第90話 師匠、男女家へ

「ほぉ、この乗り物はすごいな……車、だっけか? 馬よりは早いし、乗り心地もいい。それに、音も静かだ」


 会社を出て、現在は学園長先生に来るまで家まで送ってもらっているところ。

 師匠は、初めて乗る車に、興味津々の様子。


「これがあれば、結構スムーズに仕事ができそうだな」


 ……暗殺か何かに使おうとしてない? この人。


「師匠、これはそういう乗り物じゃなくて、遠出をしたり、移動を楽にしたりする物なんですけど」

「おっと、ついそっちの方で考えてしまった。この世界では、暗殺者は少ないんだろ?」

「少ないというか、いませんよ、普通」


 いなくはないけど、大体は、大統領の暗殺のような、国の要人が狙われる場合が多いけど、現代だとあまり聞かないね。

 未遂なら何件かあったような気がするけど。


「そうか。てことはやっぱり、暗殺者として活動するのは難しい、ってことか?」

「師匠なら簡単でしょうけど、こっちの世界の国によっては、人が一人死んだだけで大事件なんですよ? 向こうとは違うんです」

「てことは、本当に平和、なんだな」

「そうですね。昔は戦争とか平気でありましたけど、今は一部の地域を除いたら平和ですよ」


 ただ、戦争にまた発展してしまうのでは? みたいな状況になっている国もあるけど。

 できれば、起こさないでほしいよ。


「……いい世界だな」


 なぜかはわからないけど、師匠の今の言葉には、かなりの重みがあった気がした。


「あ、そう言えば、学園長先生。師匠のことなんですけど、体育教師をやるとして、授業中の服装ってどうするんですか?」

「んー、そうねぇ……一応、外国人ってことになるし、別に私服でもいいと思うわよ。ミオだって、動きやすい服装のほうがいいでしょ?」

「ああ、そうだな。普段仕事で使っている服装のほうが、あたしとしては動きやすくて助かるよ」

「師匠の仕事着ってたしか……」


 タンクトップに、ホットパンツ、っていう結構露出度が高い服装だった気がするんだけど。一応、ブーツ、ニーハイソックスを履いていたけど、それでも露出度は高い気がする。


「えっと……師匠、あの服装でやるんですか?」

「そうだな。どうした、何か問題でもあるか?」

「問題と言うか……薄着ですけどいいんですか?」

「なんだ、そんなことか? いいんだよ。別にこっちじゃ、暗殺者をやるわけじゃないしな。それに、あの服装って楽なんだよ」


 まあ、楽でしょうね。ほとんど、パジャマみたいなものですし。

 ……ズボラな人って、普段着の方もズボラになるのかな。


「……おい弟子。今、失礼なこと考えなかったか?」

「い、いいいいえ! か、考えてない、ですよ?」

「……まあいい。ここでお前を折檻して、イオの両親に受け入れられなかったら困るからな。特別に許してやろう」

「あ、ありがとうございます……」


 ……理不尽。さすが師匠、理不尽!

 こんな感じに、ちょっと騒がしいものの、目的地へ。



「ミオ・ヴェリルだ。よろしく頼む」


 家に到着すると、父さんと母さんがいたので、そのまま挨拶する運びになり、テーブルを挟んで、向かい側に父さんと母さん、こちら側に、ボクと師匠と言う感じで座っている。


「お話は聞いていますよ。なんでも、いきなりこっちの世界に来てしまったとか」

「そうだな。さすがに、住む場所がないのは困っていたので、あたしとしてはありがたい」


 初対面の人が相手でも普段の口調のまま。

 師匠って、敬語を使うんだろうか?

 使っているところを見たことがないんだけど……。


 あと、外見的には母さんたちよりも年下に見えるけど、実際は師匠の方が上だけどね。

 七十歳以上は違うと思うんだけど。


「ミオさん、うちの息子……じゃない、娘を無事に帰してくれて、ありがとうございました」

 父さん。そこは息子でいいよ。なんで、娘って言い直したの?

「気にしなくても問題ない。あたしが見込みがあると思ったから鍛えた。それだけだ。それに、あたしは手助けしただけで、返ってこれたのは、イオが頑張ったからだ」


 ……あれ、師匠ってこんなにまともなことを言う人だったっけ?

 こんなに、優し気な笑みを浮かべる人だったっけ?


「……そうですか。謙虚なんですね」

「そうでもないさ。まあ、こちらとしても楽しい一年だったんで、全然よかったよ」

「師匠……」


 もしかして、こっちが素なのだろうか?

 ……まあ、そうでなくても、師匠はいい人だから、好きだけど。


「それに、イオが作る飯は美味かったからなぁ」

「結局そっちなんですね!」


 師匠が言う、楽しい一年と言うのは、九割くらい食事だったの?

 ……ありえる。

 少なくとも、お酒が飲みたいがためだけに魔王や神を殺すような人だし。


「ははは! なるほど、たしかに依桜の作る料理は美味いな」

「そうね。我が息子――じゃない、娘ながら、料理上手に育ったわねぇ」


 ……息子でいいのに……。

 どうやらこの二人は、ボクを息子扱いしてくれなさそうです。


 この後、ボクがほとんど置いてけぼりで談笑が続いた。

 その話は、なぜかボクのことばかりで、気が付けば、師匠がボクの恥ずかしい話をし始め、母さんたちも便乗して、恥ずかしい話をし始めた。

 ……もうやめてよぉ……。


「――何はともあれ。俺たちは、ミオさんを歓迎しよう」

「自分の家だと思って、寛いでくださいね」

「ああ、ありがとう」


 こうして、正式に師匠がボクの家に滞在することが決まった。

 ……母さん、甘やかしちゃだめだよ。



「この部屋を使って、だそうです」


 話が終わると、母さんと父さんは家を出た。

 とりあえず、家具を買いに行くらしいです。

 実際、師匠に住んでもらう部屋は、何もない殺風景な部屋だからね。これだと恩人に申し訳ない、とのことらしく、急いで買いに行っている。


「そうか。それにしても……ふむ。綺麗なものだな、こっちの世界の家は」

「師匠の家がちょっとアレなだけだった気がするんですが……」


 森の中にある家に住んでいたわけだし。

 それに、師匠の家って基本的に汚いもん。


「まあいいんだよ。あたしの場合は、仕事で家を出ている場合が多かったからな」

「そうなんですか?」

「そうだよ。これでも、あたしは凄腕の暗殺者だぞ? 依頼なんてしょっちゅうくるよ」

「やっぱり、師匠ってすごいですね」

「はは! そんなん当たり前だ。弟子に尊敬されない師匠なんざ、死んだほうがましだね」

「少なくとも、普段の師匠はあれですけど、暗殺者としての師匠はすごくカッコいいと思いますよ」

「よくわかってるじゃないか。ま、当然だな。あたし的には、イオも可愛いぞ?」

「……そこは普通、カッコいいじゃないんですか?」

「そりゃ無理だ。イオは可愛いからな。カッコいいかどうかと聞かれれば……ちと微妙だな」

「むぅ……」


 釈然としない。

 これでも一応、カッコいいとは言われるんだけど……まあ、カッコいいよりも、可愛いと言われる頻度の方が高いけどさ……。


「あ、そうだ。一つ確認しておきたいことがあった」

「なんですか?」

「前回、あたしはお前の呪いの解呪に失敗したわけだが……で、どんな効果が出た」

「……ボク、あの時ほど師匠を恨んだことはないですよ」

「いや、本当に悪かった。あたしもわざとじゃないんだぞ?」

「わざとじゃなくても、適当でしたよね!? 半分にすればどうにかなると思ってやったって書いてありましたよ!?」


 まさか、自分で書いたことを忘れたとか言うんじゃないだろうか、この人。

 誰のせいで、ボクが大変な目に遭っていると思っているんだろ。


「ありゃ、クソ野郎が悪いだろ。あたしは悪くない」


 ……言うに事欠いて、責任転嫁したよこの人。


「はぁ……まあ、もういいんですけどね。解呪できないのならできないで、受け入れつつありますよ、ボクも」


 本当は戻りたいけど、一度しかできないって言われたんだもん。もう受け入れるしかないし。


「そうか。いや、これに関しちゃ本当に悪かったよ。……それで? 一体どんな効果が出た?」

「……小さくなります」

「小さく? そりゃ、そのままの姿で縮むってやつか?」

「いえ、子供の姿になります」

「マジ?」

「マジです。ほかにも、さらに幼くなったうえで、狼の耳と尻尾が生えます」

「……悪い。それは本当に予想外」

「それはこっちのセリフです」


 ボクだって、まさか幼い姿になるとは思わなかったもん。

 小学生になるんだよ? しかも、耳と尻尾まで生えるし……あれ、ちゃんと感覚があるから困るんだよ。

 嬉しい時とか、尻尾がぶんぶん揺れてるし。

 あれ、恥ずかしくてね……。


「しかしまあ、本当に変なものばかり引き当てるな、お前は」

「ほんとですよ……。急な生活の変化で、病気になるんじゃないかと、冷や冷やしましたよ」

「お前が病気とか……ないな。うんない。あたしが鍛えたんだから、なりにくいに決まってるだろ。まあ、確実じゃないが」

「確実じゃないのなら、用心することに越したことはないです」

「ま、それもそうか」


 ボクだって、一応、人間なんだし。

 師匠は神様的存在らしいけど……普段の姿を見ていると、全然そう見えないのが不思議。

 師匠こそ、病気にならないんじゃないだろうか? 確実に。


「あ、そうだ師匠。さすがにないとは思いますけど、ちゃんと部屋は綺麗にしてくださいね? 向こうの師匠の家はかなり汚かったんですから」

「さすがに、弟子の実家の家を汚すなんてことはしねーよ。申し訳ないだろ? お前の親に」


 意外にも、師匠にはちゃんと良識があったみたいだ。

 え、じゃあなんで向こうの世界の人に対しては、あんなに理不尽なんだろ、この人。


「しっかし、今までずっと暗殺者として生きてきたあたしが、真っ当な職に就くとはなぁ」

「できれば、今後もそうしていただけると、ボクもありがたいですよ」

「向こうじゃ無理だが、こっちなら、まあ、善処しよう」

「善処と言うか、普通に殺人はどんな理由があろうと犯罪なので、絶対にしないでくださいよ」

「お、あたしの心配をしてくれるのか?」

「いえ、師匠の心配と言うより、警察とかの心配ですね……。師匠、捕まりそうになったら平気で倒しそうなんですもん」

「場合によるが……まあ、やるな」


 ほらやっぱり。

 大人しく捕まるような人じゃないからね、師匠。


 そもそも、異世界で最強の存在を、あくまでも一般人中でも強いというレベルの強さしかない人が捕まえるなんて、自殺行為に等しい。

 ボクだって、師匠に勝てる気しないもん。

 師匠に勝つには、それこそ餌付けのような行為が必要になりそうだし。

 ……まあ、その手を使っても、奪うだけ奪って倒しに来ると思うけどね。


「ま、迷惑はかけんよ」

「ほんとですか?」

「当然だ。こっちは、家に住まわせてもらう身だぞ? 感謝こそすれ、迷惑をかけるとか、阿呆がすることだ」

「それならよかったです」

「それに、こっちの生活も楽しみでな」

「向こうは殺伐としている部分も多いですからね」

「いや、酒が」

「ですよねー」


 やっぱりぶれない人だった。



 少ししてから、母さんたちが帰ってきて、買ってきた家具を師匠の部屋に設置していった。

 よく見ると、それなりにいいものを買ってきたみたいだ。

 多分、ボクが使っている家具よりもいいもの、だね、これ。

 母さんたちからみたら、師匠は恩人だから、当然と言えば当然か。


 家具の設置を行ったのは、ボクと師匠の二人。

 腕力はかなりあるからね。適材適所です。


 その間、母さんは料理を、父さんは……何してたんだろ?

 まあ、何かしてました。

 家具の設置を終えると、そのまま夕食の運びになり、師匠の歓迎会が行われた。


「ほぉ、こっちの料理は美味いな」


 師匠はいっぱい食べる、ということを伝えると、母さんがすごく張り切ってしまった。

 結果、テーブルに乗り切らないくらいの料理が出てきた。

 唐揚げに、ローストビーフ、カレイの煮つけ、カルパッチョ、シーザーサラダと、かなりの量を作っていた。


 四人でもこれは食べきれない……と、普通の人なら思うかもしれないけど、師匠はすごいです。

 食べ始めたから、一切箸のスピードが落ちず、お酒→料理→お酒というローテーションで食べ続けている。


「そう言ってもらえると、嬉しいわぁ」


 料理を作った側としては、美味しそうに食べてもらえるのはすごく嬉しいからね。母さんも例にもれず、師匠の食べっぷりに嬉しそうにしていた。

 師匠が相手だと、作り甲斐があるんだよね。

 基本的に美味しそうに食べてくれるから。


「それと、この酒がまたいいな。日本酒、と言ったか? 気に入ったぞ、あたしは」


 師匠は、日本酒がお気に召したようだった。

 ボク自身、未成年だからお酒はまだ飲めない(向こうでは成人してるけど、飲んでない)から、よくわからない。

 お酒って美味しいのかな?


「これだけでも、こっちの世界に住む意味はあるな」

「師匠の場合、美味しい料理とお酒があれば十分ですからね」

「まあな」

「ははは! いい食べっぷりに飲みっぷりですな。遠慮せずに、どんどん食べてください」

「あたしは、出されたもの全部食べる主義でね。遠慮はしないさ」

「いいですな。……ところで、ミオさんはおいくつで? かなり若いのですが」


 と、ここで父さんが師匠の年齢について尋ねていた。

 うん。まあ、ボクの話で聞いていた時は、どうやらそれなりの歳の人を想像していたみたいだった。

 そんな予想の斜め上を行く形で、目の前に表れたのは、二十代前半くらいの若い人だもんね。気にならないわけがない。


「百歳は超えてるな。正直、あたしも自分の歳とか覚えてないんだ」

「ひゃ、百歳、ですか。異世界とは、不思議な場所なんですねぇ……」

「あらあら。ギネス記録を超えてるんじゃないですか?」


 二人とも、師匠の実年齢を聞いたにもかかわらず、ほとんど驚いてなかった。

 母さんに至っては、ギネスのことを言っているし。

 そこじゃないと思うんだよ、ボク。

 百歳を超えているのに、二十代前半くらいの容姿であることを気にするべきだと思うんだけど。


「でもまさか、こんな綺麗な人が依桜の師匠とはなぁ……父さん、お前が羨ましいぞ」

「その綺麗な人が原因で、ボクは小さくなったわけだけどね」

「それは本当にすまん。まあいいじゃないか。イオは女の方が似合ってるぞ?」

「そうですよね! 依桜ってば、男の娘の時から可愛くて可愛くて……なんで女の子じゃないんだろうって、ずっと思っていたんですよ!」


 共感してしまった人が、身近にいた。

 いや、母さん。今食事中……って、今、男の子じゃない単語に聞こえたんだけど。


「母さん、ボク、男のほうがいいんだけど……」

「何言ってるんだ、依桜。父さん、お前が可愛い女の子になってくれて嬉しいぞ?」

「私もね。可愛いお洋服を着せるのが、私の夢だったし」

「ほら見ろ、お前が女になって、小さくなったとしても、似合っているから違和感ないんだぞ? 普通なら、『え、似合わな。キモ!』みたいになるぞ?」

「最初から男だった人がいきなり女の子って、どう考えても嫌ですからね!? 中には嬉しい人もいるんでしょうけど、ボクは嫌なんです!」


 特に身長とか。

 身長が縮むという事態が、一番辛いんです。


「そうは言うけど、ねえ? なってしまったものは仕方ないし。お母さん的には、ミオさんのミスはグッジョブです」

「こちらこそ。こんなに美味い料理をありがとう」


 おかしいと思っているのはボクだけ?

 実の母親なのに、師匠のミスを怒るどころか、褒める始末。

 ……うちの両親って、本当に酷いですよね!

 こんな感じで、歓迎会は騒がしくも楽しい時間となった。


 師匠が楽しめたから、いい、かな。

 なんだかんだで、師匠には甘いボクだった。

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