第15話 不穏な雰囲気と、転移の真相

「ふぅ……これでとりあえず、明日の仕込みは終わりかな?」


 学園祭前日。

 今日は日曜日。だけど、説明した通り、土日も準備はできるため、ボクたちのクラスも最後の仕上げに入っていた。

 調理班のボクたちは、学園祭当日の仕込みを行い、ちょうど終わったところ。

 時間を見ると、もうすでに夜の九時を回っていた。


「うーん、思ったよりも時間が掛かっちゃったなぁ……」

「そうね……。とりあえず、二日分のケーキはできたし、アイスも冷やし固めるだけ。クッキーは、当日の朝に焼けば問題ないわ。それ以外の料理も、あらかた準備は終わってるし、当日は、焼いたり揚げたりするだけ、と。ご飯も、二つのうちの片方が無くなり次第炊くって感じでいいのよね?」

「うん。問題ないよ。とりあえず、二日分は作ったけど、ちゃんと売り切れればいいんだけど……」

『大丈夫だって、依桜ちゃん』

「そ、そうかな?」

『うんうん。こんなに美味しい上に、依桜ちゃんは可愛いからね!』

『しかも、当日は猫耳尻尾にミニスカメイド服だから!』

『男たちが貢こと間違いなし!』

「あ、あはは……そうだといいんだけどね……」

「あら、依桜ってば、魔性の女を目指してるのかしら?」

「そんなわけないよっ!」

「ふふ。むきになっちゃって。冗談よ」

「むぅ……」


 相変わらず、未果は楽しんでいる。

 未果の悪い癖だと思う。


 楽しいことが昔から大好きで、普段はまじめにやるかもしれないけど、結局はからかって楽しんでいたりするし。

 ……まあ、ガチガチに真面目、っていうのもとっつきづらいから今のままでも十分、いいんだけどね。


「さて、明日は早いし、今日はもう寝て、明日に備えましょうか」

『そうだね』

『うん。あたしも疲れた……ふわぁ~……』

『眠そうね』

『無理もないよ、朝からずっと仕込みだったんだもの』

「ふふ、そうね。じゃあ、私たちも休みましょうか。依桜も行きましょ?」

「あ、悪いんだけど、今日は一旦家に帰るよ」


 なにせ、ここのところずっと学園にいたからね。

 シャツとかも洗ってはいたけど、さすがに一度家に帰っておかないと。


『え、今から帰るの?』

『夜道は危険だよ? 泊まっていった方がいいんじゃ?』

「大丈夫だよ。暴漢に襲われても大丈夫だから!」

「ま、依桜ならそうよね。少なくとも、態徒を手加減して、軽くあしらえるものね」

『そういえばそうだった』

『じゃあ、いらない心配だったね!』

「うん。みんなも、心配してくれてありがとう。じゃあ、また明日ね。おやすみなさい」

「はいはい、おやすみ。気を付けてね」

「うん」

『じゃーねー!』


 みんなに見送られて、ボクは家路に就いた。



 と、本来だったら、そうだったんだけど、ちょっと今回は事情が違う。

 たしかに、家に帰るのは本当。

 だけど、明日の仕込みをしている時、不意にこの学園内から不穏な空気を感じた。

 今回、その原因を探るためにボクはみんなのところから離れた。


「……このあたりかな?」


 暗殺者の能力である、索敵を使用して学園中をくまなく見る。

 すると、


「……これは、屋上? こんな夜中に、一体誰が……」


 屋上にて、何者かの気配を感じた。


「……少なくとも、学園生じゃ、ないよね?」


 屋上から感じる気配は、少なくとも二つ。

 この索敵、便利な点があって、悪意があったり、邪な感情を抱いていると、それがハッキリとわかるのだ。

 今回は悪意の方。

 よくよく観察してみると、この反応って……


「……教頭先生?」


 気配の内一つは、教頭先生のものだった。

 なぜ、それがわかったのかと言うと、一応この学園に関わっている人――生徒や先生、事務員の人たちの気配を覚えているから。

 と言っても、生徒全員を把握しているわけじゃない。さすがに、三週間だけで覚えられるわけがないからね。


 生徒の方は、とりあえず同じ学年の人だけ。

 上級生の人たちの気配は、ほとんどわからない。

 しかし、先生や事務員などの人たちは覚えておこうと思って、しっかりと覚えたのだ。


 中でも、学園長先生と教頭先生はかなりわかりやすかった。

 学園長先生は、なんだか邪な感情かなにかを抱いているようだけど、それは決して悪いことを考えているわけじゃなくて、単純に変態だからだと思う。

 ……だってボク、一回襲われたしね。


 で、教頭先生の方。

 こっちは、異世界から帰ってきて、すれ違った時から、とても気になっていた。

 なんというか、黒いのだ。真っ黒で、底知れない悪意を感じる。

 そんな人物だから、かなり印象的だった。


 実際、生徒の中にもそういった感情がある人もいなくはなかったけど、基本的に大きなことには発展しなさそうな人たちだけだった。

 多分、ちょっとした悪いことをしているだけだと思う。

 犯罪には発展していないと思うけど。


 ただ、教頭先生の場合は異常なまでに黒かった。

 これはもう、犯罪者に近いようなものだ。

 最初は、様子見で、気にかけていたけど、学園祭が近づくにつれ、ますます黒くなっていくのを感じた。


 そう確信したのは、学園祭一週間前。

 正直、今のボクだったら簡単に追い込んで、自白まで持って行けるかもしれないけど、ここは異世界じゃない。

 無駄に相手を壊すわけにはいかない。

 紛いなりにも、ここの先生なんだ。


 絶対に非人道的行為はしてはいけない。

 だから、証拠をつかもう、と言うわけなんだ。


 今は、様子を見に、屋上へ。

 当然、気配遮断、消音も使っている。

 気配遮断は、気配を薄くして気づき難くする能力。才能があればあるほど、効果値が高く、自然に周囲に溶け込める。

 消音も、足音を消したり、能力をしている者から発せられる音を消したりすることが可能。

 こちらも、才能があればあるほど効果値は高い。


 それらを駆使して、屋上にたどり着く。

 消音は、ドアを開けたりすることにも働くため、ドアを開けても音が出ることはないので安心。

 ただ、能力を使用しても、絶対にバレない、と言うわけではないので、物陰に隠れる。


 気配があったところを見ると、能力通り、人影が二つ。

 一人はやはり教頭先生だった。

 もう一人は……あれは、軍人、いや、傭兵かな? 見るからに鍛えられた肉体をしているし、何より、隠しているつもりなんだろうけど、服の内側に銃を隠し持っているね。

 まさかここで、異世界で鍛えた視力と能力が活きるとは……。


 ここは、躊躇している暇はないよね。

ボクはここで聞き耳を使用。同時に、スマートフォンで動画撮影状態にし、なるべくばれないような位置に転がす。

 ちなみに、聞き耳は、遠く離れた音を聞こえるようにする、暗殺者の能力の一つ。

 聞き耳を使用した瞬間、結構離れているにもかかわらず、声が聞こえてきた。


『ふむ、計画は順調、と』

『はい。仕掛けも準備できております』

『そうかそうか。して、人員の方は?』

『はい。すでに、この街に潜伏済みです』

『しくじるなよ? この状況ですら、誰が聞いているかもわからんのだ』

『もちろんです。当日は、一般客を装って侵入し、中庭に参加者全員が集まった時、一斉に仕掛けます』

『そうかそうか! ならば、私は人質を買って出ようじゃないか!』

『なるほど、そうすれば、あなたは無関係だと知らしめられるということですね』

『その通りだ。これには、私の悲願が掛かっているからな。確実に、成功させねばならん』

『もちろんですとも。ただ、こちらにもちゃんと、報酬を用意してくださいよ?』

『わかっているとも』

『武器の持ち込みは大丈夫でしょうか?』

『私を誰だと思っている。ぬかりはない。警備員もすでに買収済みだ』

『完璧ですね』

『そうだろう? ふはははは!』

『……では、明日、楽しみにしていますよ?』

『ああ。学園長の研究データ。確実に私のものにしてやる……』


 ……どうやら、二人は去ったみたいだ。


「それにしても……計画に、報酬……それと、学園長の研究データ……」


 なんだか、きな臭くなってきたね。

 一応、この件は、学園長先生に言った方がいいかもしれない。

 ……ただ、そうなると、異世界のことについても話さなきゃいけないんだよね……。


「……でも、さっき人質、とか言っていたよね?」


 下手をすると、怪我人どころか、最悪の場合、死人が出るかもしれない。

 ……背に腹は代えられないか。


「……学園長室へ行こう」


 スマートフォンを回収してから、なるべく急ぎめで、ボクは学園長室に向かった。



「――なるほど。そんなことが」


 もう十時だというのに、幸い学園長先生はまだいてくれた。

 学園長室に入るなり、ボクはすぐに屋上での一件を説明した。


「ありがとう、依桜君。お礼を言わせてね」

「いえいえ。ところで学園長先生、一つお伺いしたいんですけど……」


 と、ボクが尋ねると、笑顔から一転して、真剣な表情になった。


「研究データ、のことよね?」

「はい」

「……教えてもいいけど、一つだけ条件があるの」

「なんでしょう?」

「このことは絶対に他言無用よ?」

「は、はい。わかりました」


 他言無用と言うのだから、機密情報か何かなんだろうけど、何なのか皆目見当もつかない。


「えーっと、どこから話せばいいか……そうね、まずはちょっとした前座かしらね。依桜君は、異世界を信じるかしら?」


 ……これはまた、答えずらいのが来たなぁ。

 でも、答えないとまずいし……。


「ま、まあ、あったらいいなぁ、とは思います」


 我ながら、当たり障りのない返事ができたと思うよ。


「そう。まあ、普通の人だったら、『ありえない』『夢物語』『アニメの見過ぎ』なんて言うんでしょうけど……実際には存在するわ」

「……」


 いや、まあ、うん。ボク自身が体験してるし……。

 正直なところ、ここまで反応に困る暴露はないと思う。


「それも、かなりの数。無限と言ってもいいくらいの数が存在しているの。異世界は、いろんな種類があって、私たちが生きているこの世界と似た世界もあれば、魔法が存在している世界。果ては、地球などがない世界もある。本来だったら、知ることができない情報だったりするけど、稀に人は異世界へ行くことができるわ」


 まあ、向こうの人が召喚とかしたら行けると思いますけど……。


「私の父が、そうだった」


 ここに来て、まさかの事実が飛び出してきた。

 学園長先生のお父さんって、異世界へ行ったことがあるみたい。


「父が言うには、この世界には何人もの人間が異世界へ行っているらしいの。それがわかってから、父は異世界についての研究を始めたわ」

「なるほど。それが、学園長先生の研究データってことなんですね」

「そう。父は、異世界について研究していると、ある日一つだけわかったことがあるの。それはね、異世界へ行った人間が異世界へ行った瞬間、わずかに空間のずれがあったらしいの。父はそれを安易に『空間歪曲』と呼んだわ」


 あ、安易って言っちゃうんですね。


「父はそれを発見してからと言うもの、人工衛星による観測を始めたわ」


 ……あの、ものすごく壮大になってきてないですか?

 人工衛星を使ってまで調べるほど、何か大事な物でもあったのかな……?

 というか、本気度が半端じゃない。行動力が異常レベルだよ、学園長先生のお父さん。


「ところが、父は数年前普通に老衰で死んでしまった。当時、研究に関わっていた人たちはそんなに多くなかった。けど、父は表向きは製薬会社を営んでいたおかげで、資金は潤沢にあった。だから、人数が少なくても大掛かりな研究が続けられたわ。そこには当然、私も関わっていた。面白そう、と言うのが第一の理由だった」


 面白そうってだけで研究に関わってたんだ、この人……。

 というか、お父さんが亡くなったのを、ずいぶん軽く言うんだね、この人。


「父が死ぬ前日、必ずこの研究を完成させてくれと言ったわ。なにせ、完成しなかったからね。父は、異世界へ行く装置を作っていた。あと一歩で完成! ってところで、ぽっくり逝ってしまった」


 う、うーん、ここまで、肉親の死を軽く言える人を、ボクは生まれて初めて見たんだけど……。


「当然、私は泣いたわ。でも、父の遺言を思い出して、かなり頑張った。そしてついに、今年完成したの!」

「そ、そうなんですか」


 随分とタイムリーな気がするけど。

 あと、学園長先生がちょっと興奮しだしてる。

 さっきまでの真剣な表情はどこに?


「でね? 最近テストをしたのよ」


 ……え、テス、ト?

 なんか今、不穏なワードが聴こえたんだけど……。


「が、学園長先生? ちなみに、いつ起動したんですか?」

「そうねぇ……約一ヵ月前かしら?」


 ……お、落ち着いて、ボク。まだ、そうと決まったわけじゃないんだし……。


「ただねー、この機械問題があったの」

「問題、ですか」

「そう。この機械って、特定の人を飛ばす、ってことができないうえに、向こうの人たちが呼び出そうとしている状況じゃないと、うまく起動しないの。仮にちゃんと起動したとしても、誰を飛ばしちゃうかわかんないじゃない? で、私たちは人工衛星を使って調べたわ。ま、世界は無限にあるわけだし、呼び出そうとしている人なんて星の数ほどいるから、微々たるものよね!」


 ま、まさか……。

 一つの可能性思い至った。


「そしたら……飛ばされたのが依桜君だったの!」


 やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!

 やっぱり、この人だった!

 途中から、薄々思ってたけど!


「いやー、まさか依桜君が異世界に飛ばされるなんてねー。で、どうだった?」


 楽しそうに、そして結果を教えてくれと言わんばかりに、ボクに質問してきた。

 それに対し、ボクの怒りの沸点は最高潮。


「どうもこうもないですっ! 学園長先生のその行動のせいで、ボクは向こうで三年間、文字通りの血の滲むような生活をしてたんですよ!? おまけに、魔王には【反転の呪い】なんていう、ぶっ飛んだ呪いかけられましたし!」

「あぁ! だから、依桜君が依桜ちゃんになったんだね! なるほど! いやあ、異世界って面白いね!」


 カラカラと楽しそうに笑う学園長先生に、少しばかり殺意が沸いた。

 殺してしまっても、罪には問われない気がする。バレなければ犯罪じゃないです、みたいな感じで。

 ……いや、殺さないよ?


「面白くないですよっ! おかげで、こんな苦労をする羽目に……」

「まあまあ、依桜君は可愛いからいいじゃない?」


 よく、いけしゃあしゃあと言えるなぁ、この人。

 女の子に変わった際の苦労は、誰もわからないと思う。


「うぅ……どうしてこんな目に……」

「ただまあ、この実験の面白かったことと言えば、観測していると、その人が消えて、次の瞬間には戻ってきてる、って言う点なんだよね。これってー、向こうでどんなに生活しても、こっちでは時間が進まないってことだよね! いやあ、素晴らしい!」


 ボクの気なんて知らないのに、学園長先生は楽しそうに好き勝手に喋っている。

 この人に、人を気遣うっていう気持ちはないんだろうか?


「す、素晴らしくなんてないですっ! おかげで、ボクは女の子ですよ!? どうしてくれるんですかっ!」

「でも君、最近はまんざらじゃないんじゃない?」

「そんなことは――」

「ないと言い切れるかい? だって君、たまに女の子っぽい口調になったりするときもあるし、女の子みたいな悲鳴も上げる。その上、変わった当初は可愛いと言われるのがあまりよく思っていなかったのに、今じゃちょっと嬉しそうじゃない? そんな状態で、違う、何て言いきれる?」

「うっ……」


 正直、それがないとも言い切れない……。

 実際、心のどこかでは、本当にそう思っているかもしれない。

 ボクは元から女の子だったんじゃないか、っていう考えも、最近では出始めていたりする。


「まあ、君の人生だし、私に関係ないもの」

「……いえ、学園長先生のせいでボクの人生が狂ったような気がするんですけど……」


 というと、学園長はスーッと目を逸らした。しかも、冷や汗と気まずそうな笑みもセットで。


「……ボク、隠蔽には自信あるんですよ?」

「い、依桜君? 目が怖い……」

「大丈夫ですよ~。なるべく痛みが無いようにしますから~」

「え、でも依桜君って、今女の子でしょ? どうやって、私のしょ――ごめんなさい、ふざけないので、そのナイフ仕舞って!」


 ボクが起こっているにもかかわらず、下ネタを言おうとしたので、ナイフを生成。

 すぐに落とせるように準備。

 その行動だけで、学園長先生はすぐに謝った。

 うん。人間、素直に謝るのが一番だよね。


「はぁ……まあ、変わってしまったものは仕方がないので、もう何も言いませんけど……その装置、あまり使わない方がいいですよ」

「えー、でもー」


 完全に、反応が子供のそれだよ。


「でもじゃないです。でないと、ボクが破壊しますよ?」

「いいもん。研究所はどこかわからないから、依桜君には絶対わからな――嘘です、もう使いませんから、だからそのナイフは仕舞って!」

「まったくもう……それで学園長先生、本題に戻りますけど、どうして学園長先生の研究データが狙われているんですか?」


 あまりにも脱線していた話を、本題に戻す。

 ……というか、さっきの会話のせいで、シリアスな雰囲気がすべて消し飛んだ気がする。

 ボクの決意を返してほしい。


「そうね……まず、依桜君自身が体験したからよくわかると思うけど……まあ、あれよ。魔法や異世界の産物による軍隊の強化、ってところね」


 かなりとんでもない言葉が出てきたんだけど。

 軍隊の強化?


「え、でも、特定の人を異世界に送るのは無理、って言ってましたよね?」

「ええ。言ったわ。でも、理論上……というか、実際は可能。ただ、それはあまりにも危険」

「危険、ですか」

「私が行ったのは、ランダムな異世界転移。これはね、なるべく空間歪曲を少なくするためなの。なにせ、空間歪曲は強すぎなければ、ただ異世界へ送るためのものでしかないからね」

「え、じゃあ、強すぎると?」

「体が捩じ切れて惨たらしく死ぬわ」

「えっ」


 突然の言葉に、小さな悲鳴のような声が漏れる。

 あ、あの、それって、結構まずいんじゃ……?

 あと、それ笑顔で言うことじゃないです。


「空間歪曲は、あくまでも異世界への扉。それなりの弱さであれば、依桜君のように、異世界へ行くだけで済む」


 いや、異世界へ行くだけで済むって言っているけど、ボク、それどころじゃない気がするんだけど……。

 思いっきり、今後の人生が大きく変わるような一大事が起きてるんだけど……。


「でもね、これが強すぎると、空間そのものが体を捩じ切る。そもそも、空間歪曲自体は、ほとんど認識できないけど、大体どこにでもあるの。異世界転移装置は、それを強くしているだけ。ランダムで、人が死なないのは、元々ある空間歪曲を徐々に大きくしているから。小さい状態だから人体に影響はない。むしろ、そこに居続けることで、空間歪曲に無意識のうちに体が慣れていくの。だから、ランダムな方は人が死なない」

「なるほど……ということは、強すぎるって言うのは……」

「そ。空間歪曲が存在していない場所、もしくは体が慣れきっていない状態で行うから、死ぬの。実際は、ランダムも任意も、どちらも同じくらいの力だったりするんだけど、問題は、無理やり作ったか作っていないか、ということ」

「えと、つまり……自然に扉が開いた状態だから、ランダムは異世界に行けると。でも、反対に任意での転移は、何もないところに無理やり扉をこじ開けようとしているから、ってことですか?」

「そういうこと。さっき、強すぎるって言ったのは、世界の修正する力が強すぎるってこと。この世界は、それなりに空間歪曲ができたりするけど、それは一定の時間が経過すると、世界が修正を始めるの。基本的にどこにでもあるけど、どこにもないとも言えるもの。そもそも、人間が視認するのはまず不可能。それもそうよね、空間の歪みなんて、誰にも見えないもの」


 たしかにそうだ。

 どんなに空間が歪んでいても、それが小さなものだとしたら、まず不可能だろうし、そもそも人間が視認できないということは、なんらかの機械でないと見えないということでもあるわけだろうし。


「だから、この研究データは極秘なの。そもそも、下手をすれば国家間のパワーバランスが大きく変わってしまうような、とんでもないもの。私や、その研究をしている人はみんな、面白そうだから、なんて理由でやっているから、誰一人としてそんなことをしようとも考えないけど、軍隊のお偉いさんや、国のトップ、テロリストたちは違うわ。下手をすれば、魔法という強力な力を入手出来て、軍事力の強化が図れるもの。そんな人たちが戦争に参加しようものなら、とんでもないことになるわ。相手の国からしたら、得体の知れないもので攻撃されてるとしか思わないし」

「そうですね。異世界なんて、普通であれば、誰も本気にはしませんから」


 いくら、日本にはそう言った題材の話が多いとはいえ、大体の人は、空想の産物としか思っていないがゆえに、それが魔法だとは思わないだろう。

 仮に、そう言う力を持った人が戦争にいたとして、トリックだとしか思わず、本質を見抜くことができずに散っていくだけになるだろうし。


「そういうこと。だからこそ、この研究データは危険なの。誰にも渡すわけにはいかない」

「とりあえず、学園長先生の研究データが何なのかもわかりましたし、それに関する危険性も理解できました。じゃあ、なんで教頭先生がそれを狙っているんですか?」


 まったく関係のない話だと思うんだけど……。

 それに、軍人の人も雇っているみたいだった。


「……不確かな情報なんだけど、教頭先生はどこかのスパイの可能性があるわ」

「そ、そうなんですか!?」


 ここに来て急展開すぎるよぉ! というか、なんでそんなかなりとってつけたような設定が飛び出してくるの!?


「いえ、不確かな情報よ。ただ、教頭先生の経歴を見たんだけど、明らかにおかしいの」

「おかしい、ですか」

「ええ。探しても探しても、過去の事があまり出てこないのよ。それだけならいいんだけど、どうにも、学校の行事に参加したような形跡はあって、どこで、何をした、みたいなのはないし、免許は確かに持っているけど、本当にその時いたっけ? みたいな感じだし……」

「それ、ものすごく真っ黒じゃないですか」


 過去の事がほとんど出てこないって、明らかに人為的に隠されていると思うんだけど。

 だって、どんなに目立たないようにしている人がいたとして、詳細は調べれば出るはずだし……まあ、それなりの諜報能力が必要だと思うけど。それこそ、興信所みたいなところとか。


「どう見てもね。ただ、それだけで判断するのは早計。もう少し、証拠が欲しいわ」

「証拠、ですか」

「せめて、密会の現場のような物さえあれば……」


 壁にぶち当たったように、眉を顰める学園長。


「あ。ありますよ?」


 それを見て、あっけらかんとボクは告げた。


「え、あるの!?」

「はい。一応、さっき密会現場を覗いているときに、こっそりスマホで録画してました」


 一応、何かに使えると思ったから、あの時に撮っておいたんだけど、どうやら、役立ちそう。

 ボクはその映像を学園長先生に見せる。


「これは……逃れようのない証拠ね。顔もはっきり映っているし、声も小さめだけど、計画とか、人質とか、色々なものが聞き取れる。よくこんなのが撮れたわね?」

「えっと……向こうじゃ暗殺者をやってましたから」


 ボクが暗殺者をしていたことを告げると、驚いたような、感心したような器用な表情をした。


「へぇ……だから依桜君、バレなかったのね。だってこの軍人のような人、今も指名手配中の海外のテロリスト集団『ユグドラシル』の幹部よ? しかも、元は本物の軍人で、かなり死線をくぐり抜けてきた猛者って話だし」

「いや、なんですか、その厨二病が付けそうな名前は。テロ組織の名前って言うより、何か守ってそうな感じなんですけど」


 あまりにもミスマッチすぎる名前だと思う。

 もしかして、そこのリーダーは日本人なんじゃないだろうか?


「……ふぅむ、ここで警察を呼ぶと、学園祭自体が中止になるかもしれない。でも、ここまで準備をしておいて、今更中止にはできないし……」


 学園長先生は、テロリストのせいで学園祭が中止になることを危惧しているようだ。

 それもそうだよね。


 学園長先生がどんなに変態とはいえ、根は教育者。

 生徒を第一に考えているんだろうね。

 それならここは。


「学園長先生、ボクがどうにかしましょうか?」

「でも、危険よ? 相手が、とんでもないテロ組織ってことがわかった以上、確実に銃器は使ってくるはず。どんなに異世界に行って、強くなっていたとしても……」

「いえ、銃弾くらいなら動体視力と反射神経だけでよけられますよ? それに、最悪の場合は魔法や暗殺技術もありますし」


 もちろん、殺しませんよと付け加える。

 むしろ、向こうじゃ雷の魔法とかバンバン飛んできてたもん。

 あっちの方が危険だよ。


 中には、光のレーザーを放ってくる人もいて、かなり危なかった。

 ……どれも師匠だけど。

 知ってる? 雷系の魔法って、アニメとか漫画みたいな速度で飛んでこないんだよ? 本物の雷が、実際の速度で飛んでくるんだよ?


「なにをどうしたらそうなるのかしらね……。でもいいわ。その話、乗りましょう。でも、無茶だけはしないでね?」

「大丈夫ですよ」

「頼もしいわね。……んー、この映像を見る限り、襲うのは明日。それも、参加者が集まると言っているから、お昼以降でしょうね。最悪、集まっていなかったとしても、分散して、中庭、校舎内と、分かれて制圧にかかるはず。万が一そうなった場合は、頼んだわよ、依桜君」

「任せてください。絶対に、学園祭は壊させませんよ」

「ええ、ありがとう」


 そうして、ボクは学園祭を守ることを、強く決意した。

 ……その前に、ミス・ミスターコンテスト大丈夫かなぁ。

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