝から依桜の悲鳴が旅館に響き渡った。



「あぅぅ……」


 朝食。相変わらず、依桜は顔が赤い。


「依桜、いつまで赤くなってるのよ」

「だ、だってぇ……」

「だっても何も。私は気にしてないわよ?」

「み、未果が気にしなくても、ボクは気にするんだよ……」


 まあ、とんでもなくはだけた姿だったからね、依桜。

 一応、下着は着けていたけど、真っ白な胸とか、ぷにぷにしてそうなお腹とか、すらっとした脚とか、色々と見られてたわけだしね。

 ちなみに、下着の色は、水色でした。可愛いわね。


「なんかあったのか?」


 私たちの様子を見て不思議に思った態徒が、私たちに尋ねてきた。

 晶も不思議そうにしている。


「いや、まあ、色々とね……」


 正直、朝のあれを言うわけにはいかないわ。

 あの、依桜の可愛すぎるあれはね……。

 特に、告白に関しては絶対に言えないわ。

 あれは、私の脳内メモリーに大切に保存しておくわ。


「そうか。まあ、依桜が同室だからなぁ、色々あるだろ」

「なんでボクが何か起こす前提みたいに言ってるの?」


 まあ、依桜だし。

 私と同じことを思ったのか、誰一人として何も言わなかった。


「ねぇ、なんで誰も何も言わないの? なんで、目を逸らすの?」


 やっぱり、誰も答えなかった。

 いやまあ、依桜がいたら、大体何か起きるもの。

 正直言えないでしょ、何も。

 ……強く生きて、依桜。



 朝食を終えて、ボクたちは外に出てきていた。

 もちろん、今日もスキー、もしくはスノーボードです。

 昨日はやりすぎちゃったからね。今日は自重しないと……!

 心の中でそう思いながら今日も滑った。

 そして、またしてもというか、アクシデントが発生しました。



「うわっ、わわわわ! あ~~~~~!」

「女委!?」


 女委がコースから外れて雑木林の中に突っ込んでいってしまった。


「しまった、あの先はまずい!」

「い、伊藤さん、あの先って何かあるんですか?」

「あ、ああ。実は、この先には崖があって……しかも、その下には熊がいるんだ」

「「「「ええ!?」」」」


 伊藤さんの説明に、ボクたちは驚愕の声を出した。

 それと同時に、大事な友達が崖の方へ行ってしまったとあって、かなり焦る。


「とりあえず、僕は先生方と救助隊の方に連絡する。君たちは――って、男女さん!?」


 救助隊なんて待ってられない!

 そう思ったボクは、スノーボードからブーツを外すと、そのまま女委が滑っていった方へ走り出した。

 伊藤さんの慌てた声が聞こえてきたけど、今はそれどころじゃない!

 ボクは向こうでの経験を活かして、雑木林に入っていった。



「まずい……二人も向こうに行ってしまった……」


 と、伊藤さんが焦るが、


「依桜が行ったし、大丈夫だな」

「そうね。少なくとも、あのスピードなら追いつくんじゃないかしら?」

「気長に待つか」

「き、君たち、大事な友達が危ないところに行ったというのに、なんでそんなに平然としているんだい!?」


 俺たちの様子を見た伊藤さんが、まるで……いや、本当に怒ったようにそう言ってきた。

 いや、心配な気持ちはあるが……


「依桜に任せておけば大丈夫です、伊藤さん」

「し、しかし、あの娘も高校生だろう? 冬眠しているとはいえ、熊に遭えば……」

「いやいや、依桜はかなり強いですよ? ああ見えて」

「つ、強い?」

「少なくとも、武装した集団を殲滅できるくらいには」

「それは、何処の化け物だい?」


 まあ、それが普通の反応だよな。

 何も知らない人からしたら、素っ頓狂な話に、伊藤さんは一瞬呆けるものの、すぐに我に返り、連絡をしだした。

 ……依桜のことだし、大丈夫だろう。



 雪が降り積もる雑木林を全力疾走……しているわけではなく、ボクは木の上を移動していた。


 試しに雪の中を進んでみようとしたんだけど、足どころか、腰まで埋もれてしまったので、すぐに木の上から行く方へシフトチェンジした。

 その結果、かなりスムーズに移動することができている。

 これも、『立体機動』のおかげかな。


 木の枝から枝へと、まるで忍者のように移動していると、滑り続けている女委を発見。


「女委―!」


 大声で、女委を呼ぶと、


「あ、い、依桜くーん! ここだよー!」


 まさかの、ボクを見ながら叫んでいた。


「よ、余所見は危ないから、前見て前!」

「あ、ごめんね!」


 謝ってから、女委が再び前を向いて滑る。


 幸いなのは、女委の運動神経が悪くなかったことと、スノーボードの経験があったこと。それから、木々が変に入り組んでいなかったこと、だね。そのおかげで、なんとかぶつからずに済んでいる。


 でも、この先には崖があると言っていたので、ボクはさらにギアを上げる。

 そして、みるみるうちにボクと女委の距離が縮まっていく。


 だけど、ここで嫌な出来事が発生。


「あ。……うわああああああああああああああ!」


 ついに、女委が崖に飛び出してしまった。

 それによって、女委が落ちていく。


「くっ、このままじゃ……仕方ない」


 ボクは『身体強化』を使用。

 倍率は五倍。

 それにより、ボクの体に力が漲ってくる。

 それを感じてから、ボクは木の幹に立つようにし、思いっきり蹴った。

 まるで弾丸のようにボクは直進していき、


「女委!」

「うわっ、い、依桜君ナイスキャッチ!」


 落ちる前に、なんとか女委をキャッチすることに成功。

 そして、地面がどんどん近づいて行き……ドンッ! と言う音と、雪煙を上げながら、ボクは上手く着地した。


「はぁぁぁぁ……あ、焦ったぁ……」


 ボクは地面に着した直後、大きなため息を吐きながら、地面に座り込んだ。


「いやぁ、ありがとう、依桜君。助かったぜ!」

「……もぉ、素直になってもいいんだよ、女委」

「にゃ、にゃははー……やっぱり、依桜君にバレてたか」


 なんて、おどけるように言う女委だけど、ボクにしがみついている女委はぶるぶると震えていた。

 それに、顔も青い。

 普通の人間、それも高校一年生の女委が崖から落ちるなんて死に目に遭ったら、これが普通の反応だよ。


「こ、怖かったよぉ、依桜君……」

「よしよし。怖かったね。もう大丈夫だよ」


 恐怖に震えている女委の頭をボクは撫でる。

 頭を撫でられるのって、なんだか落ち着くからね。

 だから、恐怖を和らげてあげないと……。


「ありがとう、依桜君」

「友達だもん。当然だよ。……まあ、正直なところ、もうちょっと危ないことになってるんだけど」

「え?」

「いや、うん。今ので、ね……」


 ボクは、『気配感知』に引っかかっている反応を女委に言う。


「熊さんが、起きちゃった」


 そう言った直後、


『グルルルル……』


 熊さんが現れた。


「Oh、Jesus……」


 突然現れた熊さんに、女委は外人風の反応をした。

 うん。気持ちはわからないでもないです。

 昔のボクだったら、迷わず逃げたよ。

 ……いや、熊さんに背中を向けて逃げ出すのは悪手なんだけど。


『グルルルル』


 うーん、あれ、どう見ても逃がす気はない、よね?

 威嚇してきてるもん。


「あー、女委、ちょっと下がってて」

「あ、うん」


 ボクは女委に後ろに下がってるよう指示して、熊さんの前へ。


『ガアアアア!』


 目の前に歩いてきたボクを見て、熊さんがボクに襲い掛かって来た。

 体長は二メートルくらいの大型の熊さん。

 その熊さんは、右前足を振りを降ろしてきた。

 だけど、


「危ないですよ、熊さん」


 ボクは易々と熊さんの攻撃を受け止めた。

 まあ、こっちの世界の猛獣には負ける気しないよ、ボク。

 向こうの魔獣とは大違いですとも。


『グオ!?』


 まさか受け止められるとは思っていなかったのか、熊さんは驚いたそぶりを見せる。


「ごめんなさい、熊さん。ちょっと騒がしくしちゃって」


 謝りながら、ボクは熊さんの腕をそっと下ろす。


『ぐ、グオ?』


 ボクの行動を不思議に思ったのか、首をかしげる。


「えーっと、ボクたちはこれで帰るから、寝床に……」


 と、言いかけたところで、


『グ、オォォ……』


 どさっと熊さんが倒れた。


「ええ!? く、熊さん!?」


 慌てて近寄るボク。

 そして、『鑑定(下)』をかけると……飢餓、衰弱となっていた。さらに、雌と表示されている。


「え、これって……」

「どうしたの、依桜君」

「いや、この熊さん、どうやらお腹を空かせているらしくて……」

「そう言えば、この時期は冬眠中だったよね? でも、熊って自分の寝床に食べ物を蓄えておくはずだよね?」

「うん。そのはずなんだけど……」

『へっ、へっ……』


 見れば、熊さんはかなり衰弱してしまっているみたい。

 よく見れば、体はやせているように見える。

 ……もしかして、襲い掛かって来たのって、空腹をどうにかするため?

 だとしたら、放っておけないなぁ……。


「女委、とりあえずこの熊さんを巣に戻してもいいかな?」

「うん。ここまで弱ってると可哀そうだもんね」

「ありがとう。じゃあ失礼して、っと」


 ボクは熊さんを持ち上げると、そのまま巣穴に入っていった。



「……これは」

「……あれだね」

『きゅぅ……』

『くぅん……』


 巣穴である洞窟に入っていくと、そこには二匹の子熊さんがいた。

 どうやら、子持ちだったみたい。


 ……なるほど。自分のためじゃなくて、子供ために襲ったんだ。

 それに、奥を見ると、食料はあるにはあるけど、もう少しでなくなりそうなくらい心許ない。

 少なくとも、この冬を乗り切るのは難しいレベルで。


「依桜君、どうにかしてあげられない……?」


 この様子を見た女委が、ボクにそう訊いてくる。


「できるよ」

「本当?」

「うん。ほら、前に見せた『アイテムボックス』を使えば」

「あ、そういえば、何もないところから、いろんなものを出せるんだっけ?」

「そうだよ」

「ねえ、依桜君。それで、助けてあげられないかな……?」

「大丈夫だよ。ボクだって、これを見て何も思わないわけないよ。ちょっと待ってね」


 ボクは目の前に『アイテムボックス』の入り口を作る。

 そしてそれを、逆さまに設置し、入り口を広げる。

 そこに、少しだけ手を入れて、この冬を乗り切るくらいの木の実や果物類を生成……すると、まるで雪崩のように大量の木の実や果物が出てきた。


「うっ、くぅ……」


 かなりの量なので、相当な魔力を消費することになってしまった。

 それによって、脱力感のようなものがボクの体を襲ってきた。


「い、依桜君、もういいんじゃないかな?」

「そ、そうだね」


 山のように積みあがった木の実や果物を見て、女委がそう言ってきたので、ボクも『アイテムボックス』の中で生成し続けるのをやめて、入り口を閉めた。


「おー、すごい出したね、依桜君」

「ま、まあね……はぁ……久しぶりに、こんなに魔力を使ったよ……」

「む、無理言ってごめんね、依桜君」

「いいよ。さっき、『身体強化』も使っちゃったから、それもあるよ。だから、女委が謝らなくてもいいよ」

「でも、わたしがこんなところま滑ってきちゃったからだし……」

「いいのいいの。不可抗力だもん。とにかく、女委が無事でよかったよ」

「依桜君……」


 あれ、なんだか女委の顔が赤いような……?

 それに、妙に熱っぽい視線を感じる……。

 どうしたんだろう?


『きゅう……』

『くぅん?』


 と、子熊さんたちが、ボクたちをじーっと見てきていた。

 あ、えっと、これはあれかな。食べてもいいのかわからないから、ボクたちを見てる、のかな?

 ここはとりあえず……。


「はい、どうぞ」


 二つほど果物を手に取って、子熊さんたちの前に差し出す。

 最初はじーっと見ていたけど、やがて鼻先を近づけて匂いを嗅ぎ、食べ始めた。


『『はぐっ、はぐっ』』


 よほどお腹がすいていたのか、ものすごい勢いで子熊さんたちが果物を食べ始めた。

 なんだか、すごく和む光景だなぁ……。

 可愛い。


『グ、オォ……』


 と、親熊さんが目を覚ました。

 それを見たボクは、さらにもう一つ果物を手に取ると、親熊さんの前に持っていく。


『グオ?』

「食べて」


 笑顔を浮かべてそう言うと、親熊さんが恐る恐ると言った様子だけど、果物を食べ始める。

 親熊さんの方も相当お腹がすいていたみたい。

 子熊さんよりもものすごいスピードで果物を食べていく。


「すごい食欲だね、依桜君」

「うん。そうだね」


 なんとなく、その光景を眺めるボクたち。

 いいね、野生の動物が食事をしている光景は。

 しかも、親子でだから余計に。

 ……和む。


 と、しばらく食事風景を眺めていると、


『グオ……』

「あれ、どうしたの?」


 親熊さんがボクの方に寄って来た。


『グゥゥ……』


 すると、頭をボクの体にこすりつけてくる。

 なんだか、甘えているような感じ。


「依桜君、懐かれたんじゃないの?」

「え、そうなのかな?」


 女委のそう言われて、熊さんたちを見る。

 気が付けば、子熊さんたちも、ボクの足元に来て、じゃれつくようにくっついてきた。


「ね?」

「う、うーん、なんだかこそばゆいなぁ……」


 まさか、野生の熊さんに懐かれるとは思わなかったので、どう反応していいのかわからない。

 なんて、苦笑いを浮かべていたら、ぺろりと、親熊さんが舐めてきた。


「あはは、くすぐったいよ」


 ぺろぺろと、犬のように舐めてきて、そのくすぐったさに、思わず笑ってしまった。

 そして、マネをしたのか、子熊さんもボクを舐めてきた。


「おー、依桜君って、動物にもモテるんだねぇ」

「も、モテてるわけじゃないよぉ」


 と言うものの、ボクはすごく癒されていた。

 あぁ、なんて癒されるんだろう、この状況。

 可愛い親子の熊さんたちに囲まれるなんて……この時ばかりは、異世界に行っててよかったと思えるよ……。

 ありがとうございます、学園長先生。



 そして、しばらく熊さんたちと戯れると、


「依桜君。そろそろ戻らないと、心配させちゃうよ」


 女委がそう言ってきた。


「あ、そうだね。そろそろ戻らないと……」


 そうだった。

 もともと、女委が雑木林の方に行ってしまったから、助けるために来てるんだった……。


「ごめんね、そろそろボクは行かないと……」


 申し訳なさそうに熊さんたちに言うと、


『グゥゥ……』

『くぅん……』

『きゅぅ……』


 ものすごく、悲しそうな目を向けてきた。

 まるで、捨てられた子犬のような目を。

 うっ、や、やめて! そんな目で見ないでぇ! お別れしにくくなっちゃうよぉ!


「ボクだって、もっといたいんだけど……ごめんね、行かなきゃいけないの」


 なるべく笑顔を浮かべならがそう言うと、すごく悲しそうな表情になる熊さんたち。

 やめてぇ……そんな顔しないでよぉ……寂しくなっちゃうよ……。


「依桜君、臨海学校と林間学校でまた来ることになるんだし、その時にまた会いにくれば……」

「そ、そう、だね……」


 女委の言葉で、納得するボク。

 ……いや、納得したふりだ。

 だ、だって、こんなに可愛い熊さんたちが懐いてくれたんだもん……お別れしたくないなぁ。

 ついさっき会ったばかりといえど、仲良くなったことに変わりはないから。

 はぁ……連れて帰れたらなぁ……。


「さあ、行こう、依桜君。わたしも寂しいけど、行かないと」


 女委の言うことはもっともだ。

 これ以上ここにいると、みんなを心配させてしまう。

 だから、お別れしないと……。


「う、うん……。みんな、また来るからね……バイバイ!」


 そう言い残して、ボクたちは熊さんの巣穴から出ていった。

 後ろから、悲しそうな鳴き声が聞こえてきたけど、振り向かず、ボクたちは巣穴を出ていった。


 この後、ボクたちは無事、元の場所に戻ることができた。

 伊藤さんが、すごく驚いていたけど。

 熊さんたち、元気でね。

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