第356話 最終種目4

「……ねえ、なんか、さっきから悲鳴とか、爆音がものすごく聴こえてくるんだけど……」

「言うな。俺もそれは感じている」

「……ってか、すっげえ聞き覚えのある声の笑いが聞こえるんだがよ、オレだけ?」

「んや、わたしも聴こえるねぇ~」


 依桜が狂ったように銃をぶっ放し続けている頃、森林地帯に拠点を構える二年三組の拠点付近で警戒にあたっていた未果たち四人は、先ほどからずっと聴こえてくる悲鳴やら爆音やら発砲音やら、あとは聴き覚えのある笑い声を聴き、そろって苦い顔をした。


「これ、明らかに依桜、よね」

「だろうねぇ。依桜君以外、こんなおかしな音は聴こえないと思うよ~?」

「あいつ、マジで何してんだろうな」

「見に逝って見るか?」

「おい晶、今、行くの感じが違ってたぞ?」

「あながち間違いではないだろう。近くに行ったら、確実に死ぬと思うぞ?」

「……うっわー、マジ否定できねー」

「実際、晶の言う通りよねぇ。何せ、依桜のステータスは異常。少なくとも、ショットガンを片手で撃つとか、ロケランを撃ちまくってるとか、ミニガンを撃ちながら高速で走ってる、なんてことをしていても不思議じゃないでしょ?」

「「「たしかに」」」


 未果の言葉に、三人とも納得する。


 まあ、実際未果の言う通りのことをしている。


 さすが、依桜と最も付き合いの長い未果である。


 同時に、その予想を聞かされ、すぐに納得する辺り他の三人もよくわかっている。


『はいはーい! ここで、戦況情報を伝えるよー! 街にいる人たちは気づいてると思うんだけどー、今そこには傭兵さんがいるよ! 通称『狂化ケモロリ』もしくは『ケモロリバーサーカー』だぞ! その傭兵さんは、街内を高速で移動しながら、ロケットランチャーで建物を破壊し、ミニガンを走りながら発射し続け、スナイパーライフルで狙撃してるよー! ちなみになんだけど、傭兵さんを倒せば、キル数が通常の五倍は入ります! つまり、五人分というわけですね! それに、傭兵さんは死んでも復活するので、誰にでもチャンスが! もちろん、頑張って味方に引き入れるのも手だよ! さぁさぁ! 我こそは、という子たちは、ドンパチしてね!』

「「「「……ああ。うん」」」」


 四人は、莉奈の言葉を聞いて、ものすご~~~く遠い目をした。


 頭の中には、ケモロリっ娘な依桜の顔が思い浮かぶ。


 ついでに、ロケランとかミニガンとか、スナイパーライフルを持っている姿も。


 まさか自分の予想が当たっていたという事実に、未果は頭が痛そうに手を額に当てると溜息を一つ。


「はぁ……まったくあの娘は……」

「ヤバい、としか言えないな。まったく、目を離すと何をするかわからないな、依桜は」

「そう言うけどよ、仮にオレたちがいたとして、何か変わったと思うか?」

「…………無理だね! 無理無理! 依桜君に常識なんて通用しないしね~」

「「「それはそうだ(ね)」」」


 ある程度は常識人枠な依桜だが、幼馴染や友人たちからの評価と言えば、常識の通用しないヤバい人、というものである。


 何せ、目を離せば妹を増やしたり、声優になっていたり、モデルをしていたりするような存在だ。そう言う評価になってもおかしくないというか……むしろ、それが妥当な方だろう。


 それくらい、依桜はヤバい。


 もっとも、ヤバいと認識しているのは、未果たちだけでなく依桜に関わる者たちほぼ全員なのだが。


「オレたち、依桜に攻撃されると思うか?」

「……どうだろうな。俺的にはグレーだと思ってる」

「どうしてだい?」

「……ちょっと前にCFOをやったのは覚えているよな?」


 晶の問いにこくりと頷く三人。


「あの時、依桜は俺たちの黒歴史を暴く、とか言っていただろう?」

「「「……あー、そう言えば」」」

「だが、あの後動いたような気配がない気がしてな……それに、それがなくとも、俺達はなんだかんだで依桜に迷惑をかけている節がある。その仕返しがあっても不思議じゃないとは思わないか?」

「「「……思う」」」

「だろう? だからなんというか……俺達も必ず安全、とは言い難いような気がしてな。もしかすると、もうすでに近くに来ている可能性だってある」

「晶君。それ、フラグだとおも――」


 と、女委が言いかけた時だった。


「――ふふふっ、みぃつけたぁ~~~」

「「「「依桜(君)!?」」」」


 片手にハンドガン、片手にショットガンを持った依桜が現れた。


 しかも、ものすごくいい笑顔を浮かべていた。


 にこにことしている。


「ねえ、みんなはここでなにをしているのかなぁ?」

「な、何をも何も、見回りよ」

「へ~、そうなんだぁ~」


 相変わらずのにこにことした可愛らしい笑顔を浮かべる依桜。


 普通なら、その笑顔を見て癒されるのだろうが、ここにいる四人は違った。ゲームの中なので、汗は流れないはずなのだが、なぜか背中を冷たい汗が伝うような感覚があった。


「ねぇ、みんなはボクのこと……きらい?」


 にこにこ可愛らしい笑顔を浮かべながら、依桜は不意にそんなことを訊いてきた。


 四人は一瞬、頭の上に疑問符を浮かべる。


「もちろん好きね」

「まあ、長い付き合いだしな。嫌うわけない」

「右に同じくだぜ」

「超大好き」

「ふふっ、ありがとう」

((((……あれ? なんか、いつもと反応が違う?))))


 依桜の返しを聞いて、四人はそう思った。


 いつものことなら、依桜は顔を真っ赤にさせ、うろたえると思ったのだろうが、今回の依桜はちょっと違った。


 顔は赤くしているものの、なぜか余裕の態度。


「ボクね、す~~~っごく! イライラしてるの」

「「「「……」」」」


 え、突然何? と、四人は首をかしげる。


 その様子を見ても特に気にした風は見せず、依桜は続ける。


「ふだんからずっとひどいめにあっていてね、ずっとがまんしてきたけど、そろそろげんかいかなーって。だからね、こんかいはいいきかいだから、ストレスをはっさんさせようとおもってるの」

「「「「……」」」」


 ずっとにこにこしながらそう言っている依桜のセリフを聞いて、四人はぶるぶると震え始める。


「ふふ、ふふふ……あはははははははははは! ねえ、ボクっておかしいのかなぁ? なんだかね、じゅうをうって、ほかのひとたちをたおすのがたのしくなってきちゃったの。ねえ、どうおもう?」

「「「「……(ガクガク)」」」」


 まるで狂ったように笑いだした依桜を見て、四人はさらに震えた。


 同時に、恐怖を感じた。


 そして、思う。


((((あかん。依桜が壊れた))))


 と。


 まあ、四人の思った通り、今の依桜は若干……というか、だいぶ壊れている。


 今まで嫌というほど蓄積されてきたストレスというストレスがここに来て大爆発し、八つ当たりがしたいという欲求や、銃撃して殺戮がしたい、という思考に依桜の基本的に温厚な心が浸食され、今の依桜を体現してしまっている。


 実際、依桜が怒ると怖い、とか言われている所以はこの辺りが原因だったりする。


 ここまで壊れてしまうのも、無理はないだろう。


 そりゃあれだけ酷い目に遭っていれば、いつかこうなっても不思議ではない。


 依桜が強すぎるだけである。ストレスに対して。


「ボクね、みんなにもなんだかんだでひどいめにあわされてるなぁ、とかおもったんだぁ」

「「「「……」」」」

「でもぉ、どうじにたすけてもらっているのもじじつだからぁ……みんなをころすのはあとまわしにしようかなぁって。どうかなぁ。うれしい?」

「「「「う、嬉しいであります!」」」」

「そうなんだぁ。ありがとう、みんな。じゃあ、ボクはこれからさつりくしにいってくるね☆」

「あ、ハイ。依桜も、その……気をつけて」

「もっちろん。そうかんたんにしなないよぉ。ボクは、ししょうのでしだもん。じゃあね!」


 そう言って、依桜は去っていった。


「……一体、何しに来たんだろうな、依桜は」

「……オレも思ったけどよ、何て言うか……マジで怖すぎて、それどころじゃなかったぜ……」

「依桜、壊れたわね……。私、もっと依桜に対して優しくなろうと思うわ」

「激しく同意だよ」


 四人は、この種目が終わったら、依桜に謝ろうと思った。


 そして、もうちょっと優しくして上げようとも。


「まさか、あそこまで壊れていたなんて……あれって、どう考えても私たちが原因でもある、わよね?」

「十中八九そうだろうねぇ……」

「オレ、依桜があんなにヤベーとは思わなかったわ」

「……ああ、そうか。態徒と女委は知らないのか」

「なにがー?」

「なんと言うか、依桜って怒ると怖い、っていう話を以前したじゃない?」

「うん、したねー」

「依桜は、何て言うか……本気で怒ると怖いんだけど、実は二パターンあるのよ」

「マジ?」

「マジ」

「それは一体何だい?」

「一つは、まあ普通に笑顔で説教してくる場合。まあ、これは態徒と女委がよく知っているモードね。で、もう一つが今さっきの状態。今の依桜は、簡単に言ってしまえば、『サイコパスモード』と呼ばれる状態よ」

「聞くからにやべーもんなんだが」


 未果の言った依桜のモードの名称を聞いて、態徒と女委の二人は少し顔を青くさせる。


「あれの発現条件は、ストレスが異常なほどに溜まること。そうじゃなければ、普通の説教『プリーチモード』になるだけ」

「「何そのネーミング」」

「言わないで。何も思い浮かばなかっただけ」


 ちょっと顔を赤くして顔を逸らす未果。

 ネーミングは未果である。

 サイコパスの方もそうだ。


「でもよ、その状態をオレと女委が見ていないってことは、滅多に見れるもんじゃないってことだよな?」

「そうだな。依桜のストレスが限界点を超えた時にのみ、発現するものだからな。ちなみにだが、ああなると、普段の依桜からかけ離れたサイコパス敵存在になる。もっとも、似ているだけであって、サイコパスではないがな」

「いや、あれでサイコパスだったらこの先依桜を信じられなくなるわ」


 まあ、ものすごく性格のいい依桜が実はサイコパスだったとわかれば、それが本心なのか、作っているのかがわからなくなるからな。


 そうなれば、関わりずらくなること間違いなしだ。


「あの状態の特徴としては、狂ったような笑い声を出したり、力の行使に遠慮が無くなるところだろうな。まあ、力の行使、とは言っても行き過ぎたことにはならない。あくまでもゲームでのみ有効なだけだ。手加減しないどころか、えげつないことを平気でしてくる。まあ、嫌がらせの類をしないところは、依桜らしいが」

「「あ、ハイ。そっすか」」


 二人は、少し考えるのをやめた。


 まさか、大切な友人がそんなやべー心の闇を抱えているとは思わなかったためだ。


「じゃあ、あれか……異世界で強くなった分、余計に質が悪くなってそうだなぁ……あいつ」

「……それに、私たちのことも殺す、とか言ってたものね」

「……あれだね。球技大会が終わったら、依桜君の慰労会みたいなことをした方がいいかもね」

「「「賛成」」」


 一瞬の間を開けずに、女委の提案に三人は乗った。


 一層、全員が依桜に対して優しくなるようである。

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