第48話 転校生と黄昏時の悪魔⑯ ~親子~

 

 事件から三日後の朝──


 俺が、部屋からでてリビングに行くと、テーブルの上には、無造作に新聞が置かれていた。


 パラリと捲ってみると、そこには、あの日のことが「誘拐未遂事件」として、新聞の片隅に小さく小さく載っていて、俺の心中をざわつかせた。


 世間からしたら、新聞の片隅に載るくらいの小さな事件だったのかもしれない。


 だけど、俺たちにとっては、人生を左右しかねない大きな出来事として


 その心に──深く深く刻みこまれた。




 ◇

 


 あの日のことは、きっと一生忘れることはないだろう。


 あの後、公園付近は一時騒然となって、神木は一時的とはいえ、酸欠状態にさせられたため、後遺症や精神面などを考慮して、暫く入院することになった。


 俺はと言うと、多少の打撲やかすり傷程度ですんだので、少しの検査と手当てをしたら、次の日には帰宅できたけど、学校には、まだ行っていない。


(明日には、行かないとな……)


 新聞を見つめながら、ふと父が話していたことを思い出した。


 驚くべきは、神木を誘拐しようとした、──


 男の自宅や別荘には、絵画や美術品などの何千何百もの“コレクション"が、ところ狭しと並んでいて、その中には盗品も多数、発見されたらしい。


 しかも、その罪状は窃盗だけにとどまらず、恐喝や詐欺、不正取引に至るまで、次々と明らかになったそうだ。


 文字通り“欲しいものは、どんな手を使っても手に入れる"といった、異常すぎるをもつ男。


 事情聴取で──


「なぜ、子供を誘拐しようとしたんだ」


 そう刑事に問われた男は、目を見開きながら、こうのたまったらしい。


「子供? あの子は、ただの子供じゃない!は、神が私に与えてくれた『芸術品』だ!!」


 どうかしてると思う。


 誰もが顔をしかめる、その異常性から、男は精神鑑定をされることになったらしいが、それには父も酷く頭を悩ませていた。


 そう、今回の事件は、ただの"誘拐事件"ではなく、極端に異常すぎる収集癖をもつ男が、次の“コレクション"として目をつけたのが


」──だったと言う、他に類をみない醜悪しゅうあくな事件だったのだ。




 ───ピンポーン


 新聞を閉じた瞬間、インターフォンがなった。

 キッチンで家事をしていた母が玄関に出ると、そこにはあの事件の日、神木の側に付き添っていった"親子"の姿があった。


「あら、神木さん」


「あの、この度は色々とご迷惑をおかけしました」


「そんな、謝らないでください」


「いえ、きっと飛鳥と一緒にいたから、隆臣くんは巻き込まれてしまったのでしょうし……隆臣くんの怪我は、もう大丈夫ですか?」


「はい。うちの子は、かすり傷程度ですんだので。飛鳥くんは、今日退院ですか?」


「はい、今から迎えに行くところです」


 そういって、少し切なそうに笑ったその父親の姿が、どことなく神木に似ていて──


(あぁ、全然違うや……)


 あの日、父と名乗って神木を誘拐しようとしたあの男と比べると、正に雲泥の差で自分の愚かさに呆れ返った。


 知っていたら、あんなに悩むことはなかったのに……


「隆臣、こっち来なさい」


 すると、リビングから見ていた俺に気づいて、母が声をかけてきた。


 言われるまま玄関にでると、側にいた双子たちと目があう。


「あ、あのね──」


「?」


「「お兄ちゃんのこと、助けてくれてありがとう!」」


 双子の姉弟が、俺の服を掴んだと思ったら、声を合わせてお礼をいってきた。俺はそれを見て


「あ……いや、俺は何も……っ」


「隆臣くん」


 いきなりお礼を言われて、顔を赤くし困惑していると、今度は、父である侑斗さんが、俺に声をかけてきた。


「君と昌樹まさきさんがいなかったら、きっと、もう飛鳥に会うことはできなかったよ。本当に本当に、ありがとう」


「……っ」


 その「ありがとう」の言葉を聞いて、不意に、あの日の父の言葉を思い出した。


『よく頑張ったな』


 そう言って、頭を撫でてくれた父の手は、とても大きくて───そして、温かかった。


 正直、あの時ほど、父が警察官でよかったと思ったことはなかった。


 事件がある度に、家族をほったらかしていた、薄情な父。


 だけど、もしも、その数だけ、こうした働いていたのだとしたら、父を嫌っていた自分が、とてもとても恥ずかしくなった。


(っ……そうか、俺の親父は──)


 こういう"家族の笑顔"を守るために、毎日、仕事をしているんだ。


「あの……っ」


 俺は、キツく拳を握りしめると、その後、侑斗さんを見つめて


「俺も、神木に助けられたんです……だから──」


 その日、俺がいったその言葉を聞いて、侑斗さんは、笑ってくれた。



 俺と飛鳥の出会いは

 決して良いものではなかった。


 どちらかといえば

 仲の【悪い】クラスメイト。


 お互いに、一切干渉すること無く

 お互いに、興味を抱くこともなく


 ただ、なんの接点もないまま、それまで過ごしてきた。


 だけど──


 "出会い"も、"きっかけ"も


 なにもかも"最悪"だったけど



 それでも、俺たちは


 少しずつ、少しずつ、前へと歩き出す。




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