第47話 転校生と黄昏時の悪魔⑮ ~涙~
───ガッ!!?
だが、それは飛鳥の意識がゆっくりと落ち、瞳を閉じた瞬間だった。
建物内に突如、鈍い音が響き渡ると、目の前にいたはずの男は、空気を切るような音と共に、その場から姿を消していた。
「ッげほ!? げほ、はぁ……ごほっ、ぅえ……っ」
圧迫され、押さえつけられていた首元から手が離れ、肺や脳に一気に空気や血液が流れ込むと、飛鳥は力をなくし、そのまま床に倒れ込み、ゼーゼーと荒い息をする。
すると、その瞬間──
「確保!!」
頭上から声が響いた。
その声に、呆然とした意識のまま、飛鳥はうっすらと、涙に濡れた瞳を開く。
すると、屈強な男が、先程の男を殴ったのか蹴り飛ばしたのか、壁際で伸びた男は合図により駆けつた警官に押さえつけられ、手錠をかけられていた。
「君、大丈夫か!! 怪我は」
すると、苦しそうに疼くまる飛鳥を見て、その屈強な男が、慌てて飛鳥に駆け寄ると、短く深く呼吸をする、その小さな身体を抱き起こした。
「救急車!」
「はい! すぐに手配します。息は」
「あぁ、大丈夫だ」
2~3人の警官と話しながら、男は毛布を受け取ると、すぐさま病院で手当てを受けた方がよいなと言いながら、飛鳥の身体を手にした毛布で包んだ。
「っ……ぅ…」
ざわつくような周りの話し声を耳にし、飛鳥は何が起こったのかわからず、ただただ朧げな意識のまま、辺りを確認する。
すると──
「神木ッ!!」
トイレの入口から、血相を変えて隆臣が走ってきたのが見えた。
「ふ……神木…お前……大丈夫…なのか……っ」
不安そうに、涙を浮かべた隆臣。
その姿を、ただ呆然と見つめていた飛鳥は、その後、小さく小さく笑みを浮かべた。
もしかしたら、見知った顔に、安堵しただけなのかもしれない。
だが、それはまるで「心配するな」と気遣っているようにも見えて、隆臣は、その瞬間、膝からガクリと崩れ落ちると──
「ぅ、うぅっ……よかっ…たッ…よがったぁぁぁぁ…っ」
涙を流し、何度も何度も咽び泣くような声をあげた。
──あの後。
隆臣の声を聞き付け現れたのは、隆臣の父である「
その日、母親の喫茶店に向かっていた隆臣だったが、なかなか訪れない隆臣に、母の美里が心配になり探しに出掛けたところ、飛鳥の父である侑斗達と会い、隆臣が男に投げつけたランドセルを見つけた。
何か事件に巻き込まれたのかもしれないと、美里が、夫の昌樹に連絡をいれたところ、たまたま近くまで来ていた昌樹が、数人の警官と巡回をはじめ、その後、隆臣の断末魔のような叫び声を聞いたのだ。
(怖かったろうに……)
自分の息子と、目の前の少年のことを思い、昌樹は、強く唇を噛み締めた。
いつもは、すましたあの反抗的な息子が、その時ばかりは、すがるように自分の服を掴み、涙ながらに言ったのだ。
『あいつッ、連れてかれちゃうッ!! お願いッ!! 早く助けてッ、早く早く、アイツを──』
神木を助けて──!!!!
震える体で、声をふりしぼって叫ぶ姿から、底知れない恐怖が、この子ら包んだのだろう。
だが、これだけのことがあったというのに、未だに、泣きわめくこともなく、友人を気づかう、この『神木 飛鳥』という少年が、昌樹には、やけに大人びて見えた。
「飛鳥!!!」
だが、その後、小さな子供を二人つれた30代くらいの男が、慌てて少年の元にかけより、その身体を強く抱きしめると、この男性が、少年の『父親』なのだと気付いた昌樹は、その光景に、思わず息を飲んだ。
なぜなら、父親が少年の名を何度と呼び、同時に『よかった』と声をあげて泣くと、少年もまた糸が切れたように、涙を流し始めたからだ。
「ふぇ……うぅ……ぉと、さ……っ」
さっきまでの大人びた表情が嘘のように、大粒の涙を流し、震えながら父にしがみつく姿をみて、側にいた二人の妹弟も、大きく声をあげて泣き始めた。
(……あぁ、そうだよな)
例え、どんなに大人びてみえたとしても、この子もまた、"弱くあどけない子供"でしかないのだ。
昌樹は少年を見つめ、ホッとしたように息をつくと、その後、側にいた自分の息子の頭をクシャクシャと撫でる。
「隆臣、お前もよく頑張ったな」
「……」
そういうと、あの少年を必死になって救おうとしていた、この勇敢な息子に対し、昌樹は、優しく優しく微笑んだのだった。
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