第276話 五月四日:何気ない一日
五月四日。
まさかのレギュラー入りしてしまった声優のお仕事から次の日。
ボクの手元には、アニメの台本があります。と言っても、一話目……昨日収録した回の台本。
これには、昨日収録現場にいた声優さんたちのサインが書かれてます。
一応これ、お土産です。
何かお礼をさせてほしい、って声優のみなさんに言われたんだけど、たまたまその場にいただけで、お礼をされるというのも何とも言えない。
そこで考えたのが、アニメや漫画が大好きな女委へのお土産として、台本にサインを書いてもらうことにしました。
でも、女委だけというのもと思った結果、みんなの分もお願いすると、快く書いてくれました。
その結果、台本が四冊ほどあります。
一応、ボクのを抜いた数です。ボクがもらった台本にも書いてもらいました。
うん。大切にしよう。
LINNで昨日の件を話す。
『みんないる?』
『おう、いるぜー』
『うん、わたしも今休憩中だからいるよー』
『俺も家にいるぞ』
『私も。珍しいわね、依桜から話すなんて。それで、どうしたの?』
『あ、うん。みんな、『天☆恋』って知ってる?』
とりあえず、昨日収録に参加したアニメの事を尋ねてみる。
『おう、知ってるぜ。というかオレ、原作持ってるぞ』
『ああ、俺もあれは好きだな。たまに、態徒から原作を借りてるしな』
『うん、わたしも好きだよー。連載が始まってからずっと読んでるし、アニメも楽しみ』
『たしかに、あれは面白いわよね。というか私、クリスマスのプレゼントでもらったマンガってそれだし』
みんな知っている上に好きとのこと。
あれ、もしかして……
『ねえ、このマンガって、結構有名だったり、する?』
『まー、そうだな。だってあれ、設定こそよくあるものかもしれんが、所々で細かい伏線や、作りこまれた設定とかあって、人気なんだよ』
『そ、そうなんだ……』
……なんだろう。ボクだけ知らなかったという悲しい現実が目の前に……。
『それで、どうして突然そんなことを訊いてきたんだい?』
『ちょ、ちょっとね……。あ、あと、麻宮空乃ってキャラ、知ってる?』
『主人公の妹で、天使、っていう設定の幼い女の子ね。たしか、一番人気があるんじゃなかったかしら、あのキャラ』
………………えぇー。
え、なに? ボクが演じることになったキャラクターって、一番人気あるの? 普通、メインヒロインが一番人気を持って行きそうな気がするんだけど……。
ど、どうしよう。知りたくなかった事実を知ってしまったんだけど……。
そんなキャラクターをやらないといけないなんて……ぷ、プレッシャーが……。
『あ、そういやそのキャラで思い出したけどよ、なんでも癌で入院したらしいぞ? 担当する声優』
『あ、それ知ってる。結構イメージ通りだったのに、ちょっと残念だよねぇ』
『たしか、代わりに別の声優が担当することになったらしいんだが……一度も見たことがない名前なんだよな……』
『そうなの?』
『うん。えっと……雪白桜って名前の人』
『あら、本当に聞かない名前ね』
……じょ、情報が回るの、早くない……?
『……と、ところで、さ。昨日、ボクが美羽さんと出かけてたって言ったでしょ?』
『そう言えば、前日に言っていたな。どうかしたのか?』
『いや、あの、ね……昨日ボク、『天☆恋』の収録現場にいたんだけど……』
『『『『マジで!?』』』』
『ちょ、ちょっと前に、見学に来ない? って言われて、まあ……その……も、モブで出ることになっていたんだけど……それで、まあ……『天☆恋』の一話の台本をもらってきたんだけど……サイン入りで』
『なんと! たしかあのアニメ、出演する声優が豪華ということで話題だったんだけど……まさか、その場の声優のサインを?』
『う、うん……その、お礼ということでね……一応、みんなの分ももらってきたけど……いる?』
『『『『欲しい!』』』』
すごい、同じタイミングで同じメッセージが飛んできたよ。
『じゃ、じゃあ、後日みんなに渡すね』
『やった!』
『マジか! 普通に嬉しいぜ!』
『俺もこの作品に関してはかなり気に入っているからな。素直に嬉しい』
『そうね。というか、サイン入りの台本なんて、そうそう手に入るものじゃないわよね。よくそれを全員分手に入れてきたわね』
『……ま、まあ、色々とありまして……』
『そう言えば、さっきお礼、と言っていたが……依桜、一体何をしてもらったんだ?』
『…………た、他言しない?』
『『『『しない』』』』
ま、まあ、みんなだもんね。
誰かが困るようなことは絶対にしないもんね。うん。信じよう。
『……さっきの、雪白桜、ってボク』
『『『『……ん?』』』』
『その、さっきチラッと言ったけど、ボク、モブで出ていてね……。そしたら、御園生さんっていう声優さんが癌で入院することになっちゃって、このままだと収録ができない、って言う事態になったから……結果として、代打としてボクが、ということになっちゃって……』
『……相変わらず、変なことに巻き込まれるのね、依桜』
『……だねー。正直、レギュラーキャラを演じるとは思わなかったなぁ』
わー……なんか、文字なのに、二人が苦笑いを浮かべている姿が目に浮かぶ……。
『でもよ、このキャラってかなりのロリだろ? やっぱあれか? 昨日はロリ状態だったのか?』
『ううん。普通の姿だよ』
『じゃああれか? 依桜はロリ声を出したってことか?』
『う、うん』
『そう言えば、前にロリボイス出してたわね、去年』
『あー、ロリ戸君が逝った時の』
『ええ。あれ、どうやって出してるの?』
『ま、まあ、その……師匠に仕込まれたボクの変声術』
『……かなり時間が経ってから判明する依桜の技術』
『どんどんチートになりつつないかしら、依桜』
『というか、帰って来た時点で、ほぼほぼチートだっただろ』
『あ、あはは……』
最近、否定しきれない。
なぜかわからないんだけど、異世界から帰ってきたあとの方が、異世界にいた時よりも便利な能力やスキル、魔法を手に入れてるし、強くなってるんだけど……。
……師匠。なんであの時教えてくれなかったのかなぁ……本当に。
『じゃああれか。依桜はアニメが終わるまで代役でやるのか?』
『そういうことになりました……』
『その内、本当に声優デビューしそうよね』
『さ、さすがにないと思うけど……』
だって、一応それに合った声が出せただけで、そこまでいいかどうかは別だもん。
『あ、これ、サンプル音声が公式で聴けるみたいだよ?』
『え、マジ? ちょっと聴きに言ってくる!』
『じゃあ、私も』
『なら、俺も聴いて来よう』
『んじゃあ、わたしも聴いてくるぜー』
……サンプル音声って……。
いつの間に出したの? それ。
『……予想以上に声がぴったりすぎてびびった』
『それ以前に、依桜の演技力、おかしくないか?』
『変声術も使えて、演技力もあるとか……あなた、声優になれるんじゃないの? というか、絶対天職でしょ』
『いやぁ、これはあれかな。今年の学園祭は、依桜君の声やらなにやらを使ったものにしたいねぇ』
『そ、それは絶対やめてね!?』
本当にそうなりそうで怖いよ!
女委の場合、冗談のようで冗談に聞こえないんだもん!
『まあ、あれだな。楽しみにしてるぜ、依桜』
『そうね。あの声に演技なら、全然問題いらないでしょうし、まあ頑張ってね』
『あ、ありがとう……』
その後も、軽くアニメ関係の話で盛り上がると、
『あ、そう言えばボク、明日一日いないから』
『ん? どこか行くのか?』
『ま、まあ、ちょっと異世界に……』
『……日常的な会話で、ちょっと異世界行って来るなんてセリフが出てくるのが、依桜のすごいところだよな』
『まあ、依桜だし』
『だねー』
『あ、あはは……』
本当にね……。
色々と不思議なことばかりだよ、ボクの人生……。
『それはあれかい? 学園長先生絡み?』
『あ、うん。メルがこっちの世界に来た時に、自由に行き来できる装置を創ってほしい、って頼んでてね。それが完成したみたいだから、それの試運転。あと、軽く観光でもしてこようかなと』
『……なんかもう、ツッコむ気が出ないな……』
『そもそも、異世界を自由に行き来する装置を創るあたり、学園長先生って本当に天才なんだね』
『むしろ、天災じゃね?』
たしかに。
学園長先生のやることなすこと、いつもなんらかの被害が出てるもんね……主に、ボクに対して、だけど。
そもそも、この体になった原因の人だし……。
『でも、気を付けてね、依桜』
『うん。大丈夫だよ』
『いや、心配なのは、まーた変なことに巻き込まれて、別の誰かを連れてくるんじゃないかなと。メルちゃんだってそうじゃない』
『うっ……き、気を付けます……』
本当に、気を付けないと……。
……ボクの場合、変に色んなことに巻き込まれるしね。
個人的には、平穏に過ごしたいんだけどね……。
『でもいいなぁ、異世界。わたしも行ってみたいよ』
『う、うーん……結構危険だよ? 今でこそ、戦争は終結して、平和になったとは言っても、人身売買をしている組織もまだあるし……それに、魔物だっているから』
『わたし的には、そう言うのも見てみたいんだよね。これでも一応、クリエイターですからね!』
女委って、本当に神経が図太いよね。
特に、自分の好きなことに対しては、かなり積極的だし……。
『その辺りは、安全がちゃんと得られてからかなぁ……。一応、装置を動かすのは初めてで、何が起こるかわからないから、ボク一人で行くわけだし……』
『あら、そうなのね。じゃあ、メルちゃんは連れて行かないの?』
『一応、何度か行ったり来たりして、安全が確認出来たら、連れて行く、って感じになるかも』
『まあ、依桜はメルちゃんを溺愛しているみたいだし、そういう考えにもなるか』
『そ、そうかな? メルは可愛いけど、そこまで溺愛しているわけじゃ……』
『『『『いや、あれは過保護』』』』
『で、ですか……』
ボク、メルに対して、そこまで過保護かな……?
メルが大切なのは当たり前だし、お世話してあげたくなるよね? 姉心的に。
……自然と、姉心って出てきた時点で、色々と進んでるなぁ、なんて思えてくる。
『ともかく、気を付けていくのよ』
『うん。大丈夫。一週間くらい滞在したら帰ってくるから』
『そういや、向こうとこっちは流れる時間が違うんだったか?』
『そうそう。こっちでは一日だけど、向こうで七日くらい過ごしてくるよ』
……まあ、どういうわけか、こっちから向こうに行くと、こっちで流れた時間の分だけ、向こうも経過しているんだけど……。
本当、どういう原理なんだろう?
『おっと、わたしはそろそろお仕事に戻らなくちゃ』
『んじゃ、ちょうどいいし解散するかー』
『そうだな』
『それじゃ、依桜、お土産話、期待してるわよ』
『あ、うん。まだ早いけど、行ってきます』
『『『『いってらっしゃい』』』』
明日の異世界旅行、どうなるかなぁ。
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