第57話 大学帰りと喫茶店


「神木くん! 今度俺に料理教えてください!」


 大学帰りの平日の午後。


 隆臣の母が経営する喫茶店のいつもの席で、飛鳥の横を陣取った大河が意気揚々と声をあげた。


 少し耳障りなその声を聞き、飛鳥は「無理」と、気持ちのいいくらいの否定の言葉を返すと、手にしたコーヒーを再び口許に運ぶ。


「えーなんで無理なんですかー! いいじゃないですかぁ、俺一人暮らし始めてからマジで食べるもの片寄って! バイト先のコンビニ弁当ばかりじゃ、体壊しちゃいますよ!」


「一人暮らし始めてもう三年目なんでしょ? それに、料理本ならいくらでもあるだろ。金使いたくないなら、図書館にいけば?」


「冷たい!? 先日の微笑みはどこいったんですか!!?」


「それ、きっと 幻」


「幻いいぃぃ! あぁぁぁ、でもそんな神木くんも素敵だぁ‼」


 二人の向かいの席に座り、その掛け合いを無言で見つめていた隆臣は、いつもと違う情景に首をかしげた。


 大河は相変わらずなのだが、飛鳥はほんの少し前まで、大河に苦手意識を抱いていた。


 それなのに、なぜか今は、こうして隣に同席することまで許している。


「お前ら、いつのまに仲良くなったんだ?」


「おお!? やっぱり仲良く見える!!」


「お前が、仕事サボるからだろ。役立たず」


「なんで俺が役立たずなんだ!? てか、仕事ってなんだ! サボった覚えないんだけど!?」


 疑問の声に、更に理解し難い回答が飛び出し、隆臣は一層眉をしかめた。


 だが、飛鳥の雰囲気を見るからに、少なからず大河にも気を許せるようになったのだろう。


 そう思うと、珍しいなといわんばかりに


「どういう風の吹き回した、飛鳥」


 隆臣が、そう問いかければ、飛鳥は一瞬だけ考えたのち、手にしていたコーヒーのカップを受け皿に戻す。


「うん、確かに隆ちゃんの言う通り、悪いやつではなかったよ。だから──もう、こうなったら、トコトンしてやろうと思って」


「おい大河、目覚ませ。 こいつマジで悪魔だぞ」


 なにやら、しおらしい声を放ったかと思えば、その後、悪魔のような言葉が返ってきて、隆臣は目を細めた。


 もう一人の友人を、飛鳥こいつの毒牙にかけてはいけない!!


 そう思い、すかさず大河に忠告するが、肝心の大河はというと


「なに言ってんだよ、橘! 悪魔の裏にしっかり天使もいるんだよ! 俺は知ってる! 全部ひっくるめてそれが神木くんだから! むしろ利用されたい!」


「お前ほんとブレないな。どうしたら、そう言う発想になるんだ」


「ねぇ、隆ちゃん。武市くんさ、どんなに突き放そうとしても全く折れないんだけど、一体どんなメンタルしてんの?」


「まぁ、昔から大河は、プラス思考の塊みたいはやつだからな」


「プラス思考……あープラスドライバーで頭のネジ締めてあげれば治るのかな?」


「うん。お前がもう限界なのはよくわかった。だが残念だが、大河のネジはもう抜けてると思う」


「あ!そうだ! せっかく男が三人揃ってるんだしさ、なんか盛り上がる話しよーよ!」


 すると、そんな飛鳥と隆臣の会話を遮って、またもや大河が明るい声を発した。


 盛り上がる話?──と、飛鳥と隆臣は同時に大河を見つめると、大河はうーんと考え込むんだあと


「あ! 二人の好きな女の子のタイプ聞きたい!!」


「「中学生か お前は!!?」」


 キラッキラの笑顔を向ける大河に、飛鳥と隆臣は同時につっこむ!

 日頃、飛鳥と隆臣の二人だけの時は、こんな馬鹿テンションにはならないのだが……


「飛鳥、無視していいぞ」


「うん。もとから聞く気ない」


「ちょっとちょっと、二人とも付き合いわるーい! 男ならメジャーな話題じゃん!」


「じゃぁ、一人でやってろ」


「よし! 俺の好みのタイプは、やっぱり髪が長くて笑顔が可愛くて、包み込んでくれるような優しい感じの女の子かな! で、巨乳ならなお良し!!」


「ちょっと、隆ちゃん。マジで一人で始めたんだけど?」


「あぁ、まさかこーくるとはな、俺も今ビックリしてる」


「ビックリしてるじゃないだろ。友達なら、ちゃんと舵とれよ!」


「無理言うな! 誰のせいで大河がこうなったと思ってんだ! 大体、飛鳥一人でも手に余るのに、厄介者が二人とか胃に穴があきそうだ!」


「はぁ!? なんで俺までこいつと同じ部類にされてんの!?」


「同じだよ! 俺にとってはな!!」


「ちょっと二人とも、なに喧嘩してんだよ!あまり騒ぐと他のお客さんの迷惑になるだろ!?」


「「誰のせいだ!!?」」


 瞬間、意志疎通した飛鳥と隆臣は同時に声をあげた。隆臣だけならともかく、飛鳥さえも振り回すこの武市ワールド……もはや、恐ろしいくらいである。


「あ、そうだ神木くん! もしそんな感じの女の子がいたら紹介してくださいよ~」


「はぁ? なんで俺が?」


「だって神木くんモテるし! 女の子の連絡先いっぱい知ってそう!」


「あー、それは無理だぞ、大河」


「え?」


「飛鳥は、昔付き合った女がになってから、女の子と一切連絡先を交換してないからな」





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