第461話 夏祭りの前
異世界旅行から帰って来た翌日。
旅行での疲れを癒すように、ボクはメルたちと戯れつつ家事をこなしていた。
色々なことがあったせいで、かなりの疲労があったらしく、まさかのまさか。みんな揃って十時くらいまで眠っているという状況になりました。
結構体力には自信があったんだけど、やっぱり色々な騒動があったせいでかなりの疲労が蓄積されていたんだろうね。やっぱり、休息は大事。
そうして、洗濯や掃除をしつつ、みんなと一緒にお昼ご飯を食べ終えて、ゆったりと過ごしていると、不意にボクたちのLINNのグループ内にメッセージが送信された。
送信したのは、女委。
なんだろうと思ってスマホを手に取って見てみると、
『やっほー! 旅行から帰ってきて早々だけど、お祭りいつ行く?』
というメッセージがあった。
あ、そう言えばもうすぐ夏祭りだったっけ。
たしか、九日~十一日だったかな?
美天市の夏祭りはそれなりの規模で、花火もやるからね。あとは、浴衣コンテスト……という名の、ミス・ミスターコンテストのような催しもあり、毎年かなり賑わっていたりします。それに、市民の人たちだけじゃなくて、近隣の街からも来るし、もっとすごいと県外からも来たりするそう。
ボクたちも毎年みんなで行ってます。
『私は十日がいいわ。十日はちょっと予定あるし』
『俺も十日なら都合がつくぞ』
『オレもそこらへんだな!』
『うちも十日ならオフにできるから、そこがいいな!』
『私も声優の仕事はないから、十日がいいかな』
なるほど、みんな十日がいい、と。
ボクは基本的には大丈夫だし、どこでもよかったりするけど、みんなに合わせよう。
『ボクも十日かな。他も空いてるけど、みんなが十日みたいだからそこで大丈夫だよ』
『おっけーおっけー! んじゃ、十日ね! あ、依桜君、メルちゃんたちはどうよ?』
『あ、うん。ちょっと訊いてみるね』
訊くまでもないかもしれないけど、一応は訊かないとね。もしかすると、クラスのお友達と行くかもしれないし。
「みんな、来週の火曜日にお祭りがあるんだけど、行く?」
ボクの周りに固まっているみんなにお祭りに行くかどうか尋ねると、
「「「「「「行く(のじゃ)!」」」」」」
即答された。
まあ、そうだよね。
「うん、了解だよー。じゃあ、返信しておこうかな」
スマホに顔を戻して行く旨を伝える。
『行くそうです』
『でしょうね』『だろうな』『そりゃそうだ』『当たり前だよねー』『当然だよね!』『そうだよね』
ほぼ同時にみんなから当たり前だということを言われた。
……うん、そうだね。
そもそも、メルたちが行かないわけないよね。
『んじゃ、集合時間は夕方六時くらいか?』
『ま、それくらいが妥当よね。みんなはどう?』
『問題なーし』
『大丈夫だ』
『OKだよ!』
『その時間なら大丈夫かな』
『ボクの方も問題ないよ』
『じゃ、その時間に集合ってことで!』
女委のそのメッセージに対して、各々軽めの反応を返してチャットは終了。
簡潔だね。
まあ、いつもならもうちょっと雑談をしているところだけど、今回は異世界に行って帰ってきた後だからね。正直なところ、あまり話すことがあるわけじゃないし。
スマホをスリープ状態にしてテーブルに置くと、ボクはソファーに深くもたれこむ。
「となると……浴衣とかあった方がいいかな」
天井を見上げながらポツリと呟く。
夏祭りと言えば浴衣だもんね。毎年みんなと一緒に夏祭りに行くと、みんな着てたんだよね。
……まあ、なぜかボクは女物だったんですけどね。
夏祭りに行くと母さんに言うと、なぜかその時のボクに合わせたサイズの浴衣が用意されていて、強制的に着せられた。男なのに、女物を着るのはおかしい! って言ったんだけど、
『大丈夫! 依桜なら絶対に似合うから! 断言するわ!』
って、満面の笑みで言われる上に、無駄に力も強かったので振り払うことができなかった。
結果、女物の浴衣を着ることになりました。
ちなみに、晶と態徒が離れた際には、なぜかボクが一番ナンパされました。
その度に、未果と女委が守ってくれたんだけど、それでもかなり苦労したよ……。
だって、男なのに男の人にナンパされるんだよ? しかも、なんかよくわからない気持ち悪い視線を向けられたし……。ただ、ナンパされる度に、未果と女委が慰めてくれたよ。最初は女委も面白がるんだけど、何度もそれが繰り返されるとさすがの女委でも不憫に思ったのか、同情の籠った視線を向けられ、最終的には苦笑いを浮かべながら慰められました。
……あれだけは、本当に嫌だったよ。
そんな苦い思い出はいいとして、今年も浴衣は着たいかな。
まあ、今年からは女物の浴衣を着ても全く問題がないんだけどね……。
あ、でも、みんなの浴衣も必要だよね。
「ねーさまねーさま」
「なに? メル」
どういう浴衣がいいかを考えていると、不意に袖を引っ張りながらメルが話しかけて来た。
何だろう?
「お祭りとは何をするのじゃ?」
「あ、そっか。みんなはお祭り初めてだっけ?」
そう尋ねると、みんなはこくりと頷いた。
考えてみれば、お祭りのことは言葉でしか伝えてなかったっけ。
……ほとんどわかっていないのに、行くと即答してるけど……その辺りは、単純にボクが尋ねたから、なんだろうなぁ。みんな、ボクの言うことは素直に聞くし、大抵は出かけるとなると、一緒に行こうとするしね。
ともあれ、説明が先だね。
「えっとね、正確には夏祭りって言って、今のこの暑い季節にやるお祭りなの」
「どういうことをするんですか?」
「そうだね……花火っていう空に咲く花のようなものを見たり、屋台っていう食べ物のお店とかおもちゃを売っているお店を見て回ったりするような感じかな? あとは、山車っていう大きな乗り物のようなものに人が乗って、音楽を奏でたりするの」
まあ、あれは音楽とは違うような気もするけどね。
ただ、詳しく説明してもみんなにはまだ難しいと思うし、とりあえずは簡単にね。
成長しながら知って行けばいいと思うし。
「食べ物……イオおねえちゃん、美味しいもの、ある……?」
「うん、あるよ。たこ焼き、焼きそば、かき氷、フリフリポテト、あとは綿あめとかりんご飴なんかもあるよ」
「綿あめって何!?」
「雲みたいなものでね、ふわふわしていてとっても甘いお菓子だよ。口の中に入れると溶けちゃうの」
「雲が食べらるのですか?」
「そうだね」
「……気になる」
みんな、綿あめに興味津々な様子。
雲、と言ったけど、正確に言えばあれは細い糸状にした砂糖なんだけどね。
でも、初めて見ると雲に見えるもんね。それに、そう言う風に言った方が、みんなにも受けがいいと思うし。
「それでね、夏祭りには浴衣っていう服があって、この国の夏のお祭りにはよく着ていくの。みんなが着てみたいなら、これから買いに行こうかと思うんだけど……どうかな?」
「「「「「「着たい(のじゃ)!」」」」」」
「そっかそっか。じゃあ、お着替え! 早く着替えれば、アイスを買ってあげます!」
「アイス! みな、急いで着替えるのじゃ!」
「「「「「うん!」」」」」
「行くぞー!」
メルが先導する形で、みんなバタバタと足音を立てながら、自分たちの部屋へと駆けて行った。
「可愛いなぁ……」
子供らしいその光景に、ボクは頬を緩ませて、そう呟いた。
癒し!
それから十分ほどで準備を終えたみんなが出て来て、ボクたちは商店街へと来ていました。
と言うのも、ここには呉服店があるからね。
どうせみんなの浴衣を買うのなら、よく知る場所でなおかつ専門店の方がいいからね。
ちなみに、アイスの方はこの商店街にある喫茶店でということになっています。美味しいんです、そこの喫茶店のアイス。というより、スイーツ全般がね。
ボクも楽しみ。
「さ、ここだよ」
「「「「「「わぁ……!」」」」」」
呉服店に来ると、みんなキラキラとした目で店内を見回していた。
そして、ボクが好きなのを選らんでと言うと、みんな元気いっぱいに店内を動き回りだした。
『おや、誰かと思えば依桜ちゃんじゃないかい』
「あ、おばあちゃん、こんにちは」
キャッキャッと戯れるようにしているメルたちの声が耳に入ったのか、お店の奥から七十代くらいのおばあちゃんが出てきた。
にこにこと優しそうな笑みを浮かべている。
『はい、こんにちは。それで、今年も浴衣を買いに来たのかい?』
「そうです。こんな姿になっちゃいましたし、妹たちも夏祭りに行きたいそうなので、いつものようにここで買おうかなって」
ここのお店にはほぼ毎年来ていて、基本的に一年に一着は買っている状況。
なので、ある意味では常連と言えるかも。
『そうかいそうかい。たしか、外国の親戚から預かった娘たち、だったかね?』
「はい。今は、父さんと母さんの養子になったことで、ボクの妹にもなっています」
『男女さんとこはすごいねぇ……。となれば、今日はあの娘たちのも?』
「浴衣の話をしたら、着てみたいと言ったので、どうせならと。えと、うるさかったですか?」
『いやいや。むしろ、子供の楽しそうな声が聞けて、嬉しいよぉ。見ての通り、ガラガラだからねぇ……』
「あー、みたいですね……」
『時代の流れかねぇ……』
寂しそうに笑みを浮かべるおばあちゃん。
おばあちゃんが言うように、お店の中はたしかにガラガラ。
お客さんはボクたち以外にはいなくて、なんだか寂しい。
うーん、去年はもうちょっと人がいたような……。
「でも、どうしてこんなに少ないんですか? 毎年、それなりにお客さんが入っていたと思うんですけど……」
『ほれ、近くに大きな建物があるだろう? あそこの中に新しく和服を取扱った店ができてねぇ……。なんでも、今時の若い子らに合わせたようなデザインが人気な店らしくてなぁ。それで、みーんな向こうに流れて行ってしまったのさ』
「そうなんですか……」
そう言えば、あのショッピングモールの中に新しくそう言うお店ができてたっけ。
そっか。あのお店ができたことによって、おばあちゃんのお店にダメージが出ちゃってたんだ。
……言われてみれば、旅行前にショッピングモールに行った時、中学生~大学生くらいの人が結構入っていた気がする。
その前を通った時に、チラッとデザインを見たけど、たしかに現代に合わせたような出来だったことを覚えている。
例えば、ミニスカート風であるとか、やたらといろんな模様がごてごてと描かれた物とか。ほかにも色々とあったけど、ボクはあまり好きじゃなかったなぁ。
まあ、その辺りは個人の好みだから仕方ないとはいえ、何と言うか……ちょっと好きにはなれなかった。
ボクはこのお店の着物の方が好き。
あまり華美ではなく、大人し気で、かと言って存在感がないわけではなく、その大人しさがかえって着る人を魅力的にしてくれるからね。
それに、ボクだけじゃなくて、未果たちも基本的にここで買ってるしね。
ボクたちの間ではここが一番、という風になっています。
『わたしとしては、いい物を作っているんだけどねぇ……。やっぱり、そろそろ店じまいなのかもしれないねぇ……』
「お店閉めちゃうんですか!?」
おばあちゃんが悲しそうに言ったことに対して、ボクは思わず大きな声を上げてしまうほどに驚いた。
それだけ衝撃的だった。
『あぁ。今は息子や孫も頑張ってくれてはいるんだけど、どうにも上手く行かなくて……。今じゃ、見ての通りの有様さ。この状態で続けていても、息子たちに負担を強いるだけなのさ。だから、閉めようかなと』
「……おばあちゃん」
『これこれ。依桜ちゃんが悲しそうにしなくてもいいんだよ。いつかはこうなっていたんだ。早いか遅いかだけの違いさ。……ほれ、しんみりしてないで、妹さんたちの浴衣を見繕ってあげなさい』
「……そう、ですね。じゃあ、ボクはみんなの所に行きます」
『うんうん。依桜ちゃんだけでも悲しんでくれるだけ、嬉しいよ。ありがとねぇ』
嘘も建前もないいい笑顔でおばあちゃんはそう言ってくれた。
こう言うお店がなくなるのって、なんだかとっても寂しいよね……。
どうにかしてあげられないかなぁ。
なにか助けることができる方法はないかと考えてみたものの、結局何も出ることはなかった。
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