第131話 とんでも発明

「……ただいま」

「戻ったぞ」

「いやー、勝った勝った! 速く終わって、オレ的には楽ができてよかったぜ。まあ、佐々木二号は面倒だったけどな」


 戻ってきた際のテンションは、三者三葉。

 晶は淡々と。

 態徒はちょっとテンション高めに。

 そして、ボクは……沈んでいた。


 ただでさえ、色々と目立って、恥ずかしい姿や、恥ずかしい言動をさせられているにもかかわらず、さらにやらされたボクは、心的ストレスがマッハです。

 誰が好き好んで、『にぃに』なんて言うんだろう。


 元々が女の子で、さらに小さい子だったらわかるよ。でもね……ボクは元々男だし、年齢も十九。見た目はいくら小学生でも、実年齢と元の性別を考えると……本当に辛いものがある。

 『お兄ちゃん』とか『にぃに』とか。


 できればもう言いたくはないんだけどね……なんか、今後もこう言うことを言わされそうで、かなり憂鬱です。


「まあ、その……依桜は、お疲れ、としか言えないわ」

「うんうん。依桜君、すっごく可愛かったよ! もうね、抱きしめてお持ち帰りしたいくらいに!」

「……それはどうも」


 さっきまで、女委に何らかの仕返しをしようとは思ったけど、なんだか疲れてしまった。

 気力も起きない……。


 それに、次はアスレチック鬼ごっこだから、下手に関わっていると、余計疲れちゃうもんね……。

 ここは、体力を温存したい。

 ……体力と言うより、心力だとは思うけど。


「それにしたって、あれは反則よね」

「……問答無用で言うことを聞かせられると考えたら、依桜は敵に回したくないな」

「断れるとしたら、オレたちくらいじゃね? 付き合いが長いし」

「だね。わたしたちはよく一緒にいるからある程度の耐性はあるけど、他の人たちはあんまり依桜君と関りがないからね。耐性も紙きれ同然だよ」

「……あはは」


 もう、何も言う気が起きない。


 この二日間で、まさかここまで精神力を削られるとは思わなかった。

 未だかつて、高校の体育祭でここまで精神的に疲れた人がいただろうか。もしも、そう言う人がいたら、是非友達になりたいです。


「でもでも、あそこまで上手くいくとは思わなかったなぁ。依桜君はとびっきり可愛いから可能性はあると思ったけど……まさか、本当に自滅してくれるなんてねぇ」

「それほど、向こうには刺激が強かったんでしょ。それに……」


 少し困った顔をしながら、未果が会場中に目を向ける。


『えー、先ほどの男女依桜さんの『にぃに』インパクトが強すぎて、観客、それから選手の皆さんに甚大な被害が出たようなので、今しばらくお待ちください』


 その先には、担架で運ばれる大勢の人たちが。

 ……この光景、昨日も見たなぁ。二人三脚の時ほどじゃないけど。


「この有様よ」

「まあ……あれは仕方ない。防衛側の方も、かなり被害が出てたからな……」

「オレんとこもだ。……正直、オレも依桜が言うセリフを事前に聞かされてなかったらやばかったぜ」

「わたしはアウトだったよ。……主に、下が」

「……女委って、下ネタを挟まないと死ぬ体質なの?」

「にゃははー。細かいことは気にしないの! いやぁ、こんな状態で鬼ごっこをすると考えたら、かなりしんどそうだよねぇ。貧血になってそうだよ」


 ……せっかく綺麗になったのに、敷地内が血で汚れてる場所が多いからね。

 しかも、ボクが見えていた範囲では、かなりの鮮血が噴き出してたもん。

 あれ、貧血どころか、下手をしたら失血死するんじゃないかってレベルだったんだけど。

 ……言葉と表情だけでここまでなるって考えると、ボクってあまり演技をしない方がいい、のかな。


「……ああ、だからか」

「どしたの、晶君」

「ここに戻ってくる前に、校舎内のトイレに行ったら、妙にいい匂いがしててな。多分あれ……レバニラ炒めだな。なるほど。鉄分補給か」

「昨日ので学んだのね。二人三脚は大惨事だったもの。おそらくだけど、あらかじめ用意していたんじゃないかしら?」

「……なんだか、ボクにたいするたいさくが、本気になってきてない?」


 ボク、災害何かなの?


「実際、天災みたいなもんだからなぁ、依桜は」

「……ボク、しぜんげんしょうじゃないよ?」

「似たようなものよ。だって、ちょっと可愛い言動、行動をしただけで、さっきみたいな状況ができるのよ?」

「かわいい……かはわからないけど、ぼうたおしのあとだから、はんろんできない……」


 だって、ボクがあのセリフを言った瞬間にみんな鼻血を噴き出して倒れるんだもん。

 ボクとしては、本当に恐怖だよ。


「自覚のなさはもうこの際いいけど、あまり謙虚にしすぎると、嫌味にしか聞こえないのよね」

「……まあ、依桜君の場合、謙虚と言うより、本気で思っているから、あまりそう思われないんだけどね」

「つーか、自信満々に『ボク美少女でしょ?』みたいに言われたら、逆に戸惑うぜ?」

「「「たしかに」」」


 なんか、色々言われてるけど、何を言っているのか、いまいちわからない。

 ボク、嫌味を言っているつもりもないし、自分が美少女だって思ってないし……。

 師匠とか、未果、女委ならわかるんだけど……自分となると、何とも言えない。


「いやー、次の競技で最後か」

「そうだな。二日間もあるとなると、やっぱり長いな」

「だね~。わたしは、二ヶ月近くに感じたけど」

「何言ってるのよ。体育祭の種目決めの日から、三週間程度しか経ってないわよ? ボケてるんじゃないの?」

「でも、体育祭までが濃密だったからね~。まあ、本番もすっごく濃密だけど」


 うん。それは言えてるよね。


 ボクなんて、露出度が高いチアガール衣装を着させられる羽目になったり、『白銀会』なんて言うよくわからないものができてたり、師匠がこっちの世界に来て、一緒に暮らすことになったり、なぜか組み手をやらされて、上半身裸を晒されるし……本当に酷かった。

 そのほかにもいろいろあったけど、それは別の機会に。


 ……当日前のあれこれでもう終わり、と言うわけじゃなくて、本番当日にも色々あった。


 スライムまみれになって服は透け、人が大勢いる前で師匠の頬に、その……ち、ちゅーをしたり……二人三脚で、大惨事を引き起こし、美天杯では、なぜか師匠に呼び出されて、魔法の習得(かなりきつかった)をさせられ、態徒がボロボロにされて怒って、佐々木君を打ちのめす。


 少なくとも、一日だけでこれなのに、二日目も酷い。


 まず、体が縮んで、小学三、四年生くらいになり、その姿であのチアガール衣装を着させられて応援し、いきなり生徒教師対抗リレーでは、師匠にお姫様抱っこされて、そのままゴール。そして、棒倒しは、あの恥ずかしいセリフを言う。


 ……本当に、たった三週間そこらの期間で、色々な問題が降りかかっていた。

 ……ボク、ある意味、世界で一番不幸なんじゃないかなぁ……。


「たしかに、女委の言う通り、かなり濃かったからな。少なくとも、依桜にとっては」

「あははは……」


 乾いた笑いしか出ないよ……。


「にしてもよ、アスレチック鬼ごっことは言うが、実際どんな感じになるんだろうな?」

「たしかにそうね。この競技に関しては、情報を出されなかったから、どんなものなのか、皆目見当もつかないのよね。どうも、体育祭二日目の最後の種目は、毎年変わるらしいし」

「ああ、そう言えば、入学説明会とかで、去年の体育祭二日目の最終種目は『美天市全域かくれんぼ』だった、って言ってたな」

「街全部使ってやるかくれんぼとか、正気の沙汰じゃねえ」


 去年の種目内容に、態徒がドン引きした表情をしていた。


 ……この街って、それなりに広かった気がするんだけど……。

 そう考えると、その競技は全員参加だったんじゃないかな。

 そうじゃないと、時間内に見つけるなんて不可能すぎるもん。

 ……この学園の考えることはよくわからない。


「まあ、去年の競技は置いておくとしてだ。アスレチック、って付いてんだから、やっぱ、障害物競走みたいに、ああいうのが設置されるのかね?」

「うーん、確かにその可能性はあると思うけど……それだと、アスレチック鬼ごっこと言うより、障害物鬼ごっこじゃないかしら? それに、中身がほとんど障害物競走と大差ないし」

「そうかぁ」

「現実的に考えると、態徒が言ったように設置する、って案じゃないのか?」

「たぶん、そうだと思うよ。さすがに、さっき言ってたように、まちぜんたいを使うわけじゃなさそうだし、もし、まちぜんたいを使うのならこうつうきせいとかもひつようになりそうだもん」

「一理あるわね。この学園の前は、普通に道路になってるから、分かりやすい。さっきちらっと見えた時は、交通規制なんてしてなかったと考えると……街全体、ってわけじゃなさそうよね」

「じゃあ、どういう風になるんだろうねぇ」


 言われてみれば、すごく気になるところかな。


 体育祭の競技種目の内容とかは、前もって知らされるのに、なぜかアスレチック鬼ごっこだけは知らされるどころか、秘密になっている始末。

 そうなると、人には言えないような何かな気がする。


 うーん……学園長先生の考えることだし、飛行機で材料を空輸してきて、ここで組み立てる、みたいなのとか、大量の工事車両が入ってきて、業者の人が組み立てるとか。


 ……本当にやりそうだから、何とも言えない。


 学園長先生、師匠に似た部分があるからなぁ。


 何せ、自由奔放だもん。師匠も結構自由奔放にしてるけど、学園長先生も大概だよね。

 だって、障害物競走にスライムプールを仕掛けたり、射的を設置して、当てたお題に『頬にキスをする』なんて言うのを混ぜるし、二人三脚では、わざわざ上半身だけで風船を割らせる、体育祭なのに、武術系の競技を入れたりと、やりたい放題だもん。


 他の先生方が決めた、って可能性もないことはないけど、この学園で最も自由人なのは学園長先生だから、十中八九あの人だと思う。


 ……どういうのが来るか、皆目見当もつかないから怖いんだよね、この場合……。


『えー、皆様、大変長らくお待たせいたしました! 観客、及び生徒の蘇生、鉄分補給という名の食事が終わったようですので、これからアスレチック鬼ごっこの準備に移らせていただきます! というわけで、学園長先生、よろしくお願いします』

『任されました! まず最初に、今回のこの体育祭において、私がアスレチック鬼ごっこを最後に持ってきたのは、私が経営している会社で一月から売り出す商品のテストをしたいと思ったからです』


 テスト?

 なんか今、私情を持ってきたような気がするんだけど……。

 一体、何をするつもりなんだろう?


『ほうほう。テスト、ですか。それは一体何でしょうか?』

『えー、私が経営している会社はですね、製薬会社でして、まあ、薬を作る会社なわけですが……ふと、ゲームを創りたいと思いまして、ゲーム業界に進出しようと考えているのです。そして、私は考えました。コンシューマーゲームではつまらないと。そこで私は、あるものに着目しました。そう! ライトノベルのジャンルの一つ! VRゲームです!』


 その瞬間、周囲がざわつき始めた。

 ライトノベルにおけるVRゲームと言うと、フルダイブ型、って言うものだろうか?

 ……まさかとは思うんだけど。


『私は、会社の総力を上げて、ついに! 新世代ゲーム機『New Era』を完成させました! 正確に言えば、ゲーム機、と言うわけではなく、どちらかと言えば、PCです。普段はハイスペックPCとして使える一方で、その真価は、世界中の人が夢見た、フルダイブ型VRMMOゲームができることにあります!』


 ざわめいていた周囲はさらにざわめく。


 ……そのまさかだった。


 本当にフルダイブ型VRMMOを創っちゃってたよ、学園長先生。


 製薬会社なのに、なんでそんなものを創れるのか、すごく疑問だけど……あの会社って、製薬会社は表向きで、本当は異世界の研究をしているような会社ってことを考えると……あれ? そうでもない気が……むしろ、できて当然なんじゃ……。


 異世界へ行く装置は創れて、仮想世界に入る装置を創れないわけがないもん。


 どっちが難しいかと聞かれれば、一概には言えないけど、異世界の方なんじゃないかな。

 だって、この世界ではない全く別の場所に行けるわけだし……。

 ……いや、普通に考えたら、どっちもおかしいような?


『この『New Era』ですが、発売は来年の元日。全国の家電量販店などで売りに出すつもりです。あ、この情報、まだどこにも出していないので、レアです。かなりレアです。この情報をインターネットに公開しても構いませんが、その分、入手が困難になると考えて下さいね。それと、この『New Era』は、オンラインゲームとセットでの販売なので、お楽しみに! ……さて、宣伝はここまでにして、このアスレチック鬼ごっこの概要を説明します。まず、出場する生徒は、鬼側、逃走側に分かれて、それぞれ、CAI室、情報処理室に分かれてもらいます。そこには、すでに『New Era』がセッティングしてあるので、それで仮想世界ダイブするだけです! 尚、今回は体育祭の競技用にカスタマイズされてあり、仮想世界内では、自分自身が現実で可能なレベルの動きしかできないように設定されてあるので、高い身体能力を持ってるとか、魔法が使える、なんてことはないのであしからず』


 と、学園長先生がそう言った瞬間、がっかりしたようなため息が周囲から聞こえてきた。

 いや、うん。その気持ちは分からないでもないけど……ボクの場合、それってかなり危険な気が……。


 だって、現実同じ動きしかできないと言うのは、裏を返せば、現実でできることすべてができるってことだよね?


 となると、ボクの場合、能力やスキル、魔法が使えるんじゃ……?


『ルール説明は……まあ、向こうの世界へ行ってからにするとしよう。さ、出場する生徒は移動をお願いします。鬼側はCAI室へ。逃走側は情報処理室に行ってください。その際、勝手に機械に触ったりすることがないようにお願いします。なにせ、製作費がバカにならないので。万が一壊した場合、弁償してもらうことになるので、心しておくように。じゃ、移動開始!』


 その言葉を皮切りに、出場する生徒たちが、一斉に校舎に向かって走り出した。


「なんか、とんでもないことになったわね」

「ああ。まさか、フルダイブ型VRMMOを創るなんてな……。まあ、俺たちの場合、依桜が異世界に行っていた、なんて経緯があるから、そこまで驚かなかったが……かなりすごい発明だよな、これ」

「そうだねぇ。仮想世界に行く、って言うのは、ヲタクたちの憧れだったもんね! 依桜君よかったね!」

「う、うーん、ボクのばあい、いせかいに行ってたから、そこまでしんせんみがないような……」

「そりゃそうか。ファンタジーな世界だったんだもんな。依桜からした、珍しいものじゃねえか」


 向こうには、空に浮かぶお城とか、魔物、魔族、魔法、能力、スキル、それ以外にも亜人族や、エルフもいたから、あまり珍しいって気分はしないかも。


 ……売りに出されるゲームが、どんなものかは分からないから何とも言えないけど、やっぱりファンタジーものな気がする。


 だって、異世界の研究をしていたような人だもん。参考にしてるよ。


「とりあえず、話はいいから、依桜はそろそろ行ったほうがいいんじゃない?」


 いけないいけない。

 ここで話してたら、遅れちゃう。


「うん。それじゃあ、行ってくるね」

「がんばってね」

「楽しんで来いよ」

「依桜なら絶対勝てるぜ!」

「ファイトだよー、依桜君!」


 みんなの応援を受けながら、ボクは校舎に向かって行った。

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