【もしもシリーズ1:もしも、依桜がクーデレ(?)だったら】

 本来の物語とはちょっとだけずれた別の世界線。


 その物語の主人公こと、男女依桜は、ある日突然異世界に呼び出され、紆余曲折、なんやかんやあったのちに帰還。それから数日後に性転換するという事態が起きた。

 この時の反応は、本来の世界であれば、


「な、なななな…………なにこれ――――っっっ!?」


 となるのだが、今回の世界線における依桜はと言えば……


「……ん、ボク、女の子になってる?」


 である。


 これに関して言えば、普通にあれだ。何かがあって、あのほんわかゆる~い感じの依桜ではなく、こんな冷静な感じの依桜になったのだ。


 そこについては、よくわからない。


 どこで分岐するわからないので。


 まあ、こんな感じの依桜であるからして、母親や父親に事情を説明する時は、


「ボク、女の子になった」


 こんな簡潔とした言葉で説明していた。


 本当に何があったのだろうか。



 さて、まずはこの世界がどういったものなのか、について説明しよう。


 と言っても、わざわざこの物語を呼んでいる、ということは、すでに本来の世界線の物語を知っていると思うので、どう言うものなのかも、どっかの理不尽キャラの目線でのあれこれで知っていることだろう。


 この世界は、基本それと同じ世界をたどっている。


 違う点を挙げるとすれば、依桜の性格であろう。


 本来であれば、依桜は柔和な笑みを普段から浮かべている上に、誰にでも笑顔で優しく接するタイプの人間である。あと、なんか周囲にほんわかとした雰囲気と、花が浮いてそうな感じの。


 しかし、ことこの世界においての依桜はそうではない。


 昔から、ちょっと(?)表情が薄く、言葉数もそんなに多いわけではなかった。


 とはいえ、それでも根本的な部分は変わらず、基本依桜は誰にでも優しい。


 そのため、本来の世界と同じように、未果や晶、態徒、女委と言った、主要人物たちとも仲を深めている。


 基本的に、やや一歩引いたところからのあれこれになるが。


 今回は、そんなクールな感じの依桜の日常を見てみよう。



 依桜が美少女になってから一ヶ月ちょっとが経過した頃。


 周囲からかなりの視線を集めるものの、それを全く気にしない上に、何でもないように学園へ登校する。


 その表情は、なんだかクールな印象を受ける。


 可愛い系の顔立ちであるにもかかわらず、表情が薄く、どこか人形めいた印象を受けるので、学園では『白銀の氷姫』とか呼ばれていたりする。


 本人も一応知っているには知っているが、あまり気にしていない。


 まあ、若干の気恥ずかしさを持っていたりするのだが……感情表現がやや乏しいため、あまり顔に出ない。


「おはよ」

「依桜、おはよう」

「おはよう、依桜」


 朝いつも通りに登校すると、幼馴染である未果と晶が教室に入ってきた依桜に挨拶をする。


 この二人は当然、依桜の事情を知っている。


 なので、普段通りに接してくれていることに対し、依桜はものすごく感謝している。もっとも、学園祭の例の事件があったので、余計に絆が深まっているのだが。


「おーっす!」

「おっはー!」

「態徒、女委、おはよ」

「おー、相変わらず表情が薄いねぇ、依桜君!」

「だなー。もうちょっとこうさ、笑顔とか浮かべらんないのか?」

「これでも、笑っている時はあるけど?」

「じゃあ、ちょっと笑ってみてくれないかしら?」

「ん。……どう?」


 そう言うと、依桜の口元が僅かに……ほんっとうに僅かに依桜の口元が笑みを作った。


 が、それは依桜との付き合いが長い人じゃない限り、なかなかわからないレベルでの、本当に僅かな変化だった。


「……依桜、それは笑顔とは言い難いぞ。少なくとも、俺達にしかわからないレベルで、口元が動いていない」

「……そう」


 晶の指摘により、依桜のあまりない笑顔タイム、終了。


 ちなみに、それを見た未果と女委はちょっとだけドキッとしていたりする。


 もともと依桜に対して好意を持っているこの二人には、薄い変化とは言っても、十分観測可能なレベルであったため、普段あまり笑顔を浮かべない依桜の笑顔に、二人はドキッとしたわけである。


 ある意味、意味はあった。



 そんな、クールな依桜の日常と言えば、やっぱり本来の世界と同じく騒がしい。


 この時点では、まだ体育祭は遠く、例の理不尽すぎるとんでも人物がいないので、幾分かマシだと思うが。


 さて、そんな感じで昼休み。


 なんとなしに、依桜たち五人は昼食を食べた後、校庭に来ていた。


 単純に、理由は散歩のような物である。腹ごなしに少し歩こう、と女委が提案したので、全員それに乗った形だ。


「大分涼しくなったよなぁ」

「もう十月だしね。そりゃ、涼しくもなるわよ」

「わたしはこれくらいの季節が好きだなー。やっぱり、過ごしやすいし、何より創作も捗るしね!」

「女委は年中そうだと思うんだが……」


 そんな、なんでもない日常会話をしている間も、依桜はちょっと表情が薄い。


 いや、別段つまらなそうにしているわけじゃなく、四人のやり取りを聞いて、内心は楽しんでいたりする。


 それに、依桜は例の地獄の三年間を生き抜いた結果から、こう言ったなんでもない日常を無意識のうちに噛み締めているため、実際無表情に近いのでわかりにくいが、今も僅かに笑みを浮かべているし、依桜の癖である、右手の人差し指を軽く動かすということをしていたりします。


 この癖は、この世界の依桜独自のものであり、本来の世界では多分……ないです。


 まあ、それはいいとして、こんな風に、本来の世界とは違って、本来の依桜のように恥ずかしがったり、顔を赤くして俯いたり、というような姿をほぼ見せない。


 見れたら、とてつもなくレアである。


 まあ、そんなクールな印象の依桜がどんな感じかと気になる人もいると思うので、軽く一例を見せよう。


 例えば、本来の世界にて、面と面向かって可愛いと言われた時の依桜の反応が、


「ふぇ!? か、可愛い、なんて、そんな……ぼクは、そんなに可愛くない、ょ……」


 と言った具合になるのだが、この世界の依桜の場合、


「ボク、可愛いの? そう。……ありがと」


 こうなる。


 やっぱり無表情に近い。


 とはいえ、お礼を言う時、若干頬を赤らめているが。


 まあ、そんなわけで、目に見えてわかるほど、依桜が照れることはほぼない。


 もしも、そんな例外があるとすれば……


「未果、ボール来てる!」

「え? きゃっ!」

「ふっ――!」


 不意に未果に向かって、サッカーボールが飛来。あわや顔にぶつかると思った瞬間、いつの間にか間に入っていた依桜が回し蹴りで、ボールを蹴り返していた。


 さて、この時の依桜はどういう服装か、おわかりだろうか。


 そう、制服である。


 この学園の制服がどういうタイプか、と言われれば、ミニスカートタイプのブレザーである。


 そんな時に、回し蹴り、それも上段の物を蹴る時にするタイプのことをすれば、どうなるのかは自明の理。


 つまり……依桜のスカートがふわりと捲れ、その下、依桜の下着、すなわちパンツが見えてしまうわけだ。


 ちなみに、色は純白である。


「「ぶはっ!?」」


 そんな依桜の捲れあがったスカートの下のパンツが見えたことで、女委と態徒の二人が思わず噴き出した、鼻血を。


「依桜! スカート! スカート捲れてる! パンツ見えてるわよ!」

「~~~っ!?」


 未果が依桜にパンツが見えていることを伝えると、依桜の表情がみるみるうちに赤く染まっていく。


「「ありがとうございます!」」


 そんな依桜の姿を見た態徒と女委は、そんなお礼を口にして、それを聞いた依桜派と言えば……


「ば、バカっ!」


 と、顔を真っ赤にしながらとてつもなく恥ずかしそうにそんな言葉を口にし、頬を膨らませプイっとそっぽを向いた。


((あ、可愛い))


 そんな姿を見た、未果と晶はそんな事を思った。



 とまあ、そんな感じに依桜が珍しく感情を表に出し、未果と晶から可愛いと思われた後の授業。


 科目は家庭科であり、その家庭科の内容は、調理実習である。


 そのため、昼休みに食べた食事の量は、基本的に全員少な目である。もちろん、クラスの生徒たちもだ。


 作る料理は肉じゃが。


 家庭科だけに、家庭的な料理である。


 ちなみに、依桜の得意料理の一つでもある。


 そんな肉じゃがを作っている依桜は……


「次はこうで……あれを入れるといい、かも」


 普通に楽しそうである。


 相変わらずの無表情ではあるものの、その表情はどこか生き生きとしており、とっても楽しそうだ。


 そんな依桜を見て、クラスメート、主に男子生徒たちは目を奪われる。


 美少女が楽しそうに料理を作っている風景と言うのは、やはり男心をくすぐるのだろう。


 そんな感じで、料理をすること約一時間、料理が完成。


 他の班も多少の誤差はあるものの、大体同じくらいの時間で全員完成させている。


 まあ、肉じゃがは割と早く作れる料理なので、時間がかかる方が不思議である。


 完成させた後は、ある程度の片づけをしてから早速実食。


「おいしい!」

「ああ、やっぱり美味いな」

「おー、さすがだぜ、依桜。やっぱし、依桜の作る料理は相変わらずうまいな!」

「だね! わたし、依桜君の料理が一番好きだよ!」

「ありがと、みんな」


 さて、依桜が美味しいと言われても、素っ気ない感じでお礼を言う。


 まあ、やっぱりよく見ると笑みが浮かんでいるんだが。


 なんと言うか、ここまで来ると、この依桜は果たしてデレるのか? という疑問が出て来ることだろう。


 まあ、実際その通りで、未果たちですらこの依桜がデレたところなど、ほぼほぼ見たことがない。


 まれに可愛らしい反応をする時があるのだが、滅多に見れないレアケースだ。


 とはいえ、今回は割とそれが見やすい依桜の得意分野、料理が行われている。


 褒め方によっては確実にデレさせることができる。


 まあ、どういうきっかけでデレるかは不明ではあるのだが。


 ただ、この時は偶然にもそれを引き当てることになる。


「依桜、あなた絶対にいいお嫁さんになるわね」

「そう? 家事は得意だけど、ボクはそうでもないと思う」


 まあ、ここまでは普通である。


 ちょっと嬉しそうな反応が、口調に出ているが。


 そして、依桜がデレた言葉がこちらである。


「――あれね。ここまで来たら、思わず依桜にプロポーズしちゃいそうなくらい、美味しいわ。というか、毎日食べたいくらいね」

「……じゃあ、仮にボクが未果に好き、と言ったら、どうする?」

「んー、そうねぇ……まあ、喜んで受け入れるんじゃないかしら? だって私、依桜は好きだし」


 依桜の質問に、未果は冗談っぽく言いつつも、普通に本心を言った。


 おそらく、依桜が性転換したことにより、気が緩んだのだろう。


 だが、普段感情を見せない依桜をよく見れば、無表情ながらも顔を赤くさせていた。


 そして一言、


「――ボクも好きだよ、未果の事」

『『『――!?』』』


 とてつもなく顔を赤くさせ、恥ずかしそうにしながらも、堂々と真顔で言ってのけた。

 そして一言、


「よかったら……毎日未果にお弁当を作る、けど、どう……?」

「え!?」

「……嫌ならいい」


 未果が突然すぎる依桜の発言に驚くと、それを断りと受け取った依桜は目に見えて悲しそうにしながらも、短くそう言った。


「そ、そんなことないわよ。でも、いいの?」


 それを見た未果は慌てて否定し、いいのかどうか尋ねる。


「――もちろん」


 依桜がそう言った時、依桜の表情は一度も見たことがないくらい、笑みを浮かべており、しかも頬を赤くさせていたことによって、とてつもなく魅力的な表情を浮かべていた。


 まあ、当然、


『『『ぐはっ!?』』』


 そんな依桜の表情を見た他のクラスメートたち全員は、思わず胸を押さえて倒れるに至った。


 それほどまでに、無表情がデフォルトだった依桜は魅力的だった、ということである。



 そんな、半ば告白的なあれこれになった後の依桜は、


「未果、今日のお弁当」

「あ、ありがとう。……いつも、ありがとう、依桜」

「いいの。ボクが好きでしていることだから。……未果に喜んでもらいたくて頑張った。だから、感想を聞かせてくれると、嬉しい……な」

(おうふっ!? く、か、可愛いわ!)


 完璧にデレた。


 主に、未果に対し。


 やや違うかもしれないが、これはクーデレというものなのだろうか?


 若干違うのかもしれないが、思わずそう思ってしまうくらいに、この世界の依桜は……アレな感じだった。


 ちなみに、この世界は例の世界と同じような進みをするわけなので、二年生のクリスマスイブに、とんでもないことがあり、その後、三年生にてさらにとんでもないことになったりして、割と依桜がまずいことになったりするのだが……それすらも乗り越えて、この二人は結ばれたりしている。


 要は……結婚した。


 そんな、本来とは若干ずれた世界の依桜の物語。

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