第209話 マラソン大会 上

 何気ない日常を送っていると、気が付けば一月下旬に差し掛かっていた。

 一月下旬には、マラソン大会がある。

 今日はその説明。


「あー、マラソン大会では、門白町の土手からスタートし、そこから約20キロほど走ることになる。スタート地点は現地集合。ゴールはここ、叡董学園だ。道中、五キロ地点に給水所、並びにトイレがあるので、体調管理はしっかりしろ」


 現在は講堂での説明会。


 全校生徒が関わるような行事は、こうして説明会が開かれる。

 一学年のみの場合は、クラス内での説明で終わることがほとんど。


 まあ、クラスがそこそこあるからね。それに、何らかの授業で被る可能性があると考えるとね?

 クラス内で済ませられるのなら、そちらで済ませてしまった方がいいだろう、みたいな感じの考えだと思う。


 それにしても、なんだかんだで、師匠も教師が板についてきた。


 口調こそあれだけど、お酒さえ絡めば、しっかりとした敬語で話せると言うことは、いつかの学園見学会で視界をやった時で知っている。

 まあ、裏を返せば、お酒がないと敬語を話さないと言うのと同義なんだけど。


「当日は、一応水筒を持って走ることは許可されているから、必要だと思ったやつは持っておくように。なくても、さっき言ったように、給水所があるから、安心しろ」


 師匠、やっぱり適当だね。


 あんなに適当にしているのに、よく教師が務まってるなぁ、なんて思う時があるんだけど……実際、師匠って綺麗だし、それに、なんだかんだで面倒見がいいから、人気がある。もちろん、生徒だけでなく、先生からも。


 一応、師匠なので、誇らしいと言えば誇らしい。


 ……でも、師匠の魅力を他の人が知った、というのはちょっと……もやもやする。なんだろう? 今までこんな風に思ったことはなかったのに……。


 まあでも、見当違いであることは、なんとなく理解しているけど。


「あとは、1位~20位までの生徒には、メダルが渡されるそうだ。ついでに、1位~3位の生徒には、それぞれ何らかの賞品があるから、まあ頑張れ」


 その一言で、講堂内は沸いた。

 賞品が出ると聞いて、やる気が出るのは誰でも同じ、ということかな。


「あとは、注意事項だ。時間以内に完走できなかった場合、走り切れなかった距離分、後日追走になるので、気を付けろ。まあ、もし体に不調があるのなら仕方がないが……仮病やら嘘の怪我を言っても、あたしの目は誤魔化せんからな」


 まあ、師匠相手に仮病を使うのは無駄だからね……。

 すぐに見破っちゃうもん。

 本当に怪我していた場合は、一瞬で完治させちゃうんだけどね。


「あとは、怪我をしないように気を付けろ。以上だ」

『ありがとうございました。それでは、以上で説明会を終わりにします』



 教室に戻ってくると、みんなマラソン大会の話で盛り上がる。


「マラソン大会かぁ。運動が苦手な奴からしたら、マジでしんどいよなぁ」

「まあ、距離が20キロ近くもあるからな」

「でも、この中で運動が苦手なのって、わたしくらいだし、問題ないんじゃない?」

「そうね。特に、依桜なんてすぐに終わっちゃんじゃないの?」

「あー、うん……まあ、本気で走れば、一時間かからずに終わると思うけど……」

「「「「やっぱ、化け物だなぁ」」」」

「ひ、否定できない……」


 一時間どころか、三十分以下でゴールできると思います。


 師匠は……多分、一瞬。

 師匠の『身体強化』の限界がどれくらいか知らないけど、少なくとも異常なのはわかってるし。

 それに、一瞬で終わっても不思議じゃないもん。


「しっかし、賞品ってなんだろうな」

「さあ? この学園のことだし、割とぶっ飛んでるものがでるんじゃないかしら?」

「ミス・ミスターコンテストで優勝しただけで、最新式のPCがもらえるくらいだからな」

「あとは、この街の全飲食店で使える食べ放題パスとかな」

「まあでも、いいものがもらえるのは確かなんじゃないかなー」

「そうだね。この学園での賞品は結構豪華だから」


 多分、学園長先生のポケットマネーから出てるんじゃないか、とボクは思ってるけどね。


 そもそも、学園を経営していて、なおかつ製薬会社を経営し、さらにはフルダイブ型VRMMORPGの運営もしているわけだから、かなりの年収になってそうだもん、学園長先生。

 そうでなくちゃ、一億もの大金、ぽんと振り込めないよ。


 ……学園長先生って、本当にいくら持ってるんだろう?


 純粋に気になった。


「まあ、このマラソン大会で気を付けないといけないのは、依桜だな」

「え? ボク? 怪我をすることはないと思うんだけど……」

「いや、そういうことじゃなくて、胸だよ、胸」

「胸……? ああ、ブラのこと? たしかに、最近きつくなってきたから壊れちゃうかも……」

「そう言うことじゃないんだが……いや、それも十分問題か」


 あれ? 他に何かあったかな?

 少なくとも、サイズが合わなくなってきてることくらいしか思い当たらないんだけど……。


「依桜君は鈍感だからねぇ」

「???」


 なんで鈍感って言われたんだろう?

 うーん?

 わからない……。



 目の前で首をかしげている依桜を見て、マラソン大会が本当に心配になって来た。

 いや、より正確に言えば、男子連中、と言ったところか。


『な、なあ、普通に考えたら、マラソン大会中ってよ、男女の巨乳がめっちゃ揺れるのが見れる、ってことだよな?』

『た、たしかに……』

『やべえ、そう考えたら、鬱だったマラソン大会が、めっちゃ楽しみになって来た!』

『それによ、腐女の胸だって見れるんだぜ?』

『……いいな』


 この様だ。

 男だから、大きい胸に目が行くのはわかる。

 だが、そこまでのことか?


 ……いや、俺自身も目が行くか、と訊かれれば、否定しきれないんだが。


 でも、友人にそんな目を向けるほど、俺は変態ではない。


 待て。この言い方だと、それ以外の人には目を向けることになりかねない。

 違うな。俺の場合は、単純に見ないようにしているだけだ。

 こっちが正しい。


 さて、なぜ心配になったのが男連中と思ったかだが……今まで、依桜の胸が原因で意識不明の重体になった奴が多いからだ。


 特に、体育祭。


 あれは、まあ……本当に酷かった。

 何度、AEDが使われたことか。

 あれは、事件のレベルだ。


 しかし、今回はそれとは違って、マラソン大会だ。


 給水所には先生がいるとはいえ、それ以外にはいない。一応、見回りの意味も込めて、巡回しているようではあるが。


 だが、それでも全部のヶ所にいるわけではないのは事実。

 毎回鼻血を出して意識不明になるのだから、今回もその危険性があるだけだ。

 それで、追走になるとか、馬鹿馬鹿しいからな。

 ……まあ、俺に関係ない、と言えば関係ないんだが。


「晶、あれ、大丈夫なの?」

「……俺は、大丈夫じゃないと思ってる。何せ、依桜のあれは凶悪だからな……。いや、むしろ、胸悪か?」

「地味に上手いわね……まあでも、そうよね……できれば、地獄絵図にならないことを祈るしかないわ」


 俺たち二人、苦い顔で頷きあった。



 そして、マラソン大会当日。


 これと言って天気が悪いわけではなく、空は快晴。

 マラソン大会日和。


 ボクの方も、特に体が変化するようなことは起きていない。

 いつ変化するかわからないという体質である以上、その辺りはかなり心配なんだよね……。

 どういう条件で変化しているのか、まったくわからないし……。


 もしかすると、条件なんてなくて、本当にランダムなのかもしれないけど。

 それなら、それで全然いいんだけど。

 いや、やっぱりよくない。

 できれば今後、小さくならないでほしい。


「おはよう、依桜」

「おはよう」

「あ、二人とも、おはよー」


 朝、スタート地点に向かって歩いていると、未果と晶の二人と会った。

 いつものように挨拶をして、一緒に歩く。


「依桜は、1位を狙うのか?」

「……師匠に、やるからには1位を取れ、って言われちゃってね……」

「あー、それはたしかに、1位を取らないとまずいわね」

「そうなんだよ。もしこれで、1位以下を取ったらと思うと……何をされるかわからない恐怖が……」


 あの頃だって、なんど無茶ぶりをされたかわからないよ。

 ……おかげで、ちょっとのことじゃ、動じなくなったけど。


「大変ね、そんな理不尽な師匠を持つと」

「まあね……。でも、師匠はいい人だから、好きなんだけどね……」

「今の聞いたら、ミオさん、すごく喜びそうだな」

「そ、そうかな?」

「そうね。あの人、なんだかんだで好きだもの」

「……弟子として好きと思ってもらえてるなら、いいんだけどね」

「「ああ、やっぱり鈍感か……」」

「あ、あれ? 何か間違った?」

「気にするな。いつものことだ」

「???」


 ボクはやっぱり、何かがおかしいのかな?

 ……よくわからない。



 それから他愛のない話をしながら歩き、スタート地点に到着。


 スタート地点には、多くの生徒が友達と談笑したり、軽く体を動かしていた。

 冬真っただ中と言うこともあり、大多数の人は長袖のジャージを着ているけど、中には半袖でいる人もいる。


 よく見れば、タンクトップの人も……って、師匠だ。

 どんな時でも、師匠はタンクトップにホットパンツ。


 寒くないってすごいよね……。


 いや、ボクも日本の冬くらいだったら全然寒くないけど。


「お、はよーっす」

「おっはー」


 ここで、態徒と未果も合流。

 二人も加えて、色々と話す。


「あ、みんな聞いた? どうやら、体育科の先生も一緒に走るみたいだよー」

「え、マジ?」

「マジマジ。体育科の先生を一人でも抜いてゴールできたら、追加で何かもらえるらしいよ。あと、全員抜けば、さらに豪華賞品が」

「へぇ、そいつはすげえなぁ」

「それで? 体育科は、誰が走るのよ?」

「えっと、小和杉先生と、獅子野先生、それから、小林先生、あとミオさん」

「……え、師匠走るの?」

「みたいだねぇ」


 ……なんだろう、すごく嫌な予感がする。

 師匠が走る時点で、絶対いいことはない気が……。


「元気か、ガキども」

「あ、ミオさん。どもー」

「ああ。ん、どうした、イオ。そんなやばい奴を見るような目を向けて」

「いや、あの、師匠、走るんです、か……?」

「走るぞ。それがどうかしたのか?」

「い、いえ、何でもないですよ! あ、あは、あははは……」


 よ、よかった、普通に走るだけみた――


「ああ、お前、あたしと一緒に走るから」


 いじゃなかった。


 師匠がボクの肩を掴んで、にっこり笑顔でそう言ってきた。


「……ですよねー」


 そう言うしかなかったです。

 ……これ、ボクはどうすればいいんでしょうか?

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