第476話 初等部の方への視察
学園祭の準備期間が本格的に始まると、学園内は準備による喧騒に包まれていました。
これは高等部だけじゃなくて、中等部や初等部の方も同様で、そっちの方は自分たちが準備する側となって参加する、初めての大きなイベントにわくわくしているからだろうね。
メルたちもすごく楽しそうに話してたし。
それに、通学路を歩いていると、主に初等部の子たちが楽しそうに話しているのが目に入るしね。
中等部の子の方もそれなりに盛り上がってるみたいだし。
そういうのを見ていると、なんだかほのぼのとします。
ボクの日常生活は、変に殺伐とすることが多いからね……。
夏休み中もそんな感じだったし、できることなら、学園祭期間の間は普通に過ごしたいものです。
「じゃあボク、ちょっと生徒会の方に行ってくるね」
そんなことを思いながら、クラスで準備に励んでいると、集合時間になったのでボクは受付担当のみんなに一言断る。
「うん、いってらっしゃーい! 頑張ってね!」
『こっちで進めておくね』
『依桜ちゃんがいない間は任せて!』
「ありがとう、三人とも。じゃあ行ってくるね」
三人に送り出されて、ボクは生徒会室へ向かう。
「おはようございます」
『『『おはようございます、女神会長!』』』
生徒会室に入るなり、役員の人たちから元気な挨拶がかけられた。
「……いや、あの、女神会長はやめて頂けると……って、言っても無駄ですよね……」
生徒会役員の間では、ボクのことを『女神会長』呼びで固定されています。
直してほしいと言うと、スルーされて、一向に直りません。
言っても無駄だと気付いたボクは、言うのをやめました。
意味ないもん……。
「会長、早速の所で悪いのですが、あちらに溜まっている書類へハンコをお願いしたいのですが」
副会長の西宮君がボクに話しかけて来るなり、生徒会長の机(社長が使っていそうな立派な木製のデスク)の上に置いてある山積みになった紙束を示しながら、やや申し訳なさそうな表情でそう言ってくる。
あー……あれはなかなか凶悪な量で。
「一応、会長への負担を減らすべく、内容はこちらで審査済みです。あとは、会長がハンコを押すだけの簡単なお仕事となっています」
「あ、そんなことをしてくれたんですね。ありがとうございます。じゃあ、ちゃちゃっと終わらせちゃいますね」
お礼を言って、ボクは椅子に座る。
そして、なかなかに凶悪な量の書類にハンコを押すべく、『瞬刹』と『身体強化』を発動させると、一気にハンコを押すはじめた。
ボクの視点からすると、『ポンッ、パサ、ポンッ、パサ』という、大体三秒に一枚くらいの速さでやってるんだけど、多分他の人の視点からすると、『ポンパサポンパサポンパサ』と言う風になってるんじゃないかなぁ。
だってこれ、一秒に五枚くらいのペースでやってるからね。
『気配感知』で生徒会室内にいる人たちの気配を読んでみると、驚いていたり、感心したりしている人がほとんどだし。
まあ……うん。早いもんね、さすがに。
とりあえず、この作業を三十分程続けて終了。
内容は、各クラスで必要になる材料の注文です。
ガムテープや養生テープ、それから工具とか紙などの材料は自分たちで買いに行くんだけど、さすがに木材とか大きな布、鉄板とかのような大きなものは買いに行くのに一苦労だからね。
こういうのは、あらかじめ申請を出さないといけないわけです。
この注文の申請については、あらかじめクラス内でやる出し物の設計をして、そこから必要になるものを調べることが大事。
なので、必要になる理由を証明するために、設計図も必要になります。
多分、西宮君たちは、確認作業を省いてくれたんじゃないかな?
ありがたい限りです。
「はい、全部許可しましたよ。これを職員室に持って行ってほしいですけど……」
『あ、じゃあ自分が行ってきます!』
「じゃあ、お願いしますね」
『お任せあれ!』
自信たっぷりに言って、紙束を持って役員の一人が生徒会室を出て行きました。
「えーっと、とりあえず書類仕事が片付きましたけど、この次って何をすればいいんでしょうか?」
「そうですね……とりあえず、各出し物の設営の視察にでも行きますか? 風紀委員と実行委員が巡回してはいますが、我々も見ておいた方が、万が一の時に対処もできます。それに、クラスや個人、部活動ではなく、学園側のイベントに関する設営も見ておいたほうがよさそうですので」
「それもそうですね。じゃあ、申請書を提出しに行った人が戻ってきたら、何人かに分かれて視察しに行きましょう。その際、何か問題が起こりそうな場所があったら、その都度メモしておいてくださいね」
『『『はい!』』』
視察に行くことになりました。
というわけで、生徒会メンバーで視察へ。
この時、さっきボクが指示したように、何人かに分かれての行動になります。
ボクは西宮君と一緒に初等部の方へ行くことに。
もしかすると、メルたちに会えるかも、とちょっと期待していたり。
「しかし、こっちは高等部とは違う盛り上がり方をしていますね」
初等部の敷地内を歩き、周囲を見回しながら西宮君がそう切り出す。
「ですね。高等部はバタバタとした準備だから、色々と騒がしい感じですけど、こっちは楽し気な声でわいわいやってる感じですね」
歩きながら、西宮君の言葉にそう返すボク。
今いるのは初等部の校舎で、中では子供たちが準備で騒いだり、ちょっと走ったりしていた。
多分、物を取りに行くところかな。
でも、
「こら、廊下は走っちゃダメだよ」
ここはちゃんと注意しないと。
走っていた子は、すぐに立ち止まって、
『あ、ご、ごめんなさい』
素直に謝って来た。
うんうん、子供はこういう時素直だから楽だよ。
「ちゃんと謝れて偉いね。でも、急いでいたとしても、廊下で走っちゃダメだからね? お姉ちゃんとの約束だよ?」
『う、うん! やくそく!』
「じゃあ、準備に戻ってね」
『はーい!』
走っていた子は、少しだけ顔を赤くしたものの、すぐに元気な姿を見せると、そのまま自分のクラスの方へと戻って行った。
「会長は、子供が好きなのですか?」
「突然どうしたんですか?」
「いえ、手慣れている気がしましたし、何より今の子と接している時、どこか楽しそうと言うか、微笑まし気な感じでしたので」
「あ、そういうことですか。そうですね……とりあえず、その質問の答えとしては『好き』と言っておきますね」
「やはりそうなんですね。……ちなみに、理由を伺っても? 言いたくなければ言わなくて結構ですので」
「いえ、大体は大丈夫ですよ。そうですね……」
とりあえず、なんて話そうか。
子供が好きなのは元からだけど、異世界でのあれこれがきっかけで、もっと好きになっていたり。
でも、馬鹿正直に異世界での経験です、なんて言えるわけないし……。
……じゃあ、ちょっと脚色しよう。
「ボクの母方の祖父母が、何と言うか、世界を回っているような人でして、ボクも過去に何度か付いて行ったことがあるんですよ。その際、所謂紛争地域に行くこともあって、その時に多くの子供の命が失われていくのを見まして。それ以外だと、貧困国でお金がなくて病気の治療が受けられない子供が死んでしまう光景にも立ち会ったんです。正直、胸が痛くなりましたよ。子供にはなんの罪もないのに、大人の都合や、ただお金がないから、っていう理由で生きられないんですから。だからせめて、ボクが手の届く範囲では、不幸な子供を出したくないな、って思ってるんですよ。ボクが孤児になってしまった海外の親戚を引き取ったのも、それが理由ですね」
まあ、紛争地域や貧困国の話はあながち嘘じゃないけどね。
だって、向こうの世界で旅をしていた時、そういう場所に何度も行ったから。
……あれは、見ていて気持ちのいいものじゃなかったなぁ。
ただただ胸が痛いと言うか、何もできない無力感に押しつぶされそうになると言うか。
あの時のボクと言えば、碌な魔法もなかったし、今みたいに便利な能力やスキルが多かったわけじゃないから、常に余裕がなかったっけ。
今なんて、なぜかその時よりも強くなってるし、師匠曰く、あの時の魔王相手なら瞬殺できる、とかなんとか言ってたし……。
おかしい。
もっと早く、今くらいの強さになりたかったなぁ……。
「……そんなことが。しかし、納得しました」
「納得?」
ボクが過去のことを思い出しながら、少しだけ感傷に浸っていると、不意に納得したと言い出した。
「会長はどこか、同年代にない落ち着いた雰囲気をお持ちでしたし、何より様々なことを想定して物事を考えているようでしたので。そう言った経緯があったのならば、今の会長の行動や思考に納得ですよ」
「あ、あはは、そう、ですかね?」
様々なことを想定して物事を考える、というのは暗殺者としては必須な能力だったし、師匠に叩き込まれたからね……。
まあ、こっちの世界ではあまり危険はないから、なんて理由で楽観視していたわけだけど……それが去年の惨事を招いたんだから、自分が嫌になるよ。
もっとこう、師匠みたいに、どんな場面でも対応できればなぁ、なんて。
「そうですよ。……というより、そうなでければ、会議の際に会長が用意した資料に書かれていた『万が一、テロリストや暴力団のような人が来た時の対処法』なんてものが思い浮かぶことはありませんよ」
「あ、あはは……ま、まあ、そういうことが海外で過去にあったので……」
「今のご時世、何が起こるかわかりませんからね」
「そ、そうですね」
あはは……と乾いた笑いを零す。
……去年のテロリスト襲撃イベントが、実は本当の出来事だったなんて思わないよね……。
ボクだって、何も知らない側だったら、そういうものだって納得しちゃいそうだし。
「去年のテロリストイベントは大盛り上がりでしたからね。……そう言えばあれは、会長と学園長が裏で計画を立てていたようですが、今年は何かするのですか?」
「ふぇ!? い、いや、さすがにない、ですよ? あれはその……あ、後々怒られたので……」
もちろんそれは嘘……とは言えないかなぁ……。
実際、未果たちには怒られたもん。
と言っても、その時の怒りの方向性が違う方面だったけどね……。
まあ、学園長先生はちょっとだけ怒られたそうだけど。
『いくらイベントとはいえ、あんな危険なことをするのなら、あらかじめ周知させておいてください!』
と、あの時の司会者さんのお母さんに言われたそうです。
……正論なんだけど、ああでもしないと色々と問題になってたからね……。
今にして思えば、ボクと学園長先生の押しつけがましい偽善でしかないけど。
「まあ、あれはかなりすごいものでしたからね。当然でしょう」
「そうですよ。……それに、ボクとしてもあまり目立ちたくないので」
「生徒会長なのに、ですか?」
「生徒会長なのに、です。ボク本来、大勢の前に立って、演説とかするようなタイプじゃないので。基本的には、裏方でお仕事をしている方が好きなんですよ」
「わかりまず。自分もそうなので」
軽く笑みを浮かべながら共感してくれました。
「もしかして、副会長にいるのも?」
「はい。会長と言うのは柄じゃなかったので」
「な、なるほど……」
獅子原先輩が言っていた、やりたがらない人って、西宮君のことだったのかな?
あ、でも、他にも何人かいるような話だったし、両方かも。
「――っ!」
『――!』
「……あれ?」
不意に、上の方から声が聞こえて来て、ボクはそう声を漏らした。
「どうしました? 会長」
「あ、いえ、なんか上の階が騒がしいなと思って」
「上、ですか? ……いえ、何も聞こえてきませんが……」
「いや、たしかに聞こえたはずです。とりあえず、何かあったらいけないので、ちょっと行ってみましょう」
「わかりました。会長がそう言うのなら、何かあるのかもしれませんね。行きましょう」
西宮君は何も聞こえなかったみたいだけど、ボクにはたしかに言い争いか何かの声が聞こえて来ていた。
しかもこれ……なんだか嫌な予感。
不安な気持ちに駆られつつ、ボクと西宮君は足早に上の階へと向かった。
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