第92話 師匠カミングアウト

「つーわけだ。ミオ先生は、うちの副担になった。よろしくやれよ」

「副担任ってのは、よくわかってないが……まあ、そう言うことらしいんで、よろしく頼む」


 ……師匠が、ボクのクラスの副担任になりました。


『うおおおおおおおおおおおおおっっっ!』


 クラスのみんなは美人な先生が副担任なったこともあって、すごく喜んでいるけど、ボクの内心はその正反対です。

 まさか、こっちの世界でも師匠と暮らすことになるとは思わなかったけど、副担任になるのも予想外だよ、ボク。

 これ、絶対このクラスの体育受け持ってるよね。


「んじゃまあ、質問コーナーにでも移るか。大丈夫ですか、ミオ先生」

「ああ、構わない。あたしが答えられることならな」


 まずい。

 質問によっては色々とまずい。

 で、できれば普通の。当たり障りのない質問を願います。


「だそうだ。じゃあ質問があるやつ……ってうお、多いな。そんじゃ……金井」

『ミオ先生って、おいくつなんですか?』


 ……初手からまずいものがぁ……。


「あたしか? えーっとたしか……百歳以上」


 ……言ったよ。言っちゃったよ。

 見てよ、クラスのみんな、師匠のおかしな年齢を聞いたせいで、シンとしちゃってるよ。

 どうするの、この空気……。


「ふむ。冗談だ。二十四歳だよ」


 し、師匠が空気を読んだ!

 す、すごい。師匠って、空気を読むことができたんだ……!


『な、なんだ、冗談か……』

『真顔で言うものだから、本当にそうなのかと思ったぜ……』

『まあ、本当に百歳以上だったら、もっと年老いた見た目だよな』

『というか、百歳超えてたら、老婆だよな』

「……」


 い、いけない! 師匠がものすごい笑顔になってる! そして、すごい重圧を放ってるぅ!

 師匠ダメです!

 こっちの世界じゃ、百歳まで生きている人は相当稀なんです! そもそも、向こうみたいに魔力とかがあるわけじゃないから、若いままは保てないんです!


 誰も師匠の放つ重圧には気付いていないみたいで、顔を青ざめさせているのボクだけ。

 なので、クラスのみんなを守ろうと、必死に師匠に目で訴え、すごい勢いで首を横に振る。

 そんなボクの気持ちが分かったのか、何とか重圧を放つのをやめてくれた。


「次の質問。そうだな……石垣」

『どこに住んでるんですか?』


 ……二つ目も二つ目で、あまりいい質問じゃないんだけどぉ……。

 これ、どっち? 師匠はどっちで答えるの?

 異世界? それとも、ボクの家?


「以前は、森の中の一軒家だな。今は、イオの家に住んでるぞ」

『ええええええええっっ!?』


 バッとクラスのみんなが一斉にこっちを見た。

 ……し、師匠ぅぅぅぅ……!


「よし、次の質問行くぞ。次……横溝」


 先生が、強引に質問の方に戻ってくれた。

 あ、ありがとうございます、先生!


『好きなものって何ですか?』


 よかった。今度は普通のものだ。

 さすがに、この質問なら、師匠がおかしな回答をすることはない……はず。


「酒だな。あとは……イオが作る飯」


 ……なんでっ! なんでですか、師匠っ!

 今のその質問なら、絶対おかしなことにならないと思っていたのに、なんでおかしな回答をしちゃうんですかぁ!

 ほら、みんなボクをすっごい見てますよ!


「次行くぞー。西野」

『えっと、ミオ先生と依桜ちゃんって、どういう関係、何ですか……?』


 ダメ! 師匠、ダメ! 絶対言っちゃダメですよ!

 さっき以上に、ボクは師匠に目で訴えかける。

 ここで関係が知られてしまったら、どんな噂が立つかわからないんですから!


「あたしとイオのか? 師弟だよ。師弟」

『……師弟?』

「ああ。あいつ、あたしの弟子だから」

『えっと……一体何の?』

「あんさ――もとい、武術だよ」


 今、暗殺技術って言いかけたよね? 思いっきり、言いそうになってたよね? 結構グレーゾーンな部分まで言ってたよね。

 ただ、そこを訝しむ人はいなかったので、なんとかバレずに済んだ。

 未果たちだけは、ボクを見てるけど。


「ほか、質問あるやついるかー? ……お、じゃあ、佐々木」

『ミオ先生って、どこ出身なんですか?』

「んー、リーゲル王国って国だな」


 それは言っちゃダメですよ師匠!

 なんで、正直に言っちゃうんですかぁ!


『リーゲル王国?』

『そんな国あったか?』

『聞いたことないけど……』

『え、じゃあどこだよ?』


 ほら、みんな訝しんじゃってるよ。

 そもそも、リーゲル王国なんて国、地球上のどこにもないもん。あるの、向こうの世界だよ。

 向こうじゃ有名でも、こっちではそもそも存在していないんだから、あるわけがない。


「ま、そう言う国があるんだよ。気にするな」

『……まあ、どこ出身でもいいか!』

『だな! 別に、出身地なんて気にするようなものじゃないだろ』

『美人ならそれでよし!』


 お、押し切っちゃったよ。

 師匠もそうだけど、このクラスの人も大概だと思う。


「さて、質問はこのくらいにするか。それでは、ミオ先生、これからよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。よろしく頼む」



「おい、依桜!」


 HR終了とともに、態徒が興奮した様子で詰め寄ってきた。

 それについてくる形で、未果たちもボクのところに。


「お前の師匠、めっちゃ美人じゃねえかよ!」

「あ、あはは……そ、そうでしょ?」

「お前、あんな綺麗な人と、一年間もひとつ屋根の下で暮らしただけでなく、今後も一緒に住むのかよ!」


 まあ、そう言うことだよね……態徒だし。


「でも驚いたわ。依桜自身が、美人なお姉さんって言っていたから、それなりとは思っていたけど……まさか、あれほどの美人とは思わなかったわ」

「わたしもびっくりだったよ。まさか、あんなにきれいな人だったなんてねー」

「あんな人と、よく一緒に住んでいられたな、依桜」

「……ボクもそう思うよ」


 何せ、炊事洗濯は全部ボクに丸投げで、お風呂に入っていると乱入してくるし、寝ている時、ふと気が付くと、ボクを抱き枕のようにして寝てるしで、本当にしんどかったからね。

 師匠は、容姿だけならすごく魅力的な人だから、理性の方にダメージが行っていたよ。


「でもよー、例え理不尽でも、あんなに綺麗な年上美人と一緒に住めるんだから、プラスじゃね?」

「……何も知らない人からしたらそうだけど、ボクからしたら、地獄の一年だったよ」


 きつすぎる修業を毎日。

 疲れなんてお構いなしと言わんばかりに、お世話を強要してくる。

 ちょっと修業で遅れただけで、回数追加が入り、たまに本当に殺されるしで、地獄でしかなかった。


 そんな生活を天国だと言えるのなら、その人は相当なMだと思います。

 態徒なら、割と本気で天国って言いそうだけど。


「依桜の修業方法を聞いたら、普通なら嫌だというはずなんだが……態徒は変態だからな。煩悩だけで、暮らしたいと言ってるんだろう」

「煩悩で生きて何が悪い!」

「……態徒は、除夜の鐘で煩悩を消し去ったとしても、その直後に復活してるのでしょうね」

「褒めるなよ~」

「褒めてないわよ。……それにしても、話に聞いていた、依桜の師匠が現れるなんてね……世の中、どうなるかわからないものね」

「ボクもそう思うよ」


 学園長先生の今までやっていたことが、世界にどんな影響を与えるのか、全くわからないからね。

 今回の子の一件の原因、あの人の異世界研究がだし。

 ボクもボクで、協力しちゃったけど、何も知らなかったし……。


「体育の時間とか大丈夫なのかなぁ」

「一応、こっちの世界の基準を教えてあるにはあるけど……やりすぎないか心配だよ」


 体育祭が近いのも、ある意味では不安の種だし……。

 何をするかわからないから怖いよ、師匠は。


「その辺りは、俺たちも祈るしかないな」

「副担任になった以上、確実に私たちのクラスの体育は受け持つでしょうし、依桜が言う、理不尽なものにならないといいわね」

「……そうだね」


 もし、そうなってしまった場合、ボクが一番申し訳なく感じちゃうよ。

 そういう事態に陥っちゃった場合、ボクじゃ師匠は止められないもん……。

 それに、下手なことをすれば、ボクの異常な身体能力が白日の下になっちゃうし。


 ……と言っても、学園祭でほとんど知られているような気がするけど。

 でもあれは、学園祭のイベント、って言うことで片付けられてるから問題ない……と思うんだけど。

 今日は体育があるから、余計に心配だけど……体育祭の練習だし、問題ない、よね?



 いつも通りに、時間割は消化され、体育の時間になった。


「おし、今日からあたしがこの二クラスの体育を受け持つことになった」


 案の定、師匠が受け持つことになりました。

 ちなみに、服装は、例のものです。

 タンクトップにホットパンツ、それからブーツ。


 ……今思ったんだけど、体育をやるのに、ブーツってやりにくくないのだろうか?

 あと、今って普通に十一月半ばなのに、この薄着。寒くないんですか?


「そこまで厳しくするつもりはないが……言うことが聞けないやつは、あたし直々に指導してやるから、そのつもりでな」


 この時の師匠のセリフに対して、二組と六組の生徒は、概ね美人な先生とのマンツーマンを予想したのだろうけど、ボクはそんな甘いものじゃないとわかっているので、一人青ざめていた。


 一体何する気なのか、すごく気になるところではあるけど、師匠がやることは生易しいものじゃないとわかっているだけに、それを知るのが怖い。


「今の時期は、体育祭の練習期間だったか? だからまあ、変なことをする奴はいないだろうが……問題は起こすなよ」


 ……世界最強の人が、体育教師って、本当に何かの冗談かと思える状況だよね……。


「それじゃ、自分の練習に行け」


 師匠のその言葉で、みんなが自分の出場種目の練習に行った。

 それに便乗する形で、ボクも離脱――しようとしたんだけど、


「おい弟子。ちょっと待とうか」


 肩をがしっと掴まれてしまった。

 油をさし忘れた機械のように、ギギギギッと首を後ろに。


「な、なんですか、ミオ先生」

「……お前に、名前+先生呼びされると、むずがゆいな。いつも通りにしろ」

「……え、でもここ学園――」

「いいから、しろ」

「はい。……それで、なんですか、師匠」

「たしかお前、格闘大会に出るらしいじゃないか」


 まずい。この状況は非常にまずい……。

 このパターンだと、絶対に『稽古をつけてやる』的なあれだよ。


「それで、どうなんだ? ああ?」

「で、でますです、はい……」

「そうかそうか。……なら、個人授業と行こうじゃないか」

「い、いいですよ! ここは向こうの世界じゃないんですから!」

「んなもん関係ない。あたしは別に、身体能力に関してはバレても問題ないと考えてるからな」


 ダメだ。価値観が違い過ぎる……。

 考えてみれば、師匠は別に有名になってもならなくてもいいタイプの人だった。

 仮に有名になったとしても、暗殺能力が高すぎて、対処のしようがない人だもん、この人。


「ボクはあんまりバレたくないんですよ!」

「別にいいだろ。やるのはどうせ、体術だけなんだから」

「師匠強すぎるんですもん。勝てませんよぉ!」

「うるせえ! 師匠命令だ!」

「そんな理不尽な!」

「おーし、じゃあ行くぞー」

「は、離してくださいぃぃ!」


 ボクに拒否権はなく、襟をつかまれてずるずると引きずられていった。



「……やばいな、あれ」

「……そうね。聞いていた通り、本当に理不尽だったわ」


 解散と言われて、俺たちも自分の出場種目の練習場所に行こうとした時、依桜とミオ先生のやり取りの一部始終を見てしまった。


「あれ、どうなるのかね?」

「うーん、話を聞いてる限りだと、ミオ先生って、依桜君よりも遥かに強いらしいしね。どうなるかわからないなぁ」

「……だよな」


 涙目で引きずられていく依桜に、俺たちは心の中で合掌した。

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