第538話 林間・臨海学校の裏側3
翌日。
今日は、イオたちは臨海学校に参加するとのことで、あたしも臨海学校へ参加することにした。
つってもまぁ、この辺りはエイコが根回しをしているんだがな。
あたしがあいつに頼んで、イオと同じ物にするように言ってあったんだ。
なんだかんだ、調べものも多いし、あたし的には、大多数のガキどもも守らなきゃいけねぇが、大多数とイオたち、どちらの命を選ぶかと言われれば……まぁ、イオたちだろう。
まぁ、このあたしがこの程度の人数如き守れない、なんてことはないんだが。
さて、臨海学校についての説明が終わると、ガキどもが一斉に行動を始める。
イオたちは自分たちでどう動くかを決めているらしく、近づくと話声なんかが聴こえてくる。
「さて、サバイバルとのことだけど……どうやって調達する?」
「そうだねぇ……わたしはそこまで泳げないし、岩場か釣りかなぁ」
「オレは海に潜るかね。実家の修行でよく水中戦をやるし」
「俺は釣りに回ろう」
「じゃあ、私も釣りね。楽そうだし」
「うーん、うちはせっかくだし、海に潜ろうかな」
「じゃあ、ボクも海に潜るよ。得意だしね、こう言うの」
「「「「「だろうね」」」」」
などという、あいつららしい会話が繰り広げられていた。
しかし、ふふ。
「はははは! いやぁ、よく言ったなぁ、イオ!」
あたしはイオが潜ると言ったことが少し嬉しく感じ、ついつい笑いながら話しかけていた。
「おし、ここは一つ、あたしも面白そうだし参加するかね」
折角海に来たし、何より愛弟子が参加するなら、師匠であるあたしも参加しないわけにはいかないだろ。
「え、師匠も、ですか?」
「ああ。まあ見てな。美味いもんでも獲ってきてやろう」
「え、それってどういう……」
「じゃあ、あたしは先行ってるぞ」
あたしはイオの言葉を聞き終えるよりも早く海に飛び込んだ。
(ふむ……思ったより綺麗だが……ここら辺の魚じゃ面白くないな)
水中はなかなかに綺麗で、水中に差し込む日の光が海底を照らし、幻想的な光景を見せる。
魚も綺麗な体の奴や、たまにスーパーなんかで見かけるような魚が泳いでいるなど、見ていて面白い。
あと、何気にサンゴ礁とかあるのな、ここ。
だがしかし、よく食う魚じゃ面白くないだろうと言うことで、あたしはさらに深い海目掛けて潜っていく。
そうすると、徐々に光が薄くなり、暗さが増していく。
あと……なんだ? 妙な圧力を感じる気がするが……ま、この程度大したもんじゃないな。
昔戦った邪神が使ってきた重力系の力の方がもっときつかったし。
弱い圧力だ。
(……ん? あれは、なんだ……?)
魔法で光球を作り出し、辺りを手無しながら海底に沿って進んでいくと、先の方に妙な物を発見する。
(こいつは……遺跡、か? いやしかし、あたしからすりゃ微弱な圧力だが、普通の石材程度なら砕けそうだが……どういうことだ?)
そこには、白っぽい石で作られた遺跡のようなものがあった。
大きさは……そうだな、横二十メートル、縦三十メートル、奥行き百メートルってところか? 随分とでかい建物だが……。
ふむ、こう言っちゃなんだが、この世界にこの建造物を建てることができる技術が果たしてあるのか?
答えとしちゃ否だろうな。
世界各地の機密情報なんかもすっぱ抜いて来たが、深い海の底にこんな物を建てることは不可能と言える。
もちろん、過去の時代には海の底に建造物を建てることができる人種なんかがいたのかもしれないが……この世界の人間は、イオのような例外を除けば、魔力を持つことはあり得ない。
事実、ミカたちから魔力の反応はなかったからな。
だが、一応この世界にも魔力自体は存在している。
もし、これを建てることができるとすりゃ……まぁ、天使や悪魔、妖魔、精霊、妖精辺りか?
喚べるかどうかは別だが。
(軽く見ておくべきか……いや、扉が閉じているな。しかし、あの神社に似た気配も感じるが……ふむ、ここまで来るのに多少の時間を要したからな……あんまし、下手に長居すると変に思われるかもしれんが……いや、ここは少しだけ見ておこう)
戻ることも一瞬考えたが、目の前に気になる物がある以上、放置をすると言うことはせず、軽く覗いてくことに決めた。
林間・臨海学校で訪れているこの地は、美天市から大して離れているわけじゃない。
あたしやイオなら、三十分程度で着くことだろう。
とはいえ、長距離であることには変わりないんで、バスでの移動になるわけだが。
(さて、中には入れりゃいいんだが……)
閉じた扉に近づき、入れるかどうか考えると……
(……ん? なんだ、この光は? いや、光と言うより……こいつは、何かの模様、か?)
いきなり扉に光が現れたと思えば、その光は何か模様のようなものを扉に描いていく。
光が動かなくなると、そこには何やら見たことがない紋章らしきものが現れていた。
突然扉に現れた光について考察しようとした瞬間、ゴゴゴゴゴゴゴ……と突然扉が開きだした。
(急に開いたな……まぁ、壊さずに入れるんならありがたいか)
最悪の場合、壊そうと考えていたんで、これは素直にありがたい。
注意しつつ、あたしは遺跡の中へ入る。
(……この遺跡、妙だな。全くと言っていいレベルで劣化が無さすぎる)
遺跡に入るなり、あたしが真っ先に思ったのは、綺麗すぎる内装だった。
しかも、妙なトーチらしきものまである。
淡い青の光を灯す、不思議なトーチだ。
どう見ても、自然現象から発生した物じゃないだろう。
(魔法……じゃないな、これは……神気? しかも、この波長……いや、まさか……だが、あいつはこの世界に来ていた。なら、神気を用いて何かしらをやっていても不思議じゃない……が)
仮に、ここがミリエリアが作り出した建物であるならば、その目的は一体なんだ?
なぜ、魔の世界ではなく、法の世界にあるのか。
魔の世界ではダメだったのか、それとも魔の世界にも似たような物があるのか……その理由は不明だが、あいつに限って、何もないってことはないだろう。
何かしら事情があってこれを建てたんだとしたら……その理由はなんだ?
わからない……そもそも、あいつが作り出したと言う確証はない。
あいつ以外の神がこちらの世界に来て、これを作った可能性がある、が……長い間あいつと一緒にいたあたしが、あいつの神気を間違えるはずがねぇ。
(一旦進むしかない、か)
情報を得るには、この遺跡を調べなきゃいけない。
だが、今は時間が足りない。
もし、情報を得られるとすれば四日目になるが……四日目は帰宅もあるからな……仕方ない、今日の夜、この遺跡を調査するとしよう。
地上の神社は、明日調べる時間があるはずだ。
あいつらが今日臨海学校を選択してるからな。
その間、あたしは調査を進めるとしよう。
(……そうと決まれば、一旦退くか。夜、またここに来るとしよう)
時間を考え、あたしは遺跡から引き上げることにした。
異世界から出る道中、本来の目的を思い出し手ごろな魚を見つけて捕獲。
その際、何やら凶暴な奴がいたんで適当に殺気をぶつけて追い払った。
……が、これがいけなかった。
あたしは食料を手に入れ、イオに調理してもらうべく高速で水面へ向かって泳ぐ。
徐々に徐々に水面へと近づいていき……
ドッパァァァァァァァァンッッッ!!
と、それはもう、でかい水柱を上げつつ水面から飛び出す。
砂浜を見れば、こちらを茫然とした顔で見つめるイオたちがいたんで、あたしはそこへ着地し、
「いやー、はっはっは! 大量だ」
大量の獲物を持ちながら着地した。
よしよし、問題なしだな。
あとは、これを調理してもらって……。
「え、えーっと、師匠? 何してるんですか?」
ふと、固まっていたイオが口を開くなり、何をしていたかと尋ねてきた。
「何って……魚を獲っていたんだが? なるべく遠めの所に行って」
何をしていたか訊かれたんで、隠すことでもないから話すと、イオの表情が硬くなる。
「……師匠、その間に、大きな鮫に会いませんでした?」
大きな鮫? 大きな鮫……あぁ、もしかして、あの凶暴なでかい奴か?
あれ、鮫って言うのか。
「ん? ああ、いたな。だがまあ、あたしが軽く殺気を飛ばしたら、逃げて行ったが……」
なぜそんなことを訊くのか不思議に思いながら、あたしは自身の行動を話す。
すると、イオがぷるぷると震えだし、近くにいたミカたちが頬を引き攣らせながらスーッとフェードアウトしていった。
……なんだ、この嫌な予感は。
あたしの第六感が警鐘を鳴らしだしたその瞬間だった。
「あ……あなたが原因じゃないんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
イオの特大の雷が落ちた。
「あー、イオ? どうしたんだ? そんな鬼の形相をして……」
たしか、日本では般若とか言ったな……たしかに恐ろしい表情だが……なぜ、イオがそんな表情を?
「そこに正座してください」
般若の形相から一転し、なぜかにっこり笑顔を浮かべ、正座を促してきた。
「いや、いきなり何を――」
「正座です」
「だ、だからな? せつめ――」
「正座です♥」
「……はい」
イオの笑顔の圧力に負けて、あたしはその場で正座したところで、イオが一言。
「何をしてくれてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「(ビクッ)!」
突然のイオから発された怒声に、あたしは思わずビクッと肩を震わせた。
な、なんだ一体!?
内心混乱していると、イオがなぜ怒声を放ったのか原因を告げた。
「あなたのせいで、エナちゃんが死にかけたんですよ!? 本当、何考えてるんですか!」
「え、ま、マジで? そんなことになってたん……?」
どうやら、エナが死にかけるような出来事が起こっていたらしい。
それも、あたしのせいで。
「そうです! 師匠がむやみやたらに殺気を放つせいで、鮫がこっちに来て、エナちゃんが襲われかけてたんですから! ボクが事前に通信用の魔道具を渡したからよかったものの……これでもし、渡してなかったらどうするつもりだったんですか!?」
「いや、それは、その……」
正論過ぎて、あたしはどう返せばいいのか迷ってしまい、しどろもどろになる。
そんなあたしにお構いなしにイオはさらに言葉を重ねる。
「だからあれほど言ってるじゃないですか、こっちの常識を学んでくださいって!」
「……すまん」
「いいですか、師匠。師匠は――」
そこからイオのそれはもう長い説教が始まった。
それはあまりにも長く、同時に辛く、そしてあたしの精神を抉るものだった。
「――というわけです。それから――」
かれこれ三十分は説教を聞いているが、一向に終わる気配がない。
かといって、ちゃんと聞いていないと、イオの説教がさらに伸び、更にはとんでもない罰が与えられてしまうので、既に痺れて感覚が無くなっている足をぷるぷるさせながら、話を聞く。
「――というわけですので、これからは気を付けてください。いいですね?」
「……はい」
ようやく説教が終わったのはさらに三十分経った頃だった。
合計、一時間にも及ぶ説教を経て、ようやくあたしは解放されるのだった。
「じゃあ、この林間・臨海学校が終わったら、自分の部屋の掃除をしてくださいね?」
「え」
説教後、イオはにっこりと微笑みながら掃除をするように告げてきた。
あたしは思わず表情が固まる。
そして、その次に続く罰に、あたしは酷く狼狽することになった。
「あと、二週間、お酒抜きです♪」
「なに!? そ、それはマジ勘弁!」
そう、酒抜きだ。
あたしから酒を抜いたら、それはもうとんでもなくぐっでぐでになってしまう!
だからこそ、あたしは勘弁してほしいとイオに懇願した。
しかし……
「いいえ、ダメです♪」
やはり、にっこり笑顔でバッサリ切り捨てられてしまった。
こうなるとイオは絶対に言葉を曲げなくなる。
ならば、ここは期間を短くしてもらうしかねぇ!
「せ、せめて一週間に……!」
「ダメです♪」
笑顔でバッサリ。
「じゃ、じゃあ一週間と三日……!」
「ダメです♪」
やっぱり笑顔でバッサリ切り捨てられてしまい、
「チクショー――――――!」
あたしは酒が飲めない慟哭と共に、砂浜めがけて右手を叩きつけていた。
それにより、砂柱が上がってしまったが……そんなことを気にする余裕など、あたしの中には残されていなかった。
酒が! この世で最も素晴らしい飲み物である酒が! 無くなってしまったんだぞ!?
二週間とはいえ、それはいくら何でも地獄過ぎるッ……!
酒が無くなると言うことは、あたしにとっちゃ死ねと言われたことと同義……つまり、イオはあたしに死ねと言っているッ!
畜生―――――――――!
「……はぁ。仕方ないですね。一週間と四日にまけてあげます」
そんなあたしを見かねてか、イオが嘆息しながら期間を二週間からまけてくれた。
「マジで!?」
女神の如き申し出に、あたしはガバッ! と顔を上げてイオを凝視した。
「はい。なので、今後はこのようなことがないようにしてくださいね? その時は……」
「そ、その時は?」
「――一生、師匠の食生活を管理します♪」
にっこりと、いつも以上に笑みを深めて、地獄のようなことを言ってくるのだった。
「二度としないんで、マジで勘弁してください!」
おぞましきイオの罰に、あたしはそれはもう土下座をして二度としないと誓った。
イオが一生食生活を管理すると言ったが、傍から見ると食事の面倒を見てくれると思うかもしれないが……あたしからすりゃ地獄も良い所だろう。
おそらくだが、もしイオに食生活を管理されることになれば、あたしが酒を飲む機会は限りなくなくなるだろう……。
おそらく、月に一本だけ。しかも、こっちの世界で売られている、ビール缶一本分だ。
そんなことになれば死ねるし、何より……あたしの好物を作ってくれなくなることだろう。
なので、あたし的にはマジで地獄なわけだ。
マジで二度としねぇ……。
「約束ですよ?」
「うっす!」
「じゃあ、お説教はお終いです。あ、エナちゃんに謝ってくださいね?」
「うっす」
イオに促され、あたしは立ち上がるとエナの前に立ち謝罪する。
「本当に、すまなかった。ちょいとばかし、テンションが上がってしまってな……まさか、そんなに危険なことになっているとは思わなかった。すまなかった」
「あ、いえいえ! 依桜ちゃんが助けてくれたので大丈夫です! そ、それに、役得でしたし……」
えへへ、と頬を赤く染めながら役得と告げるエナを見て、その言葉の意味に納得する。
「……なるほど、そうか。いや、許してくれてありがとな。今後はまあ、あたしのできる範囲で手を貸そう。遠慮なく言いな」
せめてもの詫びに、何かあれば頼ってほしいと口にした。
何をすれば詫びになるのかわからないからな、こういう形ならいいだろう。
それに、エナはイオたちのグループに入ったばかりで、特にあたしに遠慮している節があったからな、そういう意味じゃ丁度よかったかもしれん。
「ありがとうございます! ミオさん!」
「エナちゃんが優しい人でよかったですね、師匠」
「ああ」
ほんとにな。
「これでもし、エナちゃんが許さないって言ってたら、ボクは師匠の食生活を本当に管理してましたから❤」
我が弟子よ、にっこり笑顔で怖いことを言うんじゃねぇよ……背筋がぞわっとしたぞ、ぞわっと。
「……マジで、ありがとう、エナ」
管理された未来を想像して、心の底からの礼をエナに言った。
いやほんとにな……。
「あ、あはは。依桜ちゃんって、怒ると怖いんだねぇ……」
「そ、そうかな……?」
お前は怖いよ。
などと、実際には口にせず、心の内側に留めておいた。
その後は、あたしらが獲ってきた魚介類なんかを見せ合い、イオが調理。
量があまりにも多かったため、臨海学校に参加していた生徒だけでなく、教師にまで振舞うという、頭のおかしいことをやってのけ、イオはそれはもう……女神と崇められることとなった。
まぁ、イオは気づいてなかったがな。
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