第202話 スキー教室5

「うぅ、酷い目に遭った気分だよぉ……」


 お風呂から上がり、脱衣所で着替えながら、ぽつりと呟く。


「まあまあ、胸を揉まれただけじゃない」

「だけ、じゃないよぉ……あれ、本当に変な気分になるから嫌なんだよ……」


 なんか、頭の中が真っ白になりそうになるし……。


「まあ、女の子だしねぇ、依桜君」

「どういう意味?」

「文字通り」


 やっぱり、女委たちが言うことがわからない時がある……。

 いつも、どういう意味で言ってるんだろう?


「依桜、浴衣なのね」

「あ、うん。あんまり着る機会がないからいいかなーって」

「でもたしか和服って、胸が小さい人の方が似合うよね」

「そ、そうなの?」

「そう言えばそうね。まあ、大きくても似合うんじゃないの?」

「そ、それならいいんだけど……」


 そっか、胸が小さい方が似合うんだ。

 ……あれ、そう考えたらボク、似合わない?

 いや、でも、一応着よう。

 とりあえず、浴衣を着るんだけど……


「あ、あれ? 胸が……」


 なかなか、前をしめられない。


「「ま、マジですかー」」


 二人が、この世のものではないものを見た、みたいな反応をしてきたんだけど。


「ふ、二人とも、こ、これはどうすれば……?」

「あー、うん。多少見えるくらいならしょうがないんじゃない?」

「いや、しょうがなくないよね!? さすがに、胸が見えるのは恥ずかしいよぉ!」

「でも、学園祭とか、体育祭とか、冬〇ミとかですでに恥ずかしい姿になってるよね?」

「あぅっ」


 そ、そうだった!

 ボク、すでに何度も恥ずかしい格好を晒しちゃってたよぉ!

 で、でも、それとこれとは別で……。


「まあしょうがないんじゃない? これ以上大きいのとなると、依桜じゃぶかぶかで、余計にまずいことになりそうだし」

「だね。それに、着替えはあっちにおいて来ちゃったんでしょ?」

「う、うん」

「諦めなさい。とりあえず、それで戻るわよ」

「……うん」


 仕方なく、この姿で戻ることになりました。

 うぅ、恥ずかしい……。



『おー、依桜ちゃん、エロいねぇ』

『うんうん。お風呂上りだから余計にエロいよ! 特に胸元!』

「そ、そう言うこと言わないでぇ!」


 部屋に戻ってくるなり、玉井さんと神山さんに、そんなことを言われた。

 恥ずかしいから、本当にやめてほしい……。


「それで? 依桜、着心地の方はどうなのよ?」

「む、胸が見えちゃってることを除けば、結構楽」


 浴衣って結構楽なんだね。

 胸が見えちゃっていることは恥ずかしいけど、浴衣自体は着心地がいい。

 嫌いじゃないです。


「そう言えば依桜君、知ってる?」

「何が?」

「浴衣って、下着つけないんだよ?」

「……え、そ、そうなの!?」

「ああ、そう言えばそうらしいわね」

「じゃ、じゃあ、お祭りとかでよく見かけるのは……?」

「あれは、ちゃんとつけてるから。浴衣はもともと、お風呂上りに羽織るために作られたもので、暑い季節に涼しく、快適に寝るための、今で言うパジャマだったのよ。だから、部屋着前提だったから、つけないらしいの」

「な、なるほど……」


 そうだったんだ。

 そうなると、昔の人からしたら、浴衣で出かけている人は不思議な気分になりそうだよね。


「あ、ちなみに、本来だったら、普通のブラジャーだと、あんまり綺麗に見えないみたいだよ」

「そうなんだ」

「着物を着る時は、胸の膨らみを抑えて、腰は寸胴の方がシルエット的には美しいんだよ」

「……あれ、じゃあボクに合わなくない?」

「いや、どういうわけか、似合っちゃってるのよ、依桜。元がいいからじゃない?」

「そ、そんなにいいとは思えないけど……」


 どうなんだろう。


「ま、依桜を褒めても、本人はお世辞としか思ってないから、無駄よね」

「え、お世辞じゃないの?」

『全然違うから』


 みんなに言われた。

 あれ、お世辞じゃなかったの……? てっきり、ずっとお世辞だと……。


「で、でも、そこまで可愛くない、と思うんだけど……」

「……これだものね」

「まあ、依桜君だし、むしろ『可愛いでしょ、ボク』なんて言って来たら、微妙な気分になるけど」

『たしかに。依桜ちゃんは、鈍感で謙虚だから可愛いわけであって、そんなこと言って来たら、全然可愛くないよね。いや、容姿はすごく可愛いけど』

『外見が整ってても、中身が悪いと、嫌われちゃうからね』

「その点、依桜って本当に性格いいわよね。鼻にかけないし、謙虚だし」

「ここまで完璧な美少女もいないよねー」

「び、美少女じゃないよ?」

『……』


 なんで無言?

 ボクって、そんなに美少女? 美少女じゃない、よね?

 可愛い可愛い、とはよく言われるけど、そこまででもないと、いつも思うんだけどなぁ……。


「……まあ、こんなものだし、そろそろ寝ましょうか」

「そうだね。わたしも疲れちゃったし」

『賛成』

『私もー』


 なんだろう。スルーされた。

 ボク、そんなに変?

 そんなボクをよそに、みんなは布団を敷き始めた。



 布団を敷き終え、とりあえず電機は着けたままで布団に入る。


『恋バナしよー』


 と、いきなり玉井さんがそんな提案をしてきた。


「いいわね。私も少ししたいわ」

「わたしも」

『女の子なら、当然!』


 恋バナが始まった。


「それで? 愛希は?」

『んー、やっぱり、小斯波君かな』

「まあ、妥当よね。晶、依桜で埋もれててあれだけど、そこそこ料理できるし」

『へー、そうなんだ。じゃあ、未果は食べたことあるの?』

「ええ。依桜が風邪で寝込んで、看病した時にね」


 あ、あの時、晶が料理作ってたんだ。


『いいなー。それで、美味しかったの?』

「ええ。普通に美味しかったわ」

『小斯波君って、他の男子と違って、スケベな行動もしないし、むしろ注意するからいいよね』

「わからないよー、単純にむっつりなだけかもしれないよ?」

『それはそれであり。少なくとも、表に出てなきゃいいよ』

『わかるわかる。がっついてないのがいいよね』

「こうしてみると、晶は人気があるのね」


 未果の言うことに、ボクもなんとなく頷く。


 女の子になってからと言うもの、よく耳にするのは、晶のこと。

 かっこいい、とか、優しい、とかね。


 まあ、晶って本当に性格いいもん。


 ボクが女の子になっても、いつもと同じように接してくれるし、変に態度を変えないし。


 まあ、それを言ったらみんなもそうなんだけど……特に、晶がそう。


 態徒と女委は、いつも通りと言えばいつも通りだけど、なんかね……。


 未果は、幼馴染だからあまり変わってないように見えるんだけど……なんかこう、裏があるような……みたいに感じる。


『それで、未果と女委ちゃんは?』

「私? 私は……そうねぇ……依桜かしら?」

「ふぇ!?」

「あ、わたしもー」

「な、ななななななに言ってるの二人とも!?」


 突然、ボクのことが好き、みたいなことを言われて、びっくりしてしまった。

 か、顔が熱い!


「んー、だって、身近にいたわけだし、なんだかんだで一番落ち着くのよね、依桜といるのは」

「うんうん。依桜くん。優しいし、可愛いし、笑顔とか天使みたいじゃん?」

「は、恥ずかしいこと言わないでよぉ!」

『あれ? 依桜ちゃん、顔真っ赤だよ?』

『お、もしかして、脈あり?』

「ち、違うよ!? ぼ、ボクは別に、二人のことが好きなわけじゃ……」

「あら? 別に、好きな人、とは言ってないわよ?」

「……ふぇ?」

「うん。恋バナ、とは言っても、誰が好きな人、見たいには言ってないもんねー」

「ふぇ!?」

「なのに、なーんで、依桜はそんなに真っ赤なのかしらー?」

「気になるなー」

「~~~~ッ! 知らないっ!」


 自分の発言や、状況が恥ずかしくなって、ボクは不貞腐れるように、布団をかぶった。


「ごめんって、依桜が可愛くてついね」

「いいもんいいもん! どうせからかわれるだけだもん!」

「ごめんね。やっぱり、依桜君の反応が可愛くて……あ、好きなのは本当だよ?」

「……ど、どうせ、友達としての好きでしょ?」

「……さーて、それはどうだろうねー」


 ……え、何今の反応。

 なんか、ちょっと変なセリフが聞こえたんだけど……。

 そろーっと布団から顔を出す。


「お、出てきたー」


 そう言う女委の顔は、少し赤いように見えた。


「じゃあ、次は依桜君の番ね」


 顔を出したボクに、照れ笑いを浮かべながら、女委がそう言ってきた。


「ぼ、ボクの番?」

「そうそう。だって、わたしたちは言ったしー。だから、聞きたいんなー、依桜君の恋バナ」

「そ、そうは言うけど……」

「あ、私聞きたいわ、依桜の恋バナ」

『私も気になる』

『依桜ちゃんって、あんまりそう言うの話さないし聞きたい』

「え、じゃ、じゃあ、少しだけ……」

『おお』


 好きな人、好きな人……。

 う、うーん……好きな人……。


「恋愛感情があるかはわからないけど……少なくとも、未果と女委、あとは師匠。それから、美羽さん、とかは好き、かな……?」

「「お、おうふ……」」


 ボクが少なからず好意を持っている人の名前を言うと、未果と女委が変な声を出して胸を抑えた。

 どうしたの?


『依桜ちゃん、もしかして女の子が好き?』

「ど、どうなんだろう……?」

『いつも一緒にいる小斯波君と、変態は好きじゃないの?』

「うーん、二人も確かに好きだけど……友達としての感情だよ?」


 どういうわけか、あの二人にはそれくらいの感情しかない。


『と言うことは……依桜ちゃんって、恋愛対象は女の子ってことになるよね?』

「そ、そうなの、かな……? たしかに、たまにドキドキしたりする時もあるし、妙に赤面させられる時があるけど……」


 その辺りは、よくあることなんじゃないの?

 ボクだって、最近自覚したくらいだし……。


『あー……うん。依桜ちゃんはそのままでいいと思うよ』

『うん。いつか気付く時が来るよ』

「気付く?」

「依桜、とりあえず、普段通りに過ごしていれば大丈夫」

「だね。依桜君は、そのままの姿でいいよ」

「???」


 どういう意味なのか分からないけど……


「わ、わかった?」


 なんとなく納得した。

 ボクには理解できないことがいっぱいある世の中だなぁ……。


『でも、実際依桜ちゃんってモテてるじゃないの?』

「モテてるのかな?」

「そりゃ、モテてるでしょ。依桜、今日は何人に告白された?」

「え? えーっと……十人くらい?」

『多っ!?』


 ボクが告白された人数を言うと、みんなが驚いていた。


「あ、あれ? そんなに驚くこと……?」

『あー、そっか……依桜ちゃんって、その辺の基準とかわからないもんね』

『まあ、多いよ、依桜ちゃん』

「え、でも、晶の方が多いよ? 五十人近くいたような気がするけど……」

「……それは晶君があれ過ぎるだけで、本来は依桜君も大概だからね?」

「そうなの? モテるっていうのは、晶みたいな人のことを言うのかと……」

「あれは例外中の例外。まあ、実際は依桜の方がモテてるんだけどね」

「いや、ボク晶よりも少ないんだけど……」

『さすが鈍感、依桜ちゃん鈍感』

「け、気配と視線には敏感なんだけど……」

『……天然はすごいなぁ』


 なに、その発言は。

 みんな同じことを同時に言ってきてるんだけど……なぜ、そう言うんですか?


「て、天然じゃないと思うんだけど……」

『はぁ……』


 否定したら、今度は呆れたため息を吐かれた。

 ダメだこいつ、みたいな顔をされた。

 ……最近、みんなが冷たいような気がします。


 なんて、この後も色々な話をして、一日目は過ぎていきました。

 明日はどうなるのかなぁ……。

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