第285話 五月五日:異世界旅行9

 ブー、ブー……


『イオ様、朝です。朝ですよー、起きてくださーい』

「ふぁあぁぁぁぁ……おはよう、アイちゃん」

『はい、おはようございます! 約束通り、普通に起こしましたよ! どうどう? 偉い?』

「あ、う、うん。そうだね、偉いね」

『やったぜ! イオ様に褒められたぜ!』


 う、うーん、やっぱりよくわからない……。


 アイちゃんって、普通に考えて、とんでもないAIなはずなんだけど……なんでボクなんかと一緒にいたがるんだろう? だって、出会ったの、三日ほど前だし、その割には、変に懐いている気がするし……。


 あ、でも、ボクが懐いていると思っているだけで、本当はそうでもなかったり?


『さあ、イオ様。今の内に逃げ出しますよ!』

「あ、うん。そうだね。今の内にね」


 代金を多めに部屋に置いておいて、ボクやまだ薄暗い朝の街へ、窓から飛び出した。



 それから、屋根を飛び移りながら移動していると、最終的に、なんとか街を脱出。


 朝四時頃だったからか、人がいなくて助かったよ。


 いたらかなり大騒ぎだもんね。


 ま、まあ、仮に人がいたら、能力を全部フル活用して逃げるけど。


『いやはや、罪人でもないのに、脱獄のようなことをするとは、難儀なもんですねぇ』

「あ、あはは……ボクもそう思うよ……」


 むしろ、勇者が脱獄紛いの事をしてる、なんて広まったら、それこそ色々と面倒くさいことになるだろうね。いや、絶対に広めたくないけど。


 一応置き手紙に、


『元の世界へ帰還します。料理美味しかったです!』


 って書いておいたので大丈夫でしょう。


 まあ、本当は帰還なんてしてなくて、今もこうして、クナルラルへの道を歩いているわけだけど。


『それで、クナルラルへは、どれくらいで着くんで?』

「うーん、結構早く出たし……前来た時は、馬車で三時間くらいだったきがするよ。ボクが本気で走れば、一時間かからないで着くかもしれないけど、それはそれ。のんびり行きたいね」

『ま、今ならゆっくり移動しても、問題なさそうですもんね~。でも、なんで森?』

「あ、うん。前行った時、森の中を通ったりもしたんだよ。道中、小屋も見えてね。それを目印に……っと、あ、あった」

『おや、本当に薄暗い森の中に……ん?』

「どうしたの? アイちゃん」

『いえ、何と言うか……あの小屋、何かありません?』

「え? ……本当だ。なにか、微弱な気配が複数……」


 普段、自身を中心とした半径数メートル圏内でしか『気配感知』は常時使っていないんだけど、アイちゃんが言った言葉が気になって、ボクは範囲を拡大。


 すると、微弱な気配が、五つほどあった。


 あれ? でも、以前は気配なんて一つもなかったんだけど……。


『……ねえ、イオ様。私、どうしようもなく、面倒ごとの予感がするんですが、どう思います?』

「……そ、そうだね。ボクもちょっと、何か変なことにまた巻き込まれるんじゃないかな、って思うんだけど……ちょっと心配だし……見に行こう」

『ま、イオ様なら、そう言いますよねぇ』


 さすがに、知った以上、見て見ぬふりはできないからね。



 というわけで、小屋に移動。


 入り口の扉は、鍵がかかっていた。


 ……まあ、この世界ではよくあるタイプの鍵みたいだし、この辺りは『アイテムボックス』でどうにかしよう。


『それ、ほんっとチートですよね。どうなってんですかね』

「さ、さぁ……」


 それは、ボクが一番疑問に思ってるよ。


 だって、師匠から教わったはずなのに、なぜか師匠以上の何かが、習得で着ちゃったわけだし……。


 そもそも『アイテムボックス』って言う名前なのに、生物を入れられる時点でおかしいよね。


 名前、変えた方がいいんじゃないの? っていつも思う。


 まあ、それはそれとして、鍵を生成し、扉を開ける。


『あら……これはまた、予想的中ってやつですね』

「……うん。なんで、こうも問題が起こるのかな……」


 ボクの目の前には、檻が五つあり、その中に女の子が入れられていた。


 見たところ……魔族に人間の二つの人種の娘たちみたいだ。


 喋れないように、布を噛まされているところを見ると……どう見てもこれ、誘拐された、って言うことだよね? それに、手足を鎖で繋がれてるし……


 ……ひとまず、尋ねてみよう。


「君たち、ちょっといいかな?」


 そうやって、なるべく優しく話しかけると、女の子たちは、怯えながら後ろに下がろうとする。


 こればかりは仕方ない。


 知らない人からいきなり話しかけられたら、誰だって怯えるもん。


 なら、今はここから話そう。


「ごめんね、驚かせて。えっと、君たちは自分の意思で、ここにいるの?」


 そう尋ねると、女の子たちはいっせいに首を横に振る。


「それじゃあ、誰かに連れてこられて?」


 そう訊くと、こくりと頷く。


 ……え、えー……。ま、また、誘拐系ですか……。


 うぅ、ボクののんびりした異世界旅行はいずこへ……。


 って、今はそんなふざけたことを考えている場合じゃなくて!


「えっと、出たい、よね?」


 そう尋ねると、女の子たちは、みんな勢いよく首を縦に振る。


 うん。よかった。これでもし、出たくない、なんて反応を返されたら、どう対処していいか迷ったよ。


 それじゃあ、早速ナイフ生成。もはや、定番。

 鉄が切れるくらいのナイフって、本当に使い勝手がいいんだよね。まあ、切り方にもコツがいるんだけど。


 とりあえず、女の子たちの檻をすべて切断。


 女の子たちに付けられた鎖も全部切断して、開放する。


 布も取ってあげましたよ、もちろん。


『イオ様。外から、いや~な気配がいくつかこっちに向かってきてます』

「ありがとう」


 そうなると、ここでこの娘たちに事情を説明している余裕はない、か。

 仕方ない。


「ちょっと、ごめんね」


 ボクは女の子たちの足元に『アイテムボックス』を開くと、中に入れた。


『『『『『――っ!?』』』』』


 さすがに、驚いていたけど、衰弱していたのか、声が出せていなかった。


「その中で、食べたいものを思い浮かべれば、食べ物が出てくるから! あと、洋服も!」


 そう言って、ボクは入り口を閉じた。


 ひとまず、これで大丈夫。


 ……さて、次だね。



 ボクは急いで小屋を出て、いつもの隠れ能力にスキルを使用し、茂みの中に。


『おい! ガキどもがいねぇぞ!』

『なんだと!? クソ、なんだこりゃ、檻が切られちまってるじゃねえか!』

『まだ遠くには行ってねぇはずだ、探せ!』


 ……本当に、ただの人攫いだった。


 ……もしかして、バリガン伯爵が雇っていたというか、繋がっていた人攫いって、この人たちなんじゃ……。


 たしか、何人か捕まってないって話だし……。


『だが、バリガンの野郎は、へましちまったらしいしな……』


 あ、本当に、バリガン伯爵と繋がりあった。


 ……仕方ない。見つけてしまった以上は、何もしないわけにはいかないよね。

 いやまあ、人攫いに遭遇した時点で、見逃すという選択肢はないんだけど……。


「お兄さんたち、ちょっといいですか?」


 ボクは、変装系以外の能力とスキルを解除すると、人攫いたちに話しかけていた。


『ああ? うお、めっちゃ可愛いじゃねえか!』

『こりゃ、いなくなったガキども代わりにしたら、釣りがくるな』

『なあ、嬢ちゃん、痛い目に逢いたくなかったら、俺達に着いてきな』


 ……あー、なんで、盗賊とか人攫いとか、悪い貴族の人って、同じセリフを言うんだろう。もしかして、マニュアルとかでもあるのかな?


 まあ、いいけど。迅速に、ね。


「いえいえ、誰もあなたたちに着いて行きませんよ。それに……女の子たちは逃がしましたし」

『なっ! て、てめぇが逃がしたのか!?』

「はい。だって、可哀そうでしたし」


 まあ、同時に怒りも沸いてきたけど。


『ふざけんじゃねえ! なに、勝手に商品を逃がしてやがんだ!』

「じゃあ返しますけど、なんで勝手に女の子を攫ったんですか?」

『はん! あいつらは孤児だ! だから、俺達がちゃんと住めるようにしてやるんだ。ありがたく思ってもらわなきゃいけないだろ?』


 ……うん。すっごくイライラする。


 こんな自己中心的な発言を聞いているだけで、殺意が沸きそう。


 それにしても、あの娘たちは孤児だったんだ。

 ……ちょっと、色々と考えないと。


「そうですか。じゃあ……ボクがあなたたちを一生安全な場所に送ります。感謝してくださいね?」


 にっこり笑ってそう言うと、人攫いたちはいっせいにきょとんとした顔になり、その直後、


『『『かはっ……』』』


 お決まりの呼気を漏らして、気絶した。

 いつものように、一瞬で背後に回って、針を刺しただけです。

 それだけで終わるんだから、楽なものです。


『この馬鹿共はどうするんです?』

「うーん……さっきの女の子たちの中に、魔族の娘がいたから、このまま拘束して、引きずって行こうかな。クナルラルまで。いい罰になるでしょ」

『え、えげつないっすね、イオ様。すっごい痛そうなんですが』

「あはは! 何言ってるの。引きずられるだけなら、全然マシだと思ってほしいです」

『……う、うわぁ。イオ様こわーい……』


 別に怖くないと思うんだけど……。


 それに、殺されないだけマシだし、両腕両足を切断された上で、一本一本針を刺されることに比べれば、可愛いものだと思うし……。


 あ、もちろん、回復魔法をかけるので、傷はないですよ。まあ、腕と足もないんですが。


 ちなみにこの方法、やるように言ってきたのは師匠です。一番効率よく、確実に情報が聞き出せるとか何とか……。


 なんてことをアイちゃんに言ったら、


『こ、こわっ!? あ、悪魔ですかあなた!』


 って、本気で怖がられました。

 ……すみません。



 それから、人攫いたちを引きずってクナルラルへ。


 到着する頃には、すでにボロボロでぐったりしていた。

 まあ、だからと言って、まだ開放はしないけどね。


 とりあえず、一度『気配遮断』などの能力やスキルを発動し、魔王城へ。


 とりあえず、ジルミスさんを探すと、すぐに見つかった。

 なので、能力とスキルを消す。


「ジルミスさん」

「こ、これはイオ様! どうなさいましたか? というより、その姿は……」

「あ、え、えっと、これはちょっとお忍び旅行の途中でして……ちょっとした変装を」


 ……ボク、自分が依桜だって言っていないのに、なぜか瞬時に見抜かれたんだけど。


「なるほど、そうでしたか。では、なぜ私のところ?」

「ちょっと、悪い人を捕まえまして……人攫いです。魔族の女の子も捕まえていたみたいなので、そのままこっちへ」

「そうでしたか。……して、この者たちは?」

「とりあえず、リーゲル王国で最近捕まったバリガン伯爵と繋がりがあった人たちなので、リーゲル王国に護送してくれませんか?」


 こっちで裁いてもいいけど、でも、バリガン伯爵の件が絡んでいる以上、向こうに引き渡した方がよさそうだしね。


「了解致しました。誰か!」

『はっ、お呼びでしょうか』

「この者たちを、牢に入れておいてくれ。明日、リーゲル王国に連れて行く」

『御意』


 一人の魔族の人が出てくると、人攫いの人たちを連れて行った。


「ふぅ……それで、イオ様。攫われたという魔族の少女たちは……」

「あ、ちょっと待ってくださいね」


 ボクは『アイテムボックス』を開くと、中にいる女の子たちに出てくるよう伝える。

 すると、おずおずと女の子たちが出てきた。


「この娘たちです。人間の女の子もいますけど、みんな孤児みたいで……」

「なるほど。人間の少女が三人、魔族……サキュバスの少女が二人、ですか。しかも、孤児」

「身寄りがないとなると、やっぱり育てる人が必要ですし、どうしようかなって」

「そうですね……」


 ジルミスさんが女の子たちを見ると、女の子たちはびくっと肩を震わせて、ボクの背後に隠れてしまった。


「どうやら、イオ様に懐いているようですね」

「あ、あはは……」


 多分、助けたから、かな。

 それに、あの中でちゃんと食べたみたいだし。


「えーっと、君たちのお名前を教えてくれるかな?」

「ニア、です」

「り、リル」

「ミリア」

「クーナです……」

「……スイ」


 ニアちゃんが、こげ茶色のショートボブの人間の、真面目そうな女の子。

 リルちゃんが、目が隠れるほどの前髪に、太腿くらいまである長い黒髪の人間の内気そうな女の子。

 ミリアちゃんが、明るい茶色のツインテールの活発そうな女の子。

 クーナちゃんが、背中の中ほどまである金髪のサキュバスの優しそうな女の子。

 スイちゃんが、水色の髪を肩口ほどのショートカットにした、大人しそうな女の子。


 うん。今はちょっと、汚れていたり、やせ細っちゃってるからあれだけど、普通にみんな可愛い。


「うん、ありがとう。えっと、君たちは自由になったんだけど、どうしたいかな?」

「え、えと、お、お姉ちゃんと一緒が、いいです……」


 ニアちゃんがそう言うと、他の女の子たちも、頷く。

 そ、そう来たか……。


「え、えっとね、ボクは、その……三日後には元の世界に帰らないといけなくて、ね? その、一緒にいるにしても、ちょっと今日を入れて四日間しかいられないの」

「……で、でも、わ、私たち、行く場所がない……」

「お、お姉ちゃん、お、お願い、します……」


 あぅっ! お、女の子たちの、涙目と上目遣いっ……!

 い、いつかのメルのよう!

 で、でも、五人……い、いや、でも、ボクには一応、養えるだけのお金がっ……!


「お姉ちゃん、お願いします!」

「私たちを連れてって……!」

「……お姉ちゃんと一緒がいい」


 ああぁぁぁっ! そ、そんな目でボクを見ないでぇ!

 小さい女の子のその目には弱いの、ボク!


 か、可愛い……って、そうじゃなくて!


 あぅ、でも、ここまでお願いされると、断るのも可哀そうだし……そ、それに、メルの友達になってくれるかもしれないし……! が、学校に関しても、学園長先生に頼めば何とかなるし……家は……いっそ、ボクの持てるお金を使って改築すれば何とかなるし……。連れて行ってあげれば、ボクがいなくて、メルがお留守番の時、遊び相手になってくれるかもしれないし……!


「「「「「……(潤んだ目+上目遣い)」」」」」


 はぅっ!


 ……ま、負けるわけにはっ……


「…………………………この世界とは全然違うけど、それでもいい?」

「「「「「うんっ!」」」」」


 ……だめでした。


 身寄りのない女の子たちの、必死の訴えには勝てませんでした……。


 だ、だって、みんなボクを頼ってくるんだよ……? 他に頼れる人がいない以上、なんというか、助けてあげたいなって……。


 言語に関しても、どうにかなるかもしれないし……ま、まあ、勉強もさせないといけないけど……。


「イオ様、よろしいのですか? クナルラルに住まわせるということも可能ですが……」

「……ボクに見捨てることはできないです……。多分、以前のメルのようになる気がしてますし……」

「……たしかに、そうかもしれませんね。まあ、イオ様がいるのでしたら、問題はないでしょう」

「ま、まあ、向こうには色々な知り合いがいますし、大丈夫だと思います」

「はい。あ、一応サキュバスの娘である、クーナとスイの二人にはこれを持たせてください」


 そう言って渡されたのは、緑色の小さな宝石のような物が付いたネックレスだった。


「これは?」

「まだ幼いですから、下手に魅了の力が漏れて、最悪の事態になるとも考えられます。それに、まだ未熟ですからね。とはいえ、サキュバスは、十二歳を迎えれば、自然と力は安定し、コントロールできるはずですので、その間だけでも」

「わかりました。ありがとうございます、ジルミスさん」


 本当に、ジルミスさんっていい人だよね……。

 正直、ジルミスさんが王様続投でよかったと思うんだけど、ボク。


「いえいえ。それで、イオ様。クナルラルを発つのですか?」

「あ、いえ、今日を含めた四日間、ここに滞在するつもりですよ」

「なんと! それでは、王城の方に?」

「い、いえ。ボク、あまり豪華なところって得意じゃなくて……。それに、今回はお忍びで来てますからね。素性を隠してるんです。それに、以前はここをゆっくり見る余裕もなかったですしね。ゆっくり見たいんです」

「そうでしたか。わかりました。それでしたら、『ノルン宿』がよろしいかと。あそこならば、六人でも問題なく過ごせるお部屋もありますし、豪華すぎませんが、接客も丁寧。さらに、料理も家庭的なものながら、味も素晴らしいです」


 聞いてるだけでも、いい宿屋なんだなって思えてくる。


 それに、ジルミスさん、ぜひぜひ王城へ! みたいな感じに言わないのがありがたい……気遣いもできる、パーフェクトな人だと思います……。絶対、幸せになってほしい。そう言えば、恋人はいないのかな? ジルミスさんって。


「わかりました。『ノルン宿』ですね。そこに行ってみようと思います」

「はい。それでは、お気を付けて。あ、一応そこの少女たちには、ご自身の素性を明かしておいた方が、後々楽ですよ」

「そうですね。ありがとうございます、ジルミスさん。それでは」

「はい。是非、クナルラルを楽しんでいってください」

「はい。それじゃあ、みんな、行こっか」

「「「「「はい!」」」」」


 ボクはみんなを連れて、王城から去っていった。


 ……はぁ。大所帯になっちゃったなぁ……。

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