第434話 ミリエリアの家を出て

「はぁっ……はぁっ……ひ、酷いですよぉ~……」

「別にいいだろ? 割と使えるスキルなんだから」

「よ、よくないっ、ですぅ……」


『感覚共鳴』によるスキル習得は終わり、ボクはいつも通りに地面にぐったりと横たわっていた。


 体中からの汗がすごい……。


 髪の毛が張り付いたり、汗で洋服が張り付いたりしていて、ちょっと気持ち悪い。


 あと、動けない……。


「ほれ『レスト』」


 いつも通り、師匠が体力回復魔法を使用してボクの体力を戻してくれる。

 こう言うのはありがたいんだけど、結局これプラマイゼロになってるだけなんだよね……。


「うぅぅ、酷いですよぉ……」

「あたしの講義を忘れていたお前が悪い。あたし、『打消しの宝玉』について教えていたはずだしな」

「うっ、そ、そうですけど……『感覚共鳴』での習得は結構辛いんですよ……なぜかお股の辺りが変な感じになりますし……」

「ぶっ!」


 脚をもじもじさせながら言うと、なぜか師匠が噴き出した。


「し、師匠? どうして噴き出すんですか?」

「どうしても何も、それは! ……あー、いや、やめとこう」

「え、これ知ってるんですか? なんだか、その……ちょ、ちょっと気持ち悪いというか……不思議な感じで……」

「やめろ! 純粋な目でそんな話題を振るんじゃない!」


 怒声に近い声で強く言ってくる。


 え、なんで……?


(ったく、これだからピュア娘ちゃんは……。こいつのいい所ではあるんだが、こういう時マジで困る。どう説明すりゃいいんだよ……。あぁ、そういや二年生の保険の授業であった気がすんなその部分。……だが、なぜだかは知らんが、こいつはその授業を受けない気がする。直感だが)


「あの、師匠? 一体何を考え込んでいるんですか?」

「気にすんな。ちょっと、体育のことでな」

「体育ですか? 師匠、授業のことは忘れましょうよ。今は旅行中なんですから」

「……はぁ。誰のせいで考えてると思ってんだ」

「えーっと、ボク?」

「そうだよ!」


 お、怒らなくてもいいじゃないですか……。


 うぅ、師匠は酷い……。


「ったく……。おいイオ、さっきお前、股間が変な感じするとか言ったな。とりあえず、まあ……あれだ。この奥にベッドルームがあるんで、そこでパンツでも穿き替えて来い。一応紙があるから、ついでに拭いとけよ」


 なんで早口でまくし立ててるんだろう?


 そんなに変なこと聞いた? ボク。


 ……よくわからない。



 あの後、師匠に言われてベッドルーム(ピンク色な内装で、よくわからな道具があったり、かなり大きいベッドがあった)で、下着を替えて、一応拭いた。


 拭くのにちょっと苦戦したけど、まあ……なんとかなった。


 それにしても、あの部屋にあった道具は一体何に使う物だったんだろう? 紐についたボールとか、鞭っぽいものとか、変な色の蝋燭とか、あと手錠みたいなものもあった気が……。


 すごく気になったけど、まあ、大したものじゃないよね。


 師匠は暗殺者なわけだし、きっと拷問みたいなことをしていたんだよね。


 うん。多分そう。


 色々と気になるものはありつつも、師匠と外に出る。


「師匠、この家ってごくごく普通の家に見えたり、入るという思考が起こらないようになっているんですよね?」

「ああ、そうだな」

「師匠が入れるのは、ミリエリアさんと一緒に過ごしていた家でもあるからわかるんですけど、どうしてボクも入れるんですか? こう言うのって、誰かが入って行くのを見たとしても、入ろうとする気持ちが沸かないんじゃないですか?」

「お前、たまに鋭いよな」

「そうですか?」

「ああ。……まあ、その質問の答えとしちゃ、何と言えばいいか……。……いや、とりあえず、お前があいつの好みだった、ということで納得しておけ。どうせ、今はまだ不確定なことしかわからん。ある程度解明することができたら、お前に話すさ」

「そう、ですか? ……わかりました。それじゃあ、その時まで待ってますね」

「すまないな」


 師匠にだってわからないことくらいあるもんね。


 ただ、最近はボクに対して隠し事が多いように思えてならない。


 まあ、師匠にだって言いたくないことはあるから仕方ないと言えば、仕方ないんだけどね。


「あ、そうだ。師匠、師匠がボクに習得させたスキル『魔道透過』ってなんですか?」

「ん、ああそういや説明してなかったな。んじゃ、軽く説明するとしよう」

「お願いします」

「任された。……まあ、あのスキルを一言で言うと、魔道具の効果をほぼ無効化する、というものだな」

「え、何ですかそのチートみたいなスキル」

「いや、チートとは言うが、効果には個人差があるんでな。しかも、アーティファクト級の魔道具だったら、そこそこ効果を消したりできるが完璧に消せる奴はほぼいないだろうな。あぁ、あたしはできるぞ」

「まあ……師匠ですもんね」


 むしろ、無効化できない師匠と言うのが全く想像できない。


 ボクの勝手なイメージだけど、師匠はなんでもできる、というイメージが強くてね。


「で、それは向こうで言うところの、パッシブスキルというものだ。要は、常時発動型、ってわけだ。一応、自分でオンオフを切り替えることはできるんだけどな」

「結構便利なスキルなんですね」

「まあな。だが、スキルばかりに頼るようじゃ、一人前とは言えんし、強くなったことにはならん。あたしはそう思っている。あくまでも、道具だと割り切るわけだな」

「そうですね。最終的にものを言うのは、なんだかんだで自分の技量ですから」

「お、いいこと言うな。さすが、あたしの愛弟子だ」

「ありがとうございます」


 修業時代に師匠がこんなことを言っていた気がするけどね。


「でも師匠、魔道具をある程度無効化する、っていう能力だと、自分に対して有効的に働く魔道具の効果も阻害しちゃいませんか?」

「お、いい所に気が付いたな。そうだ。この『魔道透過』はそこも一応問題点ではあるんだが……意外と簡単な方法でそれを防げる」

「と言うと?」

「このスキルはな、自分で阻害する物と普通に透過する物で選別することができるんだよ」

「便利なんですね」

「ちなみに、方法はマジで簡単。『この魔道具は危険じゃない』、と思うだけで終わりだ」

「本当に簡単ですね」


 お手軽過ぎて、ちょっと怖い。


 でも、この世界って本当に便利な能力やスキルって多いんだよね。日常的にも使えるものが多いからね。ボクがよく使う『気配感知』や『気配遮断』、それから『変装』と『変色』なんかがいい例だし。


 あれは本当に便利だよ。


「そうだろ? だから、お前も今の内に選別しておけよ。とりあえず、『打消しの宝玉』は絶対に登録しておけ。あれはダメだ。暗殺者にとっての天敵みたいなもんだしな」

「あ、あはは……」


 耳が痛い……。


「あ、そういやイオ、お前なんであんなに騒ぎになっていたんだ?」

「え? それはボクがバレたからで……」

「いやそこじゃない。バレる前――正確に言えば、昼前のことだ」

「えと、もしかしてボクがクエスト依頼のすり合わせに行った時のことですか?」

「ああ、それだ。なんか、少し騒がしかったように思うんだが」

「そうですか? たしかに、ちょっとざわざわとはしてましたけど……って、なんでし師匠がそれを知っているんですか?」

「まあ、近くにいたからな」

「え!?」


 いつの間に!?


 え、あの時師匠いたの!? 近くに!?


「あたしのことはどうでもいいんだよ。ほれ、何があったのか、さっさと吐け」

「わ、わかりました。じ、実は――」


 ボクはすり合わせの時に起こった出来事を包み隠さず師匠に話した。


 最初は軽く頷きつつ聞いていたんだけど、最後の方になると顔をしかめだした。


「――というわけです」

「はぁ……なるほどな。まさか、こっちにも悪魔が出現していたとは。まいったな。しかも話を聞く限りだと、微妙に活発化している気がするし……しかも、悪魔王ねぇ? やっぱ、トップがいるのか?」

「そうなんだと思いますよ、ボクは。悪魔さんから直接聞いたわけですし……」

「まあ、そうだな。いると思ってよさそうだ。で? どうするんだ?」

「どうする、と言いますと?」

「いや、ほら、お前ってトラブルホイホイだろ?」

「その不名誉な異名はやめて頂けると……」


 なんだか、Gホイホイみたいで嫌なんだもん。


 ボク、異世界で強くなったとはいえ、ただの人間だからね!


 一応!


「間違っちゃいないだろ。って、いや、それはいいんだよ。問題はそこじゃなくてな、ほら、あれだ。今回、その悪魔王とやらがこっちに来て悪さをする、もしくは悪魔どもが大勢でこっちに押し寄せた場合だ」

「どうすると言われましても……さすがのボクでも一遍に相手をするのは無理ですよ? 師匠じゃないんですから」

「そうは言うが、お前はトラブルに巻き込まれやすい奴だからな。もしもを考えておかねばならん」

「うぅ、否定できません……」


 師匠の言う通り、ボクは何かしらの事件かトラブルに巻き込まれているから、否定できないんだよね……。


 ボクだって、好きで巻き込まれているわけじゃないんだけどなぁ……。


「まあ、あくまでも想像の話として、だ。お前、もしもミカやメルたちに危害が及んだらどうするよ?」

「そんなの決まってますよ。全滅させます。何が何でも。むしろ、生きていたことを後悔させてあげますよ」

「お、おう、そうか。だがお前、ついさっき一人じゃ無理、とか言ってなかったか?」

「それはそれです。姉妹愛があれば、一人でも全滅はできると思います」

「あ、あぁ、そうか……。……こいつ、どんどん壊れて来てんな」

「何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」

「そうですか」


 でも、師匠が危惧している可能性もなくはないし……警戒はしておかないと。


 ここは元の世界とは違って、不確定要素が多いから。


 いきなり魔物が大量発生するかもしれないし、もしかしたら人攫いが出てくるかもしれないしね。


 そして、やっぱり一番気になるのは、悪魔さんの存在かなぁ。


 師匠が言うように、もしかするとこっちの世界に大勢現れて、誰かに危害を加えないとも限らない。


 その場合は、ボクの持てる全ての力を総動員して倒さないと。


 もしかすると『アイテムボックス』もかなり使えるかもしれないしね。今のところは何でも出せるから。


 まあ、出すものに比例して消費魔力も増えるんだけど……そこはそれ。


 最悪の場合は、銃火器を出すことも考えよう。


 師匠に付き合わされて、たまに狙撃の練習させられてるから、扱いにも慣れて来たしね。


 でも、もしも本当に未果たちやメルたちに危険が及んだら……ボクは何をするかわからない。殺しまではしなくとも、確実に地獄を見せるくらいの何かをしそうな気がする。


 ……なんてね。さすがにないよね。


 いくら悪魔さんがこっちの世界に出てきたからと言って、必ずしも大勢で来ることもないだろうし、ましてや悪魔王という人とも会うとも限らないもんね!


 さて、そろそろ戻ってお仕事しないと!

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