第196話 冬休み終了

 そして、一時間だけの営業が始まる。


 今回、イベントが十一時までだったので、お店は十一時半~零時半までの一時間だけとなった。

 それはあらかじめ、お店の扉に注意書きが書かれた紙を貼っておいた。

 万が一、インガドのようなプレイヤーが出てきたら困るので、時間内に入店した人までが、料理と衣服を売ることのできるラインであるとも書いた。

 こうしておけば、最悪の事態は避けられるからね。


「じゃあみんな、開店するよ」

「いつでもいいわ」

「ああ。俺も大丈夫だ」

「わたしもー」

「オレもOKだ!」


 それを確認して、ボクは開店の文字をタッチした。

 そして、開店した瞬間、ボクたちの目に飛び込んできたのは……人の波だった。



「いらっしゃいませ! こちらの席へどうぞ!」

「すみません、もう少々お待ちください!」

「申し訳ありません、そちらは売り切れで……」


 ボクたちは、営業開始と同時に、とんでもない人数のお客様に大忙しとなっていた。


 開店した瞬間に入ってきた人数は、数えきれないレベルで、見ればお店の外まで行列ができている。

 ボクは一人、大急ぎで料理を作り上げていく。


 しかし、終わらせまいとばかりに、ボクの所に注文用紙が転送されてくる。

 一体何枚あるのかわからない。


 座れる席に限りはあるものの、それでも、四十一人分の料理を同時に作らなくちゃならない。

 しかし、ここにあるコンロは合計で六つ。

 さすがに、四十一人分ともなると、せめてあと四つは欲しい。

 どうにかしないと、さすがにお客様に悪い。


 何とかしないと。


 そう思いながらも、ボクはひたすらに体を動かし続ける。

 フライパンを振り、鍋をかき混ぜる。

 食材は舞い、食材は混ざる。


 忙しい。本当に忙しい。


 イベントよりも、圧倒的なまでの、忙しさ。

 ボクは焦る。

 何か方法はないかと、このお店のステータス画面を開く。


 すると、気になる項目があった。


 スクリーンのとある場所に、【増築】と言う文字があった。

 ボクはそこをタッチする。


 すると、増築が可能な場所が表示される。

 そこに、コンロ、と言う項目があるのをボクは見逃さなかった。

 急いでそこをタッチ、増築数を求められたボクは、4と打ち込み、増築の文字をタッチした。


 すると、目の前のコンロが光り、気が付けばコンロが6から10に増えていた。

 これはいけると思って、武器生成でフライパンと鍋を生成。


 現実と同じことができるか心配だったけど、何とか無事、生成に成功した。

 急いで食材を切り、炒め、煮る。

 いつぞやの学園祭の時を思い出すような、そんな状況。

 そして、同時へ移行作業でありながら、ボクは何とか、四十一人分のオーダーを完成させる。


「持ってって!」

「了解!」

「ええ!」


 いつも通りの布陣で営業しているけど、これはもしかすると、レンとヤオイの手を借りることも考えた方がいいかもしれない……!


 二人だけで回すには、色々と無理がある。


 それに、洋服屋さんの方は、もう少しで売り切れになる。

 そうなれば、二人の応援が期待できる。

 そんな期待を抱きつつ、再び転送されてきた注文用紙を見て、ボクは再び料理を始める。


 正直、イベントよりも圧倒的に大変だし、疲労感もそれの比ではない。

 けど、お客様は絶対に待たせちゃいけない。

 なら、ボクが頑張るしかない。


「ユキ君、洋服は売り切れになったよ!」

「ほんと!? じゃあ、二人とも、ミサたちの手伝いに回って!」

「「了解!」」


 ボクが指示を出すと、二人はすぐに了承し、動いてくれた。

 それによって、ミサとショウの負担は減り、ホールの方も回り始めた。

 ボクはそれを見て少し安堵し、さらに作るペースを上げる。

 それに合わせてくれるように、みんなもスピードを上げてくれた。

 これでなんとか、無事に切り抜けそう、そう思った。



 そして、三十分ほどたった頃のこと。


『ユキちゃん、今度一緒にクエストに行かないか!?』

『てめぇ、抜け駆けしてんじゃねえ! ユキちゃん、今度作る俺たちのギルドに!』

『お前も抜け駆けしてんじゃねえか! こんなやつらよりも、俺たちと!』

『男どもなんかに、お姉様は渡しませんわ! お姉様、ぜひ私たちと!』

「え、えーっと……」


 ボクは、大勢の人に詰め寄られていました。

 ある人が、ボクにモンスター狩りに行かないか、という誘いを持ちかけたことが発端で、その後、なぜか店内にいた人たちが一気にって感じで……この有様です。

 どう反応していいかわからず、ボクはしどろもどろ。


「……まあ、こうなるわよね」

「あんだけ強くて、しかも可愛いとあれば、誰だってお近づきになりたい、と思うだろう。むしろ、思わない人の方が少ないと思うぞ」

「ユキ君、無自覚に魅了しちゃってるからねぇ」

「サキュバスみてぇだな」

「似たようなもんじゃない? 大体の人は、ユキを一目見ただけで見惚れるのよ? しかも、告白する人も実際多い。と言っても、その後ファンクラブの人たちにやられているわけだけど」

「ああ、そう言えば粛清されるんだっけか?」

「そうだね。わざと帰るのが遅くなるようにして、闇討ちするとかなんとか」

「……やべえ」


 みんなは一体何を話しているんだろう。

 すごく気になるけど、目の前のことで手いっぱいだよ、ボク!

 と言うか、ボクを助けてほしいんだけど!


「え、えっと、あの……こ、ここでは、料理を食べてもらう場所でして、そのぉ……で、できれば、こう言った騒ぎを、ですね。起こさないでほしいなぁ、なんて……」


 プレイヤーの人たちの圧が強すぎて、つっかえつっかえなセリフになってしまった。

 うぅ、恥ずかしぃ……。


「そ、それに、ボクはあそこにいるみんなと遊ぶのが一番好きで……ギルドだって、みんなと作る、って決めちゃってて……だから、そのぉ……す、すみませんっ!」


 結局最後は頭を下げて謝った。

 いや、なんかもう、申し訳なくて……。


『い、いえいえいえ! 俺たちの気が利かなくて!』

『そうですよね! 友達がいるんですもんね!』

『申し訳ない!』

『すみませんでした、お姉様!』


 なぜか、プレイヤーの人たちは赤い顔をしながら、引いてくれた。

 なんで顔を赤くするんだろう? や、やっぱり、ボクなんかに謝るのが恥ずかしくて……?

 で、でも、大丈夫、だよね? これ。

 し、心配になってきた……。


『じゃ、じゃあ、そのギルドに入れてくれませんか!?』

『貴様、また抜け駆けか!』

『俺だって、入りたいんだよ!』

『くっ、こんなむさい男どもに、入らせるわけにはっ……!』

「……どうすればいいの、これ」


 この上なく、困り果てた声音で、ボクは苦笑いを浮かべるだけだった。



 あの後は、本当に忙しかった。

 料理を出せば、ギルドに入れてほしい、と懇願され、まだ作らない、と言うことを何度も伝えた。


 それに、いつ作るかも決めていないのに、こうなってくると、ね? 申し訳ないし……。


 あと、規模だって決めていない。


 ボクたちの場合は、五人でギルドを、と言う風に考えていただけで、特に目標も、条件だってない。

 それに、ボクたちはまだ学生。それも、高校一年生だ。

 そこまで頻繁にゲームにログインするわけじゃない。


 夏休み、冬休み、春休みの長期休みなら、それなりにいるかもしれないけど、平日はそうもいかない。


 それに、あの学園にいる限り、ボクは学園長先生に色々と押し付けられそうだからね……。


 多数決で、ボクがギルドマスターと言うことに決まってはいるけど、ギルドマスターがほぼ不在のギルドに入ってもらうって言うのも、本当に申し訳ない。


 ギルドを設立しようと思えばいつでもできるけど、今はまだしない。

 ギルドができてないからね、まったく。


 サービス開始から、十日も経っていないのに、もうできていたら怪しまれるもん。……家を買ってる時点で、怪しまれるも何もあったものじゃないけど。


 なんて理由があるから、ボクは断った。


 もし、余裕ができたら、入れてもいいかなー、なんて。


 こんなことを思いながら、ボクは必死に料理を作り続け、何とか無事、一時間だけの営業は終わりとなった。


 ちなみに、この日の売り上げはびっくり、100万テリルです。

 ……一時間だけだったんだけどなぁ。

 それから、インガドが謝罪に来ました。


「す、すみませんでしたっ!」


 と、土下座で。


「……次からは、二度と、馬鹿にしないでくださいね? でないと……殺しちゃいますから❤」

「す、すみませんでしたーーーーっ!」


 と、ボクが満面の笑みで行ったら、情けない表情と声で逃げ出していきました。

 まあ、謝ったし、良しとします。

 ……この後どうなろうと、ボクは知りませんからね。



「マジ疲れたー……ゲームの中だってのに、体がだるい……」

「そうねー……」

「そうだな……」

「同じくー……」


 営業が終わるなり、みんなは机に突っ伏すようにして、伸びていた。

 ぐでー、ではなく、ぐでぐでーっとしている。


 疲れているのなんて、一目瞭然。

 ボクは一言断ってから、厨房へ。


 ご褒美って言うわけじゃないけど、ちょっとしたものを作ってあげよう。

 と言うわけで、ケーキを作った。

 それをみんなの所へ持っていく。


「はい、どうぞ」


 お盆にのせたケーキを、みんなの目の前に置く。


 すると、ミサとヤオイがものすごい勢いで、がばっ! と起き上がって、目をキラキラさせていた。うん。甘いもの好きだね、二人とも。

 そして、ショウとレンも、二人ほどではないけど、やや機敏な動きで起き上がる。


「ユキ、食べていいの!?」

「もちろん。さ、食べて食べて」

「「「「いただきます!」」」」


 そう言って、みんながケーキを食べだす。


「はぁ~~~沁みるわぁ……」

「美味しい! やっぱり、ユキ君が作るケーキは美味しいね!」

「マジ、疲れた体に染み渡るぜぇ……」

「ああ、美味いな」


 みんな幸せそうな表情で、ケーキを食べ進めていく。

 うん。こっちも幸せな気持ちになるよ。こんなに、美味しそうに食べてくれるんだもん。

 料理をしている時、一番幸せに感じる瞬間だよね。

 そして、紅茶を淹れてきて、みんなでほっと一息。


「あーあ、明日からまた学校かぁ」


 と、残念そうな口ぶりで、レンが言う。


「まあいいじゃない。たしか、冬休み空けて、すぐにスキー教室があるし」

「そういやそうだったな。一年だけだっけか?」

「そうだよー。学園のパンフレットみたら、学園私有の山でやるらしいね」

「……本当に、何でもあるな、あの学園」

「まあ、VRゲームを作っちゃうような、学園長先生が経営してるからね。不思議じゃないよ」


 あと、異世界転移装置も。

 その内、誰でも気軽に異世界へ行ける異世界転移装置を創りそうで怖い。


「でもあれだよねー、学園の行事でみんなと泊まりになるって、よくない?」

「そうね。中学生の時は、班が違かったものね、私たち」


 実を言うとボクたち、三年間同じクラスにはなっていたけど、くじ引きによる班決めだったため、見事にばらけてしまったことがあって、ちょっと残念だった記憶がある。


 せめて、高校こそは旅行系の行事では、一緒の班になろう、ということと、そう言う意味ではかなり豊富だった叡董学園を受けていたりします。


「あれなー、修学旅行とか、このメンバーで回りたかったよなぁ。二年で修学旅行があったはずだし、二年でまた同じクラスになって、同じ班になれるといいな」

「うちの学園は、文系理系で分かれるにしても、クラス自体は普通にバラバラになるから関係ないしねー」


 他の高校では、文系理系でクラスが分かれるみたいなんだけど、叡董学園ではそんなことはなく、進路的には文系理系で分かれるものの、クラスは一緒です。なので、みんなが文系理系で分かれてバラバラになっても、一緒のクラスになる可能性はあります。


「スキー教室の班決めって、明日だったわよね?」

「うん。たしか、一、二時間目を使って決めるはずだよ」

「俺たちは、このメンバーでいいだろう」

「当然よ。むしろ、それ以外の選択肢ある?」

「「「「ないね(な)」」」」


 ミサの問いかけに、みんな笑って答える。

 なんだかんだで、このメンバーでいるのが一番落ち着くからね。


「まあでも、大体の理由は、ユキが変な目を向けられないようにするため、って言うのが大きいかもしれないけど」

「変な目、って?」

「んー、いやらしい視線かな」

「いやらしい? あはは、ボクにそんな要素はないよー」

「「「「……」」」」


 あれ、なんで無言?

 というか、ボクのどこにいやらしい要素があるの? え?


「……天然系エロ娘、だもねぇ」

「ユキは、そのままでいて」

「???」


 ミサとヤオイのセリフに、ボクは疑問符を浮かべるだけだった。

 意味がよくわからない……。


「ところで、三学期ってどんなイベントごとあったっけか?」

「たしか……スキー教室、節分、バレンタイン、マラソン大会、ホワイトデー、くらいじゃないか?」

「意外とあるわね。でも、バレンタイン、とホワイトデーってどういうことかしらね? たしか、バレンタインは日曜日のはずだけど……」

「ハロウィンの時みたいになるんじゃね?」

「そうかもしれないわね。まあいいわ。イベントが目白押しってことで」

「一年通して、イベントが多いもんね」


 春には、球技大会があるし、夏には林間学校と臨海学校がある。秋になれば、学園祭に、体育祭。ハロウィンパーティー。二年生は、そこに修学旅行がプラス。クリスマスは……どうなるかわからないけど、まあ何かあると思う。そして、冬になると、一年生はスキー教室があって、節分、バレンタイン、マラソン大会、ホワイトデー、と本当に一年を通してのイベントごとが多い。

 ここまで色々とあるのは、この学園くらいなんじゃないかな、ってくらいに。

 あ、そういえば水泳大会とかもあったっけ?


「でも、楽しみだよなー。宿泊施設も、結構いいとこなんだっけ?」

「温泉旅館だったはず。なんでも、肩こり、冷え性、疲労回復、なんて効能があるとか」

「肩こりかぁ……ボク、最近肩がこってるし、ちょうどいいかも」


 その瞬間、みんなの視線がボクに――というより、胸に行った気がする。


「……大変そうよね、ユキ」


 そう言うミサの視線は、ボクの胸元に向いていた。


「ユキ君大きいもんねぇ。肩こりの気持ちはわかるよ」

「あはは……肩が重くてね……。しかも、普通に座ってたり、立ってたりすると、疲れちゃって……」

「わかる、わかるよ、ユキ君! そう言う時はね、腕で下から支えたり、机に乗せたりすると楽になるよ」

「なるほど……今度試してみるよ」


 その発想はなかったなぁ。

 胸って、重いんだもん。

 そう考えると、小さくなった時ってすごく楽なんだよね、ないから。


「あー、こほん。俺とレンは男なんだが……」

「まあ、いいんじゃね? ユキだって、元々男だったわけだしよ」

「知ったところで、襲うような気概はないでしょ? 二人は」

「それはそうだが」

「襲ったら普通に殺されそう」

「そうでしょ? なら、信頼されてる、ってことでいいんじゃないの?」

「……そうだな」

「まあ、ちょっとは妄想しちまうけどな」

「「ジトー」」


 ボクとミサのジト目がレンに向いた。

 お仕置きした方がいいのかな、これ。


「……とりあえず、今日はもう落ちよっか。明日……になってるし、もう寝ないとね」

「そうね。こっちでは二十四時間過ごしてるから、ちょっとあれだけど、学園もあるしね」

「それじゃ、おやすみー!」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみー」

「おやすみ」

「おやすみ」


 そうして、ボクたちはログアウトした。


 冬休み最終日、イベントで優勝しちゃったけど……まあ、これ以上変なことにはならないよね、なんて思いつつ、ボクは現実に戻った。


 ログアウトするなり、ボクはすぐに眠りにつき、短くも濃い冬休みは過ぎ去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る