バレンタイン特別IFストーリー【ルート:女委】

 バレンタインデーから一週間前の金曜日。


 その日はいつも通りの日。

 いつも通りに朝登校して、いつも通りに授業を受ける。


「あー……今日の体育、マジで疲れたぜ……」

「そうね。まさか、『今日は寒いから、マラソンだ!』とか、熱伊先生が急遽体育をマラソンにしてきたものね。しかも、三十分間走だったから、余計疲れたわ……」

「そうだな……。しっかり走らないと、熱伊先生による鉄拳制裁が来ると思うと、本気で走らないといけないからな、あの授業は」

「うぅ、わたし、もうへろへろだよ~……」

「みんな、大丈夫?」


 掃除の時間、いつものようにみんなと軽く話しながら掃除をしていく。

 みんなは、六時間目にあった体育の時間でかなり疲れているみたい。

 まあ、それは未果たちに限ったことじゃなくて、このクラスの人たちみんなに言えるんだけど。


「依桜は、ほんと平気そうだよな……」

「というか、依桜の走る速度、フルマラソンをトップで走る人並じゃなかったかしら……」

「そうだな。なんども依桜に追い越された時は、何と言うか……敗北感がすごかったよ……」

「わたし、依桜君を心の底からすごいと思ってるよ」

「ま、まあ、ボクはほら、師匠のせいで、ね? 色々やらされてたし……というより、あの授業、師匠もいたから……」

「そう言えば、すっごい笑顔で見てたわね、依桜を」

「うん……実はあの後、『もっと速く走れたよな?』って言われてね……」

「「「「うわぁ……」」」」


 ボクがもっと速く走ったら、それこそ大問題になっちゃうよ……。


 いや、そもそもフルマラソンのトップ記録以上の速度で走って至る時点で既に問題なんだけどね……。


 師匠、その辺りの境界が曖昧なんだよ……。


 ……せめて、こっちの常識を学んでほしい、っていつも言ってるんだけどね、ボク。


「師匠にはいつも困らされてばかりだよ……」

「まあ、ミオさんだしね……」

「というか、ミオさんは理不尽で通っているんだろ?」

「うん……。いつも、ボクが困るようなことばかりしてきて……」

「でもあれ、愛の鞭、とも取れる気がするよ?」

「いや、愛の鞭にしては、普通に依桜が死んだりしてるんだがよ……」

「あ、あはは……思いだしたくもない過去だよ……」


 いろんな方法で死んだからね、ボク……。

 そう言えば、全身粉々になった時もあったなぁ……。

 何と言うか、肉片になったというか……うっ、思いだしたら吐き気が……。


「依桜、大丈夫? 顔真っ青よ?」

「だ、大丈夫、ちょっとショッキングなことを思いだしただけだから……」


 封印……封印しないと……。

 でも、師匠がすることなすこと、ボクにとっての不運ばかりだからね……。

 できれば、どうにかしたい。


「ん、あ、依桜君、頭にゴミが――って、わわわっ!」


 女委がボクの頭に付いたゴミを取ろうとしたら、足を滑らせてボクに突っ込んできた。


「え? きゃっ!」


 ドタンッ! と、音を立てて、ボクたちは倒れこんでしまった。


 いきなりだったので、回避できなかった……まあ、女委が怪我をするかも、って思ったら動けなかっただけなんだけど……


『――ッ!?』


 あ、あれ? なんか、周囲の空気が変わったような……

 ……それになんだろう? なんだか、ほっぺに柔らかい何かが……って、


「な、な、ななななななな~~~~~っ!」


 ボクは、自分の状況がどうなっているから気付いた。


 というより、気付いてしまった。


 今ボクが陥っている状況……女委が、ボクのほっぺにちゅーをしていました。


 それに気づいた瞬間、ボクの心臓はうるさいくらいに鳴りだし、全身が沸騰するかのように熱くなった。そして、


「き、ききき……きゃあああああああああああああああああっっっ!」

「うわわっ!」


 ボクは女委が乗っていことも忘れて、まるで突き飛ばすようにして、立ち上がり、そのまま走り去ってしまった……。



 不慮の事故により、依桜君が走り去っていった方を見ながら、わたしは呆然としていた。


「あ、え、えっと、あの……ど、どうすればいい、のかなぁ?」


 あまりにも突然すぎる状況に、わたしはそう尋ねるしかなった。


「いや、あれは、なんて言うか……事故、だよな」

「だな……。まさか、不慮の事故で、女委が依桜の頬にキスするなんてよ」

「しかもあれ、相当顔真っ赤だったわよね? しかも、悲鳴上げて逃げ出したし……」

「うっ、ど、どうしよう……」


 晶君たちの言葉が、わたしの豊満な胸に突き刺さった。

 ダイヤモンドメンタルなわたしのハートだけど、さすがに、アダマンタイトの槍はガードしきれなかったよ……。


「も、もしかしてわたし、嫌われちゃった感じ、なのかなぁ……」


 そう思ったら、すごく切ない気持ちになった。

 それと同時に、心が締め付けられるような……それでいて、なんか鋭利な刃物で何度も突き刺されているかのような、そんな痛みがわたしの胸中に発生した。


「さすがに、依桜のことだし、嫌われてはいない、と思うわよ? 依桜だって、不慮の事故だってわかっているわけだし……」

「そ、そうだよね……大丈夫、だよね……?」

「いやしかし、キスで子供ができると思っているレベルのピュアで、ああいったことには慣れていないどころか、免疫がない依桜だ。しばらくは話ができない可能性があるな……」

「そ、そんなぁ……」

「……困ったわね。ああなると、依桜はしばらく女委と話せないまであるわよ?」

「たしかに。依桜は純情すぎるからなぁ。どうするよ、女委」

「ど、どうする、って言われても……ど、どうすればいい、のかなぁ……?」


 こう言った状況になれていないから、わたしはどうすればいいのかわからない。

 あと、どうして依桜君が逃げたのかもわからない……。

 そ、そんなに、わたしにほっぺちゅーされるのが嫌だったのかな……


「はぁ……どうしよう……」

「まずいわね、これは女委の方も重症よ」

「……そうだな。とりあえず、女委、この後カラオケでも行くか? 少しは気分を紛らわせることができるかもしれない」

「……いいや。わたし、このまますぐ帰るよ……」


 晶君の優しさからくる提案だったけど、わたしは断った。

 なんだか、気力が起こらない……。


「……そうか。何かあったら、こっちに俺たちに連絡しろよ?」

「……うん、ありがとう、晶君……」


 はぁ……辛い……。



 女委が先に帰宅し、私たちは残って掃除の時の一件について話す。


 ちなみに、依桜はHRの際に戻ってきて、終始顔を真っ赤にしながら震えていた。

 そして、HRが終わり、私たちが声をかける間もなく、ものすごい速度で教室を飛び出していった。


 あんな依桜、見たことないわ。


「それで、依桜はどうして逃げたと思う?」

「あー……やっぱ、頬にキスされたのが恥ずかしかったから、とかか?」

「いや、それだと、依桜の場合、その場で顔を真っ赤にして蹲ったりするくらいだぞ? それに、体育祭でも、ミオさんに頬にキスしていたところを考えるとなおさら」

「言われてみりゃそうか……。うーむ、そんじゃあ、女委にキスされたのが嫌だった、とか?」

「それこそないわね。だって、依桜は私たちを大事に思っているのよ? 嫌だと思うわけないわ」

「だよなぁ……」


 私たちはそれから、何度も話し合いを続ける。

 けど、一向に逃げた理由がわからず、話が停滞する。

 このままじゃ埒が明かないと思ったところで、晶がこんなことを呟いた。


「……まさかとは思うが、依桜は女委が好きなんじゃないのか……? 恋愛的な意味で」

「いやいやいや、そんなまさか。依桜は、恋愛しない、とか言ってんだぜ? さすがにないだろ」


 晶の推測に、態徒はすぐに否定をする。


 だけで、私はそれを聞いて、一瞬、『あり得る』と思ってしまった。


 最近の依桜の様子を考えてみると、ないわけじゃない。

 むしろ、可能性が高い気がする。


 特に、新年に入ってからそれが顕著だった気がする。


 私や女委、ミオさんに対して顔を真っ赤にする頻度が高くなったように思える。

 美羽さんも美羽さんで、どうも赤面させられていた気がする。


 それに、お悩み相談に女委と出演していた時、依桜は女の子相手にドキドキさせられている時が多い、って言ってたわね……。


 …………あれ。


 ちょっと待って。これ、本気でそうなんじゃないの?


 元々依桜は純情だし、それに、一目惚れなんて安っぽいヒロインみたいなことをするはずがない。


 どちらかと言えば、長い時間をかけて好きになっていくタイプに思える。


 そう考えると……女委なんて条件に嵌っていないかしら?


 依桜とは、中学一年生の頃からの付き合いで、今までずっとこの五人で過ごしていたし。

 ……あー、割とそのまさか、かもしれないわね。


「態徒、もしかすると、晶の言う通りかもしれないわ」

「いや、だってよ、依桜は恋愛しないとか言ってたろ? なら、好きになる、なんてないんじゃねーのか?」

「よく言うでしょ? 恋は堕ちるものだって。依桜だって、そうなってもおかしくはないわ」

「た、確かに……」

「しかし、仮にそうだとすれば、依桜は気付いていない可能性があるな」

「それはどうして?」

「考えてもみろ。依桜は自分のこととなると、途端に鈍感になる。噂、評価、視線、それがどういう意味を持っているのか理解していない、もしくは認めていない。なら、突然芽生えた恋愛感情に気付いていない可能性さえある」

「なるほど……一理あるわ」


 これが普通に恋愛がしたことがない人だったら、割とあっさり気付きそうなものだけど、依桜は超が付くほどの鈍感。

 なら、自分の中にある感情に気付いていない可能性がある。


「でもこれはあくまでも、推測ね。とりあえず、私たちは依桜の家に行くわよ」

「え、マジ?」

「さすがに、ついさっきの出来事と考えると、少し危険じゃないか?」

「でも、このまま変にギクシャクした関係になるって言うのは、二人も嫌でしょ?」

「「そうだな」」

「なら、依桜がどう思っているのか訊きに行くのが手っ取り早いわ。OK?」

「「OK!」」

「決まりね。さっさと行くわよ」


 私たちは、即断即決で依桜の家へ向かうことにした。



「う、うぅぅぅ……」


 ど、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?


 あまりにも突然すぎる出来事に、思わず逃げちゃった……。

 しかも、悪気があったわけじゃないのに、顔を合わせずに、女委から逃げちゃったよぉ……。


 き、嫌われてないかな? 大丈夫かな……?


 ……いや、嫌われちゃった、よね……。


 だって、思わず女委を突き飛ばしちゃったし……HRが終わって話しかけようとしていたのに、女委に何を言われるのかわからなくて、怖くて逃げ出したちゃったし……。


 うぅ、今までこんなことなかったのに……。


 ボク、どうしちゃったんだろう……?


 なぜか、頭の中に女委の顔が浮かぶし、そう思うとなんだか幸せな気持ちになるし……でも、嫌われると考えたら、すごく胸が苦しい……。


 わからないよぉ……。


 あ……涙が出てきた……。


「う、うぅ……ひっく……うえぇ……」


 ボクが一人落ち込み、泣いていると、

 コンコン


『依桜、未果ちゃんたちが来たんだけど、入れても大丈夫―?』


 母さんのそんな言葉が聞こえてきた。


「め、女委はいる、の?」


 恐る恐る母さんに、女委がいるかどうかを尋ねると、


『いいえ、女委ちゃんはいないわよ?』

「そ、そうなんだ……」


 なんだかほっとしたような、寂しいような……。


『それで、入れても大丈夫なの?』

「う、うん、入れても大丈夫だよ……」

『じゃあ、呼んでくるわね』


 そう言って、母さんの足音が遠ざかっていった。

 その直後、足音が三つ聞こえてきて、ボクの部屋の前で止まったと思うと中に入って来た。


「お邪魔するわよ、依桜」

「お邪魔します」

「邪魔するぜー」

「い、いらっしゃい、みんな」


 ゴシゴシと目元をぬぐって、なるべく笑顔を浮かべながらみんなに声をかける。


「……依桜、もしかして、泣いてた?」

「――ッ!? な、泣いてない、よ……」

「いやでも、目が赤いぜ?」

「ああ。まるで、泣きはらしたあと、見たいに見えるな」

「……」


 そう指摘されて、何も反論できなくなってしまった。


「……ねえ、依桜。どうして、泣いていたの?」

「……わ、わからないの……」

「わからない? とりあえず、何を思っているのか、私たちに言ってみなさい? もしかすると、なんで泣いていたかわかるかもしれないわよ?」


 未果に優しくそう言われて、


「……うん」


 ボクは素直に頷いた。

 そして、ボクはさっきまでボクが思っていたことを伝えた。



 ぽつりぽつりと話した依桜の心の内は……晶の推測通りのものだった。

 そして、私たちはそろって、額に手を当てて天を仰いだ。


「ボク、どうすればいいか、わから、なくてっ……ひっく、えぐ……う、うぅぅ……」

「よしよし、大丈夫だから、落ち着いて、ね?」

「う、う……うわああぁぁぁぁぁぁんっっっ!」


 私が抱きしめながら、頭を撫でた瞬間、依桜は本気で泣き出してしまった。

 いや、うん……。

 まさか、こうなるとは思わなかったけど……そっか。


「依桜、安心しなさい。女委はあなたを嫌っていないわ」

「ほ、ほんと……?」


 泣きながら、そして、まるですがるかのような瞳で、私を見つめてながら、そう訊いてくる依桜。


 くっ、なんて可愛さ……!


 って、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 今は、依桜にその気持ちの正体を教えてあげないと。


「いい、依桜。よく聞いてね? 依桜が感じているその感情は……恋よ」

「こ、恋……?」

「ええ、恋よ。英語で言えば、Loveね。理解できる?」

「こ、い……」


 私が恋だと言うと、依桜は小さく呟く。


「で、でも、恋じゃない、と思うよ……」


 おー、否定で来たか……。

 いや、ここは自覚させるための言葉を言わないとね。


「じゃあ依桜、一つ訊くんだけど……仮に、女委が……そうね、晶と恋人関係になったとするでしょ? それを想像してみて?」

「う、うん…………」


 目を閉じて想像する素振りを見せる依桜。

 ちなみに、晶で例えた瞬間、晶が一瞬『ん?』って顔をしたけど気にしない。

 想像できたのか、依桜の表情が暗くなる。


「どう? 嫌?」

「……うん。なんでかはわからないけど、晶と恋人になってる女委を想像したら、すっごく辛くなった……」

「独占したい、って思った?」

「……うん。でも、いけないことだよね……独占したいなんて思っちゃ……」

「そんなことないわよ、依桜。それは当たり前のことよ。恋をしたのなら、誰だって感がること。そうよね、晶、態徒?」

「そうだな。俺だって、誰かが好きになったら、独り占めしたい、って思うかもしれないな」

「だなー。オレだってよ、可愛い彼女ができたら、絶対独占するなー」

「ほらね? 二人だって言ってるでしょ? まあ、態徒に彼女ができることはないと思うけど」

「ちょっ、ひどくね!?」

「黙って」

「ひでぇ……」


 ……気付けば、態徒には可愛い彼女ができると思うんだけどね。

 まあ、その辺りは馬鹿で鈍感な態徒じゃ気付かないわね。


「でも、独占したいって思ったボクが嫌になるよ……」


 ……ほんっと、ピュアで優しすぎる娘ね。


「まったく……依桜、学園祭の時にも言ったと思うけど、もう少し我儘になってもいいのよ? 依桜だって、一人の人間。どういう部分だってあるわ。もちろん、悪いことじゃないんだし、いいと思うわよ?」

「未果……」


 じっと私の顔を見つめる依桜。

 うん。やっぱり、いい娘よね、依桜は。


「それで? 依桜はどうしたいの? ちなみに、二択ね」

「二択……?」

「ええ。恋人になりたいか、なりたくないか、この二つだけ」

「で、でも、ボクなんかじゃ、女委は付き合ってくれないよ……」


 その自信のない依桜の言葉を聞いて、私たち三人は、呆れ顔をした。


「できるできないは、まずやってみてから考えなさい。というか、やってみないわからないことを、やる前からできないと決めつけないの。依桜の悪い癖よ? もっと、自分に自信を持ちなさいよ」


 さすがに、これには私も説教。

 大切な幼馴染が、ここまでヘタレだとちょっと思うところあるもの。

 ……自分に言ってるのかもしれないけどね。


「それで? 恋人になりたいの? なりたくないの?」


 再度依桜に尋ねる。


 さっきとは違って、語気を強めて。


 一瞬依桜は目を閉じ、考えるそぶりを見せ……次に目を開くと、依桜は決意をしたような表情を浮かべ、


「なりたい。ボク、女委とその……恋人に」

「はい、よくできました。それじゃあ、早速作戦を考えるわよ。あ、そこの空気の二人も手伝ってね」

「たしかに空気だったけどよ、そうなった原因、未果じゃね? なんか、二人だけの世界を作るしよ」

「まあ、この二人は付き合いが長いからな。俺でも、入り込めない時があるから、今更だ」

「そう言う晶だって、たまに依桜と二人の世界作ってなかったかしら?」

「やめろ。それだと、俺たちが男同士のカップルみたいに聞こえるだろう?」

「でも、これで依桜が女委と付き合ったら、普通に同性のカップルよ? そう言うのは、問題になるかもしれない発言よ、気を付けないとね?」

「……そうだな。悪い」


 まあ、男の時の依桜って、かなり女顔だったから、別に付き合っても違和感はなかったでしょうけどね。

 そうなったら、女委がかなり暴走しそうよ。


「でも、作戦かぁ……何があるよ?」

「さすがに、明日いきなりって言うのはまずいしな……」

「そうね……」

「……お、じゃあ、バレンタイン当日に、依桜から女委に告白する、ってのはどうよ?」

「あら、態徒にしてはいい案を出すじゃない。たしかに、それはベストね。じゃあ、基本となる土台は、バレンタイン。依桜、OK?」

「う、うん」

「よし。じゃあ、どうやって告白するか、よね」


 何かこう、女委に告白するに相応しい何かが必要よね……。

 うーん……あ、そうだ。


「こう言うのはどう――」


 私が思いついた案を三人に話す。

 聞いているうちに、みるみる依桜は顔を真っ赤にしたけど、


「大丈夫。これなら確実だから」


 そう言って押し切った。

 その後、トントン拍子に作戦が決まっていき、作戦会議は終了となった。



 家に帰る途中。

 途中で態徒とは別れ、私と晶だけで歩く。


「未果、よかったのか?」


 並んで歩いていると、ふと晶が突拍子もなくそう訊いてきた。


「何が?」

「未果、依桜のことが好きだったんだろう? それも、恋愛的な意味で」

「……なーんだ。気付いていたの?」

「当たり前だ。少し後とはいえ、俺も二人とは付き合いが長い幼馴染だからな」

「……そうよね。まあ、そうね……そりゃ、辛いわよ」


 というか、辛くないわけないわ。


 ずっと好きだった相手に好きな人ができたのよ? それも、私たちと普段から一緒にいる人と。


 当然、嫉妬くらいするわ。


 でも……


「これがどこの馬の骨とも知れない相手だったら、絶対止めたでしょうけど、相手は女委。あの娘はどうしようもない変態だけど、不幸を願うようなド畜生じゃないわ。というか、普通に性格いいじゃない、女委は。それに、なんだかんだで気配りはできるし、ちゃんと人を大切にできる心の優しい女の子よ、あれでも」

「あれでもは余計じゃないか?」

「いいのよ。これくらいの言葉。私だって、依桜が好きだったんだから」

「……それで? 強がってはいるみたいだが? 辛かったら、別に、泣いてもいいぞ」

「ふふっ、やっぱり、晶は優しいわね……。……ちょっと、胸を借りてもいいかしら?」

「……俺は聞かなかったことにするよ」

「……ありがと。それじゃ、遠慮なく……。ぐすっ……うっ、くっ……ああ、ああぁぁぁぁぁあああぁぁぁ……!」


 私は晶の胸に寄りかかって、みっともなくわんわん泣いた。


 小さい頃からずっと好きだったけど、結局私の初恋は実ることなく、失恋してしまった。


 生まれて初めての失恋が、ここまで辛いものだとは思わなかった。


 それこそ、死にたいと思えるほどに。女委を恨んでしまうほどに。

 でも……それでも、どちらも大切な人。


 私は潔く、身を引くわ。


 だから、絶対に二人をくっつけないと……。

 それが、私にできる最後の悪あがき。



 時間が進んで、バレンタイン前日。


 相変わらず、依桜君はわたしと話してくれない……。


 正直、すごく辛い……。

 やっぱり、先週の金曜日の件、だよね……。


 わたしだって、好きでやったわけじゃない。


 でも、あれで依桜君が傷ついてしまったのなら、話は別。

 わたしは、取り返しのつかないことをしちゃったわけだよね……。


 あぁ、終わっちゃったなぁ、わたしの恋。

 ずっとずっと好きだったのにね……。


 ……たしか、未果ちゃんも依桜君が好きだったよね。


 まあ、依桜君には未果ちゃんがお似合いだよね。わたしは……自他ともに認める変態だし、しょっちゅう依桜君にエッチなことを仕掛けちゃうしね……。


 わたしなんて、嫌われて当然かぁ……。

 だというのに……。


「なんで、作っちゃうのかなぁ、わたし」


 家のキッチンでチョコを作っているわたしがいた。


 目の前には、すでに完成しているチョコレートが置いてある。


 そこには、未練がましく『I Love You』なんて書いてあるし……というかわたし、なんで英語にしたんだよ。


 普通こう言うのって、好きです、とか日本語で書かない?


 さすがわたし。こう言う時でもネタを忘れない。

 しかも、無駄に痛いやつ。


 依桜君、どんな反応してくれるかなぁ……なんて。


 まあ、どうなるかわかってるけどね……。

 十中八九、お断りの言葉が来るよね……。


 わたしなんかが、依桜君と付き合うなんて、絶対ないもん。


 わたしだし。


 人には美少女同人作家、なんて言われてはいる。たしかに、少しは可愛いという自覚はある。でも、そこまで自信過剰にするほどでない。


 依桜君みたいな人なら、自信過剰になってもいいと思うけど、わたしはそうじゃない。

 精々一般レベル。


 にゃはは……それでもやっぱり……好きだなぁ、依桜君。


 付き合えたら、きっと楽しいんだろうなぁ、って。

 ついつい想像してしまう。


「……まあ、明日はバレンタイン。一応は行かないとね……みんなも来るしね」


 ……あ、最後に文字だけ書き換えとこう。

 英語での告白文はやめて、わたしは……うん。あれにしよう。



「あ、明日が勝負……」


 バレンタイン前日の自室。


 ボクは一人、目の前にある物を見ながら、そう呟く。

 明日、多分、人生で一番の大勝負になるかもしれない日になる。


 ……ある意味。


 未果に聞かされた作戦を聞いた時、ボクは顔から火が出そうになるほど真っ赤になった。


 でも、それでも……女委とその……こ、恋人になれる可能性があるのなら、そこに賭けたい。

 やる前から諦めるよりも、やって諦めた方がいい、よね。


 うん。やっぱり、未果はすごいよ……。


 ボクよりも、色々と考えて何かを言ってくれる。

 昔から、未果には助けられてばかりだった。


 これを成功させたら、ボクは、必ず未果に報告しよう。


 ボクができる未果へのお返し、かな。

 ……いや、ちょっと違う、かな。

 やっぱり、チョコレートで返そう。



 そして、バレンタイン当日。


 少し気分が落ち込んでるわたし。

 今日依桜君が来るという保証はない。


 でも、依桜君が来ているかもしれないって思いながら、わたしは学園へ足を向ける。



 というわけで、学園到着。


「おー、なんかハートが浮かんでそうな雰囲気だなー」


 なんて、学園の様子を見ながら、そんなことを呟く。


 いかにも、これから告白します! っていう女の子がいっぱいいる。

 そして、チョコがもらえるかどうか、ソワソワしている男子も大勢。


 わたしたちのところは、態徒君くらいだよね、ソワソワするのは。

 依桜君と晶君の二人はバレンタインを気にしている様子はほとんどないから。


 ……依桜君、か。


 来てるかなぁ……来てないよね……。

 さすがに依桜君は来てないと思いながら、わたしは教室へ向かった。



「おっはー」


 いつも通りの挨拶をしながら教室に入ると、


「お、おお、おおはよう、め、女委……」


 なんと、依桜君がいるではありませんか。


「い、いお――」


 思わず抱き着こうとしたけど、心をセーブ。

 落ち着けわたし、きっとこれは夢……夢に違いない。

 こういう時はベタだけど、自分のほっぺをつねる。

 よし。


「……いはい」


 痛かった。

 え、じゃあなに? わたしの目の前にいる超絶銀髪碧眼美少女ちゃんは、依桜君本人?

 ……え、な、なんで?

 なんでわたしの前に……。


「め、女委……?」

「あ、ご、ごめん! え、えっと、な、何……?」

「い、いや、あの、えっと……な、なんだかその……ちょっと様子がおかしいな、って……えっと、だ、大丈夫……?」


 天使か……。


 あ、実際天使か。


 嫌っている相手にもちゃんと優しくする依桜君……優しすぎる……。


 ふふ、ふふふふふふふ。


「あ、あの、女委、その……ほ、放課後って、あ、空いてる、かな……?」

「放課後……? あ、空いてる、けど……何かあるの?」

「え、えっと、め、女委に大事な話が、あって……」


 大事な話……。

 それってもしや……は! ぜ、絶縁宣言!?


 な、なんってこったい!


 そこまで依桜君の心に深い傷を残していたなんてぇ……。

 依桜君の友達失格だぁ、わたしぃ……。


 こ、ここは素直に受け入れるのが、せめてもの筋……。


「わかったよ。それで、何時ごろにどこに行けばいいのかな?」

「と、とりあえず、四階の空き教室に、えと、よ、四時に来て……?」

「了解だよー」


 せめて、絶縁宣言される前まで、いつも通りにふるまおう。

 うん。最後にいつもの友達通りでやる。

 それが大事。

 うん。大事……にゃ、にゃはは……。



 約束の時間まで、わたしたちはいつも通りにみんなと過ごした。


 態徒君が馬鹿やったり、晶君がそれ見ながら呆れてたり、未果ちゃんがそれを見て笑ったり。


 その間、依桜君はなぜかわたしをちらちらと何度も見ていた。

 しかも、顔が真っ赤だった。


 こ、これはあれかな。あまりにも怒りが強すぎて顔真っ赤ってやつかい。


 依桜君火山が噴火寸前なのか。


 わたしを見ているのは、単純に『女委とはもう友達じゃないから。精々、この楽しい偽りのひと時を味わってろ』ってことか……。


 あ……目から海水が……。


 うぅ……もとはと言えば、わたしの不注意が原因。


 これからわたしは、同人作家として生きよう。


 あ、そうだ。もういっそ、退学しよう。

 うん。いいね。

 それで、色々な伝手を使って出版社を起業しよう。

 どうせ、資金は十分すぎるほど稼げてるしね……。

 それはそれで楽しそう。


 よし。そうしよう。


 ……………寂しいなぁ。



 そして、ついに約束の時間に。


 時間になる三十分前くらいに依桜君が離脱。


 わたしは一人、四階の空き教室へ。

 時間が時間なためか、校内に残っている人は、先生ばかり。


 生徒で残っているのはわたしたちくらい。


 未果ちゃんたちは、何やら用事があるとかで先に帰っちゃった。


 なので、わたしはこれから、一人で怒り心頭の依桜君と相対しなきゃいけないわけです。


 あぁ、このわたしが、ここまで恐怖を感じるなんて……。

 お店の営業中に、やーさんが来た時より、圧倒的に怖い……。


 あの時、全然怖くなかったのに、なんでだろうなぁ……。


 そうこうしているうちに、目的地に到着。


 取っ手になども手をかけては離し、手をかけては離すを繰り返す。


 嫌われるのは怖いんです。


 わたしだって、好きな人から嫌われるような状況になれば、怖いよ……。


 ……でも、約束の時間に遅れたらもっとダメ。


 よし。入ろう。

 いざ、本能寺!


「依桜君、来たよー……って、うーん?」


 討ち死にする覚悟で教室に入るとそこには……


「あ、め、女委、い、いらっしゃい……」


 ものっそいふりふりがあしらってある、まさに依桜君にしか着こなせないかのような、露出度が激しいワンピースを着た依桜君が、夕陽をバックに、頬を赤らめながら微笑みを浮かべていた。


 いや、ちょっと待って。


 こ、これはどういった状況だい?


 胸はほとんどみえちゃってるし? 肩も大きく露出。

 腕なんて、むき出し。

 スカートは短いし、そう言うデザインなのか、腹部が菱形に露出し、キュートな依桜君のおへそが丸見え状態。

 頭には、小さなシルクハットをかぶっていてなんか可愛い。

 しかも、ニーハイとはわかってるぜ、依桜君。


 ……あの、正直ドストライクだよ? 依桜君の服装。


 あと、恥ずかしそうにしながらも、微笑みを浮かべえているのがグッド!

 って、そうじゃないや!


「え、えーっと、依桜君、なんだよね?」

「う、うん……え、えっと、その、この格好、変、かな……?」

「そんなことはないぜー! 最高です! 可愛いです! ドストライクです! あと、微妙にエッチなのも得点高いです! 本当にありがとうございます!」

「ふぇ!? あ、あの、え、えと、その……あ、あり、がとぅ……」


 お、おや? なぜかお礼を言われた……?

 こ、これはどういう状況?

 いや、うん。ここは依桜君に尋ねよう。


「つ、つかぬことをお伺いしますが……依桜君、これからわたし、絶縁宣言されるんじゃぁ……?」

「ぜ、絶縁宣言……? え、ち、ちちちちち、違うよぉ!」

「そ、そうなの?」

「ボクが女委と絶縁するなんて絶対にないよ!」

「で、でも、わたしが依桜君にほっぺちゅーして以降、ずっと顔を真っ赤にしながら避けられてるから、てっきり、怒ってるのかと……」

「違うよ!? 怒ってないから! むしろ、その……ちょ、ちょっと嬉しかった、というか……」


 え、待って? 今依桜君、嬉しいって言った……?

 わたしのほっぺちゅーで?


 ……う、うん? もしかして……いやいや、さすがにない……はずだよね?


 で、でも、可能性がそれしかないというか……いや、ここは依桜君に直接訊こう。


 うん。腐女子は度胸!


「え、えっと、い、依桜君、今の言葉の真意は……?」


 と、わたしが尋ねると、依桜君は目を閉じて深呼吸をしだす。

 そして、


「ぼ、ボクは……ボクは、女委が好きです」

「………………へ?」

「その、えっと、だ、だから……ぼ、ボクと……つ、つつ、付き合ってくださいっ!」


 夕陽が教室内に差し込み、オレンジ色に染まる幻想的な雰囲気の教室で、とっても可愛い衣装を着た、意中の相手に、告白されました。


 ……なんですと!?


 ま、ままままままて、お、おおおおおお、おちおちおちおちつけわたしぃ!


 一体何が起こった!?


 せ、整理だ! こういう時は整理するんです!


 まず、約束の時間になったから教室に入った。

 依桜君がエッチで可愛い衣装に身を包んでいた。

 わたしを嫌っていたわけじゃなかった。

 直後、告白してきたと思ったら、付き合ってくださいと言われた。


 ……うん! わけわからないです!


 いや、わかってる。えっと、よ、よし、ここはボケだ。ボケるんだ。


「そ、それってあれかな? ど、どこかの買い物に付き合ってー、みたいな?」


 よし。クッソベタベタのベターだけど、これでOK。

 きっと、肯定が来る――


「違うよぉ! ぼ、ボクはほ、本気で女委が好きなの……だ、だから、ぼ、ボクと恋人同士になって、ほしぃ……の……」


 ぐごはっ!


 な、なんですか、この可愛すぎる生物は!


 わたしを萌え殺す気か!


 そうなんだね? 絶対そうなんだね!?


 さすが可愛い、暗殺者可愛い!


「そ、それで、め、女委は、嫌……かな?」


 はっ、し、しまった!


 あまりにも唐突すぎる出来事に、思わず思考がぶっ飛んでいた!


 え、えっと、何か気の利いた一言……な、何かないか……くっ、普段はポンポンでるボケが出てこない!


「そ、そうだよね……こんな恥ずかしい衣装を着てるボクなんか、女委は好きになってくれないよね……ご、ごめんね……今のは、わ、わす、わすれ、て……う、うぅ……」


 って、何してるんですかわたし!

 わたしが馬鹿なこと考えてるせいで、依桜君が泣きそう……というか泣いちゃってる!

 このままじゃ、


「こ、これだけだから、ば、バイバイ……!」


 と、依桜君が駆け出す。


「ま、待って依桜君!」


 すぐに、わたしは声をかけた。

 わたしの制止を聞いた瞬間、依桜君は立ち止まった。


「わ、わたしも……わたしも依桜君が好きです! というか、ずっと好きでした! だから、こちらこそ、付き合ってくださいっ!」

「――ッ!」


 わたしの告白を聞いた瞬間、依桜君は手で口元覆い、ぽろぽろと涙を流しだした。

 それを見たわたしはつい、


「依桜君っ!」


 思いっきり依桜君に抱き着いた。

 おほぅ、や、柔らかいです……。


「う、嘘じゃない……?」


 抱きしめた直後、依桜君がわたしに震えた声でそう訊いてくる。


「もち!」


 わたしは、明るい声でそう返す。


「ど、同情、じゃない……?」

「当然さ!」

「ほんとに、ボクのこと、好き、なの……?」

「あったぼうよ!」

「暗殺者で、人を殺したことがあるボクを……?」

「何言ってるのさ、依桜君は依桜君! わたしが好きな依桜君は、いいところも悪いところも、全部ひっくるめた依桜君が好きだぜ!」

「め、女委……う、うぅ……うっ、ぐすっ……うわああぁぁぁぁぁぁんっ!」


 直後、依桜君が泣き出した。

 しかも、ぎゅぅっと抱きしめてくるものだからつい、


「うへへへ……」


 なんて、だらしなさすぎる声が出ちゃったぜ。

 いや、だって、依桜君が柔らかくて気持ちいいんだもん。しかたないよね!

 その後、依桜君が落ち着くのを待ち、落ち着いた頃、


「依桜君」

「な、なに――んむっ!?」


 わたしは、自分の唇を、依桜君の小さな桜色の唇に重ねた。

 一瞬、ビクンッって跳ねたけど、すぐに目を閉じて受け入れてくれた。

 そして、永遠とも取れるほどの、短くも長いキスをし、


「ぷはっ……め、女委……」

「ふふふー、恋人だから当然だよね! 大丈夫だよ、わたしと依桜君は女の子同士。子供はできないから!」


 ここで真実を言ってしまってもいいけど、それだと依桜君の良さが無くなっちゃうからね。


 うん。このままにしよう。


 ちなみに、キスの感想ですが……なんだか、柔らかくて暖かくて、気持ちよくて、それでいて甘い味がしました。


「う、うん……」


 お、おー、すっごい、今まで以上に依桜君が可愛い……というか可愛すぎる!

 あ、ダメだ。我慢できない!


「依桜君!」

「うわわっ!?」


 気が付けば、わたしは依桜君を押し倒していました。


「ふ、ふふ、ふふふふふ……いいかい、依桜君。これから行うことは、恋人同士なら当然のこと。だから、何にも恥ずかしくないからね……」

「え、め、女委、何を言ってるの……? あ、あの、な、なんでボクは、その……お、押し倒されてる……の?」

「気にしない! さあさあ、依桜君を楽しいひと時を楽しもう!」

「ま、待って、め、女委。せ、せめて、こ、心の準備……こ、心の準備を……」

「時は金なり! いくぜーーー!」

「え、あ、ま、待っ――……ひゃああああああああああああああああ!」


 この後、皆様の想像通りの展開だと思ってください。

 ふっ……依桜君、可愛かったです。



 その後、わたしと依桜君はわたしの暴走によるあれがあったにもかかわらず、無事に恋人同士になりました。


 ちなみに、わたしが依桜君に贈ったチョコには、


『大好きです。この世界の誰よりも』


 って、シンプルなメッセージにしました。


 それから、付き合い始めてからの依桜君は甘えてきます。

 ものっそい甘えます。


 いっつも、わたしの腕を抱きしめながら、デレデレな顔するんだもん。


「女委、これからもずーーっと一緒にいようね❤」

「うん!」


 わたしたちは、幸せです。


              ―女委ルートEND―

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