第58話 ストーカーと迷子の女
「飛鳥は、昔付き合った女がストーカーになってから、女の子と一切連絡先を交換してないからな」
「えぇぇ!?」
その物騒な話に大河が驚くと、同時に昔のヤバイ体験を思い出したらしい、飛鳥は苦笑いを浮かべながら視線を逸らした。
「あー、えーと……その節は、大変お世話になりました」
「全くですね。うちの親父も大変困っておりました」
バチが悪そうな飛鳥に、隆臣が返す。
警察官である隆臣の父には、飛鳥は不本意ながらも、何かしらお世話になっていたりする。
「えぇ!? 警察沙汰って、そんなにヤバいストーカーだったの!?」
すると、そこに大河がまた大声を上げ
「まーな。一度、刺されそうになったのを、俺が助けた」
「マジで!? それガチなやつじゃん!?」
「珍しく付き合ったと思ったら、これからだな」
「あはは。それは、ほら”若気の至り”と言いますか」
「笑って誤魔化すな」
飛鳥がニコッと笑うと、真面目な顔で隆臣がそう言って、その後、いたたまれなくなった飛鳥は、深くため息をつく。
「はいはい、悪かったよ。どうせ俺は、彼氏には向かないタイプだよ」
どこか、諦めたように。
そう呟いた飛鳥を見て、隆臣は音のない息をつく。
(まぁ、そうだろうな……)
飛鳥は昔から、家族以外の「他人」には、ほとんど見向きもしないような奴だった。
一方的な好意を向けられ続けてきたせいか、はたまた、他に理由があるのか?
飛鳥を好きになる女の子はたくさんいても、飛鳥が特定の誰かを好きになることはなかった。
きっと飛鳥の"愛情の矛先"は、あの頃から全て『家族』に向けられていたのだろう。
だけど、そんな飛鳥が一時期だけ、恋愛に積極的になった時期があった。それこそ
『俺、彼女できた』
なんて、あまりにも無表情に伝えてきたものだから「いつもの冗談か?」とすら思ったほどだ。
だけど、今思えば、家族以外の他人を
だが、たとえ彼女ができても、飛鳥が優先するのはいつも『家族』だった。
どんなに引き止められても、どんなに一緒にいたいと
だからか、飛鳥に彼女がいた時期があったなんて、華と蓮は未だに知らない。
しかし、そんな飛鳥の行いは、彼女たちの束縛心と嫉妬心を高め、最後に付き合った女の子は、それが重症化してストーカーにまで発展した。
結局、飛鳥は、最後まで「他人」に特別な感情を抱くことは出来なかったのだろう。
自分は「他人を愛せない人間」だと自覚したのか、それから飛鳥は、彼女を作ることすらしなくなった。
「大体あれは、お前も悪いぞ。常に家族を優先してたら不安にもなるだろ」
「そこは理解してもらってたつもりなんだけどね。俺にとっては
「ま、お前も悪いが付き合う女も悪かったな。気を付けろよ。お前、
「わかってるよ。それ父さんにも言われたし」
「あー、侑斗さんか?」
「うん。俺、見た目も中身もいいから、女の子が本気になりやすいんだって……だから『軽い気持ちで付き合うな』とか『好きになりすぎる女は束縛とか独占欲も強くなるから気を付けろ』とか……まぁ、口酸っぱく説教されたよ、小一時間ほど」
「そりゃ、息子が刺されかけたら説教もしたくなるだろ。しかし、経験者語るって感じだな? 侑斗さんも彼女に悩まされた口か?」
「あー、彼女っていうか……………あ、いや、今の忘れて」
「は?」
「へー、それで神木くん、彼女作らないんだー。意外に女性関係には苦労してるんですね」
「まーね」
「でも、俺みたいにモテないヤツからしたら彼女出来るだけ羨ましいですけどね! あー、どこかに居ないかなー、優しそうで笑顔が可愛い女の子~」
「…………」
何気ない会話は、再び割りこできた大河によってあっさり話が切り替わった。
だが『忘れて』と言う前、一瞬だけ顔つきが変わった飛鳥に、隆臣は眉を顰める。
思い返せば、飛鳥は小五で出会ったあの頃から、もう既に、自分より家族を優先させるやつだった。
あの頃は、父子家庭で双子の面倒をみないといけないからだと思っていたけど、どうして飛鳥は、こんなにも家族に「依存」しているのだろう。
「あ、そういえば」
「?」
すると、再び飛鳥が声をあげて、隆臣は視線をあげた。
「どうした?」
「あ、いや、実は少し前に、"迷子になってた女"に道案内してあげたことがあったんだけど」
「迷子?」
唐突すぎる話に、隆臣と大河が、マジマジと飛鳥を見つめた。すると、飛鳥はテーブルの上のポテトを食べながら
「うん……その子、武市君が、今いってみたいな"笑顔が可愛くて優しそうな感じの女"だったかなと思って」
飛鳥が言うのは、二月末、財布を落としたのに気づかず立ち去ろうとした、あの"栗色の髪の女の子"のこと。
長い髪に穏やかな表情。どこかふわりとした優しげな雰囲気は、今、大河がいっていた「理想のタイプ」と極似している気がした。
「おー! それホントですか!?」
「まぁ、道を教えただけだから、名前すら知らないけど……でも、うちの大学を受験するって言ってたから、受かってたら、今の一年にいるんじゃない?」
「マジですか!? それは運命の出会いがきそうな予感では!! 学部はどこですか!?」
「それは、知らないよ。後は自分でなんとかして」
そう言って、女の子の情報を伝えた飛鳥は、再びコーヒーを飲み始めた。だが、隆臣はそんな飛鳥に
「……飛鳥、その子に会ったのいつだ?」
「え? 二月頃だけど?」
「ふーん」
「なに?」
「いや……なんでもない」
真面目な顔で質問してきた隆臣に、飛鳥がキョトンと首を傾げる。
だが、そのまま素知らぬ顔で視線をそらした隆臣は、グラスに半分だけ残っていたアイスコーヒーに目を向けた。
(……一度、道案内しただけでねぇ)
飛鳥は、あれから女の子にあまり興味を示さなくなった。
そんな飛鳥が、二ヶ月も前に会った女の子を覚えていたことに、隆臣は疑問を抱く。
(……よほど印象に残る、女の子だったのか?)
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