第308話 エイコの願いと事の真相

 エイコと名乗るブライズが現れたと思ったら、いきなり世界を終わらせてほしいと頼んできたので、とりあえず、場所を一旦変えて、事情を聴くことにした。


 絶対に事情は知っていそうだしな。


「それじゃあ、話をしよう。まず、そうだな……お前は、一体いつからその姿に? ついでに、変化する前の記憶は残っているか?」

『……そうですね。私は、ブライズになってから、そう日が経っていない……はずです。おそらく、数ヶ月程度かと。ですから、まだ記憶は比較的残っている方です』

「ならいい。じゃあ、この世界について教えてくれ。昨日この世界に来たばかりでな。真相を知りたい。一応……この手記でそれなりの顛末は知っているんだが」

『そ、それは……私の……』

「……やっぱりか。なら、尚更訊きたい。この世界の詳細な情報を。もちろん、憶えていることだけでいい。頼めるか?」

『はい……事の発端は、その手記にある通りです』


 そう言って、エイコは話し出した。


 この世界は、ある日を境に、自然災害が世界で多発するようになったらしい。


 地震、津波、竜巻、海面上昇、落雷、土砂崩れ、嵐……その他、色々なことがあったらしい。


 最初こそ、人間たちが手を取り合い、生きようと必死に頑張っていた。


 だが、そんな状態は長くは続かず、大国――アメリカや中国、ロシアと言った国々がこぞって独占を始めた。

 さすがにそれはまずい、と思った小国や、法人団体などが協力し合い、連合を築き、大国との経済戦争に発展したらしい。


 だが、やはり人間と言うのは、集団が大きくなればなるほど、結束力が壊れやすいもので、とうとう連合側内でも争いが始まってしまった。


 生き抜くためには必要なこと、そう言いながら、ついには武力行使。


 その結果、国同士での大規模な戦争――第三次世界大戦が勃発。


 その戦争では、大人も子供も関係なく、戦争に駆り出された。


 そうして、多くの命を失い、大切な労働力を失った国々は、次第に疲弊。そうして、ようやく戦争を止め、再び協力し始めたらしい。


 その期間は、二ヵ月ほど続いたらしいが……手記に書いてあった通り、国同士ではなく、個人での争いに発展してしまったようだ。


 そうして、世界は最悪の方向へと、さらに加速した。


 それからは、地獄だったらしい。


 人間や生物がブライズへと変貌し、対抗手段が碌にないまま、怯えるように生活していた。


 その中で、エイコだけは、どうにかしようと動き、まずは原因を調べることにした。


 幸いにも、施設は無事で、なんとか研究できるくらいはあったそう。


 んで、研究していくと、この世界には魔力があるということを突き止めた。


 この魔力が原因だと瞬時に見抜いたエイコは、どうにかしてブライズどもを撃退する方法を探った。


 だが、それは芳しくなかった。


 日に日に人間や生物は減っていき、資源も底をつきそうになる。


 対抗手段を見つけることを諦めたエイコは、今度は別の方法を探りだした。


 その過程で、空間歪曲を発見し、さらに異世界の存在を見つけてしまった。


 ここで見つけたと言う異世界は、イオたちが住む、あの世界だったらしい。


 さらに、ブライズたちが発生すると、空間歪曲が同時に一つ発生し、ブライズたちはこちらの世界から、あの世界へと移動する、というこも発見した。


 こちらの世界へ流せば、もしくは、行ければ、自分たちは助かるのではないか? と、一縷の希望に縋ろうとして……やめた。


 その先には、その世界で幸せに暮らす人たちがいた。


 自分たちの勝手な事情で、壊すわけにはいかないと思ったエイコは、全てを諦めることにした。


 だが、もしも、生き残った人間がいた時のために、エイコはとある装置を開発していた。


 それが、この世界を破壊するためのものだ。


 空気中にある魔力を収束させ、それらを核エネルギーに変換。それを何千倍にも膨れさせ、爆発。そうやって、この世界を破壊しようとしたらしい。


 魔力を伴ったこの装置なら、問題なく、ブライズたちを一掃できるらしい。


 本来は、自分で発動させようと思ったらしいのだが、生き残りの人間がいた場合を考えて、作動させられなかったらしい。


 矛盾している、と嘲笑したが、あたしに言わせりゃ、何もしないで諦めた人間どもなんか、無視してもいいと思うんだがな。


 たった一人で抗ったのは、こいつだけだ。


 ……とまあ、これが事の顛末らしい。


 話を聞いて思ったのは、この世界の人間どもは、本当にクソだということだ。


 エイコが一番マシだった。


 ……だが、ここは一つ、聞くとしよう。


「エイコ、お前が人間だった時の職業はなんだ?」

『学園長をしていました。叡董学園と言う学園の』

「……もう一つ訊く。イオ、という奴を知っているか?」

『イオ……? もしかして、男女依桜君のこと?』

「ああ、そうだ。そいつは、どうなったんだ?」


 そう尋ねると、エイコは一瞬悲し気な雰囲気を発した後、言った。


『……殺されたわ』

「……は?」

『……あれは、あの子が高校一年生の時でした。毎年九月に行われている学園祭でね、テロリストの襲撃があったんです。目的は、私の――というより、父の研究データ。基本的には会社にデータがあったんですが、その時はたまたま学園の方で確認していたんです。ですが……それがバレていたんでしょうね。襲撃が来て、ミス・ミスターコンテストで、あの子の出番の時、司会者を庇って……死んでしまった』

「……」


 嘘だろ……?


 こっちで、あいつは殺されたのか?


 あたしの知らない世界の、知らないイオとはいえ、イオを殺した奴が憎い……。


 もし、そいつが生きていたのなら、あたしは跡形もなく消すどころか、痛めつけて回復させて、また痛めつけて、精神を殺した後に、肉体を殺してやりたいくらいだ。


 …………なんてことだ。


 内から湧き出る、怒りと憎しみを抑え込もうとしていると、ふと、エイコが気になることを言いだした。


『でも、その時からかもしれません。世界がおかしくなりだしたのは』

「……どういうことだ?」

『偶然だと思うんですが、依桜君が殺された後から、自然災害が発生しやすくなったんですよ。まあ、元々資源が少なくなっていたり、環境が悪化していたので、本当に偶然だと思いますけどね……』


 ……なんだか、気になるな。


 エイコの言うように、本当に偶然なんだろうが、ちょいと引っ掛かる。


 まあ、元々謎な存在である以上、なんかでかいことになっても不思議じゃないが……まあ、適当に頭の片隅に入れおくか。


「それで、こっちのイオはどんな奴だった?」

『……そうですね。みんなから慕われる、優しい男の娘でしたよ。分け隔てなく優しく接し、友達想いで、誰かの為に、自身の身を犠牲にしても構わない、そんな子。だからでしょうか、依桜君が死んだあと、まるでそれを追うかのように、椎崎未果さんも死んでしまったんです。自殺、だったそうですよ』

「……マジか」


 なんてことだ。


 本当に最悪の世界じゃないか……。


 ミカと言えば、イオにとって最も仲のいい奴だ。


 幼少の頃からの付き合いで、お互い信頼し合っていることが、傍目に見てもわかるほど、あいつらは仲がいい。


 お互い好きであることに間違いないだろう。


 かなり大切に想うからこそ、イオが死んで、絶望し、追いかけるように死んだ、ってところだろうな……。


 なんなんだ、この世界は。


 どうしようもなく、最悪で、どうしようもなく……絶望的だ。


「なら、あいつらは? アキラにタイト、メイの三人は?」

『……彼らは、未果さんが自殺した後、事故で亡くなっています。自然災害に巻き込まれてしまったんですよ。本当に……本当に辛かった。地獄のようですよ、この世界は』

「……なんてことだ」


 聞いていて、胸糞悪くなる……。


 イオが死んだことを皮切りに、あいつの大事な友人どもが死んでいる。


 ……こんな荒廃した世界だ、死んでいるかもしれない、とは思っていたが……まさか、荒廃する前に、死ぬなんてな……。


「……お前が、この世界を滅ぼしてほしいと言った理由は?」

『……私は、もううんざりなんです。こんな、絶望しかない世界は。大切な生徒たちは、みんな死んでしまいました。自然災害で死んでしまった人もいれば、戦争に行って、死んでしまった人もいます。中には、争いに巻き込まれて殺されてしまった人だって……。だから、私は研究をしたんです。これ以上、誰も死なせないようにするために』


 そんな理由があったのか……。


 正直、ここまでガキどもを大切に想う奴を、あたしは見たことがない。


 こいつは、根っからの善人だ。


 ……どこの世界に行っても、悪い現実を見るのは、いつだって、善人だ。悪人どもばかりが、いい現実ばかりを見る。


 それは、法の世界でも同じ、ってか。


『……でも、ダメでした。研究が完成する頃にはもう、ほとんどいなくなってしまいました。残っていた子も、黒い靄に変わり果て、私を襲いました』

「……」

『私も、世界を破壊するための装置を創って、この姿になりました。だから、自分が黒い靄に変貌する前に、あの手記を、残したんです……だから。だからどうか……この世界を、終わらせてください……』


 その声には、悲しみや後悔や憎しみが、混じっていた。


 こいつは一体、どれほどの絶望を味わったんだろうか。


 あたしも、長い人生、いろんな絶望を味わった。大切な奴は、すぐに逝っちまう。ミリエリアがその最たる例だ。


 あいつは、あたしが最も大切に思った奴だった。親友だった。


 だが、こいつは大切なものが多すぎた。


 それを、短期間に失って、よく心が壊れなかったものだ。


 ……あたしは、エイコを救ってやりたい。


 なら、あたしがすべきことはわかっている。


「任せな。どのみち、この世界にいるブライズの王をぶっ飛ばしに来てんだ。ついでに、ブライズがまとめて消し飛ばせるってんなら、ありがたい話だ」

『い、いいんですか……?』

「当然だ」

『ですが、あなたも一緒に、世界と共に消えることになりますが……』

「安心しな。あたしは、世界消滅と同時に、元の世界に帰るよ。だから、死にやしないぞ」

『……不思議な人ですね。あなたは』

「ま、そうかもな。……そんじゃ、案内してくれ。その装置、どこにある?」

『こちらです、ついてきてください』


 そう言って動き出したエイコを追って、あたしたちは装置へと歩み出した。

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