第38話 有名人依桜ちゃんと、再び……

 みんなで温泉旅行へ行った数日後。


「え、ええぇ……」


 ボクは、水曜日の朝からとっても困っていた。


 いつも通りに、朝起きて、学園へ行く準備をして、制服に着替えて、部屋に陽の光を入れるために、カーテンを開ける。ここまではよかったんです。

 うん、ここまでは、ね……。


「……ど、どういう、こと?」


 ボク部屋に外に見えたのは、大勢の人だった。


 服装もてんでばらばらだし、年齢もバラバラに見える。

 つまり、それぞれ何かがあって、偶然集まった、ってことだよね?


 ……でもなんで?

 ボク、何かしたっけ?


 考えてみれば、先週は色々あったけど。


 モデルをやったり、大食いしたり、エキストラをやったり、福引で五回引いて五個当てるし、温泉旅行行って、襲われるし……あ、あれ? これ、本当に一週間の出来事? なんか、すっごく濃密な一週間だった気がするんだけど。


 で、でも、これだけあったわけだし、きっとなにかある、よね?


 なかったらなかったらで、なんで家の前に人が集まってるのっていう恐怖があるんだけど。


「……こ、これは正面から出ないほうがいい、よね?」


 少なくとも、玄関から出て行っても、いいことはない気がする。

 そうなると……。


「うん。やっちゃいけないけど、屋根から今日は学園へ行こう」


 異世界で培った身体技術や能力、スキルをフル活用して学園へ行くしかない。

 ……これ、向こうにいた時の、魔王城に向かうレベルの発想になってるんだけど。

 いつからここは、魔王城付近になったんだろうか?


「と、とりあえず朝ごはん食べないと!」


 まずは朝食をということで、リビングに向かった。



「依桜、外の人たちについて、何か知ってる?」


 朝食を食べ始めたころ、母さんに尋ねられた。

 一度、手を止めて一言。


「わからないです」

「そうよねー。なんか、記者っぽい人も見えたし……何かあったのかしらねぇ?」


 ボクにも心当たりがないです、母さん。

 あったら言ってます。


 父さんは、すでに仕事に行っているみたい。


 幸いにも、父さんが家を出るときには人はいなかったようなので、これと言って問題はなかったとか。


「依桜、玄関から行ったらちょっと何があるかわからないけど……どうするの?」

「どうって……屋根から行くけど」

「あらそう。なら問題ないわね!」


 ボクの母さん……というか、両親は基本的に能天気がデフォです。


 あー、えっと、一応、なんだけど、ボクが異世界に言っていたことはすでに言ってあったり。もちろん、女の子になった後、時間をおいてから、だけど。


 まあ、能天気な反応が返ってきましたよ。

 例えば、


『ボク、人を殺したんだ……向こうで』


 と言ったら、


『マジか! 人を殺したのか……まあでも、依桜が無事ならOK!』

『そうね! 悪い人なら問題なし!』


 って返ってきた。


 ……ええぇ? ボクが言うのもなんだけど、親がそれでいいのかな?


 ボク、やっちゃいけないことをしたよ? 大丈夫なの?


 だから、ボクの異常な身体能力についても知っているわけで。

 母さんたち的には、ボクが異世界に行ったおかげで、女の子になったから、むしろ喜んでたよ。


 ……息子が娘になったことに対して、ツッコミをいれるどころか、平気で受け入れて、歓迎してくるっていうのも、考え物だけどね。


「ごちそうさまでした」

「依桜、はい、お弁当」

「ありがとう。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」



 玄関にあるボクの靴を持って、部屋へ戻る。

 幸いにもボクの部屋にはベランダがあるので、そこから今日は学園へ行く。

 気配遮断を使用してから、ベランダへ出る。


 気配遮断を使って、玄関から出ればいい、と思うかもしれないけど、気配遮断を使用して、あの人ごみの中を堂々と行くのは無理がある。消音を使ってドアを開けたとしても、音もたたずに開いたドアを見たら、不審がられるだろうし。

 だったら、気配遮断と消音を使って、屋根から行った方がいい。


 そう言う考えのもと、ボクは学園へ向けて出発した。



 屋根から屋根へ飛び移りながら、学園を目指す。


 もちろん、それなりに距離はあるけど、ボクには関係ない。


 師匠とか、百メートル以上はあった、谷を、身体強化なしで飛び越えるっていう人外だったし。そんな師匠に鍛えられたボクは、たった数メートル程度、造作もないのです。


 正直なところ、わざわざこうして屋根から行かなくても、最大限まで身体強化をかければ、一度の跳躍で学園に行けたりします。


 ……やったら、直径十メートルくらいのクレーターができちゃうけど。

 そんなことをしたら、確実に家が崩壊しちゃうので、やりません。


「はぁ……やっぱり、縮地法、教わっておけばよかったかなぁ」


 ちょっと後悔。

 師匠、縮地法とか、平気で使ってたしなぁ。

 しかも、空中でも使ってたし……。


 ……ボク、本当に師匠越えしてたの? 絶対手加減か何かしてたような気がするんだけど……。


「……ま、まさかね」

 師匠に関する疑問が色々と出てきたけど、頭を振ってその考えを追い出した。


 ……まあ、もう会うことはない、と思うしね。



「おはよー」


 ばれないように、屋根からこっそり? 登校し、学園へ到着。

 校門前にも見知らぬ人が張り込んでいたので、やっぱり避ける。


 学園の校門から少し行ったところの塀を乗り越えて敷地内に。

 そこから、校舎内へと入り、教室へ到着。


『お、女神様だ! 女神様が来たぞ!』

『おはよう、女神様!』

『女神様おはよー』

『よお、女神様!』

「……………え?」


 教室に到着した瞬間、なぜかクラスメートたちに女神呼ばわりされた。

 な、なんで?


「あ、来たわね。おはよう、依桜」

「う、うん、おはよう。えっと……これ、どういうこと?」


 きょろきょろと周囲を見回すボク。

 よく見ると、晶が机に突っ伏したまま動かなくなっていた。

 しかも、机の上には大量の……手紙?


「やあやあ依桜君! 君、有名になったねぇ!」

「へ? ゆ、有名……?」


 ほ、本当に何があったの?

 ボク、本当に何かやらかしてたの?


「おっすおっす。依桜、混乱してるところあれだが、ちと、これ見てくれこれ」


 と、ボクが頭に無数の疑問符を浮かべて、混乱しているところに、態徒が来た。

 すると、そのままスマホの画面を見せてくる。

 どうやら、なにかのニュースみたいだけど……


『それにしても、この少女は誰なんでしょうね?』

『突然現れた、女神様! と、ネット上では言われていますね』

『たしかに、一瞬の出番とはいえ、ドラマではその女神のごとき微笑みに心打たれた、という人が急増し、ファッション誌『Cutie&Cool』では、すごくカッコいい金髪の少年と一緒に写っている姿が好評らしく、現在も注文が殺到してるようです』

『しかも、これで一般人というのが信じられませんね。どう見ても、アイドルなどにしか見えない』

『ドラマの収録現場の人曰く、階段から落ちた宮崎美羽さんを、空中でキャッチしてそのまま助けた、という話が出ているそうです』

『落ちた後ではなく、落ちる途中で、ということしょうか?』

『現場の人が言うにはそのようです』

『何者かはわかりませんが、彼女についてはどういうわけか情報が錯綜しているとのことですが、各業界が躍起になって探しているようです』

『なるほど! それはすごいですね!』


 その動画を見て、ボクは唖然としていた。


 な、なにこれ……?


 え? なんでボク、テレビで取り上げられちゃってるの?


 あと、ドラマ? ファッション誌?


 すごく聞き覚えがあるんだけど……。

「なんだ、やっぱり依桜は知らなかったのか。いやまあ、あんまりテレビとか見ないしなぁ、依桜は」

「こ、これ……どうなってるの?」

「うーんとね、依桜君がエキストラで出演していたドラマが昨日放送されてね。依桜君が出た瞬間、すぐさまネットで拡散。で、『この女神様は誰だ!』ってなって、同時にその日発売された『Cutie&Cool』に読者モデルとして出ていたことが発覚して、今日にいたるというわけです」


 そ、そう言えば……昨日インターネットを見てるときに、ニュースか何かで、女神のような少女現る、みたいな題名の記事があったような……?


 もしかして、それ?


 ……というか、そのファッション誌って……。


「あ、あの『Cutie&Cool』? 間違いじゃなくて?」

「うん。あれ、依桜君たち知らないで出てたの?」

「……い、一応掲載される雑誌については言われてたよ。……二人して思い出せなかったけど」

「さすが、依桜ね。どこか抜けてるわよね」


 そ、そうだったんだ。

 あの時の撮影、『Cutie&Cool』のだったんだ……。


『Cutie&Cool』と言えば、若い人向けのファッション雑誌として有名で、大体の年齢層は十代後半~二十代前半くらい。

 しかも、男女両方を取り上げてるとあって、男女両方に支持されている雑誌。

 ほかにも、人気モデルの人を多く起用しているのも人気のある理由。


 ぼ、ボクたち、そんな有名な雑誌に出てたの……?


「……ちなみに、晶が死んでるのは?」

「あーえっと、あれはね……」


 と、未果が説明してくれた。


 どうやら、ファッション誌が飛ぶように売れたことで、晶の写真に関するものも多く出回ってしまったとか。


 すると、朝いつも通りに登校していたら、見知らぬ制服の女の子たちからラブレターを大量にもらい、学園に到着して、下駄箱を開けると、さらに大量のラブレターが詰め込まれ、教室にいって、自分の机の中にも、やっぱり大量のラブレターがあった、とのことらしい。


 その上、モデルの件をひたすらに弄られるとあって、『うぼぁ』という謎の言葉を発して倒れたそう。


 ……被害、ボクより大きいよね、あれ。


「でも、なんで依桜君エキストラなんかに?」

「あーえっと……アルバイトを、ね。しようと思って、開校記念日にちょうど日払いであったから……」

「でもよ、あれってたしか抽選だったよな? かなり有名な女優や俳優が出演するとあって、かなり倍率が高く……って、そうか。依桜、だもんな」


 途中で言葉が止まり、態徒は自分で納得していた。

 うん、ボクもそう言う反応だよ、態徒。

 ボクだから、ね。


 はい、運です。異常なまでの幸運値を持っているボクだからこそ、抽選が当たっちゃいました。


「何はともあれ、依桜君、とんでもないことになっちゃったね~」

「……あぅ、どうしよぉ……」


 目の前の事実に、頭を抱える。

 ……ということは、ボクの家の前にいたたくさんの人って、ボク目当て、ってことだよね?


「でもね、依桜。不思議なことに、依桜に関する情報って、錯綜してるせいで、よくわからなくなっているらしいのよね。誰かが、いじってるのかも」

「……誰か?」

「ええ。てっきり、依桜がやっているかも、と思ったんだけど……その様子じゃ、違うみたいね。女委も違うって言ってるし」

「もちろん、オレも違うぜ? 当然、晶もな」

「じゃあ、一体だれが……」


 と思ったところで、一人の人物が頭の中に浮かんだ。

 ……ボクを知っていて、尚且つ、情報操作ができそうな人と言えば、あの人しかいない、よね?


「ごめん。ちょっと用事を思い出した! ちょっと行ってくるね!」

「あ、うん。行ってらっしゃい」


 その人物のもとへと、ボクは向かった。



 コンコンと、扉をノックする。


『どうぞ』


 すると、間髪入れずに返事が返ってくる。

 それを聞いてから、室内へ。


「失礼します」

「あら、依桜君じゃない。どうしたの?」


 そう、学園長先生だ。

 多分だけど、この人が情報を混乱させていたんじゃないかなって。


「えっと、テレビとか、見ました?」

「テレビ? ……ああ、女神さまの件ね! もちろん、見たわ。でも、それがどうかしたの?」

「ボクの情報が錯綜してるって聞いて……もしかしたら、学園長先生が何かしたんじゃないかって思って」

「あらあら。そうよ。私が弄ったわ。情報」


 やっぱり、学園長先生だった。


「なんで、そんなことを?」

「なんでって……そうねえ、簡単に言えば、依桜君を助けたかったから、かな」

「え?」

「何を驚いているの? 当たり前じゃない。だって、自分の学園の生徒よ? それも、特別かかわりのある、ね。ちょっと面倒なことになりそうだったから、そうなる前に手を打ったのだけれど……正直、インターネットやSNSなどの情報をかき乱すことしかできなかったわ。アナログは難しいわねぇ。……ま、どこの会社がちょっかい出しに来てるかは知ってるけどね」


 ニヤリと、すごく悪い笑みを浮かべてる学園長先生。

 ……本当にこの人、学園長なんだよね?


「でもまあ、実害はなくなると思うから、安心していいわよ」

「そう、ですか。助けてくれて、ありがとうございます」

「いいのいいの! その代わり、と言ってはなんだけど……一つだけ、いいかしら?」


 い、嫌な予感がしてきた。


 こういう時の見返りの要求って、いいものじゃないよね……。


 で、でも、今回は助けられたみたいだし……。


 おそらくだけど、学園長先生が何もしなかったら、ボクの周りってとんでもないことになってたよね?

 だから、かなり助けられたと思う。


 ……ま、まあ、聞くだけ聞いてみよう。


「えっと、なんですか?」

「私が、異世界転移について研究してたのは、前話したわよね?」

「はい。言ってましたね」


 それ以前に、ボク被害者ですけどね。


「それでね。それに関する頼みごとがあるの」

「頼み、ですか?」

「そ。以前、異世界転移はランダムでしかできない、という説明をしたの、覚えてる?」

「はい。ランダムじゃないと、人が死ぬから、ですよね?」

「そうそう。でね、最近完成しちゃったのよ」

「……完成?」


 ……本当に嫌な予感がしてきた。

 絶対この人の頼み事、しかも異世界絡みの話って、いい方向に行くことはないと思うんです。

 だから今回も……


「そうそう。ついに、自由に行き来できる装置が完成しちゃったのよ!」

「えええええ!? つ、作っちゃったんですか!?」


 まさかすぎるものを作っていたそうです、この人。

 自分で、指定して行き来はできないとか言っていたのに……。


「うん。実を言うとね、依桜君にこの話をした段階で、ほとんど完成していたのよ」

「なんで、それをあの時言わなかったんですか?」

「んーまあ、単純に完成品じゃなかったのと、壊されそうだったから」


 ……まあ、あの時のボクならしてたかもしれませんけど。


「でね、ついに完成しちゃったわけよ。だから、試したいじゃない? これ」

「……いえ、全然思いません」

「試したいよね?」

「試したくないです」

「試したい、よね?」

「ですから――」

「あーあ。私、依桜君の情報をかき乱して、助けてたんだけどなー。そっかそっかー、依桜君は、恩を仇で返すんだねー。じゃあ私、かき乱した情報を元に戻そっかなー。そうすれば、依桜君の個人情報がネットであふれかえっちゃうなぁ。あーあ」


 ……こ、この人、教育者としてやってはいけない、脅しをかけてきたんだけど!

 ねえ、この人が学園長で、この学園って大丈夫なの!?


「……わ、わかりましたよ。やりますよ」

「やった! えっと、試すのは……うん、一番問題のなさそうな、土曜日にしましょう。集合場所は、学園の校門。時間は……そうね、朝の十時でどうかしら?」

「わかりました。えっと、持ち物とかは……」

「まあ、異世界に行くことになるわけだし、向こうに自分の着替えとかがなければ、持ってくることをお勧めするわ」


 着替え……は、ないね。

 だって、向こうにいた時は、まだ男だったし。


「わかりました。適当に必要なものを持ってくることにします」

「了解。それじゃあ、それ以外は私の方で何とかしておくわ。情報も、これ以上変なことにならないよう、必要最小限に抑えておくわ」

「わかりました。それじゃあ、ボクは戻りますね」

「ええ。異世界の件、楽しみにしてるわねー」


 ニコニコ顔で言われて、少しだけイラっと来たけど、助けられているのだから、怒りは何とか鎮めた。

 ……はぁ。まさか、こんなことになるなんて。

 陰鬱とした気持ちで、ボクは教室に戻っていった。



 そんなわけで、ボクの異世界行きが決まった。

 前回とは違って、物を持ち込めるそうなので、そのあたりは心配しなくても問題ないかな。


 ……異世界、か。


 向こうで三年過ごして、帰ってきてから一ヶ月以上経ってるけど……なんだか懐かしく感じる。


 ……ちょっとは楽しみ、かな。


 もう二度と会えない人と会うことになるのだから、やっぱり楽しみだね。

 今度は緩やかにのびのびと過ごそう!



 と、ボクはこの時思っていた。

 それがまさか、あんなことになろうとは、この時のボクは知る由もなかった。

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