第40話 理不尽師匠との再会

 ―転移初日―


 ……ん、なんだろう? 妙に周囲が騒がしいような……?


『お、おい、大丈夫か?』


 誰だろう?

 心配する声が聞こえてくる……それに、体を揺さぶられているような感覚もあるし……。

 なんだかその揺さぶりが、ちょっと心地よくて、また眠くなってた。

 はぁ、このままいっそ、深い眠りにつきたい……。


『この娘、何者なのだ?』


 んー……あれ、今聞き覚えのある声がしたような……。

 それに、どうして、こんなに騒がしいんだろう? 何かやっているのかな?

 だけど、一瞬聞き覚えのある声がして、その声に釣られるように、ボクの意識が徐々に覚醒していった。


「……ん、ここは?」


 目を開けて、真っ先に見えたのは、シャンデリアだった。

 ……なんで、シャンデリア?


 というかボク、どこにたどり着いたの、これ?


 急いで起き上がって、周囲を見回すと、明らかに普通じゃない場所にいた。どう見ても、謁見の間、だね、ここ。

 ということは、ここって……お城の中?

 え? え?


「あー、コホン。そこの娘、名は?」


 と、ボクがお城の中にいるという事実に、内心かなり混乱していると、誰かに声をかけられ、名を聞かれた。

 その声の方を見ると……


「あ、あれ? 王様?」

「そりゃ、儂は王様だが……」


 声の方向には玉座があり、そこには、この国――リーゲル王国国王、ディガレフ=モル=リーゲル様がいた。

 さらに、周囲を見回すと、


「ヴェルガ、さん?」


 ボクのすぐそばに、リーゲル王国騎士団長のヴェルガ・クロードさんがいた。

 ヴェルガさんが、ボクを起こしていたみたい。


「む? お前、俺を知っている、のか?」

「あ、あれ? もしかしてボク……王城に転移してきちゃった……?」


 ど、どうしよう、まさかここに転移するとは思わなかった。


「あー、それで、もう一度訪ねるが……名は何という?」

「あ、依桜です。男女依桜」

『………は?』


 あ、あれ? ボクおかしなこと言った? 自分の名前を言っただけなんだけど……。


「いや、イオ殿は少し前に帰ったはずだぞ。それに、見た目は女顔だったとはいえ、紛れもなく男だったが……」


 あ、そっか、ボクが女の子になってるからわからないのか。

 ……それもそうだよね。

 クラスメートのみんな……特に、晶たちでさえ、ボクだとわからなかったわけだし。


「えっと、その今おっしゃっていた、依桜です。ボク、男女依桜、です」

「な、何を言っておる? イオ殿は、男だったはずであろう?」

「……信じてもらえるかはわかりませんが、魔王を倒した直後に呪いを、かけられちゃいまして……」

「の、呪い?」

「……『反転の呪い』っていう呪いなんですけど……」

「な、なんだと!? あの、反対になるものの中から一つ、ランダムで入れ替えるという、伝説的呪いを?」


 伝説だったの? あの呪い。

 それは全く知らなかったよ。

 かなりぶっ飛んだ呪いだなぁ、とは思っていたけど……。


「いやしかし、性別が変化する、という事例は極端に少なく、そもそも本当にその効果はあったのか、と言われていたが……本当に、イオ殿、なのか?」


 半信半疑と言った様子で、ヴェルガさんが確認してくる。

 気持ちはわかります。


「そう、です。ボクだって、好きでこの姿でいると思いますか?」

「……いや、ないな。しかし……言われてみれば、たしかにイオ殿、だな。その隙の無い雰囲気に、常人とはかけ離れた魔力……それに、その銀髪に碧い瞳。どことなく、面影がある……。陛下。この者は、間違いなく、イオ殿だと思われます」

「……そう、か。それにしてもイオ殿、ずいぶんと美人になったのだな」

「あ、あはは……ボクもビックリでしたけどね……」


 なにせ、いきなりだったもん。

 朝起きたら、髪は伸びてるし、身長は縮んでるし、胸は大きくなってるし、あるはずのものはなくなってるしで……大混乱だったよ。


 いや、そもそも、こういう場合って、なかなか信用できないモノなんじゃないの? こんなにあっさりと信用してもらえると、ちょっと怖いんだけど。本当に大丈夫? 後になって、『やっぱり貴様は偽物だ!』みたいなことにならない?


「まあよい。それで、どうやってこの国……この世界に来たのだ? 儂たちの方で召喚はしておらなんだが……」


 あ、本当に信用しちゃってるね、王様。

 ……まあ、本人だからいいんだけど。


「あ、えっと、ボクの世界の知り合いが、ですね、自由に異世界を行き来するものを作りまして、それで来たんですよ」

「なんと! 大国と呼ばれるこの国でさえ、召喚しかできないというのに、行き来ができるというのか!?」

「そうです」


 ボクも実際、半信半疑だったけどね……。

 いや、異世界に行ったきっかけは、間違いなく、学園長先生だけどね。


「そうか……して、此度は何をしに?」

「えっと、これと言って用はないんですよ。その知り合いが、試しに使って、異世界に行ってほしい、と言われただけですから」

「なんだ、そうなのか。ふむ……それで、住むところは?」

「師匠の家に行こうかなって考えてます」


 一年以上会ってないから、久しぶりに会いたいし。


 ……まあ、どうせ家は散らかっていて、碌に料理もせず、ただただ自堕落な生活を送っているんだろうけど。


「なるほどな。そう言えば、以前から、その師匠という言葉が耳に入るのだが……そなたが師匠と仰ぐほどの人物は、一体何者なのだ?」


 あ、そう言えば言ってなかったっけ。

 ボクが師匠の下で修業したのは、城から出た後だったもんね。


 と言っても、初めて出会ったのは、王都なんだけど。

 知らないと思うけど、一応名前だけは言っておこうかな。


「ミオ・ヴェリルっていう人です」

「「「……はぁ!?」」」


 ボクが名前を告げた瞬間、周囲が騒然となり、大声を出している人もいた。

 あ、あれ? この反応はどういうこと?


「な、なあ、イオ殿。その方は、女性、ではないか?」

「え? そうですね。長い黒髪を後ろでまとめていて、身長が高くて美人な人です」


 あと、理不尽で怖い人。


「……一般的な特徴は一致、している。陛下」

「みなまで言うな。……そうか。たった一年であれほど強くなっていた原因がようやくわかった。その師匠のせいだな」

「あの、えっと、何かおかしなところでも……?」


 何やら、思案顔で話し合っている二人。

 よく見ると、周囲の騎士団の人も、戦慄したような顔で話している。


「いや、おかしいおかしくない以前の問題なんだが……まあよい。とりあえず、イオ殿はしばらくこちらの世界に滞在するとのことだったな。どれくらいだ?」

「ええーっと、一週間――七日ですね」

「そうかそうか。なら、四日目でよいのだが、パーティーに出席してくれないかの?」

「パーティー、ですか」

「うむ。ほら、なんだかんだで、そなたが魔王を倒したことを祝うパーティーなどはやっておらんかったからな」


 あ、魔王討伐のパーティー。

 宴会のようなもの、だよね?

 その気持ちは嬉しいんだけど……。


「多分、師匠のお世話をしないといけないですし……何より、あの時とは違って、今のボクは女の子なんですよ? 多分、誰もわからないかと思うんですけど……」

「なあに。些末なことだ。その師匠も連れてくればよい。女子になったことも、魔王との激しい戦いの末にそうなってしまったと伝えておこう」


 師匠を連れてきてもいい、か。

 うーん、それだったら問題ないかも……いや、問題しかない気がしてきた。

 でも、なんだかんだで、師匠にはかなり助けられたところもあるし、育ててくれた恩もあるし……


「わかりました。四日目でいいんですよね?」

「おお、来てくれるのか! それはありがたい!」


 ボクが行くだけなのに、なんでこんなに喜んでいるんだろう?

 あれかな、主役がいてくれなきゃ! みたいな感じなのかも。


「それでは、四日目に。えっと、ボクはこれで失礼しますね」


 正直お城の中って落ち着かないし……。

 息が詰まりそうなんだよね。

 まるで、貴族のように扱われるんだもん。


 ボク、普通の家の、普通の高校生なんだけど。


 ……実年齢、十九歳だけど。

 ま、まあ、こっちの世界の話だけどね!


「わかった。迎えは必要か?」

「いえ、大丈夫です。そこまで遠い位置でもないので」


 王都から出てすぐのところだし。


「了解した。それでは、三日後に」

「はい。では」


 そう言って、ボクは王城を出た。



「そう言えば、前来たときはゆっくり見れなかったんだよね」


 王城を出ると、そこには色々な建物があった。


 ここは、リーゲル王国王都、ジェンパールという場所。


 この世界では、大国と呼ばれていて、広大な国土面積を誇っている。


 広大と言っても、ボクにも正確な大きさはわかっていないので、例えようがない。


 この世界の建築基準は、中世ヨーロッパくらいかな?

 建築などは、当然地球のほうがいいけど、この世界には魔法っていう便利なものがあるから、生活レベルは向こうと同じくらいなんじゃないかな?

 それに、こっちは魔法をメインとしているので、空気も汚れないため、空気はすごく綺麗で、とっても気持ちいいからね。


 ボク的には……というか、ほとんどの人は、こっちのほうが好きだと思う。


「えっと、お金は……うん、持ってるね」


 今回ボクが持ってきたのは、下着と洋服、お金(こっちの世界のもの)、スマホ、ソーラー式の充電器。


 正直、スマホは連絡とかインターネットとか見れるわけじゃないから、ほとんど動画を撮ったり、写真を撮ったり、ってことにしか使えないと思うけどね。


 まあ、未果たちのお土産という意味で、そのあたりは撮っておこうかな。

 特に、異世界の風景とあって、女委が一番喜びそう。


「とりあえず、師匠の家に行くから……食材の確保かな」


 絶対にまともなもの食べてないだろうからね。

 あの人、誰かがお世話をしないと、その内死んじゃうんじゃないかってくらいに、生活が悪い。


「とりあえず……一年ぶりだし、胃に優しいものにしておこうかな」


 そう決めて、ボクは食材を買いに行った。



 買い物を終えたボクは、王都を出て、近くの森を目指した。


 というのも、師匠の家はどこかの街にある、というわけではなく、王都付近にある森に家を構えているから。


 なんで街に住まないんですか、と聞いたら、


『うるさいし、面倒。あと、ここなら、狩りもできるからお得なんだよ』


 だそうでした。


 狩りができるって、ほとんど野生児だと思った。


 王都に続く舗装された道を外れて、草原を進む。

 草原を進んでいくと、森が見え、二階建ての一軒家が見えてきた。

 ログハウスのような、ちょっと大きめの木造の家だ。

 ここに師匠は住んでいる。


 コンコン


「ごめんください」


 ……あれ、反応がない。


 おかしいなぁ、この中に師匠の気配はあるんだけど……。

 うーん、なんでだろ?


 何も反応がないことに疑問を思いつつも、再度ノックする。


「師匠。いますか? 師匠―」


 と、師匠を呼びながらノックすると、家の中から、バタバタ! ガシャン! ドゴンッ!ベキベキッ! という、なんだかよくわからない音が響いてきた。

 え、なにこの音? 何をしたら、そんな音が出るの?


「イオ!?」


 綺麗な黒髪を後ろでまとめ、ちょっときつめな切れ長の目元に、身長は高く、無駄のない引き締まったスタイルのいい体。そんな、モデルさんも裸足で逃げ出すレベルの美人さんが、家から飛び出してきた。


 ……ただし、上半身裸で。


 ……あの、なんで服を着てないのですか?


 ……えっと、はい、認めたくないんですが、この人がボクの師匠――ミオ・ヴェリルさんその人です。


「って、あれ? あんたは…………んん?」


 ボクの名前を叫びながら出てきた師匠は、ボクの姿を見るなり、首をひねりだした。

 いや、まあ、うん。そうだよね。


「あの、師匠。ボクです。男女依桜です」

「……え、マジ?」

「マジです」

「でも、イオって男だったよな?」

「そうですけど、まあ、その……やらかしました」


 苦笑いで言った瞬間、師匠の表情には深いふかーい笑みが浮かびだした。


 そして、ゴゴゴゴゴゴゴッ! という効果音が聞こえてきそうなほどに、何やらオーラを出している。


 ……あ、終わった。


「……ほほぅ? もしやお前、油断、したな?」

「あ、い、いえ! ゆ、油断していた、わけじゃなく、その……」

「……んで? お前、魔王はどうした? まさかとは思うが……」

「た、倒しました! それはもう、バッチリ倒しましたよ!」


 慌てて、魔王討伐を果たしたことを言う。

 ダメだ。向こうに帰った後、師匠を倒そうと思っていたけど、これは無理です。絶対に無理です。できるわけがないです。怖すぎます。


「……ふむ。その慌てよう。やっぱイオか」

「……まあ、ちょっといろいろあって、女の子になりました」

「ふ~ん? まあいい。とりあえず、中に入ってくれ」

「わ、わかりました」


 よ、よかった……怒られずにすみそ――


「もちろん、なんで女になったのか、説明をしてね?」

「は、はい……」


 逃げられそうにありません。



「……師匠」

「んー?」

「ボク、掃除してくださいね、って言ったと思うんですが」

「そうだっけか?」

「言いましたよ! というか、ちゃんとした生活してください、って出発前に言いましたよね!?」


 そう、ボクは魔王討伐の旅に出る直前、師匠にはちゃんとした生活をしてほしい、とお願いして、師匠もそれを了承した。


 なのに……


「この有様ですよ……」


 もう床はほとんど見えない。


 完全に腐っている野菜だった何かは底ら中に落ちてるし、蠅がたかっている肉類や魚類も落ちている。ほかにも、酒瓶やら、埃やらゴミやら、脱ぎっぱなしの服や下着など、色々なものが散乱していた。


 かろうじて、ベッドだけは見えていたけど、こんな場所で暮らしていたら、体を壊すに決まってるよ。


 それでよく壊さないな、この人。


 化け物なのかな? ……あ、いや、普通に化け物でした。


「はっはっは! まあ、そう言う日もあるさ!」

「師匠の場合、そう言う日しかないでしょう……」

「シャラップ! イオが魔王討伐に行ったのが悪い!」

「理不尽すぎませんか!?」

「師匠というのは、弟子には理不尽なもんなのだよ」

「……わかってますよ。師匠はいつも、ボクを理不尽な目に合わせて楽しんでましたもんね。とりあえず、掃除しますので、ちょっと待っててください」

「あいよー」


 ひらひらと手を振りなら、後は頼んだと言わんばかりに布団に寝そべりだした。

 ……まあ、その前に服を着てほしいのですが。


「……やろうか」


 半ば呆れつつも、ボクは掃除を始めた。

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