第463話 ミス浴衣コンテスト

『皆様、大変長らくお待たせいたしました! 出場者の方々の準備が整ったようですので、第十四回、美天ミス浴衣コンテストを開催したいと思います!』

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!』』』


 出場者用の待機所にて待機していると、外から熱狂的な声が聞こえてきた。

 どうやら始まったみたい。


『さて、例年通りならば、ここでルール説明をした後、審査員紹介となっていたのですが……なんと! 今日は特別ゲストが審査員として参加することになりました!』


 司会者さんのその発言に、観客の人たちがざわつく。

 ボクとしては、その特別ゲストの人を知ってると言うか……友達だからなぁ。

 見れば、ボクと同じ出場者の人たちも、どんな人が審査員として出るのか気になっているらしく、こそこそと話しあったりしている。


『では、登場していただきましょう! どうぞ!』

「みなさんこんばんはー! 初めましての方は初めまして! アイドルをしています、エナです!」

『うっそ、マジで!?』

『こんな間近でエナちゃんを見れるとか、最高かよ!』

『写真撮らねば!』


 エナちゃんが登場したことにより、外はかなり沸いた様子。

 それ以外にも、この中では、


『エナちゃんが来てるの!?』

『ど、どうしよう、すっごい緊張して来た!』

『は、恥ずかしい姿は見せられないけど……が、頑張らないと!』


 と、女の人たちもかなり緊張しているみたい。

 男女両方に人気があるのは知っていたけど、こうしてみると、それをよく理解できるよ。

 エナちゃん、すごい。


『はい、なんと今年のコンテストでは、未だ人気爆上がり中のアイドル、エナさんが審査員として出演してもらえることになりました! エナちゃん、今日はよろしくお願いします』

「任せてください!」

『元気いっぱいですね。では、審査員席へどうぞ』

「はーい!」


 やっぱり、エナちゃんは元気だね。


 それにしても、司会の人がすごい。

 普通、人気アイドルが突然参加することになったら、緊張して上手く話せなくなりそうなものだと思うんだけど。

 一応、ここはごく普通の街のお祭りの催しの一つでしかないわけだからね。

 プロの人たちとは違うわけで。


 テントの隙間から外を覗くと、想像通り、会場の前はとても賑やかな様子だった。

 初めて見たけど、こんな感じなんだ。


 なんて、そんな事を思っていたら……


『おー、これが主の住む世界かー』


 そんな声が頭に響いてきた。


 うん!?


『依桜様の住む地でのお祭り……。賑やかなものですね』


 ……き、気のせいかな? なんか、頭の中に二種類の声が響いてくるんだけど……。

 と言うかこれ、セルマさんとフィルメリアさん、だよね?

 え、なんで声が聞こえるの?


『我々は契約者と次元を超えての会話が可能なのだ!』

『はいぃ。ですので試しに声を届けるついでに、こうして視界も覗いてみたのですよぉ』


 な、なるほど……。

 まさか、そんなことができるなんて。


 なんと言うか、もう何でもありだよね、これ。

 ……ただ、ちょっとした疑問としては、この二人、自力でこっちに来ることってできないのかな?


『できなくはないのだ。ただ、それは本当にめんどくさい上に、地味に魔力の消費が半端ないので、緊急時以外にはしないのだ』


 なるほど。じゃあ、フィルメリアさんもできるのかな?


『できますよぉ。と言っても、私もそちらの悪魔の方と同じように天力を消費してしまうので、あまり使いたくはありませんけどねぇ』


 フィルメリアさんもとなると……契約した天使や悪魔は、基本的にそう言う感じなのかな?

 それはそれで大変そう。


 ところで、ちょっとした質問なんですがいいですか?


『構わないのだ』

『遠慮なくどうぞぉ』


 あ、はい。では。


 えーっと、たしかフィルメリアさんは天使の輪と翼を仕舞えるんでしたよね?


『そうですよぉ』


 セルマさんの方って、それできたりします?


『できるのだ。と言っても、我の場合は、角を髪の毛に変化させることだけどな! あ、翼は収納できるのだ』


 あ、やっぱり収納式なんだ、翼。


 それにしても、角は髪の毛に変化させられて、翼はそのまま収納が可能……。

 天使の方も、天使の輪は着脱式で翼は同じく収納。


 色々と便利な体をしているけど、不思議だよね。本当に。


 天使の方は、神様が創り出した存在と考えれば納得なんだけど、悪魔の方に関して言えば、出自が不明である以上、存在自体が不思議。


 ところで、お二人はどうしてこんなことを? さっき、試しにとは言っていましたけど……。


『暇だったからなのだ』

『暇だったからですねぇ』


 暇、なんですか。

 セルマさんはともかくとして、フィルメリアさんはどうして? たしか、神様のせいで忙しすぎて、徹夜ばかりー、とか言っていた気が……。


『あ、はいぃ。依桜様がおっしゃった通り、仕事を放棄してきましたぁ』


 早くないですか!?

 その話をしてから、実質一週間程度だと思うんですが!


『いえいえぇ。一刻も早く逃げ出したかったので、仕事を放棄して自宅に帰りましたぁ。と言っても、その内バレそうな気がするので、逃げ回りつつになると思いますけどねぇ』


 ……それはそれで、大変な気が。

 それにしても、逃げ続ける。

 ストライキをすれば、と言ってしまった手前、なんだか心苦しい……。

 だとするなら……あの、いっそのことこっちの世界で過ごしますか?


『い、いいのですかぁ!?』


 はい。なんだか大変そうですし、それに契約した相手でもありますからね。面倒を見るのも当たり前ですから。

 それに、元はと言えば、ボクが助言したことが原因ですし……


『では、後ほど召喚していただけないでしょうかぁ!?』


 了解です。では、このイベントが終わったら召喚しますね。


『ありがとうございますぅ!』


 うわー、なんか声の色からどれだけ嬉しそうにしているかが伝わってくるー……。


『むぅぅ~~~~っっ……!』


 そして、もう片方からはものすごく不機嫌そうな気配が伝わってくる。


 ……これは、あれだよね? フィルメリアさんが優遇されているように見えるのが面白くないというのと、自分もこっちの世界で過ごしたい、とか思っていそう。


 あの、セルマさんもこっちに来ますか?


『いいのか!?』


 もちろんですよ。セルマさんとも契約していますからね。それに、仲間はずれにするのはちょっと……。


 ボクは基本、誰にでも平等にすることにしているからね。

 この場合、契約した二人を呼ぶのが正しいと思ってます。

 ……何か問題を起こさないかは心配ではあるけど……。


『――それでは、そろそろ浴衣コンテストの方を始めていきましょう!』


 あ、もうすぐ時間みたい。

 とりあえず、終わり次第話しかけますので、ちょっと待っていてください。


『了解なのだ』

『わかりましたぁ』


 あとで、自分から話しかけないと、拗ねられそうだからね。

 しっかり、自分から話しに行きます。



『では、出場者の方々の準備が整ったようですので、一番の方からお願いします!』


 そんなこんなで、ミス浴衣コンテストが開始。


 出場者用のテント内にいる時に見た限りだと、どの人も可愛かったり美人さんだったりで、すごいと思ってしまった。


 このお祭り自体、色々な場所から人が来るから、遠くから来た人たちもいるのかも。

 うーん、ボク自身勝てるとは思っていないけど、おばあちゃんのお店を宣伝できればそれで十分だからね。


 なんとしても、おばあちゃんのお店を立て直すきっかけを作らないとね。


『おやおや、一番の方からすでにレベルが高いですねぇ。そして、身に付けている浴衣は、最近若い世代に人気のブランド『華ノ杜』のものですね。最近、近くのショッピングモールにも開かれていましたね』


 あ、ショッピングモール内のあそこなんだ。

 でも、ボクはあっちよりも、おばあちゃんのお店の浴衣の方が好きなんだけどね。

 メルたちもおばあちゃんのお店の浴衣を気に入ってるみたいだしね。

 おばあちゃんは仕方のないことだと言っていたけど、ボクとしてはまだまだ残っていて欲しい。


『エナちゃん、どうでしょうか?』

「とっても綺麗ですね! 若い人に合わせて作られた浴衣をしっかりと着こなしていて、その柄や色に合うようにしっかり小物類で魅せているのがいいです! それから、濃すぎず薄すぎない絶妙なラインでのお化粧の技量も高いですね! 」


 わー、さすがアイドル。

 本当に人に魅せる部分をよく見てるんだね。

 アイドルって、そう言う部分を大事にしているもんね。


 一応、ボクも半分アイドルみたいなものなので、出るときはそこの辺りを少しは気にするもん。


 ……それはそれとして、ちょっと恥ずかしくなってきたなぁ。

 一応、こういうタイプの催しに出るのは二度目だし……。


 ……大丈夫かな?



 そんなこんなでコンテストは進み、ついにボクの番。


 まあ、ボクの出番は最後になったんだけどね。

 と言うのも、コンテストに出ようと思ったのは、出場者募集がもうすぐで締め切られるくらいの時間だったので……。

 それで、ボクが一番最後に出場者登録をしたため、当然のように出番が最後になりました。


 仕方ないね……。


 トリって、あまり好きじゃないけど、こればかりは仕方ない。


 それに、今のボクは『男女依桜』ではなく、『いのり』としての出場だからね。騒がれてもアイドルのボクが変に拡散されるだけなので、大丈夫! なはず!


『さぁ、最後の出場者の方、どうぞ!』


 い、行こう。

 舞台へ上がるための階段を上り、舞台の真ん中へ歩くと、舞台前の観客の人たちがざわつきだした。


『あ、あれ? なああれって、いのりちゃんじゃね?』

『だよな? あれって、どう見ても、いのりちゃんだよな!?』

『うっそだろ!? なんで、浴衣コンテストに出てるんだ……?』


 うぅぅ、やっぱり、すっごく注目されちゃってるよぉ……。

 お、落ち着こうボク。

 初めてアイドルとして活動した日本武道館でのライブに比べたら、全然マシ……!


『え、えー、すでに正体がバレているようですが……自己紹介をお願いします』

「は、はい。みなさん初めまして、いのりと言います。よろしくお願いします」

『随分と簡潔ですね。何かこう、アピールすることはないのでしょうか?』

「アピール、ですか。うーん……」


 唐突にアピールと言われても、ボク的にはとても言い出しにくいと言うか、ボク自身、アピールできるようなものがないんだよね……。


 できることと言えば、暗殺者時代に培った身体技術とか、簡単な魔法とか、ちょっとした演技くらいだし……。


 この場ではあまり使えなさそうなものばかり。

 さすがに、浴衣姿で激しく動き回ると、その……し、下着とか見えちゃいそうだし……。


「す、すみません。特に思いつくことがないんです……」


 申し訳なさそうな笑みを浮かべてそう言うと、司会者さんは少し頬を赤らめる。

 なんで?


『き、聞いていた通り可愛らしい方ですね……』


 可愛らしいって……。


 そもそも、ボクってどういう風に言われていたりするんだろう? すごく気になるんだけど……知るのがなんか怖い。


『では、こちらから質問させてもらってもいいでしょうか?』

「あ、はい、大丈夫ですよ」


 むしろ、その方がありがたいので、すごく助かります。


『ありがとうございます。それではまずは……現在着用されている浴衣は、一体どちらで購入したのですか?』

「これは、ここの商店街にある呉服店『菜ノ花』で購入したものです」

『へぇ~、随分と落ち着いた印象の浴衣ですね』

「そうですね。ボク自身、ここの呉服店が好きでして……」

『なるほど。今の若い人たちと言うのは、『華ノ杜』さんが販売しているような、明るい印象を受けるものを好んでいたりしますが、いのりさんはこういった昔ながらの、大人しいものを好むんですね』

「はい。ボク自身、あまり派手な物は好まなくて……。それに、『菜ノ花』さんは、昔からお世話になっていましたので、余計ですね」


 なるべく笑顔で、はきはきと喋るように心がけて、思っていることを話す。


 前方の観客の人たちを見ていると、中にはボクが着ている浴衣に興味を持ってもらえているらしく、ちらほらと『見てみようかな』というような声が聞こえてくる。


 掴みはこれで大丈夫そう。


『わかりました。では次に、参加した理由について、お尋ねしてもよろしいでしょうか? おそらく、会場にいる誰もが気になっていると思いますので。話題沸騰中のアイドルが出ているわけですから』

「あ、あははは」


 ボク、そんなに話題になってるんだ……。

 未果たちに何度か言われたけど、司会者さんや観客の人たちを見る限り、本当にそうみたい。

 うーん、なんでそうなったんだろう……?


『それで、どうなんでしょう?』

「……本当は今日、このコンテストに出るつもりはなくて、友達と夏祭りを楽しむ予定だったんです。でも、今さっき話した『菜ノ花』という呉服店がちょっとピンチで、閉店しそうになっていたのを聞きまして……。それで、ボクでも何か力になれることはないかって思った時、ミス浴衣コンテストのチラシが目に入ったんです」

『では、そのお店を助けるために、こうして出場することにしたと?』

「はい。そこのお店は――というより、ここの商店街のみなさんには普段からお世話になっているんです。小さい頃から利用していたお店がなくなるのは悲しいですし、何よりとってもいい和服を売っているのにもったいないと思ったんです。着心地はいいですし、変に派手過ぎず、かと言って大人しすぎない絶妙なラインのデザインとか。着る人の魅力を最大限に上げてくれているんじゃないかなって。……まあ、依怙贔屓かもしれないんですけどね。それでも、助けたいと思ったので、こうして出場しました」

『あ、その……本心、ですよね?』

「もちろんです。正直言っちゃうと、優勝には興味なくて……。なので、『菜ノ花』の良さを色々な人に知ってもらえたらいいな、っていうだけです」


 これ以外に、ボクが出場する理由ってないしね。


 もしかすると、偽善者とか、売名行為とか言われるかもしれないけど、別に構わないしね。

 いろんな人に罵られるのは慣れてるし。


 向こうの世界では、そういうのもざらだったからね。

 戦争中って、心が荒んでいる人が多いから。


『まさか、今時ここまで誰かの為に行動することができるなんて……。いやはや、感服しました』

「そ、そうですか? ボクは別に、普通のことをしているだけなんですけど……」

『……えーっと、エナちゃん。いのりちゃんのこれは、本音であっていますか?』

「合ってるよ! いのりちゃん、自分のことよりも他人を助けることに全力を尽くすからね! だから、そこに打算とか偽善はないよー!」

『な、なるほど……。アピールタイムと行きたいところですが……正直、今ので十分アピールになったと思います』


 え、なんで?


『とりあえず、そうですね。全力のスマイルをお願いしてもいいでしょうか?』

「す、スマイル、ですか?」

『はい。できれば、お願いしたいのですが』

「いのりちゃん、いつもの笑顔笑顔!」

「え、エナちゃんまで……。わ、わかりました。スマイル、ですね? じゃあ、えと……えへ☆」

『『『ぐふっ……!』』』


 言われた通りに、なるべく全力で笑顔を浮かべたら、観客の人たちや審査員席にいる人たち(エナちゃんは除く)が、胸を押さえて俯きだした。


 ボクが笑顔を浮かべると、なぜかこうなるんだけど……なんでだろう。

 ちょっと怖いんだけど。


『えー、観客だけでなく、審査員の方たちがほぼほぼノックアウトしたところで、これにて出場者の皆様によるアピールは終わりたいと思います!』

『『『おおおおおおおおおおおお!』』』

「あ、え、えと、ボクは裏に戻ってもいいでしょうか……?」

『はい、大丈夫です! ここからは、投票の時間ですので』

「わかりました。それでは」


 最後に軽く、ぺこりとお辞儀をしてから、舞台裏に戻って行きました。



 はい、結果発表です。

 ミス浴衣コンテストの結果はと言うと……


『今年のミス浴衣コンテスト、優勝者は……いのりちゃんです!』


 ボクだった。

 …………えぇ。


『それでは、壇上へどうぞ!』


 周囲の大音量の拍手を浴びながら、少しだけ申し訳なさそうに壇上へ上がる。


『おめでとうございます!』

「あ、ありがとうございます……」

『お気持ちはどうでしょうか?』

「あ、え、えっと、正直優勝するとは思ってなくて……ボクはただ、『菜ノ花』の魅力を伝えられればよかったので、その……驚いてます」

『なるほどなるほど。ちなみに、投票の内分けですが、圧倒的得票数で一位となりました。いやー、本当にすごいですね』

「そ、そうなん、ですね」


 去年の学園祭の時なんて、まさかの満場一致だったからなぁ……。

 それに比べたら、今回はマシ、なのかも。


『本当に謙虚ですね! ともあれ、いのりちゃんには優勝賞品として、山車に乗る権利と、新潟産コシヒカリ一年分、そして美天商店街で使用可能な商品券五万円分が授与されます! おめでとうございます!』

「わ、そんなにもらえるんですか?」

『もらえるんです!』

「お米は嬉しいですね。ボクの家は大家族と言っても過言ではないので」


 お金は潤沢と言っていいくらいにあるけど、それでもしばらくはお米代が浮かせることができるのはありがたいです。

 あと、コシヒカリだしね。

 ありがたい限り。

 一年もあれば、当分は持つと思うしね!


『えー、では、これから山車に乗ってもらうわけですが……実はここで、エナちゃんから提案がありました』

「提案、ですか?」


 なんだろう?


『では、お願いします』

「はーい! えー、みなさん、あらためましてこんばんは! 今日はせっかくのお祭り! いのりちゃんが優勝して、山車に乗る事が決まったので、ここは一つ。山車に乗りながらの特別ライブを開催したいと思います!」

『『『うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!』』』


 え!?


「え、エナちゃん!?」


 突然の発言に、思わずエナちゃんの方を振り向く。

 どうしてそんなことになるの!?


「ふふふー、こーんなにお客さんがいるんだよ? それに、うちといのりちゃんはアイドル! お祭りをさらに盛り上げるのも、アイドルのお仕事だよ!」

「き、聞いてないんだけど……」

「うん、今言ったからね!」

「えぇぇぇ……」

「いのりちゃんは嫌?」

「べ、別に、嫌と言うわけじゃないんだけど……ちょっと、突然すぎて……」


 さすがに、いきなりライブをやります! と言われても、すぐにはできないと思うんだけど……。


「それに、演奏とかはどうするの? さすがに、いつものように演奏してくれる人はいないよ?」

「ふふふ、そこも問題なし! 実はついさっき、山車の中で演奏する人たちがね、曲の演奏を申し出てくれたの!」

「それ、大丈夫なの? さすがに、一朝一夕で出来るものじゃないと思うんだけど……」

「もーまんたい! なんかね、今度うちの曲を演奏する予定だったらしいの。本番も近くて、すでに暗譜済みなんだって!」

「わ、わー、なんて都合のいいタイミング……」


 これも、ボクの運が関係しているのかな……?

 変な方向に進むよね、本当。


「でも、無理強いはしないけど……」

「……もう。すでに、観客の人たちに言ってるくせに」

「あ、あははー……ごめんね?」

「ううん、別にいいよ。それに、今のボクはいのり、だもんね。エナちゃんの相方の」

「いのりちゃん……」


 ボクの発言に、感極まったような顔を浮かべるエナちゃん。


 ボクはくるりと観客の人たちの方を向くと、そのまま思い思いに声を上げた。


「みなさーん! 今、エナちゃんが言った通りです! これから、ボクとエナちゃんの二人でライブをしますので、ぜひぜひ、見て行ってくださいね!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!』』』

『マジかマジか! 俺、今日祭りに来てよかった!』

『本物のエナといのりにあえただけでなく、ライブも聞けるとか……死にそう!』

『これは、ドルヲタ仲間に知らせねば!』

『今の内にいい場所とらないと!』

『うん! 一番いい場所で見たいしね!』


 と、目の前はかなり騒がしくなっていた。

 こう言うのを見ていると、本当にエナちゃんって人気なんだなって実感できる。


「いいの?」


 目の前の光景を見て、少しだけ笑みを浮かべていると、エナちゃんがちょっとだけ驚いたような顔をしながら尋ねて来た。


「もちろん。せっかくのお祭りだもんね。楽しくしたいから」

「でも、目立っちゃうよ?」

「そんなの、浴衣コンテストで十分目立ったよ? だから、開き直ってボクも楽しもうかなって」

「あはは、いのりちゃんらしいね! じゃあ、早速行こう!」

「うん! あ、えと、司会者さん、後はお願いします」

『わかりました。……えー、まさかのゲリラライブが開催されることとなりましたので、観客の皆様、なるべく慌てず押さずに動くようお願いします。下手に問題が起こると、ライブが中止になりかねませんからね!』


 たしかに。

 変な騒ぎになっちゃったら、なくなっちゃうもんね。


『それでは、今年のミス浴衣コンテストを終了いたします! 引き続き、エナちゃんといのりちゃんの二人によるライブをお楽しみください!』


 その発言で、会場は更に沸いた。


 ボクたちの方は、急いで山車の方へ向かうこととなりました。

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