第49話 転校生と黄昏時の悪魔⑰ ~友達~



 事件が起きてから、一週間がたった。


 今日から、神木が学校に登校すると聞いていた俺は、今まさに神木の家の前に立っていた。


 だけど、家から出てきた神木の前に立ち塞がった俺に、神木は無表情のまま


「なんでお前が、俺の家知ってんの?」


 そう言って、無愛想に答えた。


(相変わらず、そっけねーな)


 そんなことを思いつつも、俺は素直に、神木の家を知っている理由をこたえた。


「なんでって、お前の親父さんから聞いたから」


「へー……」


 あんなことがあった後だと言うのに、神木の表情は普段となにも変わらない。


 まるで、この前の事件が嘘みたいに、普段通り。


 だけど、あの日、父親にしがみつきながら、声を上げて泣いていたコイツを見ていた俺は、その心に、どれだけ深い傷ができているのかを、嫌というほで知っていた。


「お前さ、作った方がいいんじゃないか?」


「…………」


 唐突にそう言えば、神木は、少し迷惑そうな顔を見せた。

 まるで、余計なお世話だとでも言うように。だけど……


「そ、その、お前、他のやつ巻き込まないように、あえて友達つくらないようにしてるんだろうけど、友達作って誰かと一緒に登下校しほうが変なやつに声かけられたりするのも減るだろうし、学校で嫌がらせされることも……なくなると、思う……だから……っ」


「何が言いたいの?」


 徐々に歯切れが悪くなる俺の言葉を聞いて、神木が、いつものひんやりとした声を発した。


 分かってはいた。分かってはいたけど、を言うのが、こんなにも恥ずかしいとは……!


「俺、そろそろ行きたいんだけど」

「……っ」


 すると、黙りこんだ俺を見て、痺れを切らした神木が、先に行こうと俺の横を通り過ぎた。


 朝の光を浴びて、神木の金色の髪がサラリと俺の隣を通り過ぎた。

 

 だめだ。きっとここで言えなかったら、一生言えない──!


「神木!!!」

「……!?」


 再度、声をかければ、神木はまた足を止めて、振り向いた。


 はっきり言って、神木は、かなり可愛げがない。


 わざわざ家まで迎えに来てやったのに、そのことには一切触れず、また一人で学校に行こうとするし、それどころか、また「おはよう」すら、まだいわれてない!


 だけど、この素っ気ない態度も、全部『優しさの裏返し』なのだと思うと、なんだか無性に悲しくなって


「仕方ないから、俺が友達になってやってもいいけど!!」


「……!」


 きゅっと拳を握りしめてそう叫べば、神木の青い瞳と目が合った。


 宝石みたいに青く澄んだ瞳が、今までにないくらい見開かれていた。


 だけど、その後も神木は、一切表情を変えず俺を見つめていて、そのやたらと長い沈黙に、俺はゴクリと息を飲む。


「へ、返事は?」


「…………」


 正直、お伺いをたてる自分が、ちょっと情けなかった。


 ていうか、これきっとふられた。また、生意気な言葉が飛び出して、鼻で笑われるんだ。

 

 素っ気なく返されて、俺の勇気なんて木っ端微塵に吹き飛ぶんだ。


 だけど、そう思った時──

 

「ふっ……あはは、なにそれ」


 声が、聞こえた。


 見れば、さっきまでの仏頂面が嘘みたいに、少し困ったように笑う神木をみて、俺は目を見開いた。


 まるで、花が咲いたみたいに可愛らしい顔で笑う神木の表情は、夏休みに、双子の妹弟に向けていた、あの笑顔と良くにていて、


 何より、初めてだった。

 こうして、笑顔を向けられたのが──


(っ……笑った)


 その笑顔を見て、俺は先日の"侑斗さん"とのやり取りを思い出した。


 あの日──


『いえ、俺も神木に助けられたんです。だから……だから俺、神木の友達になってもいいですか!』


 そういって、真剣に見上げた俺に


「あぁ……飛鳥、きっと喜ぶよ」


 侑斗さんは、微笑見ながら、そう言ってくれた。


 その言葉と、神木の笑顔を見て、なんとなくだけど、侑斗さんの言ったとおりな気がして


「よ、よし……じゃぁ俺、今日からお前のこと『飛鳥』って呼ぶから、お前も俺のこと呼び捨てでいいからな」


「っ……あのさ。俺と一緒にいたら、また変な事件に巻き込まれるかもしれないって分かってるんだろ? それなのに、わざわざ友達になるなんて言ってるの?」


「そ、そうだけど」


「ていうか、友達宣言とか恥ずかしくないの?」


「うるせーな!! 恥ずかしいに決まったんだろ!! てか、お前、笑えるんなら学校でも笑えよ!」


「………ふーん、笑えね」


「っ……な、なんだよ、お前のために言ってるんだぞ?」


「…………」


 すると、神木はそれから少しだけ、考えたあと


「……ホントに、いいの?」


「は?」


「俺が、学校で笑うようになったら、大変なことになっちゃうかもしれないけど……」


 ──それでも、いいの?


「……っ」


 瞬間、少しだけ小首を傾げて、また綺麗に笑った神木を見て、俺は思わず息を飲んだ。


 その姿は、本当に見惚れてしまいそうなほど綺麗で──


(あれ、なんか……ヤバい?)


「まぁ、いっか。友達とか笑えとか、ちょっと注文が多い気もするけど、橘には借りがあるし、その条件のんであげるよ。じゃぁ、これから宜しくね──♪」


「!?」


 だけど、この後、放たれた言葉に俺は困惑する。


「ちょ──なんで、付け!?」


「だってお前、俺よりでしょ?」


「弱くねーよ、なんだそれ!? てか俺、空手始めることにしたんだからな! そのうちめちゃくちゃ強くなるぞ!! いつか、お前の腕なんて、簡単に折れるようになるからか!!」


「え? 俺の腕折るために空手始めんの? なにそれ、今すぐ破門じゃん。バカなの?」


「あぁぁ、やっぱお前ムカつくッ!! つーか、その性格治せねーのかよ!! そんなんじゃ、マジで友達出来ねーぞ!」


「いいよ、別に」


「はぁ!?」


 友達を作れと言う俺の提案を全否定するかのような神木に言葉に、俺沸点は更に膨れ上がる。


 だけど、そんな俺に神木は


「だって、友達はいれば十分でしょ?」


「……っ」


 その「一人」に、俺が含まれているのかと思うと、なんだか急に恥ずかしくなって、ガラにもなく顔が赤くなった。





 そして、その後、学校でも笑顔でいることが多くなった飛鳥は、約半年で目まぐるしく"崇拝者"を増やし


 六年にあがるころには、もう学校のアイドル的な存在にまでのしあがっていた。


 正直、これほど母の言っていた「笑顔」のスゴさを思い知ったことはないし


 飛鳥に「笑え」なんて、余計なアドバイスをしたことを、後悔したこともない。


 だけど、"他人を巻き込むまい"と、無理して無表情なやつを演じていただけで


 きっと本当の飛鳥は、よく笑うやつなんだと思う。



 小学五年の秋にできた友人は、決して「普通」のやつではなかった。


 どちらかと言えば、厄介なクラスメイト。


 だけど、俺が意外と退屈しない毎日をおくれているのも


 他ならない「神木 飛鳥」の存在があるからだろう。



「あ、そうだ。それと、もうひとつ……」


「?」


「この前は、色々と助かったよ。ありがとう」




 俺と飛鳥は


 

 出会いも最悪で


 きっかけも最悪だったけど



 それを経て「友達」になった。




 それから俺たちは


 登下校を一緒にするようになって



 学校でも、よく話をするようになった。




 気がつけば


 お互いが隣にいるのが



 ごくごく当たり前の生活になり






 そして、それは──





「ああ、俺の方こそ……ありがとな」







 ───そのまま、今へと続いている。



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