第59話 エレナとお姉ちゃん



「紺野さん、バイバーイ!」

「う、うん……バイバイ」


 小学校の下駄箱前。下校にむけて靴を履き替えていたエレナは、同じクラスの女の子に声をかけられ、慌てて手を振り返した。


 モデル事務所に所属しているエレナは、現在小学四年生。


 母親似の愛くるしい顔立ちと、父親似の茶色の瞳。金色に靡くストロベリーブロンドの髪はとても細く煌びやかで、その長く柔かな金色の髪は、黒髪が多いこの日本の小学校では一際目を引いていた。


 初めて、この桜聖第一小学校に転校してきた時には「金髪の美少女がやってきた!」と、それはそれは噂の的となったものだった。


 だが、エレナがこの街、桜聖市に引っ越してきて早五ヶ月。


 噂もある程度収まり、少しずつだが環境にもなれてきたのだが、この見た目とモデルを目指しているということもあってか、エレナはまだどこかクラスでも浮いた存在でもあり、なかなか「友達」が出来なかった。


(……作文、明日までだっけ)


 小学校を後にし、一人通学路を歩きながら、エレナは先日、先生が話していたことを思い出した。


 次の授業参観では『将来の夢』について、みんなの前で発表するらしい。


 今から一週間ほど前の授業で配られた原稿用紙。ここ数日は、授業でも作文を書く時間が設けられ、エレナもそれに取りかかったのだが


 ――私の将来の夢は、モデルになることです。


 その一文を書いたあと、なぜかその先の文は、全く書けなかった。


(将来の夢なんて、もう決まってるのに……)


 閑静な住宅街をとぼとぼと進みながら、エレナは考える。


 自分の将来の夢に悩む必要など、本来はないはずだった。それも、授業参観で発表する作文。


「他の答え」など、あるはずもなかった。


(帰ったら、ちゃんと書かなきゃ……っ)


 キュッとランドセルを握りしめると、エレナは先へと進む。すると、その時


 ――チリン


「……?」


 どこからか、鈴の音が聞こえてきた。


 まるで猫が跳ねるかのような、軽やかな鈴の音。その音に気付いて、エレナが前方に視線を向けると、その数メートル先で、長い髪の女が歩いているのが見えた。


 年は17~8歳、腰元まで伸びた栗色の髪に、細いながらも柔らかそうな身体付き。


 どこかふわりとした優しげな雰囲気を纏ったその女性が、誰だかわかった瞬間、エレナはパッと表情を変えた。


!」


「………?」


 エレナが声をかけると、その女性は、数秒辺りを見回したあと、僅かに遅れて振り向いた。


 すると、無邪気にかけよってくるエレナに気づいたらしい。女性はエレナを見るなり優しく微笑みかける。


「……あら、いま帰り?」


「うん! 」


 エレナが、ぎゅっと女性の腕に抱き着くと、女の栗色の髪がサラリと揺れた。


「お姉ちゃんは? どこか、でかけるの?」


「うん。私は、今から買い物に行こうと思って」


「そうなんだ。あ、そういえば、一人暮らしは、もうなれた?」


「…ん? あー……まだまだ全然! 桜聖大に入学できたはいいけど、大学に通いながら、家のこと全部一人でしなきゃならないし、やっぱり大変かな。あれ、それより、今日は撮影とかレッスンはないの?」


「うん。今日はないよ。あ、でも帰ったら作文書かなきゃ!」


「作文?」


「うん。次の授業参観で、将来の夢について発表するの」


「……」


 その言葉に、女は少しばかり表情を曇らせる。


「お母さんには……言えた?」


 だが、お母さんといったその言葉に、エレナはふるふると首を振る。


「うんん。無理だよ……言えない」


 手を小さく震わせ、俯くエレナを見て、女性は悲しそうに目を細めた。だが、その後、またぱっと顔を明るくしてエレナは


「あ! でも、お姉ちゃんが話を聞いてくれるし、私、頑張れるよ!」


 そう言って無邪気に笑うと、女性の腕から離れたエレナは、数歩進んだのち、また振り向いた。


「ごめん、私もう行かなきゃ! 心配しないでね、お姉ちゃん! 私なら、大丈夫だから!」


 ありったけ笑顔を向け、手を振るエレナ。


 その姿をみて、女性はどこか悲しげな表情のまま見つめていた。








 だが、その後、女性と別れ、小走りで自宅へと進む途中、エレナは今にも泣きそうになるのを必死に堪えていた。


 ───言えない。

 ───言えない。


(本当は、モデル、だなんて……っ)


 言ったら、きっと、お母さんは───…っ







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