第5話 お兄ちゃんと双子ちゃん

 

「お兄ちゃぁぁんッ!!」


 瞬間、飛鳥は目を見開いた。


「え? どうしたの?」


 帰宅早々、泣きながら自分の胸にしがみついたきた妹。それを見て、飛鳥は泣いている妹を優しく抱きしめる。


「どうしたの、華」


「ひくっ、ごめんね、私、お兄ちゃんが……お兄ちゃんガァァァァ」


「え?俺?……が、なんなの?」


「あ、兄貴、おかえり!」


 すると、今度はリビングから弟の蓮が出てきた。


「蓮、どうしたの? これ


「あー……実は華が『なんで兄貴は、彼女をつくらないんだろう』っていうから、兄貴は、って教えたら、華のやつ泣き出して」


「…………は?」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。

 男の人が……好き?


「お兄ちゃん!!」


「!?」


 すると、顔をガバッとあげた華は


「ゴメンね!! 私、お兄ちゃんとずっと一緒にいたのに、お兄ちゃんが男の人を好きだってだなんて全然気づかなくてッ!! でも、どうして言ってくれなかったの!? 言ってくれたら良かったのに! 私なら大丈夫だよ! 例え、お兄ちゃんが、彼氏連れてきても、ちゃんと受け止めるよ! 本当はお義兄さんでも、お義姉さんって、言って見せ」


「いやいや、ちょっとまって!?」


 なんか、とんでもない話になってる!


 ちょっとそこまで、買い物に行ってきただけなのに、なぜか"男が好きなお兄ちゃん"にされている!?


「蓮、お前、華をからかうのやめろ! こいつ、お前の言うことは、すぐ本気にするんだから 」


「うん、でも、兄貴も悪いと思うよ」


「は? なんで?」


「だって、知らない男の人の車で、帰ってきたし」


「…………」


 あー、うん。

 確かに、帰ってきた。男の人の車で……


「……み、見てたの?」


「うん。アレみて、俺が『彼氏かなー』っていったら、華が青ざめて、泣き出して、発狂して、収集つかなくなって……兄貴さ」


「……」


「マジで、そうなの?」


「違うから!!」


 戸惑いと疑惑の目を向ける弟に、飛鳥が間髪いれず否定する。


 こっちは、少しでも早く帰ろうと、車を利用したと言うのに、コイツらときたら。


 だが、こみあげる怒りをなんとか静めると、飛鳥は、未だに自分の胸の中で泣いている華を、よしよしとなだめる。


「華、お前も、蓮の嘘に騙されちゃダメだよ」


「え、嘘なの? 違うの?」

 

「違うよ」


「そう、なんだ……よかった。"身体"だけじゃなくて、ついに"心"まで女の子になっちゃったのかと……っ」


「いや、俺の身体、いつ女の子になったんだよ」


 見た目が綺麗すぎるせいか、はたまた髪が長いからか?いや、どちらもかもしれないが、ちょっと紛らわしいことを言う妹に、飛鳥は苦笑する。


 外見が、どんなに美人だったとしても、は、しっかりついているし、心だって男だ。


 そこは、勘違いしないで頂きたい。


「それより……外寒かったんじゃない?」

 

 すると、泣き止んだ華が、今度はぎゅーっと腰周りにしがみついてきた。


 心配そうに声をかける華は、どうやら抱きついた拍子に、兄の身体が冷えているのに気づいたらしい。


「身体、すごく冷たい」


「マジか。兄貴、風邪ひいたりしてない?」


 すると、先程とは一変、子犬のような眼差しを向けてきた双子に、飛鳥は小さく笑みを零す。


 飛鳥の五つ下の双子、はなれん


 姉の華は、少し勝ち気な性格をしているが、弟の言葉にすぐに騙される天然な部分があり、弟の蓮は比較的冷静な性格をしているが、悪ふざけが好きで、よく兄や姉をからかっては遊ぶ。


 たまに喧嘩もするけど


 それでも自分達、兄妹弟きょうだいの仲は


 ──決して悪くはない。


「大丈夫だよ。厚着してたし」


「今日は、何人に?」


「えーと、スカウトマンが三人に、ナンパが一人。おかげでアイス溶けちゃった」


「えー、溶けてるの!?」


「大丈夫だよ。最後のヤツに買わせてきたから」


「わぁ、サンキューのアイスだぁ♡」


「さすが、兄貴!」


 買ってきた(買わせた)アイスと、大根の入った袋を双子にそれぞれ手渡すと、飛鳥はコートを脱ぎながらリビングへと移動する。


 玄関から真っ直ぐに進んだ先にある扉をあけると、そこには広々としたリビングダイニングがあった。


 入って右側には、キッチンカウンターに添うように、四人がけのダイニングテーブルが置かれていて、左側のリビングスペースには、三人がけのソファーと、チェストとテレビ。


 そして、ローテーブルの上には、散らばった勉強道具と漫画。


(さては、さぼってたな……)


 隠されもしないサボりの残骸を見て、飛鳥が、呆れかえる。だが──


「飛鳥兄ぃ、コーヒーでいい?」


 と、兄の帰りを待ってましたと言わんばかりに、わいわいとコーヒーを入れはじめた双子の姿を見ると


(まぁ、いっか……)


 不思議と毒気を抜かれてしまう。


 なんだかんだ言っても


 やはりこの家は、とても居心地がいい。


「あれ? そういえば、その溶けかけたアイスは、どうしたの?」


「……え?」


 だが、今度は蓮がそういって、飛鳥は、はたと首を傾げた。


「あ……そう言えば、"車の中"に忘れてきたかも?」




 *


 *


 *




「ちょっとー狭山さん! このアイス溶けてるじゃないですか~」


 そのころ狭山は、今まさに同僚である女子社員に、少年が忘れたアイスを振る舞ったところだった。


「こんな寒いのに溶けます、普通!」


「仕方ねーだろ、もともと溶けたんだから。てか、そのアイス、君たちが喜びそうな超ド級のイケメンが買ったアイスだからな。ありがたく食えよ」


「えーじゃぁ、なんでそのイケメン、スカウトしてこないんですか?」


「そうですよ。仕事してくださいよ~!」


「してきたっつーの!!」


 二十代の若々しい女子社員が二人、狭山をからかいながら、溶けかけたアイスを食べる。


 だが、文句を言いながらも満更でもないのか、満足そうにアイスを食べる女子社員たちを見つめて、狭山はやれやれと一つ息をつくと、まだ目を通していない書類を手に取った。


「あれ? 狭山さんは食べないの?」


「いらね」


「そう……じゃぁ」


 三つあったうち、一つだけ残ってしまったアイス。

 それをどうしようかと女子社員たちが話しをすると、その後、デスクから立ち上がった女子社員は、来客コーナーにいる人物に声をかけた。


「ねぇ、エレナちゃん、アイス食べない?」


 その声につられて狭山が視線を移す。

 見れば、その来客コーナーには、"金髪の少女"が座っていた。


 ふわりとした髪をサイドで高くツインテールにして、服装も紫と黒のワンピースにニーハイと、実にモデルらしい身なりをしていた。


 スレンダーでどこか儚げな印象。

 年の頃は小学三、四年生くらいだろうか。


 みるからに、可愛らしい少女──


(なんか……似てるな)


 その少女を見つめ、狭山は、ふと今日、出会った少年のことを思い出す。


 雰囲気や顔立ちに、彼ほどの華やかさはないが、その少女の髪の色は、今日あった、あの少年の髪の色と、とてもよく似ている気がした。


 ほのかな赤みがはいった金色の髪。

 

 夕日色にも見えるその色は、確か『ストロベリーブロンド』とか言う、地毛なら実に珍しい髪色だ。


(まー、モデル志望なら、染めてく子もいるしな)


 だが、染めた髪なら特段珍しくもない。

 あの少年は「地毛」だといっていたが……


「狭山さん、コーヒーどうぞ」


「あ、ありがとう」


 すると、丁度女子社員がコーヒーを運んできてくれて、狭山は冷えた身体を温めようとコーヒーにミルクとガムシロップをいれ、何気なしに問いかける。


「あの子は? 誰かスカウトしてきたの?」


「あー、エレナちゃんですか? いいえ、あの子、元々別の事務所でモデルをしていたらしいのですが、上手くいかなかったらしくて、そっちの事務所を辞めて、先日うちに、オーディション受けにきたんですよ」


「そうなんだ」


「はい。でも、エレナちゃん凄く可愛いし、オーディションも楽々通過して、今日は面接を受けに……さっき、あの子のヒアリングが終わって、今は親御さんが、社長と今後について話してますよ」


「へー」


 この業界なら、別に珍しいことではない。

 あの年齢でモデルやアイドルになりたいのなら、やはり親がそれなりに動かなくては大成しないからだ。


「あれ? エレナちゃん、もしかしてアイス嫌い?」


 するとそこに、また女子社員の声が聞こえきて、狭山は再び視線を戻す。


「ごめんなさい。私、お菓子、食べちゃダメなんです」


「あ、そっか! モデル目指してるなら、スタイル維持は基本だもんね~」


 アイスを進める女子社員に、申し訳なさそうに頭を下げたエレナを見て、狭山は目を細める。


「可哀想に……」


「え、なにがですか?」


 そう言って、小さく呟いた狭山の言葉に、女子社員は、ただただ疑問を抱くばかりった。

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