第214話 変化再び 上
二月下旬。
新年を迎えてからと言うもの、これと言った大きな出来事が起こっていないのは、本当に嬉しい。
九月から十二月は、激動とも呼べるほど、濃密な期間だった。
それを経験しているボクからすると、本当にこの平凡で、平和な時間は本当に嬉しい。
事件のようなこともないし、変に巻き込まれることもない。
唯一あったとすれば、スキー教室くらいだよね。
あれは、まあ……巻き込まれたり事件だったりと言うよりかは、ボクの体と精神の問題なんだけど。
でも、それを除いたらこれと言った出来事はなかった気がする。
うんうん。平和はいいことだよ。
なんて思いながら、いつも通りの日常を送る。
ただ、なんとなく引っかかってることがあって、それは、元日に引いたおみくじ。
あそこの、旅行の項目に、『見知らぬようで、知っているような場所にたどり着く』って書いてあったのが何とも……。
おみくじだから、きっと偶然、だなんて普通の火とは思うんだろうけど、少なくとも神様がいることを知っている身からすれば、偶然とは思えないんだよね……。
だって、いくつか本当に当たってるし……。
争いごとと成長に関しては当たってる気がするもん。
勝つけど望まない結果になる、って言うのは多分、CFOのサバイバルゲームのことだろうし、成長も、最近本当にブラのサイズが合わなくなってきちゃってるし……なのに、身長は伸びる気配がない……。
それがちょっと悲しい……。
身長、伸びないかなぁ。
どうせなら、解呪の失敗で、身長が伸びる! みたいな、効果が出ればよかったのになぁ。
今から、出ないかな。
だってほら、つい最近、新しい副作用が出てきたし……通常時に、耳と尻尾が生える状態。
あれ、そこまでと言って不便なところはなかったけど、耳と尻尾があったから、かなり視線が来てたんだよね……。
まあ、女の子が耳と尻尾をずっと付けてたら、普通に見るもんね。ボクだって、そう言う人を見かけたら、つい見ちゃうし。
それはそれとして、やっぱり一度でいいから、高身長になってみたいなぁ。
ボク、身長低いし……。
やっぱり、高い人は羨ましい。
頭をぶつけている場面を見る時があるんだけど、あれが本当に羨ましい。
高い人は逆に、小さい人がうらやましい、って言うんだけど、嫌味? って思っちゃう。
だって、高いと何かと便利なのに、それをいらない、みたいに言うんだよ? 小さい人の前で言ったら、本当に嫌味にしか聞こえないよ。
仮に身長が高くなったとしたら、160後半くらいになってみたいなぁ。
ちょうどよさそうだし。
ボクの場合、胸のサイズが身長に対して合ってない、って言われるんだもん。できれば、つり合いが取れるくらいの身長になりたい。
未果より少し高いくらいがちょうどいいと思うんだよね。
……なんて、色々と思ってみたけど、そんな都合よくいかないよね。
それこそ、ご都合展開、って言うやつだよ。
あまりご都合展開をやりすぎると、読者に嫌われちゃう、みたいなことを女委が言ってたっけ。
まあ、現実にご都合展開も何もないんだけど。
「依桜―、ご飯よー」
「今行くー」
母さんに呼ばれたので、ボクは夜ご飯を食べに、リビングに向かった。
そして、夜ご飯を食べている時のこと。
「んぅ……」
すごく眠くなってきた。
「どうしたの、依桜?」
「なんか、すごく眠くて……」
「あら、睡眠系の病気かしら?」
「違うと思うけど……」
この異常な睡魔には覚えがある。
覚えがあるというか、あれだよね。普段、ボクの体が変化する前に起こる、あの睡魔。
……ま、まさかとは思うけど、ボクが新しいのでないかな、なんて思ったから?
まさかね!
さすがに、ない……はず。
あ、ダメだ。思考がうまく回らない……。
「ごちそうさま……」
あまりにも眠気が酷くなっていたので、ボクは夜ご飯を残すことになってしまった。
食べたいんだけど、このままだと食べている途中に落ちてしまいそうだったから。
「もういいの?」
「随分残っているが、依桜大丈夫か?」
「大丈夫……」
「何かあったら、すぐに言うのよ?」
「うん……じゃあ、おやすみ……」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ボクは席を立つと、そのまま部屋へと戻っていった。
「うぅ、眠ぃ……」
部屋に着き、ベッドの近くに行くと、ボクは倒れこむようにしてベッドに寝転がった。
すると、ただでさえ強かった睡魔がさらに強くなり、ボクはすぐに眠りに落ちていった。
翌朝。
「……ん、んん……あ、れ……?」
目が覚めると、すごく体に違和感があった。
いつものパターンなら、頭とお尻の辺りに感覚が拡張されていたり、服が脱げて裸になっていたりするんだけど……今回はそのどれも当てはまらない。
なんか、未知の感覚なんだけど……。
服は……着てる。
でも、なんか服が小さくなった気がする。
ちょっときついし……。
…………服が、小さい?
自分で思って、何かがおかしいと言うことに気が付いた。
「……な、なにが!?」
一気に意識がクリアになってきて、ボクは跳び起きると、そのまま姿見の前に向かった。
「え、え……ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」
そんな、驚きで満ちた素っ頓狂な声が、朝から響き渡った。
「え、な、なに、どういうこと!?」
ボクはすごく混乱していた。
それはもう、すごく混乱していた。
ボクがこんなに混乱しているかと言えば、原因は今のボクの姿。
何と言うか、その……成長していました。全体的に。
身長もそうだし、胸もそう。体全体が成長していました。
視点がいつもより高い……。
「ま、まさか、こんな姿になるなんて……」
普段は、どちらかと言えばややあどけない顔立ちなんだけど、今のボクは大人びて見える。
いや、それでも可愛い系に近いんだけど……。多分。
「こ、これがボク……」
なんだろう、いつもより身長が高いからか、すごく嬉しい気持ちになる。
多分、160後半くらいあるよね?
念願だった、160センチ以上の身長……。
「ふふ、ふふふふ……!」
思わず、そんな笑いがボクの口から漏れていた。
だって! 普段は小さいボクが、こんなに身長が高くなったんだもん!
女の子の体、と言うのはあれだけど、それでも背が高くなったのは素直に嬉しい。
身長が低くて、あんまり同年代に見られなかったボクだけど、これなら同年代に見られるはず……!
「依桜、どうしたの、すごい声がしたけ……ど?」
姿見の前で、一人笑っていたボクの部屋に、母さんが入って来た。
「あ、母さん、おはよう」
「お、おはよう。えーっと、一応聞くけど……依桜、なのよね?」
「うん、ボクだよ」
「あ、ああ、はいはい。えーっと、その姿は……例のあれ?」
「例のあれです」
「そう、なるほどなるほど……依桜、大きくなったわね」
「ありがとう!」
素直にお礼を言った。
だって、大きくなれたのが嬉しいんだもん。
……と言っても、多分今日一日だけだと思うけど。
「……でも、今日は学園だけど、どうするの?」
「あ」
……身長が高くなったことに歓喜していて忘れていたけど、今日、普通に平日だよ。
「もしもし、学園長先生ですか?」
正気に戻ったボクは、とりあえず学園長先生に電話をかけた。
事情を一番知ってるの、学園長先生だしね。
『そうよー。どうしたの、依桜君。朝から私に電話をかけてくるなんて珍しい』
「あの、ちょっとした問題が発生しちゃいまして……実は――」
軽く朝の出来事を説明。
『なるほどー。成長した、と』
「はい」
『それで、制服のサイズが合わなくなって困ってる、と。あと、ブラのサイズも』
「はい……」
『なるほどねぇ。ちなみに、身長はどれくらい?』
「えっと……165くらいだと思います」
『かなり高くなったねぇ。次、スリーサイズは?』
「えっと、さっき母さんに計ってもらったら、上から、92、58、86でした」
『あら、随分成長したのね。ちなみに、ブラのサイズはどれくらい?』
「え、えっと、その……I、です……」
『で、でかい……なるほど、かなり成長しちゃってるみたいね。そうなると、特注の制服になる、か……』
特注……。
む、胸が大きいのも考え物だよ……。
しかも、大きいサイズとなると、なかなかないらしいし……。
「それで、今日の学園はどうすればいいですか……?」
『そうねぇ……とりあえず、私服でいいわ』
「でも、持ってないですよ、ボク」
『ええ、だから、遅刻と言うことでいいわ。ま、今回の件に関しては、かなり不可抗力だから、遅刻扱いにしないから、安心して』
「ありがとうございます……」
『はいはい。それじゃあ、学園でね。あ、一応学園に来たら、私のところに来て。姿の把握はしておきたいから』
「わかりました。着き次第、すぐに向かいますね」
『ありがとう。それじゃあ、学園でね』
「はい。それでは、失礼します」
通話終了。
遅刻扱いにならないのは、本当に助かるよ……。
「学園長先生、なんて?」
「えっと、私服で登校して来ていいって」
「となると、午前中のうちに買いに行かないといけないわけね。……外出用の服をどうするか、よねぇ……今の依桜に合うサイズの洋服はないし……」
「だ、だよね……」
さっきまで、喜びから一転、かなり困惑する状況となってしまった。
下着だって、サイズが合わなくなってるし、洋服なんてもっとない。
今のボクは、母さんと同じくらいの身長になっているけど、胸のサイズなどが違いすぎるので、着ることができない。
「そう言えば依桜、たしか、何もないところから、いろんなものを出せたわよね」
「う、うん。『アイテムボックス』のこと?」
「そうそう。とりあえず、それで下着と洋服を出しなさい」
「ええ!? で、でも、お金を払わないで手に入れるのはちょっと……」
「そうも言ってられないでしょ。さすがに、お母さんだけで行くわけにいかないもの。細かいサイズとかわからないし」
「そ、そうだけど……でも……」
「でもじゃない。これくらいいいじゃない。少なくとも、出した後は、着なきゃいいわけだし」
「た、たしかにそうかもしれないけど……」
そうだとしても、何の対価もなしに、物を手に入れるなんて……。
一応、魔力を消費しているけど、ボクの魔力の総量からしたら、そこまで消費しないから、実質対価がないようなもの。
それで手に入れるのは……。
「じゃあ、依桜は、サイズの合わない服で登校して、恥ずかしい姿になってもいいってわけね」
「それは嫌!」
「なら、出して。そしたら、十時には買いに行くからね」
「わかったよ……」
恥ずかしい姿になるのはすごく嫌だったので、ボクは仕方なく、今の姿に合う下着と洋服を生成して、取り出した。
「あら、シンプルでいいわね」
「……あまり派手にしたくないもん」
「依桜は派手なのは好きじゃないものね。……にしても、それで学園に行けばいいんじゃないの?」
「さすがにそれはダメ。これは、ずるして手に入れた服なんだか」
「ずるも何も、自分の能力を活かした結果だと思うんだけど……。まあ、依桜は真面目だしね。そこがいいところでもあるんだけど」
「真面目もなにも、普通は嫌だと思うんだけど……」
「むしろ、バンバン使っちゃうと思うけどね。さ、準備は後々。朝ご飯食べちゃって」
「あ、うん」
母さんの言った通り、一旦今の状況は後回しにして、朝ご飯を食べた。
……いきなり身長が高くなると、すごく困るんだね。
痛感しました。
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