第249話 帰還への希望
元の世界にて。
『社長。観測装置、完成しました』
依桜がいなくなってから五日目の朝。
二日目から製作に入っていた新たな異世界観測が完成したと、叡子が研究員から報告を受けた。
それは、叡子が待ち望んでいた報告だ。
依桜がいなくなった次の日から、ずっと研究所に籠りっきりで、観測装置とは別で、様々なことをしていた叡子。
ほとんど寝ずにしていたこともあって、髪はぼさぼさ、隈も酷い状況。
だが、その報告を受け、そんなマイナスな印象も吹っ飛ぶくらいの笑顔を浮かべた。
「ほんと!?」
『はい。早速、観測装置を作動させますので、こちらへ』
「わかったわ」
研究員に促されるまま、叡子は装置が映し出す世界を見るためのモニター室へ。
そこには、三日間叡子と同じく寝ずに作業し続けていた研究員たちが徹夜などものともせずに、生き生きと動き回っていた。
「準備はできてる?」
『はい。シミュレーションもバッチリです』
『不具合もなく、正常に作動可能です』
「了解。さ、装置の起動をお願い!」
『『『はい!』』』
叡子の指示で、ついに異世界観測装置が作動し始めた。
ゴゥンゴゥンと言う大きな音が鳴り続け、次の瞬間、モニターが点いた。
そこには、LOADの文字と、%で表示された数字が映し出されていた。
少しずつ数字が増えていき、ついに100%に到達。
一瞬モニターが暗転すると、すぐに点灯。
点灯したモニターには、見覚えがある……というか、まさに自分たちが普段目にしている街の風景が映し出されていた。
「あ、あら? ここって、美天市、よね? 失敗?」
『いえ、それが……ここはどうやら、我々から見た異世界で間違いありません』
「え、それほんと?」
『間違いなく』
「なるほど……それで、依桜君は?」
『今、探しています。……あれ、これって……』
研究員たちが、依桜の反応を探そうとしていると、一人が怪訝そうな顔を浮かべながら、そんなことを呟いていた。
「どうかしたの?」
『い、いえ、それが……なぜか、依桜君とまったく同じ反応が二つ……』
「……ちょっと待って。それ、どういうこと?」
『どういうこと、と言われましても……言葉通りです。依桜君と思しき生体反応に、波長、魔力が二つ観測されています。これは一体……』
「……それ、モニターに映し出せる?」
『了解です』
叡子の指示で、再び研究員たちが手元のコンソールを操作し始める。
すると、モニターに映し出される映像が変わり、学園の教室らしき場所を映し出す。
そして、そこに映し出されたのは……
「……え、依桜君が、二人?」
『『『えええええええええええええええええええ!?』
女の依桜と、男の依桜の二人だった。
これには、叡子だけでなく、研究員たちも思わず驚きの声を上げる。
しかも見れば、未果たちも映っている。
というか、映し出されている教室は、どう見てもこの学園の教室だ。
「ちょ、ちょっと待って? まさかとは思うんだけど、ここって……並行世界?」
『……おそらく。この世界と波長は同じで、しかも、社長の生体反応も見受けられます』
研究員の一人がそう叡子に報告する。
それを聞いて、叡子は確信した。
「並行世界と来たかぁ……。あー、まあ、一応ここと同じような世界って考えたら、マシ、なのでしょうね。幸い、別の私がそっちにいるってわけだし。……まあ、だからと言って、こっちが何もしないわけにはいかないわよねぇ」
『はい。原因がわかっていない以上、こちらも研究に乗り出さないといけませんね。しかし、どうしますか?』
「そうねぇ……観測装置ができたのであれば、それを利用して連絡が取れるかも。さすがに、異世界は無理でも、こっちの並行世界なら、取れそうよね」
『そうですね。向こうにも電波があるのなら、こちらと繋げられる可能性があります。並行世界であるのなら、こちらでしていることを、向こうもしている可能性があります。観測装置があると考えれば、向こうでもその装置があると考えられます。それを中継地点にすれば、可能かと』
「それ、どれぐらいでできる?」
『二時間もあれば、すぐです』
「さすが、私の研究員たちは優秀ねぇ。私なんかにはもったいない気がするわ」
研究員の提示した時間に、叡子は苦笑いしながら、そう言うだけだった。
再び並行世界。
朝起きたら、ボクと依桜の姿はいつも通りに戻っていた。
さすがに、今日は何らかの姿になることはなかったので、ちょっと安心した。
これで、今度は尻尾と耳が生えた幼い姿か、尻尾と耳が通常時の姿に生えた状態のどちらかだったら、かなり大変だった気がする。
いつものパターンだと、ボクの尻尾と耳をいじってくることになると思うからね……。
あれ、気持ちいいんだけど、ちょっと恥ずかしくて……。
まあ、それはそれとして、とうとう金曜日。
気が付けば、こっちの世界に来てから今日で五日目。
あと二日で一週間経つと考えると、なんだか時間の進みが早い気がする。
同時に、本当に帰れるのかな? って不安にもなる。
そんな、一抹の不安を感じながら、お昼を食べていると、ボクのスマホに着信が入った。
「あれ、誰からだろう……?」
少なくとも、ここにいるみんなじゃないことはたしか。
まあ、こっちの世界じゃ、ボクのスマホに登録されている番号は基本的に仕えないから、もう一件ずつ、みんなの電話番号を登録しているんだけど。
……同じ電話番号で、同じ名前で登録してあるから、すごく奇妙な光景になってるけどね。
まあ、だからこそ、ボクは誰からなのかわからず、スマホのディスプレイを見る。
そこには、
「あ、あれ? 文字化けしてる……」
なぜか、数字が文字化けしていて、なんて書いてあるのかわからなかった。
「間違い電話か?」
ボクのスマホを覗き込んでそう言う依桜。
たしかに、その可能性はあるけど……
「一応、電話に出てみよう」
「まあ、間違いだったら、すぐに切ればいいからな」
「うん。ちょっと電話に出てくるね」
ボクはみんなに一言言ってから、少し離れたところで電話に出る。
「も、もしもし……?」
『あ、繋がった! もしもし、依桜君? あなた、無事!?』
「が、学園長先生!?」
『そうよ、私!』
電話の相手が学園長先生だと知って、ボクは思わず驚愕の声を上げていた。
し、しかも今、ボクのことを、依桜『君』って言ったよね?
と、と言うことは……
「え、えっと、念のため訊くんですけど……えと、ボクの最初の性別って、わかりますか?」
『男の娘でしょう? どうしたの? 突然』
「い、いえ、なんでもないです」
やっぱり、ボクが知ってる方の学園長先生。
ボクが知っている人と電話でできてると知って、ボクは心の底から安堵した。
『それで、依桜君、今はやっぱり並行世界にいるのかしら?』
「ど、どうしてそれを……?」
『こっちの世界で、唐突に依桜君がこっちの世界で消失しちゃってね。だから、大急ぎで依桜君のいる世界を特定して、そこを見るための観測装置を作成したのよ。で、そっちが並行世界であると知って、別の私がそっちにいるのなら、観測装置にあってもおかしくないと考えたので、急遽、そっちとこっちで通話できるようにするものを創って、観測装置に取り付けました』
「……」
なんか今、さらっとすごいことを言ってなかった……?
別の世界同士で電話できるようにする装置を創ったって……。
というか、この世界を観測するための装置も創っちゃってるよね、学園長先生。
……え、えぇ?
『だから、それを使用してこうして電話をしてるの』
「あ、は、はい。えっと、それで……これ、ボク帰れるん、ですか?」
『まあ、少なくともこうして通話ができることはわかったわけだし……そっちにいる私と協力できれば、可能かもしれないわね』
「な、なるほど……えと、これって、こっちから電話をかけても、そっちに繋がるんですか?」
『多分無理ね。何せ、こっちで今使用している電話は、装置を経由して通話できるようにカスタマイズされたものだから。まあでも、こっちから何度でも通話可能よ。だから、そうね。数分後に電話をかける、ってことにすれば問題ないかもね』
「わ、わかりました。それじゃあ、えっと……五分後くらいに電話をかけてもらえますか?」
『了解よ。五分後ね。それじゃあ、またすぐにね』
「はい」
通話終了。
通話を終えたボクは、依桜の所へ。
「依桜、ちょっと一緒に来てくれないかな?」
「ん、わかった。ということなんで、ちょっと僕と桜は出てくる」
話が早くて助かるよ。
多分、さっきの電話でのボクの発言を聞いて、すぐに察したんだろうね。
「わかったわ。いってらっしゃい」
というわけで、ボクたちはみんなの所から離れて、学園長室に向かった。
もう慣れたもので、いつも通りにノックをしてから、中に入る。
「あら、依桜ちゃんに依桜君。どうしたの?」
「桜の方で進展があったらしくてな。ちょっとこっちに来た。多分、桜の帰還に関する話と見て間違いないはずだ。そうだろう?」
「うん。多分そろそろ……あ、かかってきた」
学園長室に入ってすぐ、ボクのスマホに着信が入った。
ボクは通話に出る。
「もしもし、学園長先生ですか?」
「「!?」」
『ええ、私よ。それで、どう? そっちの私に会えた?』
「はい。えっと、変わりますか?」
『ええ、お願い。あ、スピーカーでいいわよ』
「わかりました。学園長先生、お電話です」
「え、ええ、えっと、も、もしもし……?」
スマホを受け取り、スピーカーモードのスマホを机に置き、恐る恐る話しかける。
『あら、私の声だわ。えーっと、初めまして。といっても、別の自分なわけだから、初めまして、って言うのも変かもね。まあいいわ。とりあえず、董乃叡子です』
「わ、私!?」
通話の相手が、自分だと知って、目の前にいる学園長先生が驚愕する。
依桜の方もびっくりした様子です。
『そうよ。あなたは、別の世界の私、でいいのよね?』
「え、ええ」
『それはよかった。ああまずはお礼ね。私の世界の方の依桜君を保護してくれて、ありがとう』
「い、いえいえ、実際保護したのは私じゃなくて、依桜ちゃんの方です」
『あ、なるほど。だから、一緒にいたわけか。……でも、依桜ちゃん?』
「ええ、こっちでは、女の子から男の娘に変わったから」
『なるほど。そこは別なのね。……まあいいわ。今回、私がそっちに電話をしたのは、協力するためです』
「協力?」
『ええ。こっちの私と、そっちの私で協力して、依桜君を元の世界に帰そうと思ってるの』
「それは願ってもないことだわ! ぜひ、お願いします」
『ありがとう』
なんか、あっさり協力が成立しちゃったよ。
ま、まあ、同じ自分だし、それに、ボクを元の世界に帰そうとしているわけだもんね。
うん。正しいと思います。
「桜、電話の相手って、もしかしなくても……」
「うん、ボクの世界の方の学園長先生」
「だ、だよなぁ……。いや、スピーカーだからよく聞こえているけどな。……でも、すごいな。まさか、別の世界同士で通話するなんて」
「……それについては、ボクもすごくびっくりしてるよ。でも、それを言ったら、並行世界に行くための装置を創ってることもおかしいと思うけどね……」
「……あー、そうだな。それについては、お互い様か」
そう話していて、ふと思った。
……これ、ボクの世界の方の学園長先生とこの世界の学園長先生、混ぜたらとんでもなく危険なんじゃないかな、って。
うん。帰ったら、釘を刺しておこう。
「それで、協力と言っても、どうすれば?」
『そっちでは今、帰すために何をしているのかしら?』
「一応、帰還するための装置を創ってる途中。で、原因となった装置を解析して、そちらの世界の情報を得ようとしているのだけど……なかなか上手くいかなくてね。だから、そっちの世界の波長やらなんやらが手に入れば、あと二日で完成できるのだけど……」
『それくらいなら、そっちに私の世界の情報を送るわ』
「ほんと!? それは助かるわ」
『こっちとしても、依桜君がいなくなったことで、かなり大ごとになっててねぇ。一刻も早く、依桜君をこっちに連れ戻したいのよ』
大ごと……?
向こうの世界で、一体何があったんだろう?
……なんだか気になるような、気にならないような……いや、やっぱり気になる。
「了解よ。それじゃあ、データは私の研究所の方に送っておいてもらえる?」
『もちろん。一応、アドレスとかは同じでしょう?』
「ええ」
『じゃあ、この後すぐに送るわね』
「ありがとう。これで、一気に解決できるわ」
『まあ、こっちも早期解決が望ましいから』
「ええ、それじゃあ、データよろしくね」
『もちろん。それじゃあね』
最後にそう言って、通話が切れた。
……き、聞きそびれた。
聞き出す余地がなくて、結局聞けなかった……。
「と、言うわけらしいので、私はこれから、研究所に戻って、装置の完成を急ぐわ」
「ああ。ちゃんと、完成させろよ?」
「もちろん。依桜ちゃんも期待していいわよ」
「は、はい」
もう少しで、帰れる……。
そう思うと、ボクの中にあった不安が無くなっていく気がしていた。
今回ばかりは、学園長先生がいいことをしている気がするよ。
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