バレンタイン特別IFストーリー3:惚れ薬騒動

「で、できた……ほんとにできたっ……!」


 とある場所の研究所らしき場所の中で、一人の女性が手に持った試験管の中にあるものを見て、達成感が籠った声を漏らした。


 周囲には爆発したような跡があり、ところどころ焦げていたり、研究員らしき人たちが地面に倒れていたり、他にもなぜか目がハートになっている人がいたりと、研究所内はやたらとすごい状況であった。


「とりあえず……マウスでの実験も成功したし、後はこれを飲みやすく改良するだけね」


 女性――というか、まあ、頭がぶっ飛んだどこぞの学園長こと、董乃叡子だが――は、ほくほく顔で試験管を持って今にもスキップしそうだ。


「……あ、でもこれ、どうしようかしら? んー……まぁ、使い道は後でいっか!」


 試験管の中身の使用用途を考えるも、今は完成した喜びで考えるのを後にした。


 ピー、ピー、ピー。


 ふと、研究所内で何やら炊飯器から聞こえる炊けた時の音のようなものが鳴り響いた。


 それを聞いた叡子は、研究所の壁に浮かび上がっている0時を指し示している時計を見て、


「あ、そう言えばバレンタインだっけ。今年も依桜君からもらえるといいなー」


 と呟いた。


「ま、当然お返しを用意しているわけだけど」


 そう言いながら、叡子はすぐそばに置かれているまだ固まり切っていない茶色とピンクのマーブル模様があるチョコレートに目を向ける。


 これは一応、叡子の手作りだ。


 ここで一つ、本編時空の学園長を見ている人たちに追加情報ではあるが、叡子は別に料理ができないとか家事ができないとか、そういっただらしない人間、という属性は持ち合わせていなかったりする。


 どちらかと言えば、ミオ側だ。


 ミオもミオで、やろうと思えば家事は完璧にこなせる。


 しかし、めんどくさいからしていない。


 叡子も同じ理由で、実は家がごみ屋敷……というか、基本的に学園にいるか、研究所にいるかをしているため、家が埃だらけになっていたりする。


 しかし、叡子は基本的に天才肌。


 料理をしても素晴らしいものが出来たりするのだ。


 そんな叡子だが、昨年依桜からバレンタインのチョコレートを貰ったことに対して、かなり感激しており、来年は是非ともお返しをと思って、今年は作ったのだ。


 それが今現在近くに置かれているチョコレート、というわけだ。


「喜んでもらえるといいわねー。……ふぁぁぁぁ……さて、そろそろ寝ないと」


 連日徹夜続きで、とあるものを製作していた叡子の疲れはピークに達していたため、叡子の口から大きなあくびが出た。


 それを皮切りに、強い睡魔が襲いかかってきたので、叡子はもう寝ることにし、手に持っていたピンク色の薬品が入った試験管を近くにあった、試験管立てに置いた。


 その試験管立て、実は壊れているが……眠気がピークに達している叡子はそのことに気付かなかった。


 そうして、隣の部屋の仮眠室へ明日のバレンタインパーティーに備えて、眠ることにした。


 そして、叡子が去った後、軽く補修されただけで済まされていた薬品入りの奇跡的な倒れ方で薬品の中身が全て依桜宛のチョコレートに混入し、それはもう見事に混ざった。


 残ったのは、冷え固まる前のチョコレートと薬品が入っていた空の試験管であった。



 一方その頃、男女宅のキッチンでは。


「うん、これでよし! みんなの分と商店街の人たちの分、クラスのみんなの分に、先生方、後学園長先生に師匠の分に、生徒会のみんなと。……いやぁ、新しい家のキッチンは前より広くてこういう時助かるね」


 にこにこ顔でとんでもない量のチョコレートを作っていた。


 上げる相手が異常な人数ではあるが、依桜にとっては異世界のあれこれよりも遥かにハードルが低い事柄なので問題ないのだ。


 ちなみに、時間が既に夜中の三時となっているが、ミオに鍛えられた依桜は一時間寝るだけで一週間以上は活動できるので問題ないのである。さすが、超人。


 尚、妹であるメルたちには、箱に包んだものを渡すのではなく、製作時間一日以上の特製のチョコレートケーキを作っていたりする辺り、依桜の姉バカっぷりが伺えるだろう。


 そして、未果たちの分は、その際に同じ製法で作った特製の物を用意している。


「これで、よしと。ん~~~~っ……はぁっ……完成だね。じゃ、ボクもそろそろ寝ないと、メルたちが起きて来ちゃう」


 今回、チョコレートを用意するに辺り、依桜は妹たちを先に寝かしつけた。


 その際、かなり駄々をこねられたが、作り終えたら布団に行くからと言い聞かせてある。


 しかし、六人は依桜がいないと泣くとはいかなくても、ぐずりだす可能性が大いにあるので、依桜はささっと片づけをメルたちが寝ている布団へと向かった。



 翌日。


 本日は、叡董学園にて毎年行われているバレンタインパーティーである。


 男子のほとんどは女子からのチョコをもらいたいという執念に似た気持ちを携えて登校し、女子は意中の相手に渡し、それと込みで新しい関係に、という願望を抱きつつ、不安に揺れる気持ちを抑え込みながら学園へと登校する。


 そうでない者、例えばそもそもバレンタインに興味はないけど、学園側から用意されているチョコレートが食べたい者たちや、他人の失恋という不幸話が大好物な性格が曲がりに曲がった者や、イベントごとが好きな者、友達にチョコレートを渡したいと思う者、恋路を応援したい者、恋人にチョコレートを渡したい者などは、それぞれの理由でバレンタインパーティーへ臨んだ。


 依桜は当然友達にチョコレート渡したい派である。


 そんな依桜の荷物はかなりの大荷物……というわけではなく、いつもの面子宛の物とクラスメートの物、教師陣宛の物が入った袋を持って歩いていた。


 ミオにはすでに朝渡してある。


 商店街宛の物は『アイテムボックス』の中である。


 前言撤回。やはり大荷物だ。


 とんでもない美少女である依桜が、バレンタインの朝にチョコレートであろう包みが大量に入ったカバンを持って歩いているのだ、かなり注目を浴びていた。


 まあ、明らかに数がおかしいので仕方ないことではあるが。


 そうして、学園に近づくにつれて、視線は増えていく。


 そのほとんどが学生である。


 中には、依桜と同じクラスの生徒がおり、依桜の持つカバンを見てガッツポーズをしていたりする。


 確実にもらえると確信したのだ。


 昨年、依桜がクラスメートにチョコレートを配ったのは有名な話なので、クラス分けの際に依桜と同じクラスになった生徒は、バレンタインのことを考えてかなり喜ぶのだ。


 理由はなぜか。それは至ってシンプル。


 依桜という、とんでもない美少女からもらえることもそうだが、チョコレートが手作りである上に、高級店のチョコレートかと思うくらいに美味いためだ。


 しかも、甘いものが苦手な人に合わせたりする辺り、依桜の優しさがわかるというものである。


 それ故、依桜と同じクラスになったと言うだけで、他クラスの男子から羨望の的になったりする。


 そうこうしている内に、学園へ到着し、依桜は教室へ向かった。


「おはよー」

「おはよう」

「おーっす」

「おっはー」

「おはよう、依桜ちゃん」

「おは、よう」


 依桜が挨拶しながら教室に入ると、そこには未果、晶、態徒、女委、恵菜といういつものメンバーに加えて、鈴音が先に登校してきていた。


「おはよ、依桜。……今年もまた、とんでもない量ね」

「気持ちだから」

「そこまでする奴は、そうそういないだろう。というか、依桜くらいじゃないか?」

「そうかな? 同じことをする人は探せば見つかるんじゃないかな?」

「「「「「ないない」」」」」

「ない、と、思うなぁ……」


 依桜の発言に、六人は否定した。


 まぁ、クラス全員分に作ってくることはまだしも、教師陣にまで渡すのは異常だと思うので……。


「あ、ボク職員室に行ってくるねー」

「いってらっしゃい」

「うん、いってきまーす」


 教室に来て早々、依桜は教室から出て職員室へ向かった。



「今年もあるかも、とか思いはしたが……まさか、ほんとに作ってくるとはな」

「戸隠先生にはお世話になってますから」


 苦笑い気味に受け取る胡桃に、依桜はにっこりと微笑みながらそう返した。


 日頃のお礼だと。


「ま、お前はそうだよな。……だが、他の先生方にも渡すのは大変じゃないか? ただでさえ、お前はクラスメートの分やら商店街の人宛にも作ってるんだろ? 大変じゃないのか?」

「いえ、全然苦じゃないですよ。むしろ楽しいです」

「……ならいいか。他の先生方も喜んでるしな」


 そう言いながら、胡桃はちらりと職員室内を見た。


 そこには、依桜からチョコレートを貰って喜んでいる教師たちが。


 男性教師は単純に美少女な依桜からもらえたことを喜び、女性教師は依桜の作るチョコレートがとてつもなく美味しいことを知っていたため喜んでいた。


 男性教師の名誉のために言っておくが、別に教師と生徒の垣根を超えた関係になろうなどと思う存在はいない。


「それでは、学園長先生の所へ行きますね」

「あぁ。……っと、そうだ。来ると思ってあらかじめ用意しておいた。持ってけ」


 少しぶっきらぼうに言いながらも、胡桃は引き出しから少し高級感のある包みを渡してきた。


「ありがとうございますっ!」

「いいってことよ。じゃ、楽しめよー」

「はい!」


 胡桃からもらったチョコを大切にしまって、依桜は職員室を後にした。


 尚、依桜が去った後、あまりのチョコレートの美味しさに、女性教師たちがそれはもう幸せそうな表情を浮かべながら成仏しかけていたとかいないとか。



「というわけでチョコです」

「ありがと、依桜君」


 職員室へやってきた依桜は、中に入って叡子の前へ行くなりチョコレートを手渡した。


 叡子はチョコレートを受け取り、笑顔でお礼を告げた。


「というわけで、私からもお返し。はい、どうぞ」

「わ、ありがとうございます! わぁ、可愛いですねこれ!」

「そうでしょ? 自信作よ」

「え、学園長先生って料理できたんですか!?」

「もちろん。じゃなきゃ、もっと不健康な姿だと思うわよ? 私」

「あ、それもそうですね」

「きっと美味しいと思うから、食べたら感想をくれるとありがたいわ。来年に活かすし」

「わかりました。じゃあ、感想を伝えますね」

「えぇ、お願いね」

「では、ボクは戻りますね。チョコ、ありがとうございました」

「こちらこそ。楽しんでねー」

「はい! 失礼します」


 チョコ渡しはあっさりと終わった。



 それから教室に戻る前に生徒会のメンバーにチョコレートを渡し、教室に戻った依桜は、クラスメートたちにチョコレートを渡してから未果たちにチョコレートを渡した。


 ちなみに、男子が狂喜乱舞した。


「ほんと、依桜のバレンタインに対する姿勢は半端じゃないわよね」

「そうだな。それに、一つ一つ丁寧に作られていると言うのがな」

「気持ちだもん。一つたりとも蔑ろにできないよー」

「ま、依桜はそうだよな!」

「態徒、なんだか元気だね? 鈴音ちゃんからもらえたのがそんなに嬉しいの?」

「おうよ! もう最高だぜ! 彼女からのチョコとか。いやー、こればっかりは、依桜からもらうチョコ以上と言わざるを得ないぜ」


 依桜の指摘に、態徒はそれはもう嬉しそうな顔で肯定した。


 すぐ隣にいる鈴音は顔を赤くさせながらも、はにかみ顔だ。


「あはは、そうだね。というより、これでもしボクが渡したチョコの方が嬉しいとか言ったら、ボクは態徒を殺さなきゃいけないところだったよ」

「ないない。オレ、鈴音の彼氏だぜ? んなこと言わねーって。……じゃないとオレ、多分殺されるからなぁ」

「「「「「あっ(察し)」」」」」


 態徒の遠くを見つめる目を見て、鈴音を除いたメンバーが何かを察した。


 多分、鈴音の実家のヤーさんたちに何かされるんだろうな、と。


「ところで依桜君や、それは誰からだい?」

「あ、これ? 学園長先生だよ」

「学園長先生なの? へぇ~、学園長先生って料理できたんだね!」

「エナ、それは失礼じゃない? ……私も意外だとは思うけど」

「そう言う未果も失礼だと思うぞ」

「まあ……うん、仕方ないよね。学園長先生だもん」


 恵菜と未果の発言に、依桜はあはは、と苦笑いしながら否定しなかった。


 普段が普段なので、と。


「……しっかしよ、あの学園長が作ったチョコだろ? なんか入ってそうだよな」


 と、態徒が何か入ってるんじゃね発言をした。


「さ、さすがに無いと思う……よ? ……無いよね? え、無いよね?」

「「「「「「う、うーん……」」」」」」


 態徒の発言を依桜は否定しようとしたが、あの人だからなぁ……と思って、否定しきることができなかった。


 信用の無さがすごい。


「ま、まあ、食べてみればわかるよ! じゃあ早速……」


 きっと大丈夫! そう自分に言い聞かせ、依桜は包装を取ってチョコレートを手に取る。


 そして、パクリ、と食べた。


「もぐもぐ……あ、美味しい」

「なんともない?」

「あ、うん。大丈夫」


 特に何もないということがわかり、七人はほっと胸をなでおろした。


「それにしても美味しいね、これ」

「へぇ、そんなに美味しいの?」

「うん。ついつい食べちゃうよ……あ、無くなっちゃった」

「いや、早っ!」

「美味しくてつい」


 ぺろっと舌を出しながら笑う依桜。


 どう見ても、和やか~な時間だ。


 と、その時であった。


 ふと、ダダダダダダ――! という、騒がしい足音が聞こえてきた。


 そして、バンッ! と大きな音を立てながら教室の扉が開き、クラス内にいた生徒たちが全員音のした方を見た。


 そこには、息を切らしている叡子の姿があった。


 何やら焦っている様子だ。


「あれ? 学園長先生? どうしたんですか?」

「依桜君! さっきのチョコ、一旦返してもらえる……って、ああああぁぁぁぁぁぁぁ! もしかして、もう食べちゃった!?」

「あ、はい。美味しく頂きましたけど……」

「そ、それはまずいっ……あ、椎崎さんたち、急いで依桜君の目を塞いで! というか、目隠し!」

「ど、どうしたんですか? 学園長。なんでそんなに……」

「いいから早く急いで! ハリーハリー!」


 有無を言わさない勢いに、未果は言われるがまま依桜の視界を持っていたタオルで塞いだ。


「え、あ、あの、学園長先生? これはいったいどういう事なんですか……? なんで視界を……?」

「よかった……どうやらまだ、効力は出てないみたいね……」

「……効力? 学園長、なんだか今、聞き捨てならない単語が聞こえたんですが、どういうことですか?」


 話を聞いていた晶が、『効力』という単語に反応し、叡子にどういうことかと尋ねていた。


「い、いやぁ、これはかなりややこしい話で……とりあえず、依桜君のグループ全員集合。私と一緒に来て事情を説明するから。あ、依桜君は絶対目隠しを取っちゃだめよ」

「あ、わかりました」

「依桜君や、支えとかいるかい?」

「ううん、平気。なくてもわかるし。じゃあ、行こ」


 そう言って立ち上がった依桜は、すたすたと叡子がいる所まで歩いていく。目隠し付きで。


 この時、クラスにいた、異世界の事情を知らない者たちは思った。


(なんで、視界が塞がっている状態で歩けるの……?)


 と。


 しかし、そんな疑問はなんのその。


 未果たちも何かやらかしたな、と思いながら依桜の後を追った。



「「「「「「「惚れ薬ぃぃ!?」」」」」」」

「えぇ、実はそうなの……」


 学園長室に集まった七人は、とんでもない代物の名前が出たことで、思わず大きな声を出してしまっていた。


「え、学園長先生、そんなもの作れたんですか!?」

「ええ、作れたわ。というか、昨日完成したのよ」

「一体何の目的で……」

「んー、挑戦」

「ちょ、挑戦?」


 未果が目的を尋ねると、叡子は挑戦と答えた。


 しかし、想像とは全く違う回答に、晶が眉をひそめて聞き返していた。


 他のメンバーも頭が痛そうにしている。


「惚れ薬って、二次元ではよく見かけるけど、現実にはないじゃない? じゃあ、ないなら作ってやる! みたいなノリで始めたんだけど……昨日本当に完成しちゃって」

「しちゃって、じゃないですよ!? 何してるんですか!?」

「研究」

「そういうことではなく! なんでそれが、ボクが貰ったチョコに入ってるのか、っていう話です!」

「……学園長、もしかして依桜を狙って……」

「違うわよ!? さすがに! というか、私教育者! そんなことしたら、経営権を手放す事態になるわよ!?」


 未果の予想に、叡子は慌てて否定した。


 しかし、学園長だから、という考えが根付いている六人にとっては、怪しい、と思われてしまっている。むしろ、ガチなんじゃ? とか思ってる。


「……実は昨日、惚れ薬が完成して、後は数個の錠剤にするだけ、というところまで行ってたんだけど、さすがに眠くてね。液体状の惚れ薬が入った試験管を置いたのよ。試験管立てに」

「なら、大丈夫だったんじゃないんすか?」

「いやー……何日も徹夜してたから、それが壊れている試験管立てだっていうことに気付かなくて……私が仮眠室へ移動した後に倒れて、液体がチョコに……」

「なんでチョコの近くに置いてるんですか!?」


 ごもっともな質問だった。


 この質問に対し、叡子は目を逸らしながら理由を話した。


「……研究の片手間に作っちゃって、それで、近くに……」

「せめてキッチンとかで作ってくださいよ……」


 うんうん、と未果たちが頷いた。


 これには、叡子もうっ、と胸を抑える。


 さすがに、言い訳のしようがないわー、と。


「それで、依桜ちゃんが口にした惚れ薬の効力ってどれくらいで出るんですか?」


 ここで、恵菜が肝心の惚れ薬について尋ねた。


 説明を求められた叡子は、申し訳なさそうにしながらも、説明を始めた。


「……大体、一日、ね」

「一日で切れるんだねぇ。んじゃあ、発動条件とかあるんです?」

「一応、効力が出始めるのは飲んでから五分後。その際に、最初に見た人を好きになるわ」

「ってことは、一日依桜は目隠しをしてりゃ大丈夫ってことか?」

「依桜、大丈夫? 不便じゃない?」

「うん、大丈夫。修業時代、よく視界を潰された状態で訓練してたから。できないと殺されてたし」


((((((うん、笑顔で言う事じゃない))))))


 依桜の中では乗り越えたものなんだろうが、六人からしたら酷い話で合った。


 しかし、それなら話は早いと、依桜たちは安心した。


 視界を塞いでおけば大丈夫、と。


 しかしその考えは、次の叡子の言葉で吹っ飛ばされることになる。


「……た、大変申し訳ないんだけど……ね? 実は依桜君が取り込んじゃった惚れ薬なんだけど……一度、誰かを視ないといけないのよ」

「ふぇ?」

「が、学園長、それは一体どういう……」

「効力が一日、というのは、効果を発揮してから一日のことを指すの」

「……つ、つまり?」

「つまり……誰かを視ない限り、依桜君は一生目隠し生活です」

「「「「「「「……」」」」」」」


 沈黙が訪れた。


 それも、そこそこ重い沈黙が。


 そこにいるだけで、気分が落ち込みそうな、そんな沈黙である。


 その状態がどれほど続いただろうか。


 ぷるぷると依桜が震えだし、次の瞬間、


「……何をしているんですかあなたはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 という、大音量のツッコミが放たれ、叡子はびくっと肩を震わせ、死を覚悟した。



 それから三十分後。


 依桜による説教が行われ、叡子はしゅんとしていた。


 部屋には今、依桜はいない。


 トイレに行ったのだ。


 ……ちなみに、当然目隠し状態でトイレに行ったので、個室に入る前の女子生徒やトイレ内に入ってきた女子生徒は、目隠し状態で個室に出入りする依桜を見て、『え、何かのプレイ……?』とか思った。


 後日、人知れず『依桜は目隠しプレイを好む変態かも……』という噂が立つことになったが、今は放置である。


「はぁ……依桜を異世界に送ったってだけで怒髪天ものだと言うのに、今度は惚れ薬とか……何してるんですか、学園長は」

「面目ないです……」

「治す方法とかないんですか?」

「それは無理ね」

「うわー、見事な断言。何か根拠でもあるんで?」

「……あの薬、ミオも関わってるから」

「「「「「あ、それは無理だわ」」」」」

「無理、だ、ね」


 なんと、製作にミオが関わっていることが発覚。


 それを聞いた面々は、どうあがいても治す方法がないと悟った。


 恐るべし、ミオ。


「……ちなみに相手は異性限定なんですか?」


 ここで、晶が気になる点を質問した。


 そう、異性限定なのかどうかだ。


 惚れ薬は、様々な作品に登場するが、その対象は基本二つ。


 一つは、異性限定であること。


 もう一つは、性別関係なく有効であること。


 このどちらかだ。


 それによっては、晶と態徒は大変なことになる可能性が存在し、なんだったら学園中……いや、街中の異性に対して惚れてしまうと言うリスクがある。


 特に、異性限定であった場合、依桜の身が色々な意味で危ない。


 そう思っての質問だ。


 晶のその考えに行きついた面々も、そっちの想像をして叡子に視線を向けた。


「いえ、同性も含まれるわ」


 叡子から帰ってきた回答は、性別関係なく惚れる、というものであった。


 これにより、最悪の可能性は異性限定の場合に比べたらマシになる、そう思えた。


「となると……どうにかする方法は一つか」

「およ、それはなんだい? 未果ちゃん」

「うちも気になる」

「簡単なことよ。晶と態徒、鈴音ちゃんを除いた私たち……つまり、私、女委、恵菜の誰かに惚れさせればいいのよ」

「「――!」」

「み、未果、いくらなんでもそれは……」

「シャラップ晶。いい? どうせ依桜のことだし、十中八九『じゃあ目隠しして今後生活します!』とか言うに決まってるじゃない」

「「「「「「ひ、否定できない……」」」」」」


 未果の指摘に、その場にいた者たち全員が頭の中で、にこにこと柔和な笑みを浮かべている最強の暗殺者(この世界では)の思い浮かべ、苦い顔をした。


 絶対する、と。


「それに……依桜の元の性別を考えると、下手に男に惚れさせるのはいよいよ変わってしまうと思うのよ。ほら、今はもう限りなく女子やってるけど、それでもまだ男だなんて思ってないわけじゃない。林間・臨海学校や修学旅行の入浴時間に未だ恥ずかしがっているのがいい例ね。あれ、女子の裸を見ないようにしているためだし」

「な、なるほど」

「それに、以前恋愛対象を尋ねたらあの娘、『女の子かなぁ』とか言ってたじゃない? だったら、私か女委、恵菜の三人の誰かに惚れさせた方がましよ」

「「ふむ……つまり、誰が依桜君(ちゃん)を惚れさせるか勝負という事だね!?」」

「「それはおかしくね!?」」


 突然勝負とか言い出した、依桜ラブその一と、その二が狩人のような目をした。


 そんな二人に、晶と態徒という、バレンタインの魔力のようなものに中てられていないため、比較的精神状態がマシ、という二人によるツッコミが入った。


「そうよ、二人とも」

「おぉ、未果はマシ――」

「最初に視界に入れさせるのは私に決まってるじゃない。幼馴染的に」

「結局お前もかいッ!」

「そりゃそうよ。一体何年依桜のことが好きだったと思ってるのよ。幼稚園よ? 幼稚園。中学一年生の時に好きになったハイスペック変態と、今年から好きになった天真爛漫アイドルに負けるわけにはいかないでしょうが」

「……オレ、こんなんだから、最近のラブコメにおいて幼馴染が負けヒロイン扱いなんじゃないか、って思うんだが……晶はどう思うよ」


 未果の発言に、態徒は少し遠い目をしながら晶に同意を求めた。


「否定したいところだが……同感だな。幼馴染であるという強みを、マウントのために使うから負けるのでは? 俺はそう思うよ」

「だよなぁ……」

「そこ二人、なんか言った? ぶつわよ?」

「「すいませんでしたッ!」」


 態徒のセリフに晶は同意したが、その直後ににっこにこ笑顔でぶつと言われて、すぐに謝った。なんと言うか、二人が可哀そうである。


「わかればいいのよ。……さて、学園長。とりあえず、惚れ薬のことなんですけど……あれ、効力が一日で切れたとするじゃないですか? その後ってどうなるんです?」

「どうなるって……あぁ、後遺症的なあれとか?」

「はい、あれそれです」

「ん~……マウスでの実験では、結果は二つに分かれたわ」

「二つですかい? それはどんなんで?」

「一つは、効力が切れた後、何事もなかったかのようになったパターン。もう一つは、本当に恋をしてしまったパターン」

「……つまり、前者はともかくとして、後者の場合は、吊り橋効果みたいになってしまう、と?」

「そういうことです」


 その瞬間、三人は『え、何その最高の状態。絶対見させたい』とか思った。


 しかし、良くも悪くも、依桜の幼馴染、もしくは友人である。


 こうも思った。


『薬で惚れさせるの、なんか違くない?』


 と。


 まぁ、主に大部分を占めている良心が痛んだのである。


 いくら好きな人でも、薬はちょっと……。みたいな。


「……とりあえず、ジャンケンする?」

「「賛成」」


 三人はとりあえず、依桜を元の生活に戻すために、一旦は誰が犠牲者になるかをジャンケンで決めることにした。


 その結果……。


「お、我が勝ったのだ」

「私も勝ちましたねぇ」

「ウチもやなぁ」


 なぜかいつの間にか来ていた依桜の契約者である、セルマ、フィルメリア、天姫の三人が勝利していた。


 いや、本当になんでいるんだろうか。


「くっ、なんか文脈やら時空やら、何やらを捻じ曲げて出てきたぽっと出の三人に負けたっ……!」

「本編では、天姫さんはまだ契約したばっかりなのにねぇ」

「女委ちゃん、何のお話してるの?」


 まあ、細かいことを気にしてはいけない。


 いたものはいたのだ。


 ……あえて理由付けを行うとすれば、セルマは単純に仕事の相談で(転移で)学園長室に訪れ、フィルメリアは寮生相談で(こちらも転移で)学園長室に訪れ、天姫も叡子からもらった仕事の相談で(やっぱり転移で)学園長に訪れているのだ。


 理由付け以上。


「ふぅむ、この場合はどうするのだ? もう一度、我ら三人でジャンケンをすればいいのか?」

「まぁ、そうなる……のかしら?」

「では、もう一度しましょうかぁ」

「せやなぁ」


 そして、再び三人でジャンケンしようとしたところで、


「ただいま戻りましたー」


 依桜が戻ってきた。


 ちなみに、遅かったのは目隠ししている理由を訊かれたり、心配されたりしたからであって、決して長引いていたわけはないのであしからず。


「って、あれ? セルマさんに、フィルメリアさん、天姫さんもどうしてここに?」

「いやなに、叡子はんに相談しよう思たことがあってな。それでや」

「あ、そうなんだ。珍しいね、三人一緒になんて」

「まあ、こういう事もあるのだ。ところで、聞いたぞ、主よ」

「何を?」

「惚れ薬なるものを摂取してしまったと」

「え」

「それで、依桜様が視界を塞いだ状態で生活することを義無くされたこともぉ」

「え?」

「さらに言うたら、いっぺん誰かを視ーひんと、一生そのままであることも」

「ええぇ!?」


 いつの間にか来ていた三人が、解除方法を知っていることに、依桜は驚き声をあげながら未果たちの方を見た。まあ、目隠ししているので、見た、と言えるのかは微妙だが……。


「ほら、三人は依桜の契約相手じゃない? だったら、自分たちも手伝う! って言いだしちゃって……」

「で、ジャンケンをしてたのさ」

「あ、こら女委、余計なことは言わなくていい!」

「未果ちゃん、それもう普通に言ってると思うよ?」

「余計なこと……? それにジャンケンって……えと、みんなは何を話してたの?」


 未果たちの会話の流れに、依桜は疑問を持ち尋ねることにした。


 どうしたものかと悩んだが、言わなきゃ色々とややこしくなりそうだと思った未果は、仕方なく言う事にした。


「いえね? 惚れ薬を摂取しちゃった以上、誰かを視なきゃまずいじゃない?」

「うん、そうだね」

「そうなると、何も見えなくなるじゃない?」

「まあ、うん。そうだね」

「だったらいっそ、私たち女性陣の誰かを見てもらって、一日過ごせばいいのでは? と思ってね」

「うん、なるほど……って、え? なんでそうなってるの!?」


 途中までは納得していた依桜だったが、最後の言葉にはさすがにツッコミをせざるを得なかった。


 それもそうである。


 いきなり、知り合いの女性の誰かを見ろ、と言われたようなものなのだから。


 目隠しをしていて表情ははっきりとはわからないが、晶と態徒は『あ、絶対目を見開いて驚きまくってるな』と見抜いていた。


「というわけで、今ジャンケンで決めてるんだけど……一応、依桜の意見を尊重しようと思ったの。誰がいい?」

「ちょっと待って!? なんで既に誰かを選ぶ状態になってるの!? そこまでしてもらわなくても、ボク視界を塞がれた状態でも生活できるんだけど!?」


 そして、案の定というか、未果が予想していたことを、依桜は普通に言った。


 依桜の発言を聞いた面々は、『やっぱりかー』という、苦笑いで納得した。


「それはそれよ。授業はどうするのよ」

「き、気合で?」

「料理は?」

「そこはスキルで……」

「たしか、メルちゃんたちが『ねーさまの運転する車かバイクに乗りたい!』とか言ってたわよね? 三年生になったら取るつもりなんでしょうけど……運転、どうするの? というか、教習所」

「……気合と愛で」

「はぁ……」


 依桜の謎の気合押しに、未果は額に手を当てながらため息を吐いた。


 あ、ダメだこれ、とも思ったが、言わないでおいた。


「依桜。もしあなたが『ボクに好かれることを嫌がると思うから見ない』なんて思ってるなら、それは間違いよ」

「え? なんでわかったの!?」

「幼馴染だし」

「そ、そですか」

「まあいいわ。あなたがそう思ってることはわかった。なら……ちょうどここにいるのは、異界の王が三人。ついでに、普通の女子生徒が三人。なら、二人一組を作りましょ」

「ん? 未果ちゃんや、どういうつもりだい?」

「いえ、私たちが無理やり見させようとすると、絶対逃げるでしょ? というか今、既に逃げの態勢に入ってるし」

「ぎくっ!」


 未果に指摘され、たしかに、いつでも逃げられるように姿勢を低くしていた依桜は、自分でぎくっ! とか言った。


 可愛いと思われた。心の中で。


「というわけで……そうね。セルマさんは私。フィルメリアさんは……エナね。天姫さんは女委ってところかしら」

「ふむ。つまり、逃げる主を追いかけ、どちらか二人を視させればいいと?」

「そういうことです。さっきのジャンケンが無効にはなるけど、下手に逃げられるよりマシ」

「……たまに思うけど、椎崎さんってこう……たまに酷いわよね」

「いつもです、学園長」

「晶、聞こえてるわよ?」

「……すみませんでした」


 未果の笑顔の威圧に、晶は素直に謝った。


 弱いと言ってはいけない。こういう時の未果は逆らえない圧のようなものがあるのだ。


「というわけで依桜」

「あ、うん。なんでしょうか?」

「今から惚れさせるわ」

「え?」

「とりあえず……鬼ごっこで」


 にこっ、と可愛らしい笑みを浮かべたものの、言い表しようのない寒気に似たものを感じて、依桜は学園長室から逃げ出した。



 かくして、絶対に惚れさせたい女性陣VS一生目隠しで生活する覚悟ガンギマリ女子の鬼ごっこが始まった。


 逃げ出した依桜は、さすがに全力疾走すると後者に被害が出ると思い、なるべく身体能力を抑えて逃げていた。


 その際、人にぶつからないよう注意しつつ、ぶつかりそうな時は怪我がないようにやんわりと別の場所に移動させつつ逃げ回っていた。


 目隠し状態なのに、明らかにぶつかるそぶりも見せず、むしろ平気でよけていく依桜の異常性に、パーティー中の生徒たちは何事!? と思ったが、これも何かのイベントかもしれないと言う風に捉えた。


 しかも、そんな依桜を追いかけているのが、未果+セルマ、女委+天姫、恵菜+フィルメリアという、美少女と美女コンビ×3という状況であるため、余計にイベントだと思われることに。


 目立ちたくないと思っている依桜だが、もう生徒会長になったり、色々あって学園を少しの間休学したり、他にも色々あって有名人になっているため、最早目立ちたくない、という気持ちは薄れつつあった。


 もう、どうにでもなれ、というのが今の依桜の気持ちである。


「逃がさないわよ、依桜!」

「逃げます!」

「ふっ、ここは任せるのだ!」


 先回りしていた未果&セルマコンビが立ちふさがるも、依桜は二人の隙間を縫うように逃げようとし、セルマがそれを阻止するべく動く。


 あと少しでセルマの手が触れる距離だったのだが、いきなり依桜が消えた。


 どこに? と思ったら、背後からたたたたっ! という足音が聞こえて、振り向いてみればそこには背を向けて走り去る依桜の姿が。


「くっ、先読みを読まれていた上に、あらかじめ分身体を放っていたとは……! さすが主!」

「とりあえず、追いかけましょ!」

「うむ!」



 走る依桜は、気が付けば体育館に。


 奥で息を潜めようと考えていると、


「見つけたよ、依桜ちゃん!」

「今回ばかりは、依桜様のために追いかけさせてもらいますよぉ」


 恵菜&フィルメリアコンビが立ち塞がった。


 アイドルと元社畜のコンビだ。


「なんでここがっ」

「ふっふっふー、学園にある監視カメラを女委ちゃんがハッキングしたの! おかげで、逃げる依桜ちゃんがばっちり!」

「やっぱりハッキングはずるくない!?」

「勝てばいいのだよ! って、女委ちゃんが言ってたからずるくないです! よーし、フィルメリアさんいくよー!」

「はいぃ!」

「くっ、絶対に逃げるからね!」


 そう宣言しつつ、依桜は逃げの態勢に入り、体育館の出口に向かって駆け出す。


 しかし、それを許す二人ではなく、恵菜は今までの依桜の動きを知っている未果や女委から動きの傾向を聞いており、そこから次の動きを予想し、それをこっそりフィルメリアに伝える。


 予想を伝えられたフィルメリアは『光操術』で、光の輪をいくつか出現させ、依桜に向かって投擲。


 その際、全て真っ直ぐ飛ばすのではなく、様々な方向から依桜に向けて飛ばしたり、可と思えば、一つの輪のすぐ後ろにあったりと、依桜でも冷や冷やする輪が多く飛んできていた。


 しかし、依桜は培われてきた技術を用いて全力回避。


 その結果、あっさりと抜かれてしまった。


「むぅ、やっぱり逃げられちゃったかー」

「ですが、エナさん今、明らかに逃がす方で動いていませんでしたぁ?」

「ふふふー、まぁ、依桜ちゃん相手は頭を使わなきゃだからね」



 続いて依桜が逃げたのは講堂。


 体育館に近かったので逃げた。


 校舎に戻ると、パーティー中の生徒に衝突しかねない、と思ったのもある。


 ちなみに、体育館裏では告白が行われていたが、依桜と女委&フィルメリアコンビの攻防でそれどころじゃなくなった。


「はっはっはー! おいつめたぜい、依桜君!」

「かかっ、ほんまに女委はんの言う通りになったなぁ」

「女委に天姫さん!? くっ、なんて手強い二人……!」


 片やハイスペック変態婦女子、片や幻術の力が抜きんでている妖魔の王。


 この上なく合わせたくない二人である。


「とりあえず逃げないと……!」

「逃がさないぜい! 天姫さん、やーっておしまい!」

「了解や」


 女委の指示を受けた天姫は、妖艶な笑みを浮かべると、女委と天姫の二人の姿がすぅ――とかき消え。


 目隠しをしているが、一瞬だけ気配が消えたことに一瞬驚いた依桜は、慌てて周囲を見回す。


(消えるという事は幻術を使ったという事……どういうもので来るかわからない以上、ちょっと怖い……)


 そう考えて、依桜はますます警戒を強めた。


 二人の気配は明らかに壇上から動いていない。消えた直後に再び現れているため、実はボクをだますためなのだろう、そう断言して、いつでも動けるようにしていると、


「依桜はんは少し、慎重すぎやなぁ」

「あ、しまっ――」


 突然背後から天姫が現れ、依桜を後ろから抱きしめられた。


「な、なんで!? 壇上には確かに二人が……!」

「ふふふー、それはうちとフィルメリアさんがいるからだよ!」

「引っかかりましたねぇ」

「え!? なんで二人がここに!?」


 壇上の方から聞こえてきたのは、女委と天姫の声ではなく、恵菜とフィルメリアの二人であった。


 気配がそこにあるはずなのに、どうして、そう思った瞬間、依桜は理解した。


「あ、もしかして……ボクが講堂に入る時にはすでに幻術を……?」

「イグザクトリー! いやぁ、天姫さんの幻術すごいねぇ。まさかこうも簡単に依桜君を騙せるとは」

「うぅっ……」


 一応、依桜には幻術系の能力やスキル、魔法なんかによるものはあまり効果がないのだが、如何せん相手が悪すぎた。


 幻術という幻術を極めた存在であったことと、素の状態であれば格上の相手であったために、綺麗に引っかかったのだ。


「ちなみに、最初私とセルマさんの攻めが薄かったのは、依桜の動きを見るため。校舎内をどう逃げるか判断して、依桜の動きでどこへ逃げ込もうとするかを考えたの。で、必然的に体育館辺りかなぁって当たりを着けたんだけど……見事に嵌ったわね」

「ま、まけたっ……」


 依桜、がっくり。


 もともと、依桜よりも未果の方が頭がいいため、こういった分野はあまり勝てたためしがない。


 今回もダメだったわけだ。


「とりあえず……目隠し、外すわよ」

「え、で、でも、ボクに好かれることなんて……」

「いいのよ。私たちがいいって言ってるんだから。気にしないでOK」

「でも……」

「あーもう、つべこべ言わない! はい取りま~す!」

「あ、ちょっ――こうなったら……って、わわわっ!」


 依桜の制止を聞かず、天姫に抑え込まれている依桜の目隠しを取ろうと、目隠しに手をかけた瞬間、依桜が逃げようと動いた。


 しかし、それが上手くいくことはなく、結果としてバランスを崩して天姫もろとも倒れる結果となった。


 が、そこは依桜。


 天姫は格上ではあるものの、下敷きにするのは申し訳ないと言う気持ちと、怪我をさせたくないと言う気持ちにより、依桜は倒れるまでの間で体の位置を入れ替え、自身が下敷きとなった。


 そして、目隠しに手をかけていたため、目隠しは未果の手に残り、依桜と天姫は仲良く倒れた。


「ちょっ、大丈夫?」

「いたた……へ、平気。天姫さんは?」

「平気や」

「そっか、よかった。……あの、一旦どいてもらえるかな?」

「おっと、悪いなぁ。すぐにどくよ」


 そう言うと、天姫は依桜の上からどいた。


 依桜は逃げよとする、なんてことはなく、普通に上半身を起こし、未果の言い分を信じることにした。


 多分、逃げても意味ないなぁ、と思ったので。


 そして、依桜が目を開くと、ちょうど視界いっぱいに全員が映り込んだ。


「―――」


 その瞬間、依桜の顔がいつもと打って変わって、妙にテレテレとし始めた。


 というか、落ち着きがなくなった。


 顔を赤くして、あっちを見たり、こっちを見たり……かと思えば別の方を見て、照れたように別の場所を見たりと、なんだか視線が忙しい。


 その光景に、六人は『誰を先に見たんだろう?』と思った。


「えーっと、依桜? 正直に言ってね? 今、この場に六人いるけど……誰が一番好き?」

「ふぇ!? い、いいい、いきなり、そ、そんなこと言われても……はぅぅっ……」


((((((え、なにこれ可愛い))))))


 顔を覆っていやんいやんする依桜に、六人は同じ感想を抱いた。


 しかし、これでは誰が好きかわからない。


「お願い依桜。大事なことなの。教えて?」

「う、うぅぅぅ…………な、です」


 可愛らしく唸った後、依桜は顔を真っ赤にして俯きながら、小さな声でぽそりと答えた。


「え、なに?」


 だが、聞こえない。


「……んな、です」


 もう一度促してみたが、聞こえない。


「ごめん、もう一度」


 なので、ダメ押しとばかりに再度促してみると、


「みんなですっ!」


 恥ずかしさで顔が真っ赤になりながらも、たしかにそう答えた。


 みんな、と。


 これには、六人唖然。


 そして、もじもじと恥ずかしそうにする依桜をよそに、たっぷり十秒ほどの沈黙の後、


「「「「「「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」」


 六人はそれはもう講堂を突き抜けて、校舎側にまで聞こえるほどの声量による、驚きの声を上げるのだった。



 なぜ、依桜があの場にいた者全員を好きになってしまったのか。


 結論を簡単に言ってしまうと、叡子が創り出した惚れ薬すべてが混じったチョコレートを食べたから、である。


 もともと、あれは錠剤にして飲む物であり、本来であれば数粒作れ、一粒につき一人、という状態だったのだが、依桜は過剰に摂取してしまったがために、このような状態になってしまったのだ。


 これには叡子も、


「いやー、まさか飲んだ分だけ好きになっちゃうとは、私天才ね!」


 とか言いながら、土下座する始末であった。


 ともあれ、一応一日で薬は抜けるらしいので、一旦そのままで……ということになったが、


「一緒にいて……?」


 という、潤んだ瞳+上目遣いのダブルパンチに加えて、随分とまぁ健気なセリフを聞かされた六人の心の防波堤は、それはもう、一瞬にして津波で破壊されることとなった。



 翌日。


「うーん……はっ! みんなっ! ……って、あれ? ボクの家……じゃない。え、ここどこ……?」


 依桜が朝目覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。


 妙にピンク色な内装であり、自分が寝ていたベッドが妙に広かった。


 というか、他にも何かいた。


 正確に言えば、なぜか全裸で眠る美少女×3と、美女×4である。


 面子は、未果、女委、恵菜の学生組と、セルマ、フィルメリア、天姫の異界の王三人と、依桜にチョコを渡しに来た直後、なぜか惚れ薬の効果がまだ残っていたのか、その場で依桜が好きになってしまった美羽の七人である。


「……あれ、なんでだろう。みんなの裸を見ても、こう、目を逸らさない……? それに……妙にこう、愛おしい? というか……」


 あと、なんでボクも含めて裸なんだろう……そう呟いた依桜は。


 自分の記憶を探り、全てを悟った。


「……………………………………………………………あ、うん。責任をとらないといけない奴だね、これ」


 と。



 後日談。


 あのバレンタインの惚れ薬騒動がきっかけで、依桜たちの関係性は大きく変化した。


 叡子が語った副作用だが、依桜は『そのまま好きでいる』という方が現れ、結果として依桜は全員に対して恋愛感情を抱いたのだ。


 そしてそれは、まさかのまさか。全員から受け入れられてしまう結果となった。


 つまりどういうことかと言うと……依桜メインの百合ハーレムが爆誕することになった。


 とはいえ、意外と問題が起こるー、なんてことは何一つなく、結果として八人は普通に幸せな生活を送ることとなった。


 ……尚、関係が変化した後、天界、魔界、妖魔界に、学園は色々と大騒ぎになったが、基本的に祝福ムードだったのは、素直に安心するとともに、依桜はとてつもない気恥ずかしさと、倫理観的にどうなの……? と思ったそうな。

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