第462話 浴衣コンテスト

 それからしばらくして、お祭り当日。


「おぉ~! すごいのじゃ! 人がいっぱいなのじゃ!」

「イオお姉ちゃん、あの上にあるのはなんですか?」

「あれは提灯だよ。昔はあの中に火が入っていたんだけど、今は色々な都合で電気なんだよ」


 単純に火事の危険性を考慮してなんだろうけどね。

 それでも綺麗だから、全然あり。


「イオねぇ、あれが屋台?」

「うん、そうだよ。ここからずらっと並んでいるのは、みーんな屋台。食べ物やくじ引きなんかがあるね」


 くじ引きと言えば、場所によっては当たりを入れないらしいんだよね。


 エアガンとかはそうでもないんだけど、ゲームが景品に置いてある屋台は要注意。相手が子供だからって、容赦なくお金を巻き上げようとしてるからね。


 一応、それに該当するくじを抜いているんじゃないか、って言う話。


 本当かどうかはわからないけど、ここのお祭りはそう言うのはないので、安心できます。ゲーム、当てたことあるしね、ボク。


 やっぱり、あれも今の幸運値が原因だったのかな?


「イオお姉さま、ここで待ち合わせなのですか?」

「うん、そうだよ。多分、そろそろ来る頃だと思うんだけど……」


 みんな早く行きたくてうずうずしているかもしれないけど、約束は約束。


 未果たちが来てからです。


「……イオおねーちゃん。来た」

「あ、ほんと? どこ?」

「……あそこ」


 そう言って、スイが指差す先には、浴衣姿のみんながいた。


「お、いたいた。おーい、依桜―」

「みんなー、こっちだよー!」


 態徒が手を振りながら呼んできたので、ボクも手を振り返すと、みんなが少しだけ急ぎ足でこちらに向かってきた。


「こういう時は、やっぱり早いな、依桜」

「あはは。まあ、みんなが早く行きたいって言うからね、ちょっとだけ早く来たの」

「こっちに来て初めてのお祭りって考えたら当然よね。その娘たちの境遇を考えると、それが普通だと思うし。楽しいことがあるのなら、真っ先に飛びつくでしょ」

「うん、そうだね」


 辛い過去なんて吹き飛ぶくらいに、こっちの世界では楽しんでほしいし、何より孤児院の先生たちとの約束でもあるからね。


「しっかし……ものの見事に全員浴衣だな」


 態徒の呟き通り、集合した全員が浴衣だった。


 晶と態徒も例外じゃなくて、何気に浴衣を着ていたり。


 晶は黒と灰色の浴衣で、態徒は黒一色。普通に似合ってるね、この二人。

 ちなみに、未果は紫陽花の柄が描かれた浴衣で、女委は白百合が描かれた浴衣。

 エナちゃんは向日葵が描かれた浴衣で、美羽さんは薔薇が描かれたものになっています。

 ちなみに、ボクは桜の柄です。

 メルたちの方も、個人個人で好きな柄を選んでいた……とは言えない。と言うのも、みんなボクが選んだ桜の柄がいいと言い出したため、柄自体は同じだったり。


 ただ、さすがにそれだとあれということで、布地の方の色を変えてはいます。それでも、お揃いであることに変わりはないけど。


「にゃははー、わたしとしては、美少女と美幼女とイケメンの浴衣姿が見れてラッキーだぜ! いい資料になるんだー、これが。特に、依桜君たちだね!」

「ボク?」

「何せ、依桜君レベルの美少女なんてそうはいないからね!」

「あ、あははは……」


 ここで否定しても、意味はないということは何度も経験済み。


 何も言わないが吉。


「ねね、うちはここに来るのが初めてだからあれなんだけど、こんなに人がいっぱいなのって毎年なの?」

「私もこの時期は基本的に声優業だったし、よくわからないかも。依桜ちゃんたちは知ってる?」

「こう言うのは、女委が詳しいですよ」

「情報通だからな、女委は」

「にゃははー、照れるぜー」


 実際照れてなさそうないつもの笑みを浮かべながら、後頭部をさする女委。


 でも実際、ボクたちの中で一番情報通だよね、女委って。


「それで、こんなに人が多い理由ってどうしてなの?」

「んとね、見てわかる通りどちらかと言えば男性が多いわけだけど、理由は単純。浴衣コンテストがあるからだね」

「あ、そういうのあるんだ、このお祭り」

「あるんだよ、エナっち」


 浴衣コンテスト。


 簡単に言ってしまえば、ミスコンの浴衣バージョンみたいなものです。


 男性部門も昔はあったらしいんだけど、そこまでと言うほど人が入らなかったのでなくなったという、悲しい過去があります。本当に悲しい……。


「で、そこの浴衣コンテストはね、まあ、言ってしまえばお店同士の戦いでもあるわけですよ」

「お店同士? それってどういうこと?」


 女委の説明に、美羽さんが首を傾げながら女委に尋ねる。


「ここのコンテストはそこそこ大きかったりしてね、優勝すると雑誌に取り上げられたりするんだよ」

「へぇ~」

「ちなみに、優勝特典として、山車に乗る権利もあるよ」

「それはすごいね!」

「山車かぁ。アニメでは主要人物が乗っているのは見かけるけど、現実ではそう言うのないから、ちょっと気になる」


 普通は乗れないしね、山車。


 ……って、雑誌に取り上げられる?


 それってもしかして、上手く行けばおばあちゃんのお店を立て直すきっかけになるかも……。うぅ、でも、出たら出たでまた変なことになりそう……。


「依桜、どうしたのよ? そんな葛藤したような表情をして」

「……浴衣コンテストに出ようか迷ってて」

「「「「「「え!?」」」」」」

「あの、なんで驚くの……?」


 ボクがコンテストに出ようか迷っている旨を告げたら、みんな揃って驚かれた。


 ……理由はわかるけど。


「いやだって、あの目立つことを嫌がる依桜が、目立つきっかけになるコンテストに出るなんて言うわけだし?」

「大丈夫か? 頭を打ったんじゃないだろうな?」

「違うよ!? ちょっと、色々あるの!」

「へー、依桜が出ようか迷うようなことってなんだ?」

「じ、実は……」


 と、この間のことをみんなに話す。


 おばあちゃんのお店がなくなりそうなこと。もしこの浴衣を着て優勝すれば、立て直すことができるかもしれないということを。


「なんとも、依桜君らしい理由だねぇ」

「うんうん、依桜ちゃんって自分よりも他の人を優先しちゃうもんね!」

「お人好しを極めるとこうなるのかな、って言うくらいに、依桜ちゃん優しいしね」

「あ、あははは……」


 呆れつつもそう言われれば、ボクとしたは苦笑いする外ない。


「でもなるほどねぇ……。商店街をよく利用する依桜君からしたら、許容できないことだよねぇ。それこそ、自分にどうにかする方法があるのなら、それを行使しちゃうくらいに」

「うん……。だから、もしもこれでボクが優勝することができれば、助けになるのかなーって。まあ、優勝できるかはわからないけど……」


((((((絶対優勝すると思うんですがそれは))))))


「ねーさま。浴衣コンテストとはなんじゃ?」


 くいくいと裾を引っ張られながら、メルにそう訊かれる。

 見れば、ニアたちの方も不思議そうな表情を浮かべて、じっとボクを見ていた。


 そっか、普通は知らないよね。


 あっちの世界には、そういった催しってまずなかったから。


「簡単に言えば、浴衣を着た人たちの中で、誰が一番綺麗、それか可愛いかを決めるコンテストのことよ、メルちゃん」

「ほう! じゃあ、ねーさまが出れば絶対優勝するのじゃ!」

「そ、そうかな?」

「はいです! イオお姉ちゃん綺麗だから、優勝できます!」

「いけ、ます!」

「イオねぇ、よりも綺麗な人はいないと思ってるよ!」

「絶対できるのです!」

「……優勝」

「みんな……」


 なんだろう、みんなの自信に満ちた目と発言がすごいことに……。


 でもこれって、遠回しに出て、って言ってるようなものだよね?


 それなら……


「出てみようかな」


 おばあちゃんのお店はなくなってほしくないもん。


 あんなにいい着物を売っているのに、それがなくなるのなんてもったいないし、残念だもん。


「マジで出るのね」

「うん、出る」

「だが、今の依桜が出るのは何かと問題じゃないか?」

「晶君、それはどうして?」

「依桜のその姿はかなり割れている。しかも、この祭りにはいろんな場所から人が着ている関係で、依桜の個人情報がバレかねない。となると、その姿で出るのはまずいのでは、と」

「たしかに。依桜ちゃんって、かなり目立ってから、ストーカーが出るとも限らない、よね」

「す、ストーカーって……さすがに考えすぎ――」

「「「「「「いや出る」」」」」」

「そ、そですか……」


 ボクなんかにストーカーなんてつかないとは思うんだけど……。

 むしろ、メルたちにつきそうな気がしてます。

 まあ、そうなったら容赦なく、お仕置きだけどね!


「そうなると、変装するしかない……あ」

「エナっち、どうしたん? 何かいい方法でも思い浮かんだ?」

「うん! えっとね――」



「……まあ、たしかにこの姿なら問題はないかもしれないけど……」

「でしょでしょ! あ、うちはなんか特別ゲストとして参加することになったから、来賓席で依桜ちゃん――じゃなかった、いのりちゃんの晴れ姿を見てるからね!」

「あ、あははははは……ありがとう……」


 十分後。


 ボクの姿は、いつものような銀髪碧眼の姿ではなく、青髪蒼眼の姿に。


 声音の方も、アイドルをしている時に使う声に変えて、バレないようにしています。


 そう。素顔で出たら色々と問題があるのなら、素顔で出ても問題がない姿になればいいじゃない、という作戦です。


 今のボクは、二つの顔を持っているようなものなので、目立つことが前提の方――つまり、アイドルいのりとしての姿なら、こう言った場に出ても問題はなく、同時に皿に人気がとれるという寸法。


 ……って、エナちゃんが言ってました。


 ボク自身は別に人気になりたいわけでも、ましてやトップアイドルになりたいわけではないので、そこの辺りはちょっと困惑するけど……エナちゃんの言う通り、この姿なら多少騒ぎになっても問題ないので、結果的にボクもそれを了承し、いのりとしての姿になっています。


 でもこれ、売名行為と取られないか心配なんだけど……。


 まあ、うん。大丈夫だよね、別に。ボクであってボクじゃないし。


 そもそも、どこの事務所にも所属してないからね。


 所謂、フリーのアイドルというわけで。


 ただ、世間的に見ると、ボクはエナちゃんと同じアイドル事務所に所属していると思われてるみたいだけどね。


 まあ、それはボクがエナちゃんと一緒の時にのみ出ているから、と言うのが原因なわけだけど。


「でも、すごいね、このイベント。人がたくさんだよ」

「そうだね。ボクも初めて見るけど、まさかこんなに人がいるとは思わなかったよ」

「あれれ? 依桜ちゃんは見たことないの?」

「興味なかったからね。それに、去年のこの時期はまだ男だったから」

「なるほど。でも、言われてみれば、こういうことに興味を示しそうなのって、女委ちゃんと態徒君くらいだよね」

「そうだね。あの二人はちょこちょこ見に行ってたみたいだけど、ボクと未果、晶の三人は普通にお祭りを回ってたよ」


 ……そして、ボクがナンパされるわけで、ね。


 ボクの浴衣姿と言えば、普通に女の子(と言われていた)だったからね……。


 未果がいるのに、なぜかボクが最もナンパされるものだから、あの時はかなり困ってたよ。理由もよくわからなかったし。


「目標は優勝だけど……できるかなぁ……」

「いのりちゃんなら大丈夫! だって、武道館ライブの時からすっごく人気あるもん! きっと、今見に来ている人中にも、いのりちゃんのファンはいるはずだよ!」

「そうかなぁ……」

「そうだよ! 依桜ちゃんの人気はすごいから、大丈夫! 絶対優勝できるよ!」

「……うーん。優勝できるかはわからないけど、頑張ってみるよ。エナちゃん、応援しててね」

「もっちろん! いのりちゃんを応援してるからね! それじゃあうち、そろそろ行かなきゃだから、頑張ってね!」

「うん、ありがとう、エナちゃん。頑張るね!」


 パタパタと足音を立てて、エナちゃんは関係者のテントへと走って行った。


「これで優勝できれば、きっとおばあちゃんの助けになるはず……頑張らないと!」


 出場者用のテントで、一人意気込んだ。

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